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目次

<冠詞に関する覚え書>
無冠詞

第41話 固有名詞と形容詞



= 覚え書(41) =

 今回も、固有名詞と冠詞の話ですが、修飾語句、特に形容詞を固有名詞に付す場合の冠詞の扱いを中心に述べます。

形容詞修飾の場合に無冠詞である典型例T

 まず、あまりにも当たり前なので、普段、あまり意識しない、固有名詞の形容詞修飾の例について述べておきます。次のような例です。

New York((米)ニューヨーク) New England((米)ニューイングランド) Old Lyme((米)オールドライム) Golden Valley((米)ゴールデンバレー) Golden Bay((ニュージーランド)ゴールデン湾) Great Britain (= the United Kingdom)(英国)

“New York”が、「新しいヨーク」という意識で用いられることは、現在ではまずありません。つまり、「ニューヨーク」という固有名詞として完成しており、New という形容詞が York を修飾しているといった感触はありません。上の他の例もほぼ同様です。この種の例は、地名に非常にたくさん見られます。これらは、New や Golden といった形容詞が修飾しているために定冠詞や不定冠詞を用いる、ということはなく、他に理由がない限り無冠詞で用います。例えば、「冠詞に関する覚え書 (38)」で述べたような「地理名」に関しては、歴史的に古い名称が多いので固有名詞化が深く進んでいます。つまり、次に述べる、定冠詞を伴う異名・通り言葉の段階を突き抜けて、New York と同じように完全に固有名詞化し、掲称的な無冠詞となっているものが多くあるわけです。

形容詞修飾の場合に無冠詞である典型例U

 また、固有名詞を形容詞が修飾する表現で無冠詞が原則である場合に、方角や方位を表す形容詞を用いるものがあります。これは、方角や方位を伴う固有名詞はほとんどが地名ですから、修飾語なしの場合の本来の地名が無冠詞であれば、それに準じて無冠詞のまま用いられるからだと考えられます。しかも、方角や方位を表す修飾語句を伴う固有名詞は、もともと無冠詞で用いる地名が非常に多いと思われます。同様のことが、形容詞に限らず、名詞が地名を修飾する場合にも当てはまり、本来無冠詞である地名に方角・方位を表す名詞が付加されても原則無冠詞のままです。例えば North America(北アメリカ)などがそれです。

northeastern Japan(東北日本) southern Germany(南ドイツ)
North Japan(北日本) South America(南アメリカ)

(1)A slew of problems including burst pipes, water leaks and radioactive waste spillage has been discovered at a nuclear power plant hit by an earthquake in northern Japan, the plant's operator said today.(日本北部にある地震に見舞われた原子力発電所では、パイプの破裂、水漏れ、放射能廃棄物の流出など数多くの問題が見つかっている、と発電所の運転員が今日になって述べている。)
『http://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/news/worldnews.html?in_article_id=468929&in_page_id=1811&ito=newsnow』
(2)The death toll stood at nine a day after yesterday's 6.6-magnitude quake in north Japan.(昨日の日本北部を襲ったマグニチュード6.6の地震から1日経ち、死者の数は9人となっている)
『http://www.dailymail.co.uk/pages/live/articles/news/worldnews.html?in_article_id=468929&in_page_id=1811&ito=newsnow』

形容詞修飾の場合に定冠詞付きである典型例T

 次に、形容詞を伴う固有名詞が定冠詞を伴う典型的な場合を見ておきましょう。これらは、固有名詞ではなく普通名詞を形容詞が修飾している固有名詞です。

the Old World(旧世界) the New World(新世界) the Old Kingdom((エジプトの)古王朝) the New Kingdom((エジプトの)新王朝) the Golden Temple((インド)黄金寺院) the Golden Gate((米)金門海峡) the Golden Gate Bridge(金門橋) the Great Barrier Reef((豪)グレートバリアリーフ) the Great Bear(おおぐま座) the White House((米)ホワイトハウス)

