洋画の吹き替えなどで知られた野沢那智(なち)さんは、マイクの位置からこだわった。おはこのアラン・ドロンを演じる時は画面に向かって左端。他の声優陣に斜めに背を向け、うつむき加減になる。「この姿勢じゃないと、彼の孤独な、センチメンタルな雰囲気がうまく出ない」▼声だけの演技には、研ぎ澄ました感性が要る。話術を超えて、演者や配役への思いが声色に出るらしい。83歳で亡くなった納谷悟朗さんもそんな役者だった。俳優の自覚ゆえ、声優と呼ばれるのを嫌った▼ごつい岩のような濁声は地ではなく演じたもの。40年近くやった「ルパン三世」の銭形警部は憎めぬ三枚目に、チャールトン・ヘストンなら頼れるリーダーに聞こえた▼好みは洋画より「声の芝居ができる」アニメだという。初期の銭形は原作通りの二枚目風だったが、クールなガンマン次元(じげん)大介と重ならないようズッコケ調に。自在に対応できたのは、人物を一から作っていく舞台経験のお陰と顧みる▼「舞台をきちっとやるべきだと思いますよ、声優さんも……ラジオドラマだけやってた人だって、ちゃんと芝居やってたんですからね」。ベテランたちの独白を集めた『演声人語(えんせいじんご)』(ソニー・マガジンズ)にある▼18年前の春、声仲間、山田康雄さんへの弔辞は語り草だ。「おい、ルパン。これから俺は誰を追い続ければいいんだ」。銭形の怒声は涙で震えた。その宿敵と、にぎやかに再会した頃か。「ここまで追っかけて来ちまったのか、とっつぁん」