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第十章:扉
 僕が戻ってきて、ツパイは心底うれしそうな様子だった。僕はツパイに断りを入れ、もう一度うろの中に頭を突っ込み、その扉の1つ1つを見た。
「……ツパイ、聞きたい事があるんだ。この扉を作った職人は、どうしてこんな扉をつけたりしたんだい?」
 そう言いながら振り向くと、ツパイは少々困ったような顔をして、フルトンに向きなおった。
 フルトンは「やれやれ」とでも言いたげに溜め息を1つつくと、箱書斎にのそのそと入って行った。そして一冊の本を手に外へ出てくると、書斎の上に登りながらそれを開いた。
「……その昔、このうろのネズミを襲う一匹のヘビがいたそうだ。だが、穴をふさぐような蓋などないため身を守ることができず、かといってうろを完全にふさいでしまっては出入りができなくなってしまう。困ったネズミ達だったが、ある時“箱書斎のフルトンを連れて”旅をしていた職人に出会った」
 えっ、と振り向くと、フルトンは少々険しい顔をしていた。どうやら、聞かない方がいい内容のようだ。
「ネズミたちは職人に頼み込み、扉を作ってもらった……ツパイ、それでよかったね?」
「えぇ、えぇ。私たちが伝承している話と、まったく内容は同じです」
「そっか……うん、ありがとう。良い話が聞けてよかった」
 ツパイはまた、嬉しそうに笑った。僕は返事の代わりに、絵具を取り出した。



「これは……目、ですか?」
 ほどなくして絵は完成した。樹のうろの真上、大きな大きな目玉模様が浮かんでいた。
 今にもぎょろりと動き出しそうな目。瞳はほの暗く、吸い込まれるような錯覚を覚えさせた。
「鳥類の生き物は目玉模様を嫌うといいます。ミミズクも、この目玉があるうちは、これを怖がって巣に近づくことはできないでしょう」
 また、あえて派手な色は選ばず、暗く落ち着いていて深みのある色を選んだことで、景観を損なわず、不自然さを消していた。
「素晴しい……実に素晴らしい!」
 ツパイはそれを見上げ、とても興奮した様子だった。獣の本能だろうか、どことなくこの目玉が持つ力も理解できているようだ。
「ありがとうございます、ありがとうございます! おかげで私たちは、怯える事なく生きていくことができる……」
 もはや涙ぐむツパイ。ネズミだというのに、その仕草が本当に女性的なものに見えて、思わず笑ってしまった。
 そして、近くを通った時にはまた顔を出すことを約束し、僕たちとツパイは別れた。
「ユジーンさん、お元気で!」
 振り返ると、うろの縁からたくさんのチビトガリネズミが顔を出していた。僕は笑って手を振ると、また向き直って歩き出した。
「……それで、一体何に気が付いたんだい?」
「はは、フルトンに隠し事はできないな」
 歩き出すと同時に、フルトンが箱書斎から顔を出した。その様子はとても不機嫌そうだ。
「当たり前だ。彼らに教えてはならない事なんだろう? なんとなくそんな気もしていたよ。いったいどんな事実に気が付いたというんだ?」
「フルトン、あの扉をちゃんと見たかい?」
「うん? どういう意味だい?」
「あの扉、全部押し戸だった」
 それを聞いた瞬間、フルトンはハッとした様子だった。
「ユジーン、まさか……」
「うん……蛇どころか人間が指先で軽く押すだけで、金具が壊れて開くはずだ。それぐらい脆い作りになっていた。多分わざとだろうね」
 そう、あの扉、とても繊細で素晴らしい作りをしていたのに、金具のところだけがずいぶんと脆く作ってあったのだ。それも壊れやすいのではなく、適切な力を加えない限り壊れないような設計で。
「きっとその職人さんは僕と同じ矛盾に苦しんだんだろうよ。そして、どちらにでも転ぶ選択肢を選んだ。自然がバランスを取るってきっとそういうことだよ。もしヘビが生きることが正しかったなら、ヘビは扉を壊して入ってきていたはずだ」
 逆もしかりと言おうと思ったが、言わなくてもわかっているようだったのでやめておいた。
「僕はねフルトン。すごく水をまぶしてあの絵を描いたんだ。雨でも降れば跡形もなくなるだろう。その時に、ミミズクがもう諦めているか、しつこくあそこを餌場にしようとするか、それをミミズクに選ばせるべきなんだと思うんだよ。もし僕がミミズクにお願いされて「飯を食うのに邪魔だからあのうろの穴をけずってくれ」なて言われてたとしたら、僕はどうしただろうね?」
 フルトンはうーんと唸り、そして小さなメガネをかけると、先ほど取り出した本をまじまじと見つめた。
「……書き足す必要がありそうだな、いろいろと」
「ははは、お疲れ様フルトン」
 ひとまず、今後ツパイ達がどうなるのかは、僕にはわからない。ただ一つわかったのは、きっとこれが最後ではないと言う事。フルトンと一緒にいる以上、また同じような事があってもおかしくはない。
 僕は既に予想していた。この2人旅は少し長くなりそうだと。
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