<2012年12月=東スポ携帯サイトより>
12月8日放送の「サザエさん」を見ていて驚いた。
「マスオ紙ふぶき」(作品No.6710=雪室俊一脚本)というお話の冒頭、マスオとアナゴが海山商事の窓から華やかなパレードを見学。アナゴがタメ息混じりに「あぁ…。オレの人生には、ああやって紙吹雪を浴びるようなことは永遠にないだろうと思ってね~」とボヤくのだが、この時、パレードで流されていたマーチ音楽が、あの英国産コメディ番組「空飛ぶモンティ・パイソン」のオープニング曲だったからだ。
モンティ・パイソン――。私的には超メジャーなコメディ番組だと思い続けているのだが、今夏のロンドン五輪閉会式にて、メンバーの1人、エリック・アイドルが登場して定番の「人間大砲」(元祖は葛城ユキではなく、この人!)を失敗するというネタを披露していたのだが、これを実況中継するNHKのアナウンサーには、誰だか気がついてももらえず、ほぼスルー…。日本国内においてはメジャーなのか、マイナーなのか微妙な存在になりつつある。
周辺の老若男女にリサーチをかけてみても、サザエさんにおいて「モンティ・パイソン」の音楽が流れていたことに気がついた人は、あまりいなかった次第。
調べてみると、私が「モンティ・パイソンの音楽」と思いこんでいた、あの、いかにも英国風の行進曲は、実際には英国でも何でもなく、米国において「星条旗よ永遠なれ」「ワシントン・ポスト」「士官候補生」をはじめ、実にさまざまな行進曲を作曲しまくった〝マーチの帝王〟スーザ作曲による「自由の鐘(The Liberty Bell)」という曲。1893年の作品だそうだ。
吹奏楽の世界では、かなり有名な曲だそうで、サザエさんの劇中で流れていても、全く不思議ではない。だが「モンティ・パイソン」ありきで、この曲が脳にこびりついている私にとって、これは反射的にモンティ・パイソンを思い出す装置にしかならない…。かの有名な「ウィリアム・テル序曲」(ロッシーニ作曲)を聴いて「オレたちひょうきん族」を思い出すのと一緒。
そんな「空飛ぶモンティ・パイソン」が日本で初放送されたのは昭和51年4月のこと。毎週金曜夜10時からの1時間枠で、放送局は東京12チャンネル(現・テレビ東京)。時間帯は〝エログロナンセンス〟の極みである「金曜スペシャル」と、隠れた人気5分番組「勝ち抜き腕相撲」に挟まれた編成だ。
ぼんやりと、アイパッチ姿でイグアナのものまねをしたり「四カ国マージャン」なんて芸を披露する初期のタモリとセットになっている人も多いことだろうが、実はその記憶が正しい。
日本放送版のモンティ・パイソンは「チャンネル泥棒!快感ギャグ番組 空飛ぶモンティ・パイソン」なんて異常に長い番組タイトルで、本家のコメディ部分と、日本で新たに製作したタモリやチャンバラトリオによるネタ、コントの合間には日本の芸能人が、スタジオでそれを肴にトークする場面も全部ゴチャ混ぜにしたバラエティ番組だったのだ。
「必殺仕業人」や「必殺からくり人」(NET)、国産のバラエティ番組である「うわさのチャンネル!!」(日本テレビ)と強力な裏番組に対抗する処置だったのだろう。そんな異常に番組タイトルが長い、日英ごった煮版モンティ・パイソンこそが、タモリ初となる本格テレビ出演作だったのだ。
2011年夏にエリック・アイドルが初来日し「笑っていいとも!」にゲスト出演した際、当の本人同士は何ら面識もなく初対面だというのに、40代以上の視聴者だけは、妙に2人の顔合わせを懐かしく感じてしまった…という珍現象はそのためだろう。