「さて、お次は…」 黒いマント、顔の半分は醜いケロイド、もう片方の目にスコープのような機械を埋めこんだ奇怪な男が、「どれにしようかな」とおやつを選ぶ子供のように、わたしたちの一人一人を指さしながら品定めをしている。。わたしに当たりませんように!そう念じかけたわたしは、その願いが同時に友達の犠牲を願うことでもあることに気が付き、神様にお詫びする。そしてわたしは変わり果てた大親友の方へそっと目を向ける。 うずくまり、すすり泣いているその姿は、とても悲しいことに、もはや人間のものではなくなっている。体毛の一切ない、異様な質感の皮膚、乳房に浮かんだ毒々しい同心円模様、額からは触角、頭の両脇には複眼。楽しいときも、辛いときもいつも一緒にいた大親友、野々村紗希ちゃんは、その華奢で愛らしかった肉体を、そんな、人間とミツバチを合成したような奇怪な生きもの「ビーマリオン」に改造されてしまったのだ。 その横では、同じく異形の者に変えられてしまった紗希の姉の紗耶ちゃんと、手芸部のおとなしい少女、西村小夜子ちゃんがいる。小夜子は紗希と同じくすすり泣き、紗耶はやはり力なくへたり込みながらだが、目を真っ赤にして、奇怪な男、骸教授に向かって叫んでいる。 「卑怯者!この卑怯者!よくも紗希を!よくも紗希を!」 紗耶と紗希はその美しい兄弟愛につけ込まれ、たて続けに改造されてしまったのだ。紗耶の怒り、悔しさはどれほどのものだろう。 そうして、少女三人の改造を終え、もう一人の少女が改造に耐えられずに「食べ」られてしまったのを確認した骸教授は、今や五人目の犠牲者の物色を始めているのだった。 わたしは考えていた。改造は一人ずつ順々にしかできないらしい。クラスメートの全員を改造し終えるにはまだ時間がかかる。そして、改造を待っている間に、何か幸運な奇跡が起きるかもしれない。例えば、正義の味方が現れて、わたしたちを救出してくれるかもしれない。そんな夢みたいな願いも、こんな悪夢みたいな状況下では、かえってかないそうな気がする。 …だが、とわたしは思った。そんな奇跡が今すぐ起きる気配はない。五人目があの機械に送り込まれるのは間違いないだろう。奇跡が起きて、クラスメートが助かるためには、少なくともその五人目の少女が改造される時間が必要だろう。誰かが犠牲になる必要があるのだ。 ならば…わたしが、その生け贄になろう。大好きな紗希はもう改造されてしまった。わたしだけが無事に助かっていいはずがないのだ。だって、だって、わたしたちは親友なのだから。 骸教授の目が、いかにも悲劇のヒロインにふさわしそうな、お嬢様の御影さんに固定された。そして新たな犠牲者を指さそうとその手を動かしかけた。 わたしはそれを見て、ぶるぶる震えながら立ち上がり、言った。 「…わ・わ・わ・わたしを!」 舌がもつれてうまくしゃべれない。目からは勝手に涙が流れてくる。 「わわわわたしを、かかかか改造しなさい!」 思い切ってそう言いきったわたしは、軽く驚いている骸教授の方を向きながら、震える指でブラウスのボタンを外し、ブラウスを脱ぐとスカートのホックを外し、次にブラを外した。すうっとした外気が乳房に当たり、わたしは場違いな解放感を感じた。それから思い切ってショーツを下ろした。 「か・か・改造には、こ・こうするのが必要なんでしょ!さあ、早くして!お・お・乙女に恥を かかせないで!」 骸教授が面白そうに答える。 「よかろう。次はお前にしてやる。それにしてもどういうことだ?人間でありながら、ソルジャードールの美しさに目覚めたのかな?」 わたしは怒り声で答える。 「そんなんじゃないわ。紗希が改造されて、わたしが改造されないなんて、わたし的にはありえないからよ!だって、わたしたち、大親友だから!ね?紗希」 そう言って目を向けたわたしを、紗希は目を丸くして見つめている。それから紗希は、ぽろぽろと涙をこぼしながら言った。 「ちさと!やめて!わたしなんかのために…」 わたしはむりやり笑顔を作って言った。 「いいんだよ、紗希。自分で決めたんだから。こんな時だけ引っ込み思案なんて、わたしのキャラじゃないんだよ!」 そのやりとりを聞いていた骸教授はいやらしく笑いながら紗希に言った。 「むはははは、果報者だな。姉ばかりか、親友も、お前のために人間を捨てると言ってくれたぞ!わはははは。美しいのう。わはははは」 わたしは、ともすればすくんでしまう足を引きずりながら、恐ろしい改造装置へ向かってい歩き始めた。そして靴と靴下を脱ぎ、手術台に横たわり、言った。 「始めて!」 骸教授は念を押すように言った。 「言っておくが、マリオンラーヴァがお前を選ぶとは限らん。お前が適合者でなければ、おまえは激しい苦痛と共にマリオンラーヴァに吸収され、その養分となる。いいな?」 