負け続けて幻想郷 (ポーク・トン)
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 私は途方もなく、愚かなことをしてしまいました。
 欲に負け、目がくらみ、決して物書きとしてしてはならない事をしてしまいました。
 その行為に及んだのは四日ほど前からです、そしてその行為の愚かさと罪深さを再確認されたのは、今日のこと。
 私は他者に指摘されて初めて自分が如何に恥ずかしく、物書きとして――いいえ、人間として小さな事をしていたのかを理解しました。
 そして、同時に、その行為が多くの人の好意を踏みにじる事であるという事も、理解させられました。
 この文章を読んで、何のことなのか? と首をかしげてしまわれる方もいると思われます、いや、むしろそちらの方が多数派だと思われます。
 なにをしたのか、具体的にここで語るのは場違いだと思われますので言及しませんが、この謝罪文の意味が解る方、また、解らない方を含めまして、この小説を読んでくださっている全ての方々にこの場をもって謝罪させていただきます。
 申し訳ございませんでした。
 つきましては、今回の件の落とし前としまして、この小説の削除を考えております(お気に入り、評価、uA、感想のリセットのため)。
 しかし、この小説を完結まで書かないと言うのも、ある意味で裏切りでありますし、それをしてしまう事はただの逃げだと考えさせていただき、また、私自身完結まで書きたいという、この期に及んでも醜くも存在する私のチッポケなプライドもあります。
 そこで、一章が終了してから、私が一章の修正作業を終えるまでの期間は、この小説を残しておき、作業が終わり次第、この小説を削除し、まったく同じ題名にて『負け続けて幻想郷』を一日三話(サーバーの負担の観点から)づつ投稿させていただきたいと考えております。
また、それによって生じた空白の時間を使わせていただき、二章の書き溜めも執筆し、一章の投稿が終了し次第、二章開幕とさせていただきたいと思います。
 とても自分勝手な言い分となりますが、どうかご容赦して頂けることを心よりせつに願います。
 もしも、この対応に不満がある方がいましたら、また、それはおかしいだろうと思う方がいましたら、お手数ですが、メッセージ等いただければ幸いです。

――それでは、最新話の更新だと言うのに、長々とすいませんでした、活動報告にての謝罪も考えたのですが、それですと小説を読んで頂いている皆様に目を通していただくことができないと思い、この場をお借りしました。
 言葉ばかりで、長々と、胡散臭く受け取られてしまうかもしれませんが、私は今回の件を重く深く反省し、これからも執筆活動を続けていきたいと考えいます。
 



第44話 決着×瑞貴≠負敗

第44話『決着×瑞貴≠負敗』

 瑞貴が目を覚まして、状況を把握しようと仰向けになって、一番最初に見たものは、相も変わらず(いびつ)に形を歪めている月だった。通常の月よりも大きく、そして満月である筈の夜に、その形を歪めてしまってる、この異変そのものだと言っても過言ではない、それだった。どこか禍々しくも美しいそれだった。
 そして、次に見たのは、その月に負けづ劣らずの美しさで空を舞う少女と、少女たちが展開し、創造した幻想世界――弾幕だった。
 特に、この夜に、魔法使いの放つ星はとても相応に映っている。

(――痛ぃっ、あぁ、ちょっとこれは辛いかなぁ)

 空で広がり続ける幻想に現を抜かす事三十秒。
 瑞貴ははっきりしてきた意識と、それに比例して襲ってくる痛みに、今の自分の状態を自覚した。
 今の瑞貴に、『正の補正』は存在しない。
 意識下の負との折り合いをつけた事で、今の瑞貴は軽度の『負の補正』すらおびてしまっていた。
 元が二十八ならば、今は三だろう。
 自分にしかわかりえない尺度で、瑞貴は自身の状態を分析する。
 土の匂いが鼻を突いた。
 天に向けて伸びている竹が、視点の低さからより高く見える。
 痛む体を起こして、なんとか座る事に成功した瑞貴。立ち上がるにはまだ少し時間がかかるか――と体の調子を確かめていると、声がかけられた。

「あら、お目覚めかしら?」

 聞き覚えのある声に、瑞貴が首を動かして見上げる。
 金色の髪と、白い肌が月の光を反射して、一層の妖艶さを醸し出すスキマ妖怪、八雲紫が、いつもの如く傘をさして微笑んでいた。

