長崎県対馬市の観音寺から盗まれ、韓国で見つかった長崎県有形文化財の仏像「観世音菩薩坐像」の所有を主張し、返還を拒んでいる韓国の寺の僧侶らが１４日、対馬市を“アポなし”で訪問した。仏像所有の正当性を説く目的だったが、観音寺側は面会を拒否。島に住む檀家（だんか）たちも応じなかった。友好の印として別の仏像や寺の公式マスコットなどの土産を持参したものの「門前払い」を食らう形となった。
盗まれた仏像の所有を主張する韓国・忠清南道瑞山市の浮石（プソク）寺の円牛（ウォンウ）僧侶ら一行は１４日朝、釜山から船に乗って対馬へ。観音寺の門を叩いたが、固く閉ざされたままだった。一行は門の前で読経し、寺周辺に住む檀家との面会を試みたものの、聞く耳を持つ人はいなかった。
「６００年間、手を合わせて来た対馬のご先祖様。早く返してほしい」（６０代女性）「背負い投げでも食らわしてやりたい。顔も見たくない」（５０代男性）。円牛僧侶は「残念だ。浮石寺も過去３度、仏像盗難に遭っており、慰労の気持ちを伝えたかった」と話しているが、田中節竜（せつりょう）住職（３７）は「慰労の気持ちがあれば速やかに返還すべきだ。今は会うことはできない」と突っぱねている。
「１３３０年に浮石寺で造られ、１３７０年に倭寇（わこう）に略奪された」というのが浮石寺の主張。１９８８年頃には観音寺に使節を送り、仏像の受け渡しを求めて拒否されたこともあった。
円牛僧侶は「贈った記録が韓国に残っておらず、頭部も一部破損している」と指摘。略奪品の可能性があるとの認識を示しつつ「韓国側から返す積極的な動きは期待しづらい。話し合い、円満に処理したい」と力説。手土産として、韓国の仏教美術家が造り約２０年前に浮石寺に寄贈されたという銅製の「弥勒菩薩半跏思惟像」、１万ウォン（約８７０円）で販売されている寺の公式マスコットを持参した。「友好の印であって、盗まれた仏像の代わりではない」と説明した。
帰国予定の１５日にもう一度、対話を申し入れる予定だが、観音寺は応じない方針。田中節孝（せっこう）前住職（６６）は「韓国人はこんなことをする民族なのかと思われたら、お互いにとって不幸なこと。解決へ向け、国には真剣に取り組んでほしい」と注文をつけた。菅義偉官房長官（６４）は、韓国の僧侶の主張に「意味がよく分からない」とし「日韓両国の条約に基づいて韓国政府に返還を要請している」と強調した。
◆仏像盗難事件の経緯 ２０１２年１０月８日、対馬市の観音寺から「観世音菩薩坐像」、同市の海神神社から「銅造如来立像」が相次いで盗み出された。今年１月２９日に韓国の警察が、仏像を盗んで持ち込み、売りさばこうとしていた韓国人の男（６９）を拘束し、４人を在宅で立件。仏像２体は当局が回収したが「観世音菩薩坐像」については、韓国の市民団体が大田（テジョン）市の地方裁判所に返還差し止めを請求した。２月２６日には「仏像が正当な理由で日本に渡ったことが明らかになるまでは日本に返還できない」とする仮処分が出された。
◆外国に流出した文化財の返還問題 １９７２年に文化財の不法な搬出を禁ずる国際的な取り決めとして「文化財不法輸出入禁止条約」が発効。今回の事件では、日本政府はこの条約を根拠に韓国に返還を要求している。発効以前に起こった問題には適用されないため、韓国の「倭寇に略奪された」との主張は適用外となる。代表例として、エジプトが大英博物館所蔵のロゼッタ・ストーンの返還を求めたが、英国が応じなかったケースがある。