定冠詞付きの固有名詞に多く見られるのは、上記の例のように、形容詞が、固有名詞ではなく普通の名詞を修飾している場合です。例えば、「旧世界」は、old という形容詞が world という普通の名詞を修飾しています。文字通り解釈すると、「古い世界」であり、漠然としていますが、「あの例の古い世界」という意味で定冠詞を付け、さらに大文字化して固有名詞にすることで、例えば、具体的に「ヨーロッパ」や「東半球」を表しています。これらは結局「異名・通り言葉」(「冠詞に関する覚え書 (22)」を参照)と言えるものであり、それが固有名詞化したものです。その他の例も同様です。これらの「異名・通り言葉」が固有名詞化したものは、定冠詞を伴うのが普通です。このような定冠詞を伴う名詞の主なものは、「冠詞に関する覚え書 (38)(39)」で述べたような「地理、地形、建造物」のうち、普通名詞を基礎にした固有名詞で、主に色彩、新旧(new, old, former など)、大小(big, great, little, small など)、あるいは地名の形容詞(British, Japanese, National など)を伴うようなものです。ただし、「覚え書 (40)」で述べた「私企業」や「公益事業体」になると、無冠詞も多くなってきます。

形容詞修飾の場合に定冠詞付きである典型例U

 さらに、通り言葉の一種と考えることができるやや特殊な表現に、“…”に固有名詞を入れた「現代版…」、「日本の…」というような場合があります。例えば、「現代版日本」、「日本のエジソン」、「アメリカのガンジー」といった表現です。このような表現は、普通、定冠詞を伴います。これは、同様のものが複数ある(例えば、複数の「日本のエジソン」がいる)とは意識されず、特定の1つのものや人を指すと意識されますから、定冠詞を用いるのが原則となっています。

(3)Could Scotland be the new Japan?(スコットランドは現代版の日本になれるのか)
『http://news.bbc.co.uk/1/hi/technology/4142608.stm』
(4)If it can succeed, not only could Samsung be the new Sony, but South Korea could be the new Japan.(サムスンが成功できれば、サムスンが新たなソニーになるだけでなく、韓国そのものが新たな日本となるであろう)
『http://www.managementtoday.co.uk/article/627827/samsung-korean-sony-killer/』
(5)Silvan Tomkins has been referred to as the American Einstein.(シルヴァン・トムキンズは、アメリカのアインシュタインと呼ばれている)
『http://www.affectivetherapy.co.uk/Tomkins_Affect.htm』
(6)If Matsui is the Japanese Babe Ruth and Ichiro is their Ted Williams, Dice-K is their Pedro Martinez.(松井が日本のベイブルースで、イチローが日本のテッドウイリアムズなら、大輔は日本のペドロマルチネスだ)
『http://danshaughnessy.blogspot.com/2007/04/dan-shows-little-effort.html』

形容詞修飾の場合に定冠詞付きである典型例V

 形容詞が固有名詞を修飾する際に原則として定冠詞を伴う典型的な場合が、「異名・通り言葉」の他にもう1つあります。それは、基礎となる名詞に形容詞を付すことで、他の同様のものから区別しようとするのではなく、当該の固有名詞から簡単に連想されるような結びつきの強い(特に恒常的な意味合いの)形容詞を付す場合です。特に、もともと定冠詞が持っていた含みをはっきり言葉にしているような場合です。具体的には、例えば、famous, celebrated, noted, renowned(「有名な」), great(「偉大な」), brilliant(「天才的な」)などの形容詞を付す場合です。「例の、あの」というニュアンスの定冠詞を、より念を入れた「例の有名な、あの著名な」という明示的な表現にしているわけです。これらは、枕言葉的な形容詞と呼ぶこともできるかもしれません。

(7)In Asakusa we visited the famous Sensoji Temple, dedicated to Kannon, the Buddhist Goddess of Mercy.(浅草で私たちは有名な浅草寺を訪ねた。この寺は慈悲菩薩である観世音を祀っている)
『http://traveldiary.stracke.us/archives/2005/05/11/paying-our-respect-to-tokugawa-ieyasu/』
(8)The celebrated Bodnant Garden is a must-see for serious gardeners, or those who enjoy life's simple pleasures.(有名なボドナントガーデンは、本格的な園芸家にとっても、単に人生の喜びを味わいたい人たちにとっても必見である)
『http://www.visitconwy.org.uk/content.php?nID=29&langID=1』
(9)His work in the 30s convinced the great Albert Einstein that the universe was expanding.(1930年代のハッブルの仕事は、あの偉大なアルベルト・アインシュタインに宇宙が膨張していることを確信させた)
『http://www.bbc.co.uk/films/2004/08/11/high_noon_aug_11_2004_news
_article.shtml』

