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BOØWY 生誕30年の最後を飾る究極のベスト盤「BOØWY THE BEST “STORY”」に、BOØWY を愛して止まない著名人の皆様からのアニヴァーサリー・コメントが届きました!

デビューから30年を迎え、また解散宣言から25年が経ち、全く色あせない輝きを放ち続ける希有なロックバンドBOØWY。
3月21日に 生誕30年の最後を締めくくるベスト盤「BOØWY THE BEST “STORY”」
をリリースします。

このBOØWY オールキャリアのベストを、ファンからのリクエストを反映させ、ひとつのアイテムにまとめた唯一のベストアルバムに、
BOØWY を愛して止まない著名人の皆様からのアニヴァーサリー・コメントが届きました。

BOØWY30年目のアニバーサリー・リリースに是非ご注目下さい!
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僕は自分の生まれた年を恨んでいます。

BOØWYに間に合わなかった世代だから。

僕がBOØWYを初めて聴いたのは、彼らが解散してから既に2年が経った頃。
校内放送で、先輩の家で、喫茶店で、理髪店で、もうどこに行ってもBOØWYが流れていた。

とっくに解散しているというのに。

カラオケに行っても、高校生のライブを観に行っても、いつも誰かがBOØWYの曲を歌っていた。

とっくに解散しているというのに。

よく友達の家でビデオも観た。
ほぼ毎日。

とっくに解散しているというのに。

デビュー前に録られたと思しき、歌詞やアレンジが違うデモテイクが収録されたテープを何故か持っているヤツがいたり、はたまた新宿LOFTでのライブ音源を持っているヤツ、果てには発売されていないはずのLAST GIGSの映像を持っているヤツまで現れた。

そんな現象、外タレ以外で起きたのは、後にも先にもBOØWYだけだった。

でも、僕らはホンモノのBOØWYを観る事は出来なかった。

とっくに解散していたから。

だから僕は自分の生まれた年を恨んでいる。

完全に間に合わなかった世代ではなく、あと少しで間に合わなかった世代だから。

あの頃の僕がもう少し大人だったら…
あの頃の僕にもう少し力があれば…
もし自分に兄や姉がいれば…
もし自分の両親がロック好きだったら…
もし自分が東京に生まれていたら…

何度も何度もそんな事を思った。

「たられば」の話が大嫌いになったのも、このやり場のない悔しさから。

今も時々、雨の日の古傷のように疼く。

“それでもBOØWYが観たかった”と。 

そして、

“今でもまだBOØWYが観たい”と。

これまで、数々の奇跡が巻き起こった人生だが、この夢が叶う事は、きっと未来永劫ないのだろう。

それでもまた、この傷が疼く度に同じ事を考えてしまうんだろうな。

不毛な事だとはわかりつつ。

BOØWYが僕ら、“間に合わなかった世代”の少年少女に与えた傷は限りなく深く、その罪は果てしなく重い。

僕は自分の生まれた年を、一生恨みます。


氣志團 綾小路 翔

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今でも確かに記憶の中にある色褪せない
メロディー、ビート、サウンド、ビジュアル、パフォーマンス・・・。

多感な時期にどれだけ聴いただろう。

憧れの曲に身を委ねる陶酔、共感、そして救い。

音楽で満たして欲しいもの、全てがそこにあった。

どの曲にも、その時心が居た場所が鮮やかに蘇ることでしょう。


シンガーソングライター 井上昌己

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・テレキャスター
・マクソンのハーモナイザー
・ジャズコーラス
三種の神器
TEENAGE EMOTION


今井寿(BUCK-TICK)

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【ベルリン帰りの渋谷公会堂、ライブハウス武道館、豪雨の都有3号地・・・中期BOØWYの伝説とされているライブを観られたことは良き青春の思い出です。一緒にいったアイツやあのコは今なにしているんだろう?♪〜何一つ残ってないけど〜「わがままジュリエット」のファルセットはいまだにちゃんと歌えない・・・】


大根仁 

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1981年、BOØWYが誕生しました。
私が産まれたのは1994年です。
結成から13年が経過していました。
さらにBOØWYが解散したのは1988年。
それから7年後に生まれる私…

当時のBOØWYに会えなかったのは残念でなりません。
しかし、今の私の年齢でこんな素敵なBOØWYの存在を知れている事を心から感謝しています!

