2013-03-09
■[ネット][戦争][近現代][笑えない]従軍慰安婦問題で朝日新聞が資料を歪曲したという中山成彬議員の、根本的な誤り
3月8日に衆議院予算委員会で中山議員が答弁した。そこで従軍慰安婦問題について言及した場面が、インターネットで話題になっている。
「【朝日捏造&慰安婦】ついに国会で真実が語られる」といったタイトルをつけられ、2ちゃんねるまとめブログ等をかいして情報が広められているようだ。
はてなブックマーク - 【朝日捏造&慰安婦】ついに国会で真実が語られる
はてなブックマーク - はてなブックマーク - 痛いニュース(ノ∀`) : 「慰安婦問題は朝日新聞による捏造だった」 維新・中山成彬氏、国会で当時の新聞報道を用いて解説 - ライブドアブログ
まず、中山議員は、陸支密第745号「軍慰安所従業婦等募集ニ関スル件」 いわゆる「副官通牒」の発見を伝える朝日新聞記事をフリップで示し、「朝日が歪曲した慰安婦資料」「悪徳業者が募集に関与しているようなので注意するようにとの通達であった。」と説明文をつけていた。
他にも、朝鮮人*1業者による女性の拉致などが朝鮮半島で横行していたという当時の新聞記事をフリップにならべ、「朝鮮人婦女子を拉致・誘拐して売り飛ばしていたのはすべて朝鮮人の犯罪だった。」という説明文をつけていた。
さらに、当時の朝鮮半島における議会選挙について、「当選者の約8〇%が朝鮮人だった。」といったことを紹介し、この体制では官憲による強制連行は考えられないと主張した。
そして、「20万人もの女性を、さらっていく。その親たちはいったい黙って見てたんでしょうかね。やはり、そんなことはないと思うんですよ」と主張したり、「日本の兵隊さん、昔の兵隊さん。もう世界一軍律厳しい軍隊だったと世界から賞賛されたんですね」*2と語っていった。
それでは、最初に根本的な誤りを指摘しておく。
それは副官通牒の位置づけだ。インターネットにおいては、永井和サイトに掲載された論文で文脈を知ることができる。
支那事変地ニ於ケル慰安所設置ノ為内地ニ於テ之カ従業婦等ヲ募集スルニ当リ、故サラニ軍部諒解等ノ名儀ヲ利用シ為ニ軍ノ威信ヲ傷ツケ且ツ一般民ノ誤解ヲ招ク虞アルモノ或ハ従軍記者、慰問者等ヲ介シテ不統制ニ募集シ社会問題ヲ惹起スル虞アルモノ或ハ募集ニ任スル者ノ人選適切ヲ欠キ為ニ募集ノ方法、誘拐ニ類シ警察当局ニ検挙取調ヲ受クルモノアル等注意ヲ要スルモノ少ナカラサルニ就テハ将来是等ノ募集等ニ当リテハ派遣軍ニ於イテ統制シ之ニ任スル人物ノ選定ヲ周到適切ニシ其実地ニ当リテハ関係地方ノ憲兵及警察当局トノ連携ヲ密ニシ次テ軍ノ威信保持上並ニ社会問題上遺漏ナキ様配慮相成度依命通牒ス2)
この文書は吉見義明の発見にかかるもので、軍が女性の募集も含めて慰安所の統制・監督にあたったことを示す動かぬ証拠として、1992年に朝日新聞紙上で大きく報道された。吉見はこの史料から、「陸軍省は、派遣軍が選定した業者が、誘拐まがいの方法で、日本内地で軍慰安婦の徴集をおこなっていることを知っていた」のであり、そのようなことが続けば、軍に対する国民の信頼が崩れるおそれがあるので、「このような不祥事を防ぐために、各派遣軍が徴集業務を統制し、業者の選定をもっとしっかりするようにと指示したのである」と解釈し、慰安婦の募集業務が軍の指示と統制のもとにおこなわれたことが裏づけられる、とした3)。
いっぽう、これに対立する小林よしのりは、この通牒をもって「内地で誘拐まがいの募集をする業者がいるから注意せよという(よい)「関与」を示すものだ」、「これは違法な徴募を止めさせるものだ」4)、「「内地で軍の名前を騙って非常に無理な募集をしている者がおるから、これを取り締まれ」というふうに書いてあるわけです」5)と、いわゆる「よい関与論」を唱え、同様の主張が藤岡信勝によってもなされた。
藤岡は「慰安婦を集めるときに日本人の業者のなかには誘拐まがいの方法で集めている者がいて、地元で警察沙汰になったりした例があるので、それは軍の威信を傷つける。そういうことが絶対にないよう、業者の選定も厳しくチェックし、そうした悪質な業者を選ばないように−と指示した通達文書だったのです。ですから、強制連行せよという命令文書ではなくて、強制連行を業者がすることを禁じた文書」6)と、言う。また、秦郁彦もこれとよく似た解釈を下している7)。
