前回の可聴範囲を超えた「聞こえない音」に続き、見えない光の話をしよう。代表例は赤外線と紫外線で、人間にとっては可視範囲外なため気にせずに暮らしているが、これらが見えたり認識できる生物は少なくない。
もし赤外線や紫外線が人間に見えるようになったらどうなるのか? 見えないだけで普段から浴びているのだから、すぐにマズいことは起きないだろうが、便利か不便か、微妙な結論となった。
■赤外線で犯罪増加?
人間が見える光は、虹の7色に代表される赤・橙・黄・緑・青・藍・紫の範囲で、一般的に波長830~360nm(ナノ・メートル)と言われている。波長は音の高低のようなもので、赤は低音、紫が高音と言い換えれば分かりやすいだろう。
赤よりも長い波長は赤外線と呼ばれ、電磁波として扱われる。遠赤外線協会の資料では、以下の2つに大別されている。
・近赤外線( 780~ 3,000nm) … プラスチック、木材、ゴムに吸収される
・遠赤外線(3,000~1,000,000nm) … 二酸化炭素や水蒸気に吸収される
近赤外線は、テレビのリモコンや携帯端末の通信手段に使われ、中でも生体透過性の高い800~1,000nmは「生体の窓」とも呼ばれ、医療器具に活用されている。データセンターや金庫など高いセキュリティが求められる場所では静脈認証装置が設置されているが、これも近赤外線を利用したもので、静脈中の赤血球(ヘモグロビン)が近赤外線を吸収することから、静脈の位置を特定するのだ。
近赤外線が見えるようになったら、手相ならぬ静脈占いなんて商売ができるかもしれない。
対して遠赤外線は、暖房や調理器具などの熱源に利用されている。生体透過性は低く、皮膚のごく浅い部分で熱に変わってしまうので、「芯までじっくり温まる」的な売り文句はウソである。
熱に変わるのとは逆に、熱を発する物体は遠赤外線を放射する。温度の違いを画像化するサーモグラフィーや、遠赤外線を吸収しやすい冬用の衣類もこれを利用したものだ。
暗い場所でも鮮明な画像が得られる暗視装置にも、遠赤外線を利用したタイプがある。相手が発する熱を「見る」のだから、こちらから何かを照らす必要はなく、実に便利な装置である。ヘビには、目と鼻の間に熱を感知する器官を備えた種類があり、獲物の発するわずかな体温も識別できるそうだ。
そう考えると、武装した宇宙人が体温を手がかりにして人間を攻撃してくるSF映画も、かなり現実味のある話だ。
遠赤外線が見えるようになったら、どんなメリットがあるか? 身近なところではタバコの消し忘れや過熱した天ぷら油など、火事を未然に防ぐには大いに役立つだろう。体温計を使わなくても一目で健康チェックできる。暗い夜道でもクルマにはねられる心配もなく、平穏な世の中になりそうだ。
夜間はどうなるだろうか? 明かりのない場所でも見えるのは防犯に役立ちそうだが、これは犯罪者にとっても好条件となるのだから、引き分けだ。今まで通り門灯をつけ、戸締まりをしっかりしてから眠ることにしよう。
■紫外線を見るだけで日焼けする?
青よりも波長の短い紫外線には近/遠/真空/極端紫外線がある。そのうち人間の生活に直結した近紫外線は、性質の違いから3つに分かれる。
・UVA(315~380nm) … 地表に届く紫外線の約95%
・UVB(280~315nm) … 地表に届く紫外線の約5%
・UVC(200~280nm) … 強い殺菌作用。地上にはほとんど届かない
紫外線はビタミンDの合成などに役立つと同時に、過度の日焼けは悪影響を及ぼす。UVBは表皮に、UVAは深い真皮まで到達し細胞にダメージを与える。そのため表皮でメラニン色素を生成し紫外線を防御するのだが、増加したメラニン色素はやがて沈着し、肌の色が濃くなる。
これが日焼けだ。
昆虫は360nmをピークに、300~600nmが見えるといわれている。誘蛾(ゆうが)灯に紫外線ライトが使われるのもこのためだ。可視領域が異なるため、当然ながら色の感じ方も人間とは異なってくる。紫外線透過フィルムを付けたカメラを使って昆虫目線で見ると、肉眼では白く見えるチョウの羽もオスは黒く写り、黄色いタンポポの花が赤と白に写るぐらいだから、色彩感覚は根底から覆される。
もし紫外線が突然見えるようになったら、正常に色を伝えることができるだろうか? 歴史的な絵画や芸術品は、忠実に復元できるのだろうか。
■まとめ
紫外線を見る(正確には目に入る)だけでも肌のメラニン色素が増加する、という研究結果がある。日焼けがそれほど有害なのかと、恐怖すら感じる結果だ。
もしも紫外線が見えるようになったら、飛び交う紫外線を見ているだけで肌が褐色になりそうだ。外出時は忘れずにサングラスをしよう。
(関口 寿/ガリレオワークス)