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 9月22日付けで第一次編集を行いました。
第八章 変わりゆく世界~1942年~
第四十二話 異形の翼を持つ者と浅城瑠璃の憂鬱
11月2日 九州飛行機

 九州飛行機は史実では福岡市の渡邊鉄工所(現在の渡辺鉄工株式会社)が1935年(昭和10年)より飛行機の製造を開始し、1943年に航空機製造部門を分離し九州飛行機を設立、渡邊鉄工所は九州兵器に改名した経緯を持つ飛行機メーカーであり、同社で開発された機体として有名なのが、陸上哨戒機『東海』、そしてエンテ型飛行機の局地戦闘機『震電』が有名である。
 この『震電』は胴体前部に両翼を、機体後部にエンジンを搭載した奇妙な航空機であった。同機は高高度で570km/hで飛行するB-29『スーパーフォートレス』を撃墜するために、高高度でも充分な速度を発揮できる局地戦闘機として開発された機体であった。最高速度は750km/h、実用上昇高度は1万2000メートル、武装は五式30mm機銃4門と重武装局地戦闘機となるはずだったが、1945年8月3日、試験飛行にて初飛行に成功し、続く6日、8日と試験飛行を行ったが、発動機である『ハ43』に故障が発生し三菱重工へ連絡をとっている最中に終戦となった悲劇の機体であった。
 そんな機体にはジェット化計画があった。地上静止推力900kg、ほぼ3000馬力相当の『ネ130』ターボジェットエンジンを搭載するという計画であったが、元々、『ネ130』ターボジェットエンジンの開発も間々ならず、結局は実用化できずに終戦となった――はずだった。

「これが…あの『震電』なのか……」

「はい。そうです、二階堂司令殿」

 九州飛行機から数キロ先にある陸軍の蓆田飛行場にその機体――『震電』が鎮座していたのだ。だが、その形は大きく姿が変わっているのだ。
 まず、エンテ型は変わらないが、その主翼は後退翼では無く逆の前進翼――代表としてはロシア空軍のSu-47『ベールクト』が採用している――となっている。この主翼のメリットは、翼の根元あるいは機体の重心位置で失速が始まっても、まだ翼端には気流が残っているため、後退翼と比較して、原理的に失速限界が高い事にある。デメリットにはステルス性が低い、後退翼とは逆に負の上反角効果となって、ロール方向に対して本質的に不安定となる――これは逆を言えば運動性能を高める事(可能な機動が多くなる)に繋がるのだ。実質、これを採用した――とは言っても緩やかな前進翼であるが――のは史実での中島飛行機製の九七式戦闘機、一式戦闘機『隼』、二式単座戦闘機『鍾馗』、四式戦闘機『疾風』であり、これらは前翼型の先駆者と言えるのだが、最大の弱点こそが揚力と迎え角が相互に増加しつづけ、ついにはある速度で翼を破壊してしまうダイヴァージェンス(発散)という現象が起こってしまい、これに耐えられる翼構造によって重量が大きくなり過ぎると言う事であった。
 だが、複合材料技術の発達に伴い、空力弾性テーラリングと呼ばれる成形技術を利用することで重量増加ペナルティを小さく留める事が可能になり、実現への技術的障害は無くなった。また1970年代以降においてフライ・バイ・ワイヤが実用化した事により、不安定な機体を制御して飛行させることで、戦闘機の運動性向上に利用する(CCV――運動能力向上機――技術)ようになり、その手法のひとつとして前進翼は有効な方法だと考えられた。
 その結果、誕生したのがNASAの実験機X-29であり、ロシア空軍ではスホーイSu-47『ベールクト』が採用している機構であったが、近年の軍用機設計では、むしろステルス性が重視されるようになったため、前進翼を採用した軍用機の実用化は、現在まで実現していない。
 この様な様々なメリット、デメリットが複雑に絡んだ前進翼型だが、今、目の前に鎮座している『震電』はその前進翼を採用しているのだ。これは、前進翼のデメリットでありメリットであるロール方向に対しての不安定を活かした運動性能の向上による、高高度でも格闘性能を損なわない特徴を持ち、失速限界が高い事による失速での墜落を抑える効果がある。