形容詞修飾の場合に不定冠詞付きである典型例T

 次に、不定冠詞を伴う典型的な場合について述べます。形容詞が固有名詞を修飾する場合に不定冠詞を用いるのは、幾つかの選択肢の中から特定のものを選び出すような意識ではなく、当該の対象が「どんなもの、どのようなもの」であるかを述べることに強く意識が向いている場合です。この場合の形容詞は、上述した、当該の固有名詞から簡単に連想されるような結びつきの強い形容詞ではなく、多くは、意外性のある形容詞や一時的な状態を表す形容詞です。逆に、不定冠詞が用いられている場合、それほど意外性がない形容詞でも、文脈上、少なくとも定冠詞や無冠詞の場合よりもその形容詞が強調的に用いられているという印象を与えます。

(10)Steve Martin's play revolves around an imaginary meeting between a passionate Pablo Picasso and a fiery Albert Einstein.(スティーブ・マーチンのこの芝居は、情熱的なパブロ・ピカソと激しやすいアルベルト・アインシュタインとの架空の出会いを中心に展開する)
『http://www.benchtheatre.org.uk/plays0203/picasso.html』
(11)Similar initiatives are helping to lift a troubled US and a stagnating Japan, which is aiming to have at least 10 million users connected to broadband by 2005.(同様の構想が、不振の米国と沈滞する日本を浮揚させるのに一役買っており、日本は2005年までに少なくとも1000万世帯がブロードバンドに接続することを目標としている)
『http://www.broadbandmag.co.uk/features/fibre/fibre.htm』
(12)Muji is the perfect example of the sort of thing I'm thinking of, because it calls up a wonderful Japan that doesn't really exist. A Japan of the mind, where even toenail-clippers and plastic coat-hangers possess a Zen purity: functional, minimal, reasonably priced.(MUJI(無印良品)は、私が思い浮かべているこの種の完璧な例である。なぜなら、MUJI は実際には存在しない素晴らしい日本を思い起こさせてくれるからである。その心の日本では、爪切りやプラスチックハンガーでさえ、禅の清らかさ、すなわち機能、極小、廉価といったものを兼ね備えている)
『http://observer.guardian.co.uk/life/story/0,6903,466391,00.html』

(12)の例は、形容詞だけでなく、関係詞節の修飾を受けたケースと、前置詞句に修飾されているケースです。なお、訳文では、前置詞句の部分を定冠詞付きのように訳しましたが、別の訳し方をすると、「それは、爪切りやプラスチックハンガーでさえ、禅の清らかさ、すなわち機能、極小、廉価といったものを兼ね備えている心の日本である」ということになります。

形容詞修飾の場合に不定冠詞付きである典型例U

 さらに、不定冠詞を伴う典型的な場合があります。それは、「仮構性の含み」がある場合です(「冠詞に関する覚え書 (31)」を参照)。つまり、未来の話や仮定の話をするような場合です(上記(10)の例もこれに入れることができます)。

(13)This crippled leader who by his smile can capture the hearts of his opponents, as Mr. Lloyd George could during the War, is determined to build up a new United States, just as Hitler aims at building up a new Germany.(ロイド・ジョージ氏が戦時中にそうであったように、その微笑で敵の心をつかむことができる、体が不自由なこの指導者は、ヒットラーが新しいドイツを建設することを目指しているのとちょうど同じように、新しいアメリカ合衆国を建設することを心に決めている)
『http://www.colley.co.uk/garethjones/american_articles/president
_roosevelt.htm』
(14)He wants a new Germany that presents a new face to the world, and not one of guilt.(彼は、世界に対して、罪人の顔ではなく、新しい顔を示せる新しいドイツを望んでいる)
『http://news.bbc.co.uk/1/hi/special_report/1998/10/98/world_war_i/
206760.stm』
(15)We wish him every success in his reforming endeavours, as they will benefit not only Japan but, indirectly, the British economy. A prosperous Japan is good for Britain.(私たちは小泉首相の改革の努力が全面的に成功することを願っている。それは日本に有益であるだけでなく、また間接的には英国の経済にとっても有益となるからである。日本が繁栄するのは英国にとっても良いことである)
『http://www.publications.parliament.uk/pa/cm200102/cmhansrd/
vo020411/halltext/20411h01.htm』

