週刊新潮3月14日号記事について(紀子様実弟云々の話)
けっこうどうでもいい話だが、実家で聞いた話と少々違うようなので。
先週の週刊新潮の広告に「紀子様実弟が妻の不貞でシングルファザー」という見出しが右端にでかでかと出ていた。
紀子さんの実弟は川嶋舟さんであり、この人は私の実家の相馬市・中村神社の禰宜さんと結婚したので、読まずばなるまい。とはいいながら、この二人が離婚した話は地元ではとうに周知の事実で、話題としては1年前に終わっているもの。なんで今頃、と思いながら読んでみた。
ちなみに先日帰省したとき、本屋で週刊新潮は売れ切れになっていて文春だけが残っていたw。
以下、お二人とも私人だと思うので、夫・旦那さん(側)、妻・奥さん(側)等と表記します。
概要としては、獣医をしている旦那さんは、馬関連で中村神社の娘さんと知り合って結婚したが、東京で単身赴任している間に、妻が屈強な馬丁となさぬ仲になり(このへんチャタレー夫人風でもある)、結果として離婚したという話。
これに、子供が放置気味だったとか、氏子たちが神社に抗議したとかの話が加わっている。書き手の立場は基本的に夫側で、そのへんからの情報に基いているのだろう。
俺がしばらく前から実家で聞いていた話は以下のとおり。ただし真偽は不明。
旦那さんは、平日は東京で過ごし、週末に相馬市に来るが、帰る早々自室にこもってしまい、子供と遊ぶこともほとんどなかったという。ご実家が学者の家なので、父上もそうしていたろうし、それが普通だったと思っていたのではないか等とまことしやかに言う人もいるが、穿ちすぎという気もする。で、妻側が言うには、子供に「たかいたかい」くらいはしてほしかったが、そうではなかったので心が離れたのが原因ということで、地元の人はわりと妻側に同情的であった。
ところで、記事にいくつか気になるところがあるので、ちょっと触れてみる。
中村神社の関係者が、奥さんを批判する言葉があるが、関係者といってもいろいろある。これが「野馬追」祭り関係であれば、ちょっと割り引く必要がある(「騎馬会」という言葉も記事中にある)。というのは震災のときこそある種のシンボルとなったが(というか火急のときに頑張らねば野馬追の武者ではない)、野馬追関係者は震災前はわりと評判が良くなかった。騎馬武者として参加する人は、年中野馬追のことばかり言っており、しかも参加することを自ら誇りに思うのは良いのであるが、行き過ぎて威張る人もいないではなかった。実際昔の野馬追では、2階から見ていると、お神酒で酔った騎馬武者が「無礼者」等と怒鳴ったりしていた。また、こういう話もある。相馬弁研究所「御法度映像」の検証(その2)。
まあ、まあ野馬追関係者は「おだつな」(調子こくな)というわけだ。
ところで、この奥さんであるが、もともと若くてパリッとしているうえに、野馬追のときには、白装束で神馬にまたがる姿が実にかっこいい。他の騎馬武者よりもそうとうに目立つので、天狗になっている騎馬武者には、面白くなかったろう。また妻側の父上も、けっこう面白い(すぎる)方で、お酒も好きだったりして、そのへんも騎馬会の批判的な口調の原因であるかもしれない。
それと、子供が放置気味(髪がぼさぼさ、爪が伸びている、虫歯がある)だとあるが、これくらいは田舎だとよくあることです。学習院に通ったような人から見たら、ありえないことかもしれないが。
妻側の言葉に「結婚してから馬がやたら増えた」とあって、これはたしかにそうだった。最初はポニーが2頭くらいのかわいいものだったが、いつの間にか、神社の脇に厩舎が出来、馬場も整備され、サラブレッド風の立派な馬が何頭も飼われていた。いったいどうするつもりかと思っていたが。ちなみにうちの子はしばらく前の正月に、乗馬して中村神社あたりを一巡りというサービスをやってみた。1000円でした。そのとき、馬の轡をとってくれたのが旦那さんであった。いい人そうであったが、けっこうぽっちゃりしていたな。
さて、ここからが俺の、昼のメロドラマ風の推理的妄想。
旦那さんは馬好きで、結婚以来中村神社にどんどんと馬を連れてきた。しかし馬の世話には人手がいる。旦那さんは平日は東京にいるので、馬丁を雇わなければならない。そのなかに実は件の人物がいた。震災とかいろいろあって、離婚することになった。しかし子供の親権は父親側に行った。それはなぜか。将来、天皇になる確率が非常に高い方の従妹が、片田舎でふらふらと育つのでは、いろいろと具合が悪い(血筋とかセキュリティとか)。そこで子供を母から取り上げて旦那はシングルファザーになったが、さて実際に育てるのは大変だろう。祖父祖母あたりに協力を頼むのだろうか。
結論として言えば、相馬の人たちにとっては中村神社がちゃんと続いてくれればそれで良い。これまでの歴史にも、これに類するいろいろなことがあったろうが、それでも今日まで続いているのだから、存続しさえすればとくに言うことはない。また、相馬家とそれに連なる中村神社は、もともと平安時代に宮廷に刃を向けた坂東新皇・平将門を始祖にするものと自己規定している以上、皇室とは根本的に相容れなくてもかまわないのかもしれない。
いずれにせよ、相馬では奥さんについての意見は賛否いろいろあったが、旦那さんについてはあまり意見がなかった。やっぱりあまり相馬にいなかったから賛否以前なのではないかな。
まあ、ぜんたいに新潮はもうちょっと取材したほうが良いと思います。
それと見出しがけっこう大きいけれど、ほとんどの読者にとってはどうでもいい話題なのではないかと思う。なんであんなに大きな扱いだったか不思議である。なんか意図があるのかな。