それは私の両親が、
BOØWYを教えてくれたからで、
この平成の時代にBOØWYを
知る機会が沢山ある事
BOØWYの音楽が聞ける事
BOØWYを愛する人々に囲まれていること

たった一組のロックバンドに沢山の幸せをいただきました。

私もアイドルとして多くの世代をつなげる音楽を生み出して行きたいです。


℃-ute 岡井千聖(おかい ちさと)

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BOØWYを知ったのは中1の頃で、当時の自分は超普通の中坊。だからライブに行く発想なんて無く、出始めのCDを買うお金もなく、友達から借りたカセットの、そいつなりのBOØWYベストをダビって「PLASTICBOMB」と「SUPER-CALIFRAGILISTIC-EXPIARI-DOCIOUS」ばかり入学祝いに買って貰ったKENWOODのROXYDG77で繰り返し聞いてた。ちなみにそのテープには確かブルハと渡辺美里も入ってた。中山美穂も入ってたかも。あと好きなテレビは夕ニャン火曜と水曜日。自分にとってBOØWYはそんな時代の「風景」のひとつです。


金田健太郎 (ヴィレッジヴァンガード下北沢店)

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デビュー30周年、おめでとうございます。

青春時代は、叶わない恋にため息をよく漏らしましたが、BOØWYがカッコ良過ぎて漏らしたため息の方が多いかもしれません。
あの時に気が狂うほど「Marionette」を聴いて気が狂った私は、いつの間にかミュージシャンになっていました。

私と同じようにあなた方に影響を受けたフォロワーが、今後も素晴らしい音楽を生み出していく事を楽しみにしています。


かみじょうちひろ(9mm Parabellum Bullet)

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30年前、僕は12歳の小学6年生であった。それからの少年時代、常に心のどこがでまだ成長しきれてない熱い思い、熱い夢、行き場のない熱い怒りと共に僕も僕の周りも生きてきた。
勿論BOØWYを聴きながら。
大人になった今、その熱さは失われ気が付くとくだらない冷めた人間になった事に失望する時がある。
そんな時はBOØWYを聴いて若かりしあの熱さを取り戻す。そこには未だにあのBOOWYが生き続けているからだ。

30thのアニバーサリー、僕らの中で確実にBOØWYは生き続けています!


カンニング竹山

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「ロックって完璧にカッコええやん!」って最初に

思わせてくれたバンドが僕にとってはBOØWYでした。
そんな15歳のガキも今年42歳のオッサンです。

そして現在もBOØWYに触れるたびに思います。
「ロックって完璧にカッコええやん!」


タワーレコード 販売促進部 国広克典

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新宿LOFTの店員時代にBOØWYのステージを観て、これは売れるな、日本で支持されるだろうなと思いました。
熱いバンドは多かったけど、ああいうクールなバンドは他にいなかった。
BOØWYと言えば、とにかく駆け抜けていったスピード感。僕の中ではそこなんですよね。


小林茂明(LOFT PROJECT 代表取締役)

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人生の中でわずか数年間、心と体が録音状態になるティーンエイジの始まり。13歳。解散後の「BOØWY」の音楽に出会い、衝撃を受け、その僅かでも自分の中に取り込みたくて、布袋さんに憧れ、ギターを弾き始めました。その頃の記憶もパッションも全て引き連れて、常に新しく、僕の中で鳴り響いてくれているのが「BOØWY」の音楽です。何故だか自分でも分かりませんが、切ない曲ほど笑顔になり、明るい曲ほど涙が出ます。いくつもの奇跡が永遠に続く、現在進行形のバンドだと思います。


小渕健太郎(コブクロ)

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少年時代に見た衝撃の「CASE OF BOØWY」。以来私の心はBOØWYで作られました。

 ON MY BEAT 「やたらと計算するのは棺桶に近くなってからでも十分すぎるぜLIFEIS ON MY BEAT」
この歌に恥じない死に方を目指して生きています。

 これからもお世話になります。


TBSラジオ「カキーン」パーソナリティ 駒田健吾

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30周年おめでとうございます。
BOØWYとの出会いは、学生時代に同級生が演奏した「IMAGE DOWN」。音楽に全く興味なかったけど、曲のカッコよさに一発でノックアウト。それ以来BOØWYの曲を聴きまくり、ギターを練習し、BOØWYに憧れて追いかけてた。それから20年以上経ったが、今でもBOØWYを追いかける毎日。もちろん、これからも応援し続けます。

こんなカッコいいバンドは他にいない。永遠のロックヒーロー「BOØWY」、まだまだ伝説になんかなんねぇぞ!


タワーレコード株式会社 渋谷店 販促 佐々木浩司

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13歳の時に姉から聴かされた“ホンキー・トンキー・クレイジー”のイントロが鳴った瞬間、<これだ!>と衝撃が走ってBOØWYとロックにはまり、そのままここまで来た感じです。あの出会いが無ければ今の自分は無かったので、本当にBOφWYに感謝です!

解散した時のメンバーの年齢を今の自分は軽く越えてしまいましたが、僕にとってBOØWYは永遠に<かっこいいロック兄ちゃん>のままです。


タワーレコード 販売促進部 佐島敬規

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『BOØWY 30th Anniversary』というお話を聞き、高校の頃、バンドを始めたての頃にBOØWYのコピーバンドをしたのを、思い出します。ライブDVDを見ながら必死に真似をしようとしました。僕にとって今でも「かっこ良さ」を持つ、憧れ存在です。


(じん_自然の敵P)

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今でも年に数回はiPhoneに入ったBOØWY全曲をシャッフル再生で何時間も聴いてます。シャッフルで聴いていると、「お、この曲にはこんないいところあったんだな」とか、「ライブでこういう流れで来たら鳥肌立つな」とか毎回新しい発見がある。好きなアーティストはたくさんいますけど、こういう経験ができるアーティストは本当に少ないです。みんなが選ぶベストだから価値がある。BOØWYはそんなバンドなんでしょうね。


