もしも科学シリーズ(33):もしも摩擦がなくなったら

  [2013/01/14]

動力なしで動き続ける永久機関。完成すれば無限のエネルギーが手に入るから、億万長者も夢ではない。かのレオナルド・ダ・ビンチも研究していたが、摩擦のせいでいまだに実現していない。
もしも摩擦がなくなったらどうなるのか? エンジンなしで回り続ける発電機、ひとこぎでどこまでも行ける自転車などエコな生活が過ごせると思ったが、止まらない、曲がらないはもちろんのこと、分子/原子の結合力がなくなり、人間も物体も形を保てない世界が待っているのだ。



■必要な邪魔者

1kgの物体を垂直に持ち上げる力を1kg重(じゅう)と呼ぶ。これに地球の重力加速度をかけ合わせ9.8N(ニュートン)とあらわされるのが一般的で、10kgの物体を持ち上げる力は98N、1トンなら9,800Nとなる。


重すぎて持ち上がらない荷物でも、引きずれば動かせることが多いのはご存じだろう。例えば1.5トンの自動車を垂直に持ち上げるには14,700N必要なので、重量挙げの世界記録保持者でも不可能だが、ニュートラル・ギアでブレーキがかかっていない状態なら、一般的な成人男性1人でも押して動かすことができる。

垂直に持ち上げるよりも、横に移動させる方が、物体が軽くなったのと同じ扱いになるからだ。

物体を滑らす場合、持ち上げるよりもどれくらい小さい力で済むかは摩擦係数で決まり、材質や表面のデコボコによって異なる。自動車の例では、タイヤと路面の摩擦係数の目安は、
 ・乾いたアスファルト … 0.7
 ・濡れたアスファルト … 0.5
 ・砂利道 … 0.55
 ・固くなった雪 … 0.15
 ・氷 … 0.07
だ。横に動かす場合は垂直に持ち上げる力×摩擦係数となるので、摩擦係数が小さいほど少ない力で動かすことができる。1.5トンの自動車をスリップさせるには、乾いたアスファルト上なら1.05トン扱いだが、雪上では225kg、氷上なら105kgの物体と同じだから、頑張れば1人でも動かせそうだ。

摩擦係数ゼロの世界では、どのような生活になるのか?まずは鉄道や自動車などの乗り物から車輪がなくなる。重さがないのに等しいのだから、地面との接点がどのような形であっても構わない。転がる必要もないし、すり減る心配もないから、タイヤメーカーは商売あがったりだ。

球や円柱状のパーツで軸を受け止め、ころがり抵抗を減らすベアリングも不要だし、潤滑油も必要ない。

動き始めた物体はすべて永久に動き続けるが、カーブは曲がれない。曲がりたい方向にハンドルを切っても、宙に浮いているのと同じだからひたすら直進し続ける。宇宙船のように重力を使って向きを変えるスイング・バイに頼るほかないが、計算を間違えたらどこまで飛ばされるか知れたものではない。

日常生活も困ったことが多すぎる。風呂に入っても身体が洗えないし、一服しようにもマッチに火がつかない。服を着替えることも、歩くこともできない。誰かと握手しようとしても手が滑り、ドジョウすくいのような無為な動作が続く。

動作を邪魔する要素から解放されるのと同時に、他人や物体との接点を奪い去り、永遠の孤独を味わいながら一人で生きていくしかなさそうだ。

■形のない世界

日常生活はおよそ予想通りだが、ミクロの世界では大問題が生じる。物体が滑るのと同様に、分子同士の摩擦もなくなってしまうと、形を成すことができなくなってしまうからだ。静電気のようにプラスとマイナスの極性から生じるクーロン力、極性に関係なく互いを引き合うファン・デル・ワールス力などの分子間力(ぶんしかんりょく)が働き、これらが小さな分子を寄せ合い、物体の形を成す原動力となっている。

中でもクーロン力は強く、1兆分の2ミリ離れた陽子間には57.7Nもの力が働く。たった1兆分の、その1兆分の1.67グラム(=1.67÷10の24乗)しかない陽子に、およそ5.88kgの物体を持ち上げるのと同じ力が生じるのだから、分子間力の強さは測りしれない。

極性に関係ないファン・デル・ワールス力は、クーロン力と比べると微弱ながらも、近距離では大きな摩擦を生み出す。表面が滑らかなセラミックやガラス板を合わせると、張り付いて取れなくなるのを体験したことがあると思うが、その正体がファン・デル・ワールス力だ。

電気や磁力の影響を受けない物体でも、分子間の引力が集まると大きな摩擦へと生まれ変わる。水を冷やすとかたまって氷になるのも、分子間力のおかげだ。

ノーベル物理学賞を受賞した東大の小柴教授が、摩擦がなくなったらどうなるか?という試験問題を出したと聞く。摩擦がないので答えが書けない、つまり白紙回答が正解のウイットに富んだ問題だが、分子間力すら働かなければ、回答はおろか問題用紙さえ形を成さなくなってしまう。

もしも摩擦のない世界に飛び込んだら、自分の存在すら危険にさらされ、永久機関どころの話ではなさそうだ。

■まとめ

艱難(かんなん)汝を玉にす、という言葉がある。困難や苦労が摩擦となり、りっぱな人間(=玉)に磨き上げるという意味だ。
滑らかな球体になれば、人間関係の摩擦も減るだろう。ただし摩擦が減るにつれて、ほかとの関係が希薄になってしまうから、自分磨きはほどほどが良さそうだ。

(関口 寿/ガリレオワークス)

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