(13)も(14)も「未来の新しいドイツと米国」について述べています。(15)も「将来、改革が成功したときの繁栄する日本」のことです。

中間的な場合

 以上のように、無冠詞、定冠詞付き、不定冠詞付きの典型的な場合があり、それぞれの中間的な場合に無冠詞、定冠詞、不定冠詞のいずれを用いるかで語感が揺れることになります。

 例を幾つか見ていきましょう。まず、上に挙げた(11)、(12)と同じように、stagnating が用いられている例と、関係詞節に修飾されている固有名詞の例を挙げます。

(16)If there is any power on earth capable of resisting the US over the next two decades, it is not stagnating Japan, nor China, with an economy barely the size of Spain's, nor the impotent rage of wounded Islam.(次の20年、米国に対抗できる勢力が地球上にあるとすれば、それは沈滞した日本でもなければ、スペインと同程度の経済規模しかない中国でもなく、傷ついたイスラムのやり場のない怒りでもない)
『http://www.prospect-magazine.co.uk/article_details.php?id=3500』
(17)The worst of this city's slums and the stagnating Soviet Union have a lot in common.(この都市の最悪のスラム街と沈滞するソビエト連邦の間には多くの共通点がある)(注:ソビエト連邦 = the Soviet Union)
『http://query.nytimes.com/gst/fullpage.html?sec=health&res=9D0CE7D71226E532BC4852DFB66F958A』
(18)The result of this stupendous triple-whammy (catastrophic industrialisation, the war, the American occupation) is the Japan that delights, disturbs and fascinates us today: a mirror world, an alien planet we can actually do business with, a future.(このとんでもない三重の大打撃(破滅的な産業化、戦争、アメリカの占領)の結果が、今日、我々を楽しませ、当惑させ、魅了するこの日本、すなわち、鏡の世界であり、我々の現実のビジネス相手となり得る異界であり、未来なのである)
『http://observer.guardian.co.uk/life/story/0,6903,466391,00.html』

(16)は無冠詞であり、(11)の“a stagnating Japan”に比べて掲称性が強く、きびきびとした表現になっていることに注意してください。この語調は“wounded Islam”にも感じられます。(17)は定冠詞付きですが、「あの、例の」というニュアンスが感じられます。ただ、「ソビエト連邦」は修飾語句がなくても定冠詞付きが原則ですから、通例無冠詞で用いる固有名詞の場合に比べれば、そのニュアンスは多少弱いと思われます。(18)は“Japan”に関係詞節に修飾されて定冠詞が付されていますが、これは、多少大げさに言えば、「ほら、皆さんもよく知っている例の日本ですよ」というニュアンスです。

さらに例を挙げます。

(19)Building a new Thames Gateway Bridge between Beckton and Thamesmead is supported by 80 per cent of East Londoners with just two per cent against, a new survey has shown.(ベクトンとテムズミードの間に新しいテムズゲートウェイ橋を建設することに賛成する東ロンドンの人々の割合は80%であり、反対する人は2%に過ぎないことを新しい調査が示している)
『http://www.london.gov.uk/mayors_daily_issue_archive.jsp?pager.offset=390』
(20)While some progress has already been made to improve transport within Thames Gateway, the new Thames Gateway Bridge - London's first new road bridge over the Thames since before the second world war - has become mired in a public inquiry.(テムズ・ゲートウェイ内での輸送の改善に進展は幾らか見られるが、第二次世界大戦前まで振り返ってみても初めてテムズ川に架かることになるロンドンの新しい道路橋、新テムズ・ゲートウェイ橋は公聴会で頓挫している)
『http://www.rla.org.uk/rla.exe/landlord/magazine/rpi/rpi_06ma_eastside.htm』

(19)は「仮構性の含み」の典型的な例であり、「まだ具体化していないが、何らかの新しいテムズゲートウェイ橋」というニュアンスです。一方、(20)は定冠詞が使われていますが、これは、「読者もご存知の、話題になっている(建設予定の)例の新しいテムズゲートウェイ橋のことですよ」という意識で用いられています。これからも分かるように、「仮構性の含み」とは意識、考え方の問題であって、現実に完成しているか、完成していないか、といった事実問題とは直接関係しません(間接的には影響することはあるかもしれませんが)。