先週の週刊新潮の広告に「紀子様実弟が妻の不貞でシングルファザー」という見出しが右端にでかでかと出ていた。
紀子さんの実弟は川嶋舟さんであり、この人は私の実家の相馬市・中村神社の禰宜さんと結婚したので、読まずばなるまい。とはいいながら、この二人が離婚した話は地元ではとうに周知の事実で、話題としては1年前に終わっているもの。なんで今頃、と思いながら読んでみた。
ちなみに先日帰省したとき、本屋で週刊新潮は売れ切れになっていて文春だけが残っていたw。
以下、お二人とも私人だと思うので、夫・旦那さん(側)、妻・奥さん(側)等と表記します。
概要としては、獣医をしている旦那さんは、馬関連で中村神社の娘さんと知り合って結婚したが、東京で単身赴任している間に、妻が屈強な馬丁となさぬ仲になり(このへんチャタレー夫人風でもある)、結果として離婚したという話。
これに、子供が放置気味だったとか、氏子たちが神社に抗議したとかの話が加わっている。書き手の立場は基本的に夫側で、そのへんからの情報に基いているのだろう。
俺がしばらく前から実家で聞いていた話は以下のとおり。ただし真偽は不明。
旦那さんは、平日は東京で過ごし、週末に相馬市に来るが、帰る早々自室にこもってしまい、子供と遊ぶこともほとんどなかったという。ご実家が学者の家なので、父上もそうしていたろうし、それが普通だったと思っていたのではないか等とまことしやかに言う人もいるが、穿ちすぎという気もする。で、妻側が言うには、子供に「たかいたかい」くらいはしてほしかったが、そうではなかったので心が離れたのが原因ということで、地元の人はわりと妻側に同情的であった。
ところで、記事にいくつか気になるところがあるので、ちょっと触れてみる。
中村神社の関係者が、奥さんを批判する言葉があるが、関係者といってもいろいろある。これが「野馬追」祭り関係であれば、ちょっと割り引く必要がある(「騎馬会」という言葉も記事中にある)。というのは震災のときこそある種のシンボルとなったが(というか火急のときに頑張らねば野馬追の武者ではない)、野馬追関係者は震災前はわりと評判が良くなかった。騎馬武者として参加する人は、年中野馬追のことばかり言っており、しかも参加することを自ら誇りに思うのは良いのであるが、行き過ぎて威張る人もいないではなかった。実際昔の野馬追では、2階から見ていると、お神酒で酔った騎馬武者が「無礼者」等と怒鳴ったりしていた。また、こういう話もある。相馬弁研究所「御法度映像」の検証(その2)。
まあ、まあ野馬追関係者は「おだつな」(調子こくな)というわけだ。
ところで、この奥さんであるが、もともと若くてパリッとしているうえに、野馬追のときには、白装束で神馬にまたがる姿が実にかっこいい。他の騎馬武者よりもそうとうに目立つので、天狗になっている騎馬武者には、面白くなかったろう。また妻側の父上も、けっこう面白い(すぎる)方で、お酒も好きだったりして、そのへんも騎馬会の批判的な口調の原因であるかもしれない。
それと、子供が放置気味(髪がぼさぼさ、爪が伸びている、虫歯がある)だとあるが、これくらいは田舎だとよくあることです。学習院に通ったような人から見たら、ありえないことかもしれないが。
妻側の言葉に「結婚してから馬がやたら増えた」とあって、これはたしかにそうだった。最初はポニーが2頭くらいのかわいいものだったが、いつの間にか、神社の脇に厩舎が出来、馬場も整備され、サラブレッド風の立派な馬が何頭も飼われていた。いったいどうするつもりかと思っていたが。ちなみにうちの子はしばらく前の正月に、乗馬して中村神社あたりを一巡りというサービスをやってみた。1000円でした。そのとき、馬の轡をとってくれたのが旦那さんであった。いい人そうであったが、けっこうぽっちゃりしていたな。
さて、ここからが俺の、昼のメロドラマ風の推理的妄想。
旦那さんは馬好きで、結婚以来中村神社にどんどんと馬を連れてきた。しかし馬の世話には人手がいる。旦那さんは平日は東京にいるので、馬丁を雇わなければならない。そのなかに実は件の人物がいた。震災とかいろいろあって、離婚することになった。しかし子供の親権は父親側に行った。それはなぜか。将来、天皇になる確率が非常に高い方の従妹が、片田舎でふらふらと育つのでは、いろいろと具合が悪い(血筋とかセキュリティとか)。そこで子供を母から取り上げて旦那はシングルファザーになったが、さて実際に育てるのは大変だろう。祖父祖母あたりに協力を頼むのだろうか。
結論として言えば、相馬の人たちにとっては中村神社がちゃんと続いてくれればそれで良い。これまでの歴史にも、これに類するいろいろなことがあったろうが、それでも今日まで続いているのだから、存続しさえすればとくに言うことはない。また、相馬家とそれに連なる中村神社は、もともと平安時代に宮廷に刃を向けた坂東新皇・平将門を始祖にするものと自己規定している以上、皇室とは根本的に相容れなくてもかまわないのかもしれない。
いずれにせよ、相馬では奥さんについての意見は賛否いろいろあったが、旦那さんについてはあまり意見がなかった。やっぱりあまり相馬にいなかったから賛否以前なのではないかな。
まあ、ぜんたいに新潮はもうちょっと取材したほうが良いと思います。
それと見出しがけっこう大きいけれど、ほとんどの読者にとってはどうでもいい話題なのではないかと思う。なんであんなに大きな扱いだったか不思議である。なんか意図があるのかな。
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