「あぁ、紫さんか、なんか用か?」

「いやね。面白映像が見れるというから、少し前からここにいたのだけけど、いつから始まるのかしらねぇ。まぁ確かに、アレだけの啖呵を切った貴方がそうして意識を失っていたところなんて、それだけで十分に面白いのだけれど」

「……言ってくれるな」

 苛立ちを覚えつつ、いつもと大差のない紫の態度に、なんだかため息が漏れた。
 どの道まだしばらくは立ち上がれそうにないのだから、いろいろ聞いておこうと、瑞貴が口を開く。

「そう言えば、今空中で戦ってる魔理沙は勝ってんのか? いまいち弾幕ごっこの有利不利ってのはわからないんだけれど」

 空中の芸術的な幻想を指差して、言う。

「そうね。負けが八割、勝ちが二割かしら」

「もちろん、魔理沙が八だよな」

「もちろん、霊夢が八よ」

 マジかよ、と額に手を当てて舌打ちをする。予想してはいたが、まさかそこまで不利だったとは流石の瑞貴とて予想外だ。
 だが、考えてみれば自力で負けていた魔理沙が、疲労を引きずりながら戦っているのだから、その結果は当然とも言えた。むしろ、コレだけの時間、博麗の巫女を相手に拮抗して見せている事、それだけで十分な奮闘ぶりだ。
 それが解っていたから、瑞貴は魔理沙を責める事はしない。
 けれども、そんな状況で呑気に眠っていた自分には怒りを覚えた。

「あー、しゃーない。多少の無理は承知だったわけだし、多大に無理をしようかねぇ」

 痛む足を動かして、軋む体を駆動させて、立ち上がる。
 途端、重心を支え切れていないかのようにフラリと倒れそうになり、慌てて竹に右手をついて体を支えた。
 額に嫌な汗が滲んでいる。立ち上がっただけだというのに、肩で息をし、悲痛に表情を歪ませて左目を閉じていた。

「やめておきなさい。今の貴方が行っても邪魔をするだけよ。貴方はよく頑張ったわ、ルールがルールなら勝利だってできていたし、時間稼ぎだって完遂して見せたじゃない、もはや勝ったようなものよ。あとは二割に賭けて、見物しておくのが無難だし、正当な正答だわ」

 その様子を見て、紫が吐き捨てるように言う。
 それでも尚腰を下ろそうとしない瑞貴を見て、やれやれと言葉を付け足す。

「貴方はね、正の補正を受けてコップの口に筒を被せたの。だから普段より多くの水を入れられた、けれど今は満タンであったのにもかかわらず、その筒を外してしまったのよ。中の水は当然毀れるし、その水が毀れきった後も、またギリギリまで溜まった水が残るわ、だから無理なの。それでもなお、毀れてしまった水に耐えきれたとしても、少しでも動いてしまえば水は再び毀れてしまう」

 許容できる量は優に越えてしまった――とそう言う。
 その言葉を瑞貴は証明するように、糸の切れた人形の様に崩れ落ちた。
 膝を折り、辛うじて腕をついて四つん這いになる。
 紫は、瑞貴を一瞥して期待外れだと罵ったり――はしない。
 むしろ、今回の行動に対しては良くやったと賞賛さえ送ってやりたいと思っていた。この場で勝利を手にして貰えないと言う事は確かに紫の計画に影響を与えるが、しかしそれは十分に許容できる範囲での影響だ。
 プランの修正は可能だ。
 しかし、壊れてしまった人は修正などできない。
 それは、八雲紫の力を持ってしても不可能だ。
 だから、今回は僅かに残った二割の勝率に賭けようと、そう考えていた。

 ――目の前で、瑞貴が再び立ち上がる前までは。

「だめよ、それ以上は――」

 見かねて、力づくで止めに入ろうとした。
 計画の事もそうだが、単純に瑞貴の身体を案じてという面もある。
 だが、その言葉を遮って、瑞貴が声を絞り出す。

「――違うぜ紫さん。全然わかっちゃいない」

 しっかりと、二本の足で立つ。

「頑張ったってダメなんだ、まだやれることがあるなら、足掻くべきなんだよ」

 よろめきすらしない。

「勝ったようなものじゃダメなんだよ、まだ勝てる望みがあるのなら、勝ちたいんだ」

 振り返り、両の手を広げてみせる。
 大丈夫だと、そう言って不敵に笑って見せる。
 意地を張って、痩せ我慢を決め込む。

「俺は今さっき、やっとわかったんだ。其処に正だとか、負だとか、そんな事は関係なんだ、俺は俺で、俺故に俺として、この勝負で価値のある勝ちを掴むんだよ、掴みたいんだよ」