 次に、仮構的ではない、過去の事実について述べた文を見ましょう。かなり微妙な相違です。

(21)Young Lincoln decided to leave his family and go off on his own.(若きリンカーンは家族の下を離れ、ひとり立ちすることに決めた)
『http://lshs.leesummit.k12.mo.us/studentprojects/0506/fall05/
aqlincoln/Alincolnbiography.htm』
(22)The young Lincoln, while no atheist, was influenced by the works of Tom Paine and other deists ; as a husband, father and well-established lawyer during the 1840s and 1850s he drew closer to the orbit of conventional Protestant Christianity, evincing a faith which owed something to Universalism and Unitarianism, but which didn't shake off the Calvinistic fatalism under whose influence he had been raised as a boy.(若い頃のリンカーンは、無神論者ではなかったが、トーマス・ペインや他の理神論者の著作から影響を受けた。1840年代から1850年代には、夫となり、父となり、定評のある弁護士となって、伝統的なプロテスタントの道へと接近し、ユニテリアン主義や万人救済主義に幾分傾いた信仰を明かしている。しかし、その信仰によって、子供の頃にその影響を受けて育ったカルバン派の運命論が払拭されたわけではなかった)
『http://hnn.us/articles/5650.html』
(23)Two of the survivors wrote books about their experiences, one of which sold one million copies and was read by a young Lincoln.(生存者のうちの二人が自分たちの経験を本にした。その一方が100万部売れており、若かりし頃のリンカーンがその本を読んでいる)
『http://www.kckpl.lib.ks.us/refdept/nbks0204.htm』

まず、(21)は、掲称的で、簡潔な表現を用いています。特に「その他の年代のリンカーン」を意識している文脈ではありません。一方、(22)は、後の年代のリンカーンと対比する文脈で用いられています。そのために、定冠詞が用いられていると考えられます。(23)は、ある本を紹介した数行の短い記事の最後の文で、最後の最後に初めてリンカーンの名前が出てきます。(21)のように掲称的になりやすい主語でもなければ、(22)のように他の年代のリンカーンと対比されているわけでもありません。そこで、紹介導入の意味も含めて不定冠詞が用いられているような気がします。young は「どんな、どのような、どんな風な」を表すには、修飾語としての意外性も特殊性もないので多少弱いのですが、このように多少念を入れたい場合、不定冠詞を使うこともできます。主語の例も挙げておきます。「若き日」のリンカーンであることにやや重きがあると考えられます。

(24)"How hard," a young Lincoln lamented to a friend, "oh, how hard it is to die and leave one's country no better than if one had never lived for it."(若き日のリンカーンは友人に嘆いている。「自らの国と死に別れるとき、その国のために決して生きてこなかったかのように死に別れることは、なんと、なんと難しいことか」と)
『http://www.legis.state.pa.us/WU01/LI/SJ/2005/0/Sj20060215.pdf』

 “new”という形容詞は、単語の意味合いから仮構性を含む文脈で用いられることが多いために、不定冠詞と使われることが比較的よくありますが、“old”になると、不定冠詞が用いられることはほとんどありません。定冠詞と無冠詞の例を挙げておきます。(25)は、「例の、あの」というニュアンスがあるので定冠詞が用いられ、(26)は掲称的に用いられています。

(25)If a generation of kids grows up and you say physicist to them and they think of Cillian Murphy in Sunshine rather than the old Einstein, I think it's a huge service to the scientific community.(子供たちの世代が大人になり、彼らに向かって「物理学者」と言ったときに、彼らが、昔馴染みのアインシュタインではなく、映画「サンシャイン2057」のキリアン・マーフィーを思い浮かべるとしても、それは科学界にとって非常に有用なことだと思う)
『http://www.scenta.co.uk/viewitem/1676515/putting-the-science-back-into-science-fiction.htm』
(26)Old Einstein had a lot more up his sleeve than fancy algebraic equations.(アインシュタイン翁が袖口に隠し持っていたのは、とっぴな代数方程式だけではない)
『http://www.snapnews.co.uk/leadership/6856.php』