津田大介(ジャーナリスト/メディア・アクティビスト)

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30周年を迎えても未だ色褪せない、夢を見続けさせてくれるバンド、それがBOØWYです。
大人になった私にとって、BOØWYの数々の熱いBEATは、ある意味、健康サプリメントのようなものなのかもしれません。ヒムロックの「俺達はまだ伝説になんかなんねぇぞ!」というあの叫びが未だ頭から離れずに、かなわぬ夢とは理解しつつも、それでも、やはり、もう1度、4人がプレイする姿をこの目で観たい。夢を現実に・・・、伝説になるその前に・・・、

B・E・L・I・E・V・E!


星光堂 商品本部 MD部 新譜課 永易 力

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松井常松のダウンピッキングに憧れて中学の時にベースを始めました。

いまだに全く古さを感じないメロディと歌詞、そしてファッション。
まさに唯一無二のカリスマバンドBOØWY。

もう2度と生で見ることができないであろう。だからこそ僕はBOØWYの素晴らしさを微力ながらたくさんの人に広めていきたいです。

我が息子も最近ではすっかり「ON  MY BEAT 」を叫ぶようになりました。

そんな僕の愛するBOØWY。まだまだ伝説になんかなんねーぞ!


はなわ

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BOØWYの音楽と出会ったのは、中学生の頃。先輩達がコピーバンドをやっていて、思わず聴き入って、どんどんハマっていったんです。彼らの音楽は、短い活動期間の中にすべてが凝縮されていて、今の若い人が聴いても、いろんな発見があるはず!今の音楽とのつながりも深いと思います!


原口あきまさ

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BOØWYのメンバーの方々にはデビュー前から仲良くして頂き、よく遊んで頂きました。
当時いろんなバンドがいる中、同郷のBOØWYは僕たちの自慢であり誇りでした。
そしていつしか目標になり、今の自分たちがあると思っています。
BOØWYはいつまでも僕たちの心の中に存在し続け永遠に語り継がれると思います。 


樋口豊(BUCK-TICK)

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あれから何年たったのか?いつの間にか自分の賞味期限が切れかかっているわ。その前にもう一度だけ見たいなぁ、アレ。

ELLもいつの間にか36周年。田舎でしつこくライブハウスやってます。またみんな遊びに来てくれよ。

昔話をするには未だちょっと早いかもしれないけど、やり残した悔いが残らないようにしておこう、残った時間で。


ELL平野茂平

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『泣き顔でスマイル…すりきれてシャイン…

いつまでも色褪せないBOØWYの音楽にいつも感動しています。僕が初めて聴いた曲はホンキー・トンキー・クレイジー。歌詞の意味も分からずにひたすら口ずさんでました(笑)

これからもずっと心の中で最高のGIGを!生誕30周年、おめでとうございます!!』


ペレ草田

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僕は俗に言う

「BOØWY世代」ではありませんが、

はっきり言って

痺れました。

ただ、純粋に、マジかっけー。


雅-MIYAVI-

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1983年9月25日、高崎MAKE UP BOØWY初体験でした。
PAシステムもない、そんな生音ライヴなのに、びっくりするほど音のバランス、アンサンブル、
パフォーマンス、全てが素晴らしかった!
そこからですよ!おかしくなったのは。こんな俺に誰がした。
BOØWYですよ!!


ヤガミ・トール(BUCK-TICK)

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何と言っても、氷室京介は圧倒的にカッチョいい。
BOØWYになる前から新宿あたりのライブハウスでもずば抜けて目立つ存在だった。
布袋寅泰は物凄く足が長いと思います。
みんな若かった。
ONLY YOUやMARIONETTE などは今でも大好きな曲で、ワクワクします。
いや、ゾクゾクかな?ムラムラかも。
特にJUSTYは、当時フジテレビで私がやっていた《いきなりフライデーナイト》のオープニング曲で、メンバーも生出演してくれて、嬉しかった。
BOØWYはあんまりバラエティーとかトーク番組に出ないんだって後で聞いてびっくり!感激しました。

もう30年かぁ。
アニバーサリーおめでとうございます。
ずーっと好きです。


山田邦子

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ラジオを通じ東北支援の活動を続けて2年目。
記憶の風化がささやかれるたび思う。
活動が6年間であっても30年以上語り継がれるバンドがこの国には存在してるじゃないか。
時代と寄り添い背中をおしてくれた曲はオーディエンスの力によって永遠に風化せず、
今もなお僕達に勇気をくれる。
BOØWYが好き。
そしてBOØWYが好きな人も僕は好き。
共感。
その思いを伝えたくて今日も曲を電波に乗せる。


ラジオパーソナリティー やまだひさし オフィシャルHP:http://www.yamadamic.com/

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人は幾つかの思い出と幾つかの記憶で出来ている。僕の幾つかの出会いの中にBOØWYがある。僕の幾つかはBOØWYで出来ている。


山本耕史

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