 今まで瑞貴は戦ってきた、自分の中の『負』と戦ってきた。
 そのために努力だってしてきたし、そのために力だってつけていった。
 けれど、今ならわかる、それは間違っている――と。
 負ですら、その邪魔で仕方がなかった要素すら、自分なのだ。
 ならば自分と戦っていた瑞貴がいかに不毛な事をしていたかも伺える。
 むしろ、本当に勝ててしまっていたら――自らを自らで殺してしまっていたらと思うと、ぞっとした。
 自分の敵は自分だ、だとか、本当の敵は己だ――とか、よく漫画やアニメで聞く話ではあるが、瑞貴はあれは間違っているのだと声を大にして言いたいと思う。
 自分すらも信じられなくなった時――それは自己が崩壊へと向かう時に他ならないのだから。
 紫は知っていた。
 瑞貴がどういった考えで、どういった決断をしたのか、その一部始終を知っていた。

「それに知ってるか紫さん、人間って言うのはさ、心の在り様で自身の持つポテンシャル以上の事をやって退ける生き物なんだぜ? それが男の子なら尚更だぁ」

 だからこそ、止めるべきだと解っていても、止められなかった。
 その余裕が偽りだと看破していて、けれども、紫はこう言った。
 呆れた様に笑って、けれど心の底から笑って。

「――()ってらっしゃい」




 魔理沙は焦っていた。


 前述するならば、この勝負にケリを付けるための決定打。つまり、『切り札』ならば、魔理沙の手中にある。
 その一撃さえ叩き込む事ができれば、十中八九、魔理沙はこの勝負に勝利する事ができるだろう。
 魔理沙に残された、紫曰く二割の勝率はそれに収束している。
 にも関わらず魔理沙は焦っていた。
 理由は、この勝負の流れにある。
 互いがラストスペル。つまり、先にスペルカードを発動した場合、それが突破された時点で敗北が決定する今、両者の間には膠着があった。
 いつもならば、どちらともなくラストスペルを発動し、どちらともなく、敗者と勝者が決定する。
 なんの合図もなしに、なんとなく始まって、なんとなく終わるのだが、けれども、現状を観れば、互いにそうは行かない。
 魔理沙には、必ず勝たなければならない理由が在り、霊夢にはその想いに全力で答えるべきだという思いがある。
 だから生まれてしまった膠着状態。
 先から続く、互いの牽制と、小技。隙の大きな大技を放てる程には両者の実力は離れていない、だからスペルカードを封じての戦いとなれば、結果としてそうなってしまう事は必然だった。
 そして、そうなってしまえば、軍配は地力で上回る霊夢へと上がってしまう事もまた、必然だ。
 魔理沙もそれは解っている、だからこその焦り。
 もう何度目かになった被弾による衝撃を、箒を巧みに操り緩和して飛行を続ける。
 未だ涼しい顔で弾幕を放っている霊夢を見据えて、一層気合を入れて星と弾を放つ、魔力を込めたそれが、回転しながら向かっていくが、やはり躱されてしまう。
 相手が未だ一度として被弾していない――なんて事は無いのだが、しかしそれでもこの状況は魔理沙からすれば辛いモノであるのに違いは無い。

(どうにかして、一瞬だけでも動きを留めてくれれば――欲を言えば、三秒動かないでくれれば、より確実な一撃を叩き込む事ができるってのに……ここに来て、策の一つも思い浮かばないのか、私の頭は!?)

 いっそ、ぶっ放してから考えるか? えぇぃ弾幕はパワーだ!
 と、自棄になり始めた頃だった、魔理沙の視界に黒い影が移り込んだのは。
 体を引き摺っているようにも見えるそれが、竹や草を利用して霊夢には見えない角度で魔理沙に向かって合図を送る。いや、より正確には、コートのみは隠れきれていない様子で露出されており、そこからナイフが突き出ていて、霧のせいで、僅かしか届かない月光を反射させて、魔理沙の視界にチカチカと光をあてていた。

(……瑞貴だよな?)