 同様のことが、“old Japan”のように地名と用いられる場合にも言え、不定冠詞は非常に少なくなります。

(27)The delightful Horyuji Temple is recognised as a UNESCO World Heritage Site and is home to the world's largest wooden building. After an included lunch we will return to Kyoto. Hundreds of spectacular temples, stunning shrines and dreamy gardens present a near-perfect image of the old Japan. Kyoto is also home of the geisha, young girls who entertain guests through a number of traditional Japanese arts. In Kyoto we will visit the truly impressive Nijo Castle, residence of the Tokugawa shogun, and the magical Kinkakuji Temple, known as the Golden Pavilion as it is covered in gold leaf.(魅力的な法隆寺は、ユネスコ世界遺産地域に指定されており、世界最古の木造建築物です。スケジュールに組まれた昼食を済ませた後、京都へ戻ります。何百もの壮観な寺院、息を呑む神社、幻想的な庭園が、古い日本の姿をほぼ完璧に映し出しています。京都はまた芸者の本家であり、この若い女性たちは数々の伝統的な日本の伎芸を通じてお客をもてなします。京都では、徳川将軍の住まいである、まことに印象的な二条城、金箔で覆われていることからその名を持つ魅惑的な金閣寺を訪れます)
『http://www.harveyworldtravel.co.uk/uk/offers/view/123.html』
(28)A few hours in Japan and a visitor might feel that the country has lost its traditional soul, but old Japan is still alive - just sometimes a little lost in the urban sprawl of modern life.
To see the traditional Japan, take a visit to Club Okitsu in Kyoto. It is expensive, but the club is in an old-style house with a charming, traditionally dressed host who lets visitors take part in ancient tea and incense ceremonies in English.(日本を訪れた人は、数時間も経てば、この国は伝統的な魂を失ってしまったと感じるかもしれません。しかし、古い日本は今なお生きています。たとえ、時に現代的な生活のスプロール現象の中で失われてしまったものが少しはあるとしても、です。伝統的な日本を目にしたいのなら、京都の桜橘倶楽部を訪れて御覧なさい。高価ではありますが、この倶楽部は古い様式の家屋にあり、伝統的な衣装に身を包んだ魅力的な女将が、訪れる人々をお茶とお香の古式ゆかしき儀式に招いてくれます)
『http://www.thenorthernecho.co.uk/leisure/travel/reviews/
display.var.1411428.0.big_in_japan.php』
(29)In an old Japan that never was, a war between two feuding ninja clans is about to begin.(架空の昔の日本を舞台に、反目し合う2つの忍者一族の間に戦いが始まろうとしている)
『http://www.randomhouse.co.uk/tanoshimi/book.htm?command=Search&db=/catalog/main.txt&eqisbndata=0099503972』

(29)の例は、「決して存在しなかった」とあることから分かるように、やはり「仮構性の含み」が顕著な例です。

 次に、序数詞、特に second の例を挙げておきます。second で修飾された固有名詞は、一般的に不定冠詞が用いられます。

(30)Europe's problems are deepening, and there must be concern that Germany is in danger of becoming a second Japan.(ヨーロッパの諸問題は深くなりつつあり、ドイツが日本の二の舞になりそうだという憂慮があるに違いない)
『http://www.thisismoney.co.uk/news/columnists/article.html?in_article_id=344173&in_page_id=19&in_author_id=1&in_a_source=』
(31)In particular, they fear that China will be another Japan, taking our markets but not opening up theirs.(特に、彼らが恐れているのは、中国が日本と同じようになり、私たちの市場を奪う一方で、自分たちの市場を開かないことである)
『http://www.telegraph.co.uk/money/main.jhtml?xml=/money/2003/10/12/ccecag12.xml』
(32)A newly united Germany will pose a challenge to the rest of Europe, but it will be economic, not military. As I said in December's debate, perhaps we should beware of the second Japan, not the fourth reich.(ドイツが再び統一すれば、他のヨーロッパ諸国に難問を突きつけることになるだろう。しかし、それは経済的な問題であって、軍事的な問題ではない。12月の討議で述べたように、我々が警戒すべきなのは第四帝国ではなく、第二の日本であろう)(最初は仮構性。定冠詞は間接規定)
『http://www.publications.parliament.uk/pa/cm198990/cmhansrd/1990-02-22/
Debate-3.html』

