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震災復興を加速させるために (1)一向に進まない農業復興・南相馬市

WEDGE 3月11日(月)10時16分配信

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震災復興を加速させるために (1)一向に進まない農業復興・南相馬市

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震災復興を加速させるために (1)一向に進まない農業復興・南相馬市
自衛隊が農地の上に集めたままになっているガレキ(撮影:編集部)

 「酷いところは70センチも地盤沈下した。1メートルはかさ上げしないといけない。ここの農地は“基盤整備”の途中だったんだ。震災ですべて台無し。田んぼの栄養分は津波で流れてしまったし」
農業をやりたくてもやれない現状の辛さを語る前田一郎さん

 「その上まだガレキが残ってる。これからかさ上げして、耕して……、農業ができるのは、いったいいつだろう。5年じゃ済まないだろうな」

 こう話す前田一郎さん(53)は、福島県南相馬市原町区小沢(こざわ)で、45ヘクタールの大豆と、20ヘクタールの水稲を栽培していた専業農家である。2005年に会社勤めから農業に転じ、10年には知人と2人で農業法人も設立。大規模化を目指し、11年からは小麦も始めて収益を拡大しようというときに震災に遭った。格納庫は奇跡的に津波を免れ、農機具は全て残ったが、いかんせん農地がない。

■3つに分断された市

 南相馬市は06年、3つの市と町が合併して誕生した。北から鹿島区、原町区、小高区といまも住所に旧市町村名を残す。福島第一原子力発電所から約10〜40キロに位置し、原発事故後20キロと30キロの同心円で3つに分断された。

 20キロ圏内に位置する原町区の南端地域(小沢集落など)と小高区のほぼ全域は警戒区域に指定され、住民は全員避難。特別な許可がないと一時帰宅もできなかった。12年4月の避難区域再編で避難指示解除準備区域となり、立ち入りや一時帰宅は可能になったが、避難指示は継続しており、いまだに自宅に夜間泊まれない。居住制限地域とそう変わらない状況が続いている。

 前田さんの言う“基盤整備”とは、農林水産省が進める「担い手育成型基盤整備事業」のこと。6割の農地を大規模農家(担い手)に集約する合意がとれれば、従来の1区画30アールの水田を1区画1ヘクタールに拡大するための基盤整備(農道、パイプラインなどの用排水設備)費用の9割を国が補助する。

 原町区南端の小沢、小浜(こばま)、堤谷、江井(えねい)、下江井5集落では、計220ヘクタールの農地に地権者が約200人いたが、6割の農地を10戸の担い手に集約する合意に至り、01年に着工。13年完成、15年に本換地とする予定だった。

 区画整理や農道を引き直す「面整備」はほぼ終了していたが、沿岸に近い約半分の農地は水浸しでガレキが散乱。1〜2割程度完成していた地中のパイプラインや用排水設備はめちゃくちゃに壊れた。総事業費50億円のうち約30億円を消化した段階だったが、すべてが無駄になった格好である。しかも警戒区域内のためガレキ処理の重機が入らず、震災直後に自衛隊がガレキを農地の隅に野積みにしたままの状態だ。12年秋にようやく水がはけ、地面が顔を出したところというから、いかに放置されていた地域かがわかる。

 やっかいなのは、災害復旧事業は、原状回復が基本ということだ。基盤整備事業が途中だった場合、どう整理して進めるのか。なかなか方針が示されず、地元の苛立ちが高まっていた。

 12年秋にようやく、県農林事務所から、終了していた面整備分は災害復旧事業として、未完成だった用排水設備の復旧、新設は復興交付金事業(復興庁所管・農林水産省実施、全額国負担)として実施する方針が示された。

 しかし、農地内を通る県道の新しいルートは決まっておらず、ガレキ置き場は、ようやく今年5月に一部供用開始(全面開始は秋以降)という予定だ。ガレキ撤去が済まないと災害復旧事業は始まらない。他地域に比べ約2年、後れをとったことになる。

 とりまとめ役の宝玉(ほうぎょく)義則さん(64)はこう語る。「このまま未来が見えない状況が続けば、もっと人がいなくなってしまう。東京電力からの補償もいつまで続くかわからない。できることをやろう、と復興組合を立ち上げました。農水省の被災農家再開支援事業という枠組みで、一人一日1万円の日給で、農地の草刈りやガレキ拾いをしています」。

 基盤整備に参加した地主は途中で抜けることはできないが、工事が終わった最終段階で金銭と引き換えに土地を手放す「不換地」という仕組みがある。震災前は全体の約1割の約20人ほどが不換地を宣言するとみられていたが、宝玉さんによると、震災後その数は増えそうだという。浸水区域でアンケートをとると、7割くらいが「離農したい」と答えているという。