書き出しに「支那事変」や「内地」という言葉が登場することからわかるだろう。この通達は、日中戦争で慰安所を設置するため、日本国内で慰安婦募集をしていたことについて書いている。つまり、朝鮮半島の「悪徳業者」とは根本的に関係がないのだ。発見者と対立した立場でも、日本人業者を指した通達であるという解釈は共有していた。もちろん、朝日新聞が歪曲したという中山議員の批判も的外れになる。
そして永井論文は、日本国内で活動していた大内という業者の事例を紹介する。それは、現代的な観点から問題があるのみならず、当時においても違法な事例であった。
群馬、茨城、山形で積極的な募集活動を展開し、そのため警察から「皇軍ノ威信ヲ失墜スルコト甚タシキモノアリ」と目された神戸市の貸座敷業者大内の活動を紹介する。
このような条件でなされる娼妓稼業契約は「身売り」とよばれ、これが人身売買として認定されておれば、大内の行為は「帝国外ニ移送スル目的ヲ以テ人ヲ売買」するものにほかならず、刑法第226条の人身売買罪に該当する。しかし、当時の法解釈では、このような条件での娼妓契約は「公序良俗」に違反する民法上無効な契約とはされても、少なくとも日本帝国内にとどまるかぎりは、刑法上の犯罪を構成する「人身売買」とはみなされなかった。
問題なのは年齢条項である。16才から30才という条件は、「18歳未満は娼妓たることを得ず」と定めた娼妓取締規則に完全に違反し、満17才未満の娼妓稼業を禁じた朝鮮や台湾の「貸座敷娼妓取締規則」にも抵触する。さらに、満21才未満の女性に売春をさせることを禁じた「婦人及児童の売買禁止に関する国際条約」(1925年批准)ともまったく相容れない。
すべての悪徳業者は朝鮮人であるという責任転嫁。副官通牒は日本が悪徳業者をとりしまっていた証拠という認識。それぞれ誤っているわけだが、相互に矛盾をきたすことで、誤りを拡大してしまった。
少なくとも、きちんと文脈を伝えていない中山議員の説明では、従軍慰安婦問題の「真実」がわかるはずもない。
さすがに、中山議員のような主張は、歴史学において採用されていないし、主張を裏づける根拠も実際には示せていない。ついでに細かく個別に見ていこう。
まず、副官通牒について。実際に読むと、「従業婦等を募集するにあたり、ことさらに軍部諒解等の名儀を利用し、ために軍の威信を傷つけ」*3といった業者が問題を起こしていると書き、「募集等にあたりては派遣軍において統制し、これに任する人物の選定を周到適切にし」といった指示を出している。つまり、日本軍と別個に悪徳業者が存在していたという話ではない。日本軍了解とおおやけに名乗った業者が問題をおこしていることを受けて、慰安婦募集をまかせる業者を適切に選ぶように指示しているわけだ。ただとりしまるだけなら、業者を選ぶ必要はない。
また、朝鮮人業者の問題についてだが、先述したように日本軍の下請けという立場であった。日本の責任が消え去るわけではない。何より、複数の事件の犯人が朝鮮人であったことは、すべての事件の犯人が朝鮮人だったという証拠にはなりえない。記事に掲載されている犯罪が、慰安婦募集でおこなわれたことという根拠も示されていない。
さらに、政権に多数の現地人がいることは、植民地でなかったことの証明にはならない。傀儡政権という言葉は義務教育の範囲でも習うはずだ。日本の歴史においては満州国が有名だろうし、第二次世界大戦でドイツに敗北したフランスはビシー政権を立てて形式的な独立をたもった。
そして、副官通牒が内地向けの通達であることから、議会を現地人の議員がしめていた体制だとか、親たちが黙って見ていたのかという主張は、まったく逆効果であることは明らかだろう。中山議員の発言は、抑圧されていた朝鮮半島よりも、まず大日本帝国に問いかけられるべきこととなる。いうまでもなく当時の日本は、他国民のみならず、自国民も末端兵士も、さまざまな場面でしいたげていた……