(30)のように不定冠詞が用いられるのは、(31)の例と同様であり、追加的に「もう1つの」という意味合いで用いられているからです。また、そのような意識で用いられることが多いために、“second + 固有名詞”は不定冠詞付きが多くなります。(32)の最初の“A newly united Germany”は仮構性が意識されています。この記事は、ドイツがまだ統一される前に書かれたものです。一方、最後の部分にある“the second Japan”と“the fourth reich”は、another のように新たに付け加えるという意識ではなく、前に述べた economic, military という言葉を媒介にして、前の“A newly united Germany”を言い換えたような感触を伴っており、間接規定の一種、あるいは換称代名詞(「覚え書 (5)」)の一種だと考えると分かりやすいかもしれません。

名詞が修飾する場合

 さて、ここまではほとんど全て、形容詞が普通名詞や固有名詞を修飾している例について見てきたのですが、形容詞ではなく、名詞が形容詞的に修飾している固有名詞もあります。実は、このような固有名詞が定冠詞を伴うかどうかを中心に述べたのが、「覚え書 (38)(39)」です。そこで述べた固有名詞の中で、次のようなものは「異名・通り言葉」であると言ってもよいでしょう。river や road など普通名詞が基礎になっているものです。

the Yellow River(黄河) the Silk Road(シルクロード) the West Pier((英)ウエストピア) the Gulf War(湾岸戦争) the Iron Age(鉄器時代)

 また、「異名・通り言葉」とは言えませんが、次のような固有名詞も定冠詞を伴うのが原則です。主に固有名詞が修飾する、地域を代表する組織や建造物です。一部、地域を表す形容詞が修飾しているものも含めて例を挙げておきます。

the Japan Broadcasting Corporation (= NHK)(日本放送協会) the Adam Smith Institute((英)アダムスミス研究所) the Philadelphia Orchestra(フィラデルフィア管弦楽団) the British Broadcasting Corporation (= the BBC)(英国放送協会) the Japanese Imperial Palace (= Japan's Imperial Palace)(皇居)

 これをさらに一般的に見ていくと、次のように、固有名詞が普通名詞を修飾することによって特定されることで定冠詞を伴うという現象になります。

the Edo period(江戸時代) the Tokyo Bay area(東京湾岸地域) the Golden Week holiday(s)(ゴールデンウィーク) the English language(英語) the Union Station facility(ユニオン駅施設) the Shinjuku Station Building(新宿駅ビル)

なお、“Tokyo Bay(東京湾)”や“Golden Week(ゴールデンウィーク)”は無冠詞が原則です。

まとめ

 最後に、主な点をまとめておきましょう。修飾語句が、固有名詞と一体化しやすい形容詞、枕詞的な形容詞、地名を表す形容詞・固有名詞などの場合は、通例、無冠詞か定冠詞付きになります。そして、2つ以上の対象を対比する意識を伴って、「どの、どれ」を述べようとする場合や、2つ以上の対象の中から選び取ったような場合に通例定冠詞を用います。また、異名・通り言葉としてよく用いられる表現も定冠詞を伴うのが普通です。一方、このような対比や選択の意識がない場合や、掲称性が強い状況、簡潔で事務的な感触を出す場合などに、無冠詞が用いられるのが普通です。これは、これまで説明してきた全ての無冠詞と共通です。不定冠詞を用いるのは、質的な要素、つまり「どんな、どのような、どんな風な」を述べようとしたり(「質の含み」)、一時的な状況であることを意識して説明したり(つまり、「一時的な特質・特徴」を意識した「質の含み」の一種)、まだ生じていないことを強く感じている(「仮構性」の含み)ような場合です。また、主観的な評価を含む修飾語を付ける場合も不定冠詞になりやすいと言えます。つまり、「冠詞に関する覚え書 第25話第31話」で述べてきた、不定冠詞を使うケースが、この固有名詞の場合にも当てはまるだけのことです。もちろん、普通の可算名詞と比べると、定冠詞、無冠詞の場合との違いは微妙になることは、上述した中間的な例を見れば分かると思います。

 またもや長くなってしまいましたので、次回に続けます。


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