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【フィギュアスケート】高橋大輔はなぜシーズン中にプログラムを変えたのか

webスポルティーバ 3月14日(木)12時32分配信

 3月13日からカナダ・ロンドンで始まる世界フィギュアスケート選手権。男子は日本から高橋大輔、羽生結弦、無良崇人の3選手が出場する。

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 これまで日本の男子フィギュアをけん引してきた26歳の高橋と、エースの座を狙う成長著しい18歳の羽生が繰り広げた今季の勝負は、いずれもハイレベルのものだった。特に高橋のプライドを刺激し続けた負けん気の強い羽生の急成長ぶりは目を見張るものがある。

 勝負に勝てる計算されたプログラムを引っさげてきた羽生に比べ、今季の高橋は珍しく「何をやりたいかという方向性が決まらなかった」と語る。シーズン前のプログラム作りの段階から、いつものシーズンとは違ったアプローチになった。そのほんのわずかな心の隙が、高橋の競技人生で初めてとなる、シーズン中のプログラム変更につながったのかもしれない。

 2月の四大陸選手権を控えた1月、高橋はショートプログラム(SP)を1960年〜70年代のアメリカ・ロカビリーのテイストが詰まった『ロックン・ロールメドレー』から、まったくカラーの違うクラシック曲の『月光』へ変更した。『ロックン・ロールメドレー』は、羽生の前コーチだった阿部菜々美氏に選曲、振付を依頼して作ったものだった。しかし、テンポの速さが特徴的なこの曲ではスケーティングやステップでエッジの深さや流れをきっちり出せず、「自分の気持ちがしっかりプログラムに入り込めていなかった」ことも響き、ジャッジからの全体的な評価はいまひとつで、得点も出にくかった。

 そこで、高橋が誇る「世界一のステップ」が映えるようにと、ベートベン作曲の『月光』に決まったようだ。長光歌子コーチ、ニコライ・モロゾフコーチ、そして高橋の3人で選んだ曲だという。振付はモロゾフコーチが担当したが、高橋は「今回のプログラムではまたニコライかと思われないように、彼の色を消せるようにしたい。自分と合っている彼の良さを生かせることができれば、いいプログラムができると思っている」と新たな挑戦に懸けている。

 勝負をする上でプログラム作りはどの程度重要なのか。高橋は次のように語る。

「あまり考えたことはないですね。プログラムがないと始まらないですから。ただ、ジャッジや観客など、見る人の中で、いいと思う人が多ければ多いほどいいプログラムになるんだろうし、そういう目で見てもらえればもらうほど、たぶんいい演技ができるのだろうと思う。『あまり好きじゃない』という気持ちで見られていると、それが自然と伝わってくると思うので、見る人の気持ちを掴める素晴らしいプログラムを作ることが大事なのかなと思います」

 それだけに振付師の果たす役割は大きい。ただ、国際審判員でもあり、前フィギュア強化部長の吉岡伸彦氏は「ジャッジの立場から言えば、素晴らしいプログラムを見たときに『誰の振付だろう』という興味はありますが、『あの有名な振付師の作品だから高い点を出そう』とは考えていません。選手の個性、音楽の性格、振付師のアイデアがぴったりとはまった時に素晴らしい作品が出来るのだろうと思います」と語る。

 例えば、いくら有名な振付師にプログラムを作ってもらっても、音楽の選択が外れだったり、振付のアイデアが外れだったりすることも当然あり得る。そのような場合は、シーズン途中で曲を変更したり、前のシーズンで使っていたプログラムに戻したりということもあるのだ。

 本番直前のプログラムの変更が奏功した例として真っ先に思い浮かぶのが、トリノ五輪で金メダルを獲得した荒川静香さんだ。

「演技全体の中でプログラムが4割を占める」という荒川さんは、トリノ五輪前のプログラム変更によって、「自分の気持ちと方向性と理想がすべてマッチして、納得のいくプログラムで自信を持って氷の上に立って滑ることができた」と振り返る。しかし突然の変更は「一か八かの賭け」でもあったという。

 それでも、納得のいくプログラムで滑ることで「自分の気持ちが伝えやすかったし、受け取ってもらいやすかった。ポイントにならない(十八番である)イナバウアーをしたことで揺るぎない4割(のプログラム)になったと思います。でも、やはり揺るぎないプログラムを早い段階で作ることは大事です」と語る。いずれにせよ、スケーターの伝えたいことが盛り込まれたプログラムを作ることが、より良い滑りにつながるのだ。

 一方、高橋のフリーはアイスショーでも息の合った共演を見せてくれるシェイ=リーン・ボーンが振付けたオペラ『道化師』。スケールの大きな重厚感のある曲で、エンディングに向けて踊りも音楽も相乗効果となって盛り上がる作品に仕上がっている。冒頭に跳ぶ2度の4回転ジャンプが決まり、中盤から終盤にかけて、湧き起こる情念を込めた振付と音楽がぴったりと合わさったときには、観る者の心の琴線を振るわすはずだ。

 今季からカナダに練習拠点を移した羽生は、バンクーバー五輪でキム・ヨナを金メダルに導いたブライアン・オーサーコーチに師事。「チーム・オーサー」の一員となってプログラムを作ってもらい、飛躍への足がかりとなる大人っぽい作品を手にした。

 SPは表現するのが難しいブルース曲『パリの散歩道』だが、手足の長さを十二分にアピールする振付によって羽生のスケーターとしての特長が生かされている。意欲的なプログラムは好アピールにつながっている。GPシリーズのスケートアメリカで95・07点、NHK杯で95・32点と、歴代最高得点を連続更新してみせたことで、プログラムの評価も一段と高めたに違いない。これを振付けた元世界王者のジェフリー・バトル氏は、振付師としてもその才能を世界に示すことができたのではないだろうか。

 ミュージカル曲の『ノートルダム・ド・パリ』を使用したフリーは、ドラマチックな振付師として有名なデイビット・ウィルソン氏が作りこんだもの。バンクーバー五輪でキム・ヨナを女子金メダリストに導いたプログラム(『ジェームス・ボンド007』)を作った根っからの芸術家肌だ。SPと比べると、四大陸選手権でのフリーはまだプログラムを滑りこなせていない感じが拭えなかった。頂点を狙う世界フィギュアでどこまで完成度を高められるかによって、メダルの色が変わってくるはずだ。

 3番手の座を代表常連の小塚崇彦や織田信成を退けてつかんだ無良崇人のSP『マラゲーニャ』はスペインのタンゴ曲で、阿部菜々美氏の振付。昨季までは上半身や手先から腕の使い方などが「棒立ち状態」で表現力不足に泣いていたが、今季は得意のジャンプが安定した上、課題の表現力を強化、演技面での成長がうかがえる。

 フリーはやはり著名な振付師トム・ディクソンが作った和楽器で奏でられた曲『Shogun』。キレのあるジャンプが映えるプログラム構成になっており、得意のジャンプでミスがなければ、高橋、羽生に引けを取らないはずだ。

 13日(日本時間14日)に行なわれる男子SP。高橋の「一か八かの賭け」、『月光』はどのような結果をもたらすだろうか。

辛仁夏●文 text by Yinha Synn

最終更新:3月14日(木)12時32分

webスポルティーバ

 

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