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第七章 変わりゆく世界~1941年~
第三十二話 特別陸戦隊の訓練と変革する主力戦車
7月19日 旅順要塞跡

 1904年から1905年に渡って勃発した日露戦争の激戦地と言える旅順要塞跡に、無数の木霊が聞こえる。

「こらー!貴様ら、こんな所でへこたれている場合か!そんな事ではこの地で戦死していった先人達に申し訳が立たないぞ!!」

「「「「「は、はいッ!!!!!」」」」」

 この日、第零航空艦隊特別陸戦隊は同地で、軍事訓練を行っている所だ。場所は第三軍が担当した二百三高地にひゃくさんこうち東鶏冠山北堡塁ひがしけいかんざんきたほるい二龍山堡塁にりゅうざんほるいを中心に、各地で行われている。そして、ここはかの有名な203高地である。ちなみに、名前の203の由来とは海抜203メートルから取られている。
 歩兵の訓練だけではなく、百式装甲兵車『ホキ』、百式歩兵戦闘車『セイ』、百式砲戦車『ホヌ』、百式重戦車『シホ』と言った機甲戦力を用いた戦術の訓練が行われている。
 そんな訓練の様子を栗林忠道特別陸戦隊司令長官、千田貞季特別陸戦隊参謀長を筆頭とする司令部は頂上でその様子を見ていた。

「先人達はマキシム機関銃の雨を掻い潜りながら、苦労してここを登ったのか……」

「はい。当時は戦車も航空機も無いまさに歩兵の突撃を主体とする戦術しかとれない状態で苦労してこの地一帯を占領する事に成功したのですから……」

 20代中盤くらいの若い隊長が、下士官の歩兵を連れて登ってくる様子を見ながら栗林少将と千田大佐は言った。
 現代の世界では某小説家が乃木将軍のやったことを非難する声があるものの、当時は戦車や航空機と言った機甲戦力・航空戦力が無い状態で且つ戦力はほぼ同等、早期占領を命令されているのだからやはり歩兵部隊によると突撃しか攻撃方法は無かったのだ。

「先人達が多大なる出血を支払って得た皇国の地を汚されてたまるか」

 栗林少将はそう決意すると麓の方で演習に励んでいる特別陸戦隊を再び見ていた。
 その麓の方では、百式歩兵戦闘車『セイ』二個小隊8輌が大地を蹴りあげながら進み、架空の敵陣地に向けて砲塔の九五式70口径25mm連装車載機銃2門が火を噴き、同時に砲塔左右に装着されている九八式90mm六連装噴進弾発射機2基12発が放たれ、架空の敵陣地が忽ち喰い破れたかのような状態になる。そして『セイ』の後方ハッチが観音開きに開くと、三八式歩兵銃や九八式55mm対戦車噴進砲等で武装した歩兵が飛び出して架空の敵陣地に匍匐前進しながら接近し、そして制圧した証拠に日本の国旗が靡いた。

「ふぅ~っ。中々の結果ね」

 『セイ』の指揮官型の車長ハッチからアリシア・メルキット陸軍中尉は上半身を出して今の架空の敵陣地に対する機甲戦術の演習を見ていたが、この特別陸戦隊の兵士達の錬度はドイツ連邦共和国陸軍に引けを取らない錬度を有しており、それに同国陸軍よりも夜戦に対する戦術が優れている。
 そしてこれまで欧州列強よりも技術が未熟であったはずだった日本が戦車大国ドイツよりも優れた性能の百式重戦車『シホ』はドイツより派遣された若くも優秀な軍事顧問団を驚かせると同時に、大変な興味が湧く対象でもあった。九八式55口径105mm戦車砲を主砲とし、戦車砲の補佐にして並の戦車なら一撃で撃破可能な威力を持つ九八式90mm対戦車噴進弾を搭載した九八式90mm六連装噴進弾発射機を砲塔左右に2基、敵戦車への撹乱を目的とした九八式60mm三連装煙幕弾発射機を車体左右に2基その他諸々と言った攻防兵装が豊富に加え、油圧式サスペンション、自動装填装置、赤外線による夜間暗視装置と言ったどの国でも採用・開発されていない技術が盛り込まれた『シホ』はまさに世界最強の名をほしいままにした重戦車でもあった。
 そんな名声を持つ『シホ』は別の方向でその心臓部である810馬力液冷式V型12気筒ディーゼルエンジンが轟き、要塞跡の更地を軍馬のように進んでいた。

