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サウィンの宴
作者:海松房千尋


 直人がホームに降りたところで、日比谷線の最終電車は既に終わってしまっていた。

「大丈夫よ、携帯電話は胸に挟んであるから、絶対気付くわ……必ず来てね?」

 そんなセリフに見事に釣られて、徹夜仕事を放り出してまで駆けつけたというのに――。
 ……結局恵比寿で足止めである。

 地上に出ると流石に寒い。
 十月は冷たい風が三十分も前に、遥かな過去へと運び去った後である。

 交番の横を抜け、とりあえず灰皿のある場所を探しながら電話をかけるが、当たり前のようにつながらない。

 さっさとタクシーに乗り込んでしまえばいいのだが、誘いを受けた時ほどのモチベーションは既にない

 待っていると言ったあの女は、おそらく自分以外の二~三十人に同じセリフを吐いているはずだった。

 直人も本気でその女に会うのが目的だったわけではない。

 仕事に追われて時間に追われて、丁度、何もかも全部放り棄てて逃げ出したくなっていた時だったのだ。

 六本木を目指してここまで来たらしい数人の外国人と日本人が、慌しく客待ちのタクシーに乗り込んでいく。

 半数はなにやら怪しい仮装に身を包んでいる。

 浮かれた雰囲気の男女の姿を見ているうちに、何もかもがどうでも良くなってきた。

 ――二本目の煙草に火を付ける。

 と、ほとんど同時に隣でカチカチ、ライターの電子着火装置の作動音。

 ガスが切れたのか一向に火の付く様子が無い。

 苦笑して握ったままだったライターを隣に立った女に差し出す。

 適当に結い上げられた、本来は綺麗な夕陽色をしているらしい、手荒く染めた長い金色の髪。

 サイズを間違えているのではないか、というより、「それは小さすぎるだろう!」と叫びたくなるほど小さなTシャツ。
 なにやらキラキラ光る素材で出来た、やっぱりサイズ違いの短いジャケット。
 まるでボクサーショーツの様なジーンズに、ピアスの光る、深くて可愛らしいお腹のくぼみと、ピンヒールの黒いブーツ――。

 流石にそれだけでは寒いのだろう、それら全てを台無しにしている、あつぼったい、モンベルのナイロンジャケットを羽織っている。

 ……ま、六本木によくいる外国人観光客の一人だ。

 差し出した炎が二度三度と風に消されると、二人で同時に苦笑して、冷たい手を重ねて、やっとの思いで火を付ける。

 上目づかいに口の中だけで呟いた言葉はサンクスだったか……。

 正面から見ると驚くほどまだ若いし整った顔立ちをしていた。

 おそらく英語圏の人間だとあたりをつけると、とたんに気安くなって、軽くその場で自己紹介する。

 待ち合わせた友達にドタキャンされて、帰ろうと思っていたところらしい。

 因みに彼女、日本は二度目で六本木は三回目なのだという。

 こんな時間じゃ帰れないし、六本木にいくならタクシーをシェアしようと持ちかける。

 一拍おいて無邪気な微笑み。

「……Oky」

 サウィンの夜の、枯れ葉舞う寂しい恵比寿の駅前に、クラブの巫女の狂おしい熱狂の踊りに導かれ。

 プリマヴェーラが降りてきた――!

 煙草をもみ消し、恭しく彼女の手をとり、タクシーに乗り込む。

 ……宴は、これからが本番のはずだった。



おわり
サウィンはハロウィンの元になったケルトかどこかのお祭りの事です。
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