「前進翼型での軍用機は世界でもこの『震電』が最初でありましょう。それに、後方を見て下さい」

 『震電』の設計者、清原邦武技師は二階堂にそう言うと、同機の後ろへと行く。同機の後方には『ハ43』空冷式星型複列18気筒発動機では無く、ジェットエンジンが2基、組み込まれていたのだ。

「じ、ジェットエンジンだと……」

「はい。このジェットエンジンは『ネ25』――司令殿が持ち込んだ『ネ20改』の設計を元に、量産性、信頼性を向上させたジェットエンジンです」

 日本では『ネ30』ターボジェットエンジン、『ネ130』ターボファンエンジンが正式採用されたものの、技術力に似合う高性能であるが故の生産性、信頼性、稼働率が問題となっており、これを打破すべく開発されたのが『ネ20改』の発展改良型こと『ネ25』であった。
 このエンジンはユンカース『Jomo-004 109-012』をベースに開発され、同発動機の出力が27.3kNに対して、『ネ25』は32.5kNと二割近い出力向上に貢献したのだ。

「それに武装も機首零式30mm単砲身多薬室航空機銃4門、翼部零式20mm単砲身多薬室航空機銃4門の合計8門と言う重装備が成されており、しかも噴進弾を多数搭載可能、そして何よりも脚部の強化がなされ、着艦フックも装備されているので、いざとなれば艦上機としても運用が可能です」

「か、艦上機にもなれるのか!?こいつは!?」

 艦上機にもなれる局地戦闘機――二式艦上戦闘機『紫電改』の事もあり、不可能ではないのだが、前進翼型の航空機が空母に着艦が可能と言うのが未来の世界にも無い、前代未聞であった。

「それにつきましては、初飛行と同時期に空母『天城』で行われた着艦試験では見事に着艦に成功しました」

「ふむ…出来たのならいいのだが…こいつの性能は?」

「あ、はい。こちらです」

 清原技師はそう言うと、性能諸元が描かれた書類が渡された。



三式噴進局地戦闘機『震電』――性能諸元――
全長
・11.54メートル
全幅
・11.62メートル
全高
・3.95メートル
主翼面積 
・21㎡
機体自重量
・5500kg
最大自重量
・12800kg
発動機
・『ネ25』ターボジェットエンジン×2基(32.5kN)
巡航速度
・マッハ0.85(1045km/h)
最大速度
・マッハ1.25(1530km/h)
航続距離
・1800km(増槽無し)
・2700km(増槽あり)
上昇高度
・1万7500メートル
乗員
・1名
武装
・機首零式30mm単砲身多薬室航空機銃4門(装填数:1門につき165発)
・翼部零式20mm単砲身多薬室航空機銃4門(装填数:1門につき100発)
爆装
・最大搭載量2.5トン
 ・ハードポイント×8箇所

   空対空兵装
   ・二式55mm空対空噴進弾二十四連装搭載ポッド4発

   その他の兵装
   ・60kg通常爆弾4発
   ・30kg通常爆弾8発



「なるほどね…素晴らしい性能じゃないか」

「そう言われると、我々としてもここまでやり遂げた事に誇りを感じます」

 二階堂は『震電』のスペックを見て素晴らしいと評した。前進翼型のジェット戦闘機ならではの格闘戦能力はMe262『シュヴァルベ』、Ta183『フッケバイン』との模擬戦において同等高度、優位高度、不利高度では何と全戦全勝と言う結果になっており、この『震電』の高性能ぶりが窺える。
 この『震電』は後に、帝都防空部隊の主力として迫り来る強敵にして凶敵と言えるソ連空軍超重戦略爆撃機――コードネーム『ダイダロス』――と相手取る事になろうとはこの時は誰も思っていなかった。


