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第八章:もう一匹のネズミ
「ユジーン、少しいいかね?」
 あれから二日目の夜。またもフルトンの箱書斎に来客があった日の事だった。突然フルトンが箱書斎から顔を出したのだ。
 来客のある日は、基本的に箱書斎からは出てこないはずだったのだが、その日だけは様子が違った。
 僕が頷くと、フルトンは書斎に顔を戻し、何やらつぶやいたようだった。そしてフルトンが書斎から出てくる……と、なんともう一匹のネズミが、かいがいしく書斎から出てきたのだ。
 僕は心底驚いた。それはフルトンの種である「コミミトビネズミ」とは全く異なるネズミだったのだ。
 フルトンよりもさらに一回り小さいのだが、前足を地面にしっかりつけ、体毛は黒い。そして鼻がまっすぐと伸び、ひくひくと動いているのがわかった。どちらかというと、僕たちがよく知っているネズミの姿に近かった。
「紹介するよ、チビトガリネズミのツパイだ」
「初めまして。あなたが、ユジーンさんですね?」
 声で、ツパイが女性であることがわかった。見た目ではどうも判断しかねるのが、ちょっとした欠点のように思えた。
「はい、初めましてツパイさん」
「ツパイで構いません。ユジーンさん、こうしてお目にかかりましたのは、あなたにお願いしたいことがあるからなのです」
「僕に、お願い?」
 何故、しがない旅の絵描きである僕に、こんな小さなネズミがお願いなんかするんだろうか。すると今度はフルトンが口を開いた。
「ユジーン、ツパイは、君だからお願いしたい事があるそうなんだ。今日はもう暗い、明け方にツパイと一緒にある場所へ出向くから、今日は速めに寝よう」
「えぇ、そうしていただけるとありがたいです。私も夜は恐ろしい」
「あぁ、わかった」
 そうして、その夜はフルトンと話すこともなく、速くに眠った。


「お願いしたい事とは、これなのです」
 まだほの暗い明け方、僕たちはツパイに案内されるまま、とある樹の根本まで来ていた。
 立派な樹。だが、葉をつけている枝は少なく、その樹の寿命がもう長くはないことが、なんとなく感じてとれた。
「この樹の根本のうろに、私たちの集落があるのです」
「えっ、マジ?」
 確かに大きなうろが開いているが、こんなところにネズミの集落があるだなんて。ツパイに「覗きこんでも構わない」と言われたので頭を突っ込んでみると、暗いながらもそのうろの内部にとんでもない光景を見る事が出来た。
 うろの内側にいくつもいくつも穴が開いており、そこにまるで人間の街のように扉や窓がついているのだ。それも小さく、そして緻密な作りのものがいくつもだ。ちらりと、その窓の1つの中に小さな目が見えた気がした。
「全て職人の手によってつくられた扉や窓です。私たちの一族を護ってくれている人が、遠い昔に作ってくれたんだとか」
「凄い……本当にすごいよ!」
 思わず顔を出して、ツパイに言いよってしまう。が、ツパイはまだ人間が怖いようだ。表情を歪ませたまま固まってしまった。
「あ……ごめん」
「い、いえ、構いません。それで、お願いの件なのですが」
 そう、そもそもここへやってきたのもそれが本題なのだ。いったい、お願いとはなんなのか。
 でも、ここには何もかも揃っているような気がする。僕がここに手を加える必要などあるのだろうか?
 だが、その「お願い」の内容を聞いて、僕はまさしく耳を疑った。
「この樹に、絵を描いてほしいのです」


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