ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
第七章:フルトンの箱書斎
「残った絵はどうするのだね?」
 街を出て道を歩きはじめてすぐ、フルトンが顔を出した。どうやら、人が多いところなどではあまり箱書斎から出てこようとしないようだ。
「うーん、基本は持って行って、次の街で一緒に売るかな。ほかの街の景色を買いたいって人は多いし、むしろこうやって残った絵を次の街に持っていくとよく売れる」
 鞄からぶら下がった木の皮。その時初めて、もう絵が描いてない皮が無い事に気が付いた。
「……フルトン、ちょっと道を変更してもいいかな?」
「うん? 別にかまわないが」
 それに頷くと、僕は険しい山道の方に脚を進めた。
 山に入ってすぐ、目当ての木を見つけた。オーク系の木の皮が不自然に剥がれ、削れている。そこにナイフを突き立て、下に向けて打ち込む。すると、割れるように剥がれた。
「これは、鹿が食べた痕か?」
「そう、冬の食べ物が少ない時に食べたんじゃないかな。ここをはがして、もっと削って薄くするんだ。紙みたいになる」
「君は、自分が絵を描くための道具は全部自分で揃えているのか?」
「え?」
 そこで考えて、初めてそうだと気づいた。キャンパス、炭、絵具、ペン、ほとんどが自分で揃えたものだ。キャンパスを固定するための木の板だけは買ったものだが、それ以外は自力で集め、形にしたものだ。
「なんか、言われて初めて貧乏画家だって感じるなぁ」
「そんなことはない、素晴らしい事じゃないか」
「え、そう?」
 絵を描く道具を買う金無いのに、それのどこが素晴しい事なのだろうか。
「ジェルボアの賢者の言葉だ。「薬で病を治す者は別の病にかかる。身体を鍛えている者は病にかからない。鍛えている者が薬を飲めば、さらに強くなれるだろう」買った道具で絵を描いたとして、それは君が自分で選んで使ってきた物には及ばないだろう。本当に欲しい色は、自分の力で作ってきたんだろう?」
 そう言われると、そうかもしれない。今まで手にあった物で今よりも良い物を作れなきゃ、いい道具を手に入れたって使いこなせっこない。
「でも、やっぱ筆は欲しいなぁ……」
「ふむ、私の毛でも使ってみるか?」
 流石にぎょっとした。それは果たしてフルトンの体が大丈夫なのか。
「……冗談だ、本気の目で見ないでくれ」
 そして、2人で大笑いしたのだった。


「フルトン、この間の夜はどうして箱書斎から出てこなかったんだい?」
 たき火の日に当たりながらコーヒーをすすり、ふと思い出した素朴な疑問を、フルトンに投げかけてみる。
 あの日、フルトンは箱書斎の中にいながら外に出てこなかった。夜中目覚めた時には出てきたようだが、それ以外では姿をとんと見なかったのだ。
 僕はその夜の事がずっと気になっていた。
「私が旅をしているのは、伝承するための物語を集めるのともう1つ、大事な役目があるからなんだ。私は、その土地に住むネズミの一族たちに、集めた伝承を伝える伝道師としての役目を持っているんだ。あの日は来客があったのさ。あの街に住んでいるネズミの一族の長だ。ああやって私の書斎を訪れて、話を聞きに来てくれたのさ」
「じゃああの時、箱書斎に別のネズミが来てたの? 全然気づかなかった……」
 とはいえ、箱書斎はずっと鞄にぶら下げて合った。下ろしていたのは絵を売っていた時だが、あの時くらいしか入る瞬間は無かったはずだ。
「お客さんが訪れたのは宿屋に入ってからだよ」
 すると、僕の考えていたことを見透かしたようにフルトンが言った。
「ネズミというのはねユジーン。基本的に人に姿を見られたくないんだ。人はネズミを忌み嫌うからね。だから隠れて、見つからないように私の書斎を訪れる。それがネズミの正しい姿なんだ。私も、君以外の人にはあまり姿を見せないだろう?」
「そうだけど……」
「さて、今日はちょっと失礼するよ。また来客だからね」
 えっ、と思って箱書斎を見ると、明かりがついている。フルトンは滑り込むように中に入って行った。どうやら僕は、また彼らの来客に気づくことができなかったらしい。
「………」
 また、妙なさみしさを感じていた。僕は意外とさみしがり屋かもしれない。そんな風に思った夜だった。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。