 当然ながら、あらかじめ光での合図の意味など話し合ってなどいない魔理沙は、それが何なのかわからず、弾幕を避けながらに、考え込んでしまう。
 しばらく凝視していると、霊夢が訝しげに魔理沙の視線の先に視線を送った。
 その時になって気がつく。
 明らかな隠密行動をしていた瑞貴の存在を霊夢に悟らせてしまう事の意味を――忌みを。
 頭を抱えたくなった魔理沙を余所に、霊夢は「ははーん」、と手を打った。

「こそこそ隠れてまた奇襲を仕掛けるつもりだったわけね、まったく油断ならないわ」

 ちらりと魔理沙を非難するように一瞥する。

「弱い者いじめは趣味じゃないのだけれど、仕方ない。厄介なことになる前にトドメを刺してこようかしら」

 その言葉に、魔理沙が動く。
 瑞貴がまともに戦えない状況だと言う事は、いくらこの状況で焦っていたとはいえ、魔理沙でも理解できていた。
 だから、それを阻止するために動かざるを得なかった。

(まずいまずい、流石に笑えないぞ、これは。笑って許されないし、笑って貰えないぞ!?)

 霊夢に対する弾幕を調節し、瑞貴への針路を阻害してみたものの、やはりと言うべきか足止めの役すら成さない。
 とうとう、魔理沙の顔が青ざめた。
 また自分が台無しにしてしまったのだと肩を落とした――

「……!?」

 霊夢が着地し、そのまま歩きながら草むらへと向かっていく。
 本来ならば、今の内に出来る限りの弾幕を叩き込むべなのだろうが、しかし魔理沙はそれをしなかった、それどころか、弾幕の展開すらやめて、表情を陰らせた。
 諦めたのだ。弾幕を張る事を、どうせ当たらない事を悟ってしまった、だから無駄な事はもうおしまい。
 投げ出して、展開していた魔方陣すらも掻き消して、ゆっくりと高度を落していく。




 一方の霊夢も、草むらの端から飛び出している黒いコートを確りととらえながら、相手が相手である事も考慮して油断なく近づいていく。

「出てきなさい。正直、これ以上貴方を攻撃しようとは思えないの、素直に出てきて、手を出さないと約束してくれれば――」

 突如。
 瞬間。
 刹那。
 霊夢の背後で音が鳴った。
 明らかに、魔理沙の発したモノではない音が、霊夢の鼓膜を叩いた。
 ――時間にして、一秒にも満たない時間で、優秀たりえる霊夢は直感する。

(――やられたッ!?)

 コートに向かって札を投げつけ、爆発させてみせる、やはり、そこにはコート以外に実態は存在しない――つまり――

「後ろッ!?」

 バッと振り返る、この間コートの確認から背後の確認までに要した時間もまた、一秒にも満たない。
 その視線の先には霊夢を追いつめた時と同じ、ナイフを構えた超人が――いない。
 あったのは竹に突き刺さったナイフだけ、――いや、違う、重要なのはナイフではない、そのナイフの竹に対する入射角度だ。
 もしも、そのナイフの投擲は霊夢を狙った者じゃないのだとすれば――
 もしも、その狙いが、あえて音を鳴らす事で注意を向ける事にあったのだとすれば――本体がいるのは位置は、入射角で割り出せる。
 相手がどこぞのメイド長ならばいざ知らず、瑞貴はそういった類の力を有してはいない、だから、霊夢はなんの迷いもなくそちらに――斜め後ろへと――振り返った、それと同時、霊弾を確認の前に放つ。戦場などにおいて、曲がり角等の死角、つまり敵が隠れている可能性のある場所に手榴弾などを投げ込むことをクリアリングと言うが、それと同じ感覚だろう。
 爆発――反応は無い、つまり、はずれ。
 読みが外れたのか、そもそも隠れてすらいなかったのか。
 諦めたのか、それとも未だ隠れているのか。
 巡る思考、交錯する思案――答えは、霊夢が辿り着く間もなく事象としてやって来た。
 明らかな地を蹴る音を聞く――瞬間、霊夢は吹き抜ける風よりも尚早く振り返った。
 それでも、遅かった。
 限界を超えた行使――否、酷使によってズタボロの瑞貴の躰、しかしそれでも、瑞貴は疾駆と呼称して申し分ない速度で霊夢に肉薄していた。
 幻想郷の――いや、人間の力、心の在り方。
 瑞貴の言っていたことが、まるで本当であるかのように、先までの立つ事すらできなかった彼の姿はそこにはなかった。

(コートが囮、ナイフによる音は投擲ではなく、直に音を鳴らして突き刺していただけ!? 入射角の方向へ注意を払う、私の裏の裏を――表をつっきって来たって言うのッ!?)