■進まない大規模化

 前南相馬市長で、震災後、複合型大規模農場経営研究会を立ち上げ、農業復興を通じた沿岸部の生活再建を目指している渡辺一成さんはこう言う。

 「もともとこの地域の農家は高齢化が進んでいた。いずれ耕作放棄地が増えることはわかっていたが、今回の震災でそれが早まったと言える。この地に残って農業をやろうとする人が、これまでの例えば3倍手がけてくれないと、土地は遊んでしまうだろう。大規模化がますます必要だ。

 ただ、農作物をつくっても売れるかどうかに地域の農家は大きな不安を抱いている。風評被害はまだまだ残るだろう。農地の整備にもかなりの時間がかかる。だから、施設園芸や、複合型農業、太陽光発電など、さまざまな産業を組み合わせていく必要がある。

 そのためには農地規制を柔軟にし、企業参入のハードルを下げるなど、農政のあり方を抜本的に変える必要がある。復興庁はこれまでのような調整機関の位置づけではなく、復興のための権限と予算を集約した組織に強化し、縦割りを排して被災地の実情にあった施策を素早く実行してほしい」

 高齢化への対応、大規模化による採算性向上、6次産業化といった課題は、被災地に特有のものではなく、日本の農業全体に共通するテーマである。

 旧態依然とした規制や制度が維持され、既得権も複雑なため、これまで農業改革は進まなかった。震災の被害はあまりに大きいが、まがりなりにも特区や規制緩和、ワンストップ行政としての復興庁など仕組みは整えられつつある。震災を機に、新しい農業に飛躍する改革の端緒とするという観点が重要ではないか。

 とくに大規模化、集約化は、日本の農業にとって最大のハードルだった。震災で離農する人が増えているのなら、それを逆手にとって、大規模化をスムーズに進めることもできそうである。

 しかし現実はそのように進んでいない。壁になっているのが、被災地の住民合意形成の難しさと、放射能問題だ。

 原町区萱浜(かいばま)の八津尾初夫さん(63)。萱浜は住宅のほとんどが流された被害の大きかった集落だ。八津尾さんも夫人のほか、右腕にしていた従業員2人を喪った。集落の専業農家は4人いたが、残ったのは八津尾さんだけ。とりまとめ役の行政区長も犠牲になった。

 「農地はほとんど水に浸かり、農機具も失った。でもなんとか前向きにならねばと、残った農地で4月にはほうれん草やキャベツなどの試験栽培を始めた。渡辺さんの研究会にも参加して、やはり大規模化だ、自分は担い手になろうと。市からも、原状回復ではなくて大型化、近代化でと提案があった。私は賛成で、住民の方々にももちかけたが、反応は悪かった。住むところもないのに田んぼの話なんて……と」

 「ただし全額国負担の交付金事業になることがはっきりしてきた12年6月頃からようやく動き出した。少しずつ同意手続きが進んでいる。でも、農地ができても、大規模にできる担い手が他にいないから大変です」
一部の水田で試験栽培されていた米(結果は市内全域作付け制限)

 さらに放射能問題が暗い影を落とす。南相馬市の空間線量は決して高くない。年間1ミリシーベルト程度の地域が多く、試験田でも食品安全基準の100ベクレル/キロを超すような米は出なかった。それでも12年末、市は3年連続の稲作作付け制限を決めた。市側は一部再開という案を出した。しかし、農業関係者から「作っても消費者が買ってくれないのではないか」「もし基準値を超えたらさらに風評被害が強くなる」「除染を進めるといっていたのに、まったく進んでいない」などという不安の声が強く上がったため、再開は見送られた。

 市内のある専業農家はこう話す。「すでに再開している相馬市の米は引き合いが強く、私はかねてからの取引先に仲介しているほど。多少値下げが必要なときはあるが県産米は全量検査だから安全性も担保できる。試験田で安全基準をすべて満たしたのに、自粛は残念。農家の間には、中途半端に再開するより賠償を受けられる間は受けたほうがよいという本音もある」

 震災前まで稲作の実績があれば、賠償金は10アールあたり5万7000円が支払われている。10アールの水田から上がる売上は多くて10万円、粗利は数万円という。担い手に貸し付けても入る小作料は1万5000円程度というから、これでは生産再開したり担い手に貸したりするより、賠償を受けていたほうが得となる。南相馬の農業復興はまだまだ先が見えない。

WEDGE編集部
(月刊「WEDGE」2月号特集より)

最終更新:3月11日(月)10時16分

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