「いや~すごいすごい。この『シホ』は」

「そうですね兄さん。これ程の戦車は初めてですから」

 突き進み『シホ』のうち、一番先頭の『シホ』はウェルキン・ギュンター陸軍大尉を車長に、その妹であるイサラ・ギュンター陸軍准尉を操縦員として配置された指揮官型である。
 2人は父親が第一次世界大戦で少数配備された当時画期的な戦車の戦車兵であり、その父親から戦車について基礎を、『戦車伯爵』の異名を持つ事になるヒアツィント・シュトラハヴィッツ陸軍大佐、『砂漠の狐』の異名を持つ事になるエルヴィン・ロンメル陸軍大佐からはより発展した戦術を学んでおり、それ故に今回の軍事顧問団に若くして招待された程である。
 そして同じく招待されたアリシア・メルキオット陸軍中尉と共に日本にへと派遣され、そこで見たのは本国ドイツ陸軍に引けを取らない技術を持つ兵士、そして同国陸軍の主力戦車であるⅣ号戦車を超える九七式中戦車『チハ』に、ノモンハン事件で圧倒的な戦果を初陣で叩き出した百式重戦車『シホ』等、自分達の常識を超えたものがばかりが揃っていた。

「素晴らしい物だよ『シホ』は……」

 そう言おうとしたウェルキン大尉だったが、無線で配下の戦車隊に一旦の停止命令と、別に用意された数キロ先の敵戦車と仮定したハリボテに向けての発砲命令を下した。

「各員、数キロ先の敵戦車に向けてそれぞれ射撃用意ッ!!」

「自動装填装置、起動させます」

 装填手が自動装填装置のスイッチを入ると、弾薬庫から自動的に徹甲弾が装填され、炸薬が入った薬嚢を装填手が充填させると、発射の準備が整った事を知らせた。

「射撃準備完了です!」

「分かった。目標、方位45度、距離5キロ……フォイヤ(発射)ッ!!」

 刹那、55口径105mmライフル砲から毎秒1500メートルと言う速度で放たれた徹甲弾は一瞬のうちにハリボテの敵戦車の正面装甲を貫くと、砲塔部が吹き飛びその破片を周囲に巻き散らかした。それは文字通りに『一撃必殺』だった。

「いつ見ても素晴らしい性能だよ。これならソ連軍の重戦車にも引けを、いや充分に戦える」

 そう絶賛するウェルキン大尉の目はまるで自身に満ち溢れているかのように爛々と輝いていた。


 同じ頃、ウクライナ・ソビエト社会主義共和国連邦ハルキウ州

 ソビエト連邦の一角であるウクライナのハルキウ州にV・O・マールィシェウ記念工場は存在した。ソ連の政治家ヴャチェスラフ・マルィシェフから取られた工場は、ディーゼルエンジン、農業機械、石炭採掘機械、砂糖精製機械、風力発電所の設備を作っているが、最も有名なのがソ連の戦車の製造であった。これらの戦車には、高速戦車であるBT戦車や、第二次世界大戦で有名なT-34中戦車等が生産されていた工場でもある。
 そのような史実を知っているセルゲイ・アレハンドロノフ中将は同工場のスタッフに案内され、戦車格納庫に辿り着いた。そんな彼を待っていたのは史実ではT-34中戦車の主任設計士にして同工場の戦車設計局局長のミハイル・コーシュキンと同局の次長であるアレクサンドル・モゾロフの2人だった。

「同志アレハンドロノフ中将。本日は色々とよろしくお願い致します」

「うむ。本日は新型戦車の視察に来たのだが…その新型戦車は?」

 アレハンドロノフ中将がそう聞くとコーシュキン局長はスタッフに後ろの格納庫のシャッターを上げるように指示すると、鈍い金属音と共にシャッターが上がって行き、今回の目的である新型戦車が段々とその姿を現していき、そしてその全貌が明らかになった。

「コーシュキン局長。これが例の……」

「はい。『JS-1』こと『XT-42』です」

 ――『XT-42』。それは史実では存在しない番号の戦車であり、ドイツに匹敵する戦車大国であるソビエト連邦が仮想敵国のあらゆる戦車を上回る重戦車として開発を開始した『JS-1』――スターリン重戦車1型――の第二の名前であった。元々、ソビエト連邦はニキータ・フルシチョフの『スターリン批判』が起こる前までは全ての重戦車系統にヨシフ・スターリンの名前を冠する『JS』と言う名称を入れていたものの、『スターリン批判』によって『JS』の代わりに重戦車を意味する『T』を新たに名称とした。これによって本来なら『JS-8』として存在するはずだった重戦車は『T-10』――重戦車10型――と改名されて量産された経緯を持っている。
 だが、当然の事ながら『スターリン批判』が起こっていないために『JS』と言う名称は使えるのだが、この世界では指導者の名前が付いた戦車が破壊される=指導者の名前に傷がつくと言う事でスターリン自らがこれを廃止し、先ほど述べた『T』に西暦の10と1の位とする形式番号に設定したのだ。ちなみに『X』とは試作の意味を表す。
 そんな『XT-42』の性能は以下の通りとなっている。



