木語:鬼役人を生む制度=金子秀敏
毎日新聞 2013年03月14日 東京朝刊
<moku−go>
2月初め、中国のネットに「計画生育(けいかくせいいく)幹部」が逮捕されたという短信が流れた。
計画生育幹部とは「一人っ子政策」を定めた「人口・計画生育法」に違反したものから、「社会撫育(ぶいく)費」という罰金を取り立てる役人だ。
報道によると、浙江(せっこう)省温州(おんしゅう)市の村に住む陳某さんの家に、地区の共産党書記が部下10人を連れて車で乗り付けた。一行は、陳さんの赤ん坊が違法だと罰金を要求した。けんかになり激しく突き飛ばされた陳さんは抱いていた生後13カ月の赤ん坊を地面に落とし、幹部の乗ってきた車にひかれて死亡した。詳しい事情は関係方面が調査中−−。
ひき殺したとは書いていない。が、書記と運転手は「刑事事件の容疑で勾留(こうりゅう)された」とあり、単なる過失ではないだろう。でも、中国人にはさほど衝撃的ではなかったのか、続報を見かけない。
短い記事の中から中国社会の事情がわかる。書記はなぜ10人も部下を連れて行ったのか。罰金が高すぎて激しく抵抗されるからだろう。罰金の額は、各地の所得水準に応じて決まる。軽工業の発達した温州は比較的豊かだから罰金も高額だったのだろう。
なぜ、赤ん坊は道に落ちたのか。罰金を払えない父親は赤ん坊を抱いて逃げ出し、幹部たちに捕まったのだ。妻の悲鳴が聞こえてくるようだ。
ではなぜ、幹部はこれほど手荒なことをするのか。ひとつは、罰金が村の財源になっているから。もうひとつが、罰金の取り立てが共産党員の出世の条件だからだ。
「人口・計画生育法」には「一票否決制」という奇妙な規定がある。一人っ子政策のノルマ(一票)を達成できなかった党書記は、ほかの業績がいくら優秀でも昇進させないという規定だ。この制度があるから中国の地方官僚が出世するには強制堕胎や罰金徴収で鬼にならなければならない。
「都市快報(かいほう)」紙によると、違法出産に科す罰金は推定年間200億元(日本円で約3000億円)にのぼり、貧困な地方には貴重な財源だ。しかし使途は不透明で「都会の役人、土地を食う。いなかの役人、胎(はら)を食う」という恐ろ
しい言葉があるという。
3月の全国人民代表大会(全人代)に行政機構改革案が出された。鉄道省の民営化や国家海洋局の再編とともに、国家計画生育委員会も衛生省を合併して「国家衛生・計画生育委員会」になる。看板は変わる。だが、悪政のかなめの「一票否決制」は変えないというから、改革ではなく改名だ。「胎を食う」社会はまだ続く。(専門編集委員)