 重なったフェイク、虚実の真。
 捻くれ物の、彼の本質が露骨なまでに顕著に浮き彫りになる、策。
 いや、もはや策と呼んでいいかも解らぬほどにお粗末な物だ。
 なにせ、相手が優秀である事が前提の策である。バカ正直にナイフに近づいてきてしまって居れば、それだけで敗北であったし、そもそもコートをなんの警戒も無く遠距離から攻撃されていれば、あっさりと敗北していたのだから。
 一歩間違えれば――敗北。けれども同じく一歩間違えた結果が――今の現状だ。
 虚を突いた瑞貴は、博麗の巫女を射程にとらえる。
 ただの莫迦が――深く。
 ただの無謀が――鋭く。
 今まで数多の強者をも打倒してきた最強(博麗の巫女)に、今まで誰も打倒なんてできなかった最弱(負敗者)がその一撃を――勝利を――価値ある勝ちを――その手に捥ぎ取る――はずだった。
 振りかぶる様に引いていた右腕を振り抜く――事は叶わなかった。
 完璧だった――はずだった。
 完全なまでに、完璧に、瑞貴は霊夢を出し抜いていた――はずだった。
 その完璧を、綱渡りの先にあった勝利を突き崩したのは――

 ――たった一つの災悪。

 足を基軸にしていた体制が崩れるのを、瑞貴は感じた。
 ガクリッと、まるで足が消えてしまったかのような脱力感を感じる――いや、違う。

(おぃおぃ、そりゃねぇだろッ!?)

 ――足をとられた。
 大地に生えていた草が、たまたま、偶然にも、奇遇にも、理不尽にも、不条理にも、異常にも、非常にも、無慈悲にも――不幸にも、結ばれていた。
 自然現象によってなったであろうそれ、本当にたまたま、誰の意志があったわけでも、悪意があったわけでもなく、ただ必然と、歴然と、そこにあったそれに、瑞貴は左足を取られた。
 足と言う軸を失うと同時、躰から力が抜けていくのが理解できた。
 もともと限界を迎えていた躰だ、ちょっとした衝撃でこうなる事は瑞貴とて予想はしていた――

(――だけどッ! これはねぇだろッ!!)

 心中の咆哮。
 理不尽な世界に対する、自身の能力に対する、咆哮。
 世界が止まって見えた――いや、そう見えてしまう程にスローモーションに見えた、徐々に視界が傾いていく事を自覚した。

(最後の最後の最後の最後で、ここだけ上手く行けば大団円だってのにッ! ここまできてッ! ここにきてッ!)

 涙さえ見せそうな程に、瑞貴は悲壮に表情を歪める。
 歯が砕けてしまうかと思う程に、歯を食いしばった。
 目の前に立ち塞がる絶対の壁、それは強者でも、もう一人の自分でもない――ただの不幸。
 そんなちっぽけな、しかし抗い様のないモノに、瑞貴の勝利は掻っ攫われる――
 霊夢がその様子を見て、安堵を覚える。危なかったと胸を撫でおろす――

 ――否。
 ――断じて――認めない、認められない。

 『ちげぇだろ』

 声を聴く、自身の中から、自身のものであるが、しかしより異質なナニカの声が聞こえる――残滓が疼いた。

(――そうじゃあねぇだろッ!! ここで引いたら、ここで諦めたら――)

『何も変わっちゃいねぇだろッ!!』

 ダムンッ!! と。
 大地を震わすかのような音が、響く。
 瑞貴の足が再び大地を踏み鳴らした、傾いていた重心を、無理矢理に――骨が軋む音も、躰が上げた悲鳴すらも無視して、その一歩を踏み出す。
 自らの意思で、自らと共に、災悪に――立ち向かう。

「くぅぉぉぉおぉおおぉぉおおおおッ!!!!」

 前へ、進む。
 いや、違う――跳ぶ、踏み出した一歩から、その勢いをそのままに跳躍する――体制を修正しきる事が不可能だと瞬時に判断し、瑞貴は咄嗟に地を蹴り、空を蹴る。