 同じ頃、旅順郊外

 旅順郊外の上空は薄気味が悪い曇天に覆われていた。そんな中、郊外の小高い丘に向かう黒のダットサン・セダンがいた。中には空母『高天原』艦長の浅城瑠璃海軍大佐が不機嫌とも言える表情を浮かべながら座っていた。
 理由は複雑に絡んでいた。小高い丘の上には自分が生まれ育った屋敷にへと向かっているのだが、それこそが不機嫌と言える理由に1つであった。
 そもそも、彼女の生家は日本四財閥(三井、三菱、住友、安田)に匹敵する浅城財閥であり、彼女はその長女として生まれた。この浅城財閥は旅順を拠点に軍事産業で財を成し、例を出すなら同財閥は旅順海軍工廠の最大のスポンサーとして多額の寄付金を提供している。
 そんな中で生まれ育った彼女は家の関係なのか幼い頃から海軍に憧れ、その憧れがさらに深まったのが当時、新設されたばかりの姫路航空士官学校に入学したとして話題となった――その人物こそが現在、空母『鳳凰』の一部隊である姫路大和撫子航空隊隊長の九条宮真理奈海軍中佐――であった。
 天皇家の皇女が海軍への入隊を前提に入学したというニュースは当時の男尊女卑を覆す出来事として、またこの影響からか若い女性――特に農村の娘達が多く入隊した程の影響力を及ぼしたのだ。
 勿論、このニュースを知った瑠璃は親や兄達の猛反対を押し退け、姫路女性士官学校に入隊、そして次席で卒業――読者の知っての通り、主席は『紀伊』艦長の永塚美姫海軍大佐――したの後、最初の2年は中央(海軍軍令部)で働いていたが、3年目の4月に第零航空艦隊への異動が決まり、辞令に基づいて旅順にへと向かった。
 そこで第零航空艦隊の司令官――二階堂紅蓮とのコンタクトを取ったのだが、彼女は二階堂との出会いを得てこれまでとは違う人物に出会ったのだと直に感じた。日本人離れした長身長、まるで全てを見通すかのような瞳、厳しくも優しい包容力を持った性格、そして的確且つ常識に囚われない斬新な戦術を生み出す――そんな二階堂に、これまでに感じた事の無い感情が芽生えたのだ。それからはずっと二階堂の事を思うと周囲が見えなくなり、果てには妄想にまで取り憑かれてしまう程、その思いは深く強かった。
 話を戻すが、そんな彼女を乗せたダットサン・セダンは無事に彼女の生家にへと辿り着いた。この時が来たのか、と彼女はさらに不安を感じていたのだ。
 なぜ、彼女はこれ程にまで不安を感じているのか?その答えはすぐに分かる事になる。

「二階堂司令。私にご加護を…」

 彼女はそっと見られないように腰のホルスターにある、護身のために二階堂から授けられた新型拳銃と称された陸上自衛隊の9mm拳銃に9発入りの実弾が入った弾倉を装填させる。もしものために予備の弾倉を1つ、用意されている。

「では、瑠璃お嬢様」

「分かりました」

 1人の執事が扉を開け、そう告げた。彼女は降りると、執事に案内される。家の中は相変わらず広く、敷地面積だけでも数十万平方メートルもあるのだ。歩いている廊下の家政婦や執事が左右を埋め、中央のみが開いており、その中央を歩いている時に彼女はちらっと盗み見した。誰もが冷静を装いながら、彼女の帰宅を驚くかのような表情をしていた。
 変わっていないな、ここも――と彼女は思いつつ、廊下を歩いていると、ある場所にへと辿り着くと、執事は、扉に拳を2回打ち付け、来客の到来を室内の人間に告げた。
 ガチャリ……と真鍮のドアノブが音を立てて、静かに扉が開く。
 ――そして、彼女は意を決したかのようにその部屋にへと足を踏み入れた。
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