『XT-42』重戦車――性能諸元――
全長
・9.82メートル
車体全長
・7.95メートル
全幅
・3.48メートル
全高
・2.43メートル
重量
・52.4トン
懸架方式
・トーションバー方式
発動機
・『M-62』水冷式4ストロークV型12気筒ディーゼルエンジン(950馬力)
最大速度
・55km/h(整地)
・46km/h(不整地)
行動距離
・280km(整地)
・240km(不整地)
乗員
・4名(車長1名、操縦手1名、装填手1名、通信手1名)
武装
・『DT-25』50口径122mm戦車砲1門(装填数:55発)
・『KPVT』14.5mm重機関銃2門(装填数:5500発)
装甲
・車体正面:130mm45度傾斜
・車体側面:85mm75度傾斜
・車体後部:70mm60度傾斜
・車体上部:45mm
・車体下部:30mm
・砲塔正面:220mm円形屈折
・砲塔側面:100mm75度傾斜
・砲塔後部:85mm60度傾斜
・砲塔上部:50mm
特殊装備
・縦横軸安定装置『ウーラガン』



「要求されました『A-19』122mmカノン砲を改良しました『DT-25』50口径122mm戦車砲を搭載、装甲も前面220mm屈折装甲を主体にしました。これならばどんな重戦車が来ても返り討ちに出来ます」

 コーシュキン局長は自信をもってそう言った。それはそうだろう。なぜなら破壊力に優れた50口径122mm戦車砲は試射において1000メートル先からの高速徹甲弾使用で350mmを貫くと言う結果となり、仮にティーガーⅡ重戦車が来ようとも充分に破壊・撃破が可能な数値だからだ。

「それに仮想敵戦車であります『シホ』に対しても充分に撃破できる性能であります故に、同志書記長に対してそうお伝え下さい」

「うむ、了解した。それにしても大したものだよ。これならティーガーⅡが来ようとも返り討ちが出来るな」

 『XT-42』を見ながらアレハンドロノフ中将は言った。

「同志アレハンドロノフ中将」

 言ったのは戦車設計局次長のアレクサンドル・モゾロフだ。彼は史実ではコーシュキンの死後に主任設計士に就任し、後の『T-54』中戦車の礎となる『T-44』中戦車を、同じく『T-72』『T-80』『T-90』等の主力戦車の基礎となった『T-64』主力戦車を開発し、後にその功績によって彼の名を冠したハリコフ蒸気機関車工場の設計局(現在のO・O・モローゾウ記念ハルキウ機械製造設計局)が有る。

「何だ?」

「今、設計局では同志が齎した未来の主力戦車『T-64』や『T-72』を元にした次世代型の重戦車の設計を行っています」

「うむ。それで?」

「はっ。ぜひとも他国の重戦車が数年掛けても追い抜かせない主力戦車のための特別軍事予算をお願い致します」

 モゾロフ次長はそう言うとコーシュキン局長と共に頭を下げた。それと『XT-42』の交互を見てから言った。

「分かった。同志書記長にそう申し上げておく。是非とも、他国を圧倒するような主力戦車を開発してくれ」

 アレハンドロノフ中将は一旦、ここで区切ると再び語った。

「世界は今、荒廃の段階にある。世界は偽りの平和の中で怠惰を重ね、資本主義は自由と共存を語りながらも貧しい人――貧困層には何も慈悲を与えないし、民族に対して不当な差別をするような国家が中心になって世界の行く末を担えるわけがない。世界は真の自由・平等・平和を掲げる我らがソビエト連邦が世界の中心に立ってその行く末を担うべきだ。そして5年後、我がソビエトは真の平和を勝ち取るための聖戦を行う。10年後にはあらゆる大国が我がソビエト連邦に屈するであろう。そして世界は我がソビエト連邦の指導のもとで再生を迎えなければならないッ!!」

 未来を知る者だからこそ語れる。彼の高圧的ながらも控えめである言葉と、熱を帯びながらどこか冷やかな口調が織り重なった演説はまさに聞く人の注目を一点に集め、湧き立たせる。それこそが彼の持つ大義であり、崇高なる使命――『マニフェスト・デスティニー』――なのだからだ。

「コーシュキン局長、モゾロフ次長。ぜひ、主力戦車の開発を進めてくれ。全面的な協力の元でな」

「あ……はッ!お任せ下さい、同志中将閣下ッ!!」

 そう言うコーシュキン局長の目は今までになく輝いていた。技術者として設計者として世界の技術を遙かに超える主力戦車の開発の中枢を担う訳であり、興奮しない訳が無かった。

「……機が熟してからが本当の戦いの始まりとなる」

 アレハンドロノフ中将はそう呟くと『XT-42』と同じ格納庫の中に見える自分と同じ未来の世界より転生した『T-64』『T-72』主力戦車がその姿を見せていた。かつてアメリカ合衆国を中心とする西欧諸国を震え上がらせた戦車大国ソビエト連邦はいずれ迎えるであろう世界の人民解放と言う大いなる聖戦――北欧神話における世界の週末の日になぞらえて『ラグナロク』――のため、虎視眈眈とその刃を成形させていた。全ては現代の地球・国家が犯した過ちを正すために、その道筋を阻むものは全て排する覚悟であった。

 それが未来からの使者セルゲイ・アレハンドロノフ中将の描いた――真なる未来であった。
 ご意見・ご感想をよろしくお願いします。


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