 瑞貴は生まれて初めて、自らの力で災悪に打ち勝って見せた、覆して見せた。

 勝利を視て、前へ、尚前へ。
 右腕に灯るは白き焔。
 いつだったか振った力を、瑞貴は土壇場で再び発現する――いや、思い出す。
 再び虚をつかれた霊夢は、それに対応することはできない。


(けれど大丈夫、あの速度と弱り様じゃ、『避けなければならない』攻撃じゃない、適当に受けてやればそれで――)
 
 高をくくった。
 慢心した。
 強さ故の弱点を露呈させる、そして瑞貴はその弱点に目敏く目を付けた。
 握っていた拳は、開かれていた。
 霊夢の右腕を、その手で掴む。

「――なッ!?」

 突如として霊夢を襲う違和感。
 躰から力抜ける――いや、躰にまるで負荷がかかった様なその違和感。
 まるで引き摺り堕とされるような感覚に、霊夢は表情を歪めると共に、その手を振り払おうとして――体がまったく思い通りに動かなくなっている事を自覚した。
 負を押し付ける。
 かつて、瑞貴が風見幽香を相手取った際に一瞬だけ行使する事に成功したそれは、今にして思えばそれであったのだろう。
 瑞貴の力は対象をいかに認識しているかによってその効力の強弱に変化が起こる――というよりも、生半可な認識では、力の行使すら不可能だ。少なくとも今の力の本質にすら未だ理解していない瑞貴にはそうだった。
 だが、今、瑞貴は五感における、視覚、聴覚、嗅覚、感触の四つの感覚でもって霊夢を認識している――となれば、瑞貴の力の行使には――力の一端の行使には十分すぎる程に充分だった。
 イメージが、意識が、認識が、精神が、そのまま力となる幻想郷において、今の桐島瑞貴の状態は――つまりそういう事だ。
 力を失い、瑞貴と同程度の負荷を、慣れていないが故に更に体感で増大したであろう負を受けて、霊夢の動きが鈍った――その瞬間を、瑞貴は見逃さない。
 空気を土台とし、そのまま体全体を使って霊夢を天高く投げ飛ばす――空中に投げ出す様に、空に。
 それだけで限界だった、本当の意味での限界を迎えた。
 躰を襲い続けていた激痛すらも失せ、瑞貴は躰に一切の力を入れる事ができなくなったことと、それにより自身の躰が仰向けに倒れる事を悟る。
 背を大地に打ち付けて、咳き込む。
 瑞貴の腕との接を逃れたことで、普段の調子を取り戻した霊夢は、瑞貴に向かって言った。

「――抑え付ける事は反則ではない、アンタの能力による干渉は反則ではない、尽く隙と抜け道をついて、相手を翻弄するその戦闘センス、なるほど確かにアンタは凄いわ。けれど残念だったわね! 私達の戦いにおいて言えば、空を飛べる私からすれば、上空はなんのデメリットにもなりえないッ!」

 だから、後は体制を立て直すだけ、それだけの五秒間があれば何の問題も無く切り抜けられる。
 瑞貴が健在ならば、確かにその五秒間は致命的だったろう、だが、今の瑞貴は意識を保つだけで精いっぱいだ。もう一歩も動く事は出来ないと自負しているし、傍から観てもそれは明らかだ。

 ――これでおしまい。

 正真正銘の最後の悪足掻きだった、それが、瑞貴のできる最上限だった――結局瑞貴は肝心な所で詰めが甘いのだ。
 ぼぅとする意識の中、瑞貴は思う。おそらく紅魔館の皆はこんな俺を嗤うのだろう――と。
 けれども、それでいい。
 瑞貴の目標は達せられた、完全に、やりきった。
 もう瑞貴にはできる事は無い――それが瑞貴にすればなによりも満足のいく結果だ。
 所詮、俺なんてこんなみんだ、がんばって、がんばって、けれどやっぱり最後は地に伏してる、そう思考して自傷気味に笑う。
 あとはただ、終わりを待つだけだ。
 瑞貴はニヤリと笑うと、息を吸った。
 適当にいい加減に――

