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政治
【櫻井よしこ 安倍首相に申す】情報戦 日本に厚い壁
日本は国際社会の会津藩になるのか。日本の行く手には、中国などの巧みな情報戦で築かれつつある厚い壁がある。汚名を返上しようとする度、壁が立ちはだかり日本は21世紀の国際社会で孤立させられるのか。こんな不安を拭い切れない。
日本が自主独立国家の道を目指して憲法改正を進め、歴史問題の誤解を正そうとするとき、同盟国アメリカにおいてさえ必ずしも歓迎されないのが現実だ。コロンビア大学教授の知日派、ジェラルド・カーチス氏は『フォーリン・アフェアーズ』3・4月号で、政権を奪還した自民党を「右傾化する政府」と書いた。
理由として安倍晋三首相が「自衛隊の憲法上の制約を破棄し、日本の若者により強い愛国心を植えつける教育制度改革を行い、日本が地域及び国際情勢上、より大きな指導力を保持することを目指して」いることなどを挙げている。だが、これらは右傾化ではなく、普通の国になる道にすぎない。
しかし氏は、参院選で過半数をとれば、首相が「歴史修正の動きを推し進める」可能性があるとし、「いかなる挑発的な動きも結果を伴うだろう」「もし彼(安倍首相)がこれまで表明してきたように、第二次世界大戦の過ちを詫(わ)びた前政権等の談話を無効にする場合、中国、韓国との危機を招くだけでなく、米国の強い非難にも直面するだろう」と警告する。尖閣問題に関しても氏は「状況改善の第一ステップは、安倍がまず尖閣諸島をめぐる争いは存在しないという虚構(fiction)の主張を諦めることだ」と書いた。
ハーバード大学教授のジョセフ・ナイ氏は『中央公論』4月号で、「当時(1972年)、(尖閣諸島に)行政権を及ぼしていたのは日本であるが、中国船舶も時折、日本領海内に入って、中国の法的立場を主張した。中国側から見れば、昨年9月の政府買い上げで、日本はこうした現状を破壊したことになる」と書いた。さらに英紙「エコノミスト」を引用して「中国は公船を日本の領海に送り込むのを控えるべきだ」と中国側に注文をつけながらも、「日本政府は、尖閣諸島を国際海洋保護地域と宣言し、居住も軍事活動も禁じる」のがよいと結んでいる。
カーチス氏の提言する、尖閣諸島に領土問題が存在すると認めること自体、中国の主張に譲ることである。ナイ氏も日本の領有権主張を必ずしも認めるわけではない。憲法改正に関しては両氏共に極めて慎重、あるいは否定的といってよいだろう。ナイ氏とともにアーミテージ氏らがまとめた昨年8月の「米日同盟」は、「日本は日韓関係を複雑化してやまない歴史問題に向き合うべきだ」として、村山および河野談話の見直しを念頭に「根拠のない(gratuitous)政治宣言を出すことは避けるべきだ」と明記した。
◇
ニューヨーク・タイムズの年初の社説は慰安婦などの歴史問題への日本の主張を「歴史問題の塗り潰し」と非難した。
この種の強い拒否反応は日本に親近感を抱き、尖閣有事の際は必ず馳(は)せ参じると明言する米海兵隊幹部にさえ共通する。リベラル、保守を問わず、知日派親日派のほぼ全員が、日本は歴史問題で発言するなという。故なき不名誉に甘んじよ、そのとき初めて日米同盟は真に強化され、日中、日韓関係はうまくいき、日本の地位は重みを増すというに等しい。
またもや、明らかに、日本は情報戦に敗れつつあるのだ。歴史において情報の収集・分析・活用、情報の発信・説得で日本は多くの敗北を重ねてきたのではないか。
たとえば国民党国際宣伝処処長の曾虚白は中国人が前面に出ることなく、オーストラリア人のティンパーリーと米国人のスマイスを「金を使って」雇い、「南京大虐殺の目撃記録」を捏造(ねつぞう)させて日本に濡(ぬ)れ衣(ぎぬ)を着せた。対して日本はなす術(すべ)もなく今日に至る。
たとえば中国は首相の靖国参拝をファシストとしての戦争と軍国主義を正当化するものだと非難する。祖国に殉じた人々への感謝と鎮魂だとの主張は通らない。この理不尽に、打つ手はあるのか。
あるのである。失敗と敗北に学んで、国家としての情報発信を進めればよいのである。そこから日本の歴史に対する責任を果たすための道を切り開くのだ。
中国の対外広報予算はざっと見て年間1兆円、日本外務省のそれは200億円にも満たない。
中国は潤沢な予算を欧米のシンクタンク、大学などに寛大に配布する。結果、中国研究者がふえ、中国への親しみと中国の歴史観の受容と理解が深まる。日本研究者の数が先細りし、日本の価値観や考え方への理解者が減り続けているのとは対照的である。
中国はまた全世界に孔子学院を創設中だ。約1年前には中国版CNN「CCTVアメリカ」も開いた。本拠地をワシントンに、スタジオはニューヨークのタイムズスクエアに、中国人は極力表に出ずにキャスターは米国人、だが伝える情報は中国の視点に基づくものだ。曾虚白がティンパーリーらを利用した手法に通底する。
日本は諦めずにこの情報戦に食い込んでいかなければならない。まず対外広報の根本的見直しと充実である。その上で長期の情報戦略に取り組み始めることだ。
日本は戦後真の意味の軍隊を喪(うしな)った。そのうえ情報機関も喪った。まともな国家は必ず備えているこの2つの組織の立て直しに、順風満帆ないまこそ、安倍首相は静かな決意で取り組み始めてほしい。
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