「決めろぉおおぉぉおお!! 魔理沙ァぁああああ!」

 ――勝利を得るのを――魔理沙による勝利を待つだけだ。

 桐島瑞貴、俺みたいな張りぼての主人公じゃなくて、本物の主人公たる魔理沙に、やはり最後は託すことになるのだ。
 その言葉に、霊夢が慌てて辺りを見回した。



 そう、失念していた。
 瑞貴と戦っている間、その戦いがあまりに劇的なものであったから、霊夢は失念していたのだ。
 この状況でのキーパーソン。
 瑞貴には不可能な、勝利への条件を唯一持つ『プレイヤー』の存在――それは、霊夢を中点とした瑞貴とは対角線上の地上にいた。
 その手にはミニ八卦路。
 霊夢はそれを知っている、両の手を突きだす構え、霊夢はその魔法使いが放つ魔法を――魔砲を知っている。
 『恋符マスタースパーク』
 圧倒的なまでの高圧力によって放たれるその極太のレーザーを霊夢は良く知っていた。
 なんだかんだで長くを戦った今の躰で、霊夢がそれを直撃すれば、下手をすれば、その先には敗北が待つ事も知っていた。

 ――いや、違う。

 霊夢はそれを知らない。
 構えは違わない、けれども、明らかに違うのだ。
 その八卦路に集まる雷が、閃光が、熱が、光が――エネルギーが、いままで幾度となく見てきた親友の放つそれとは、全てが一線を画する。
 魔理沙は瑞貴が奇襲をかけることを、瑞貴からの合図で知った、だからこそ、無駄な魔力の消費を控え、視界から、意識から外れるために地上で待機していた。
 瑞貴が霊夢と戦いを繰り広げた時間、そして空中に投げ出された事によって稼がれた時間、それだけの時間があれば、魔理沙が『切り札』を使う事など容易だった。
 およそで見積もっても、二倍から五倍の量、それだけの威力。
 何かしらの対応をしようとも試みた、間違いなく敗北を決定づけてくるだろうその一撃へ応戦しようと思った、けれども、その為には致命的なまでに時間が足りない。
 瑞貴が稼いだ時間。
 空中に投げ出されたことによるラグ。
 霊夢は悟る。
 久方ぶりのその感覚に、悔しさと、そしてどこか清々しさを滲ませて――

「私の、負け――ね」

 静かに瞳を閉じる。

 それは魔砲。
 魔理沙と霊夢との間の直線状に、リングの様な魔方陣が無数に表れる。

「行くぜ霊夢、これが私の全力だ、努力(ちから)だッ」

 青と赤の星々が弾けた、バチバチと音を立て、文字通り雷がスパークする。 

「――これが私の魔砲だぁッ!!」

 大気が震えた、大地が揺れる、真っ暗で、光が極僅かしか届かないその空間に――

「ファイナルマスタースパアァークゥッッ!!!」

 ――閃光が迸った。

 轟轟轟轟轟(ゴゴゴゴゴ)ッッ!!!!!!!!
 世界が、視界が、光であふれた。
 これ以上ない程の圧力、これ以上ない程の火力、これ以上ない程の質量が、空間そのものを喰い潰す様に照射上に世界を、暗闇を裂いて、塗潰していく。あれ程までに煌々としていた月ですら、その魔砲を前には霞む。
 それだけの閃光。それだけの破壊洸。
 竹を呑み込み、空を呑み込み、大地を呑み込み、世界すらも呑み込むと錯覚させる程の圧倒的な(パワー)
 
 塗潰していく――黒も白も、瑞貴の中の闇さえも、魔理沙が照らす、その全てを魔理沙が救っていた。
 その少女の存在と、その眩しい光に瑞貴はおもわず目を瞑りたくなったが、しかし背ける事はしなかった。
 もう指一本すら動かせない瑞貴は、ニヤニヤと笑っていた。
 心の底から嬉しそうに笑っていた。
 煌々と神々しく光る閃光を眺めながら、それを放つ魔砲使いに見とれながら、桐島瑞貴は堪え切れないといった様子で呟いた。


「はは、はははは、畜生――眩しすぎるぜ、格好良すぎんぜ、やっぱり魔理沙には――」


 ――敵わないなぁ。


 時間にして約30分に及ぶ、劣等生(魔法使い)ペアと優等生(博麗の巫女)ペアの戦いは、紆余曲折を経て、いまここで勝敗を決した。

 かくして勝負は、劣等生(魔法使い)ペアの勝利で――幕を下ろす。





一章も残すところあと数話となります。
どうか、もうしばしの間、お付き合いください。

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