「望む所よ」 わたしは強気で言った。生きて化け物にされるのも、化け物に食われて死ぬのも、悲惨さでは似たようなものだ。ただ、わたしが食べられたら、紗希は独りぼっちになっちゃうな。 …ううん。ちがった。紗希には紗耶がいるんだ。お腹の中にいたときからずっと一緒の、わたしなんかよりずっとずっと強い絆で結ばれた女の子。わたしがどんなに紗希が好きで、紗希の一番の人になりたいと思っても、わたしは紗耶にはなれない。なんだか悔しいな。 そんな幾たびも心に浮かんだ軽い嫉妬心を抱えたわたしを、手術台は装置の中に運び始めた。そして、赤黒い光に照らされたわたしを、無数の触手が包んだ。緊張の糸がぷっつりと切れたわたしを激しい恐怖が襲った。わたしは半狂乱になって叫んでいた。 「ああ、入って来ちゃうよ!ああ!入ってくる!入ってくるよ…ああああああ!」 大声をあげてわたしはベッドから飛び起きた。 とてつもなく生々しい、おぞましい夢を見てしまった。ぐっしょり汗をかいて激しく息をしているわたしに、横にいた紗耶が声をかける。 「…ちさと、大丈夫?ひどくうなされていたと思ったら、いきなり大声をあげて…」 わたしは昨日までのままの姿をした紗耶の顔を見て、自分の体を見て、周りを見回して、それから大きな安堵のため息をついた。ここは合宿所。今日はサマースクールの最終日。悪夢の中で半日ほど過ごしてしまった日を、これから正式に迎えることになるわけだ、ということが分かった。 「ちさと、もう朝食の時間だよ。早く着替えて食堂においでよ」 紗耶はそう言って部屋を出て行った。わたしはパジャマを脱ぎ、夢の中で着ていたのと同じ衣装に着替えて、食堂に向かった。 食堂ではもう朝食の準備ができあがっていて、みんながわたしが来るのを待っていた。 「ごめーん。また寝坊しちゃった」 言いながら、まだ起きてきていない子も多いことに気づいた。春子がいないし、あの、夢の中で怪物に食べられてしまったひな子もいない。そして… 「紗希は?わたしならともかく、紗希が寝坊するなんて珍しい、ていうかありえない!何かあったの?」 紗希に限って寝坊などありえないことをよく知るわたしは、真剣に紗希の様子が心配になった。 「わたし、部屋に行ってくるよ」 そういって食堂を出ようとしたわたしを、紗耶がぞくっとするほど冷たい声で制止した。 「いいのよ。あんな出来損ない」 何だ?何か変だ。いつもの紗耶じゃない。 不審に思って紗耶の顔を見るわたしに、小夜子も声をかけた。 「そう。出来損ない、要らないわ」 驚いて小夜子の顔を見る。その顔には何かどす黒い憎悪のようなものが貼り付いている。いつものおとなしい小夜子じゃない。当惑するわたしに、紗耶がわけの分からない説明を始めた。 「紗希とわたしはいわば天然のクローンだからね。遺伝子はあるの。あなたと同じで記憶情報も揃っている。でも、紗希の複製を作ってもあんまり意味はないのよ。なぜなら、ディソルバー・サキの強さの由来は、その無改造の脳が繰り出す、予測困難な柔軟な行動パターン。残念だけど、複製が『本物』にかなうわけがないことははっきりしてるのよ」 何を…紗耶は何を言っているのだろう。わたしはあの悪夢がまだ醒めていないような気になってきた。この場を逃げ出すべきではないのか。このままここにいると、何かとても恐ろしいことに巻き込まれるのではないか。そんな、本能的な恐怖がわたしの中に芽生えた。そしてその恐怖に促されるまま、わたしは食堂を出ようとした。 だが、そんなわたしを紗耶の手が引き留めた。とても人間とは思えない強い強い力だ。 「逃がさないわよ」 その顔には邪悪な喜びを湛えた笑みが浮かんでいる。紗耶は厨房の方に声をかけた。 「教授!そろそろ大丈夫ですか?」 厨房から調理係のおばさんがマスクをして出てきた。そして、下卑た男性の声で答えた。 「もうとっくに細胞は定着しとるわい。まったく、くだらんことをしおって」 調理のおばさんはマスクを取り割烹着を脱いだ。ああ。なんてこと。その下から出てきたのはあの悪夢の主役、骸教授だ。 紗耶は骸教授の姿を見て驚きもせず、強気で言い返す。 「『くだらないこと』じゃありません!ちさとの精神に、前回にはなかった要素を効率的に組み込む、大事な手続きです!」 骸教授は苦々しく言い返す。 「つくづく生意気なやつだ。ともかく、茶番は終了させるぞい」 そう言って骸教授は手の中の装置のようなものを操作する。とたんに、食堂は姿を消し、周囲は気味の悪い部屋に変わった。そして、紗希たちの衣服は消え去り、みんな生まれたままの裸の姿になってしまった。みな、その姿を恥じらいもせずに堂々と立っている。その様子は、何か別の生きものを見るようだった。 教授が軽く怒りながら言う。 「あ、お前たち衣服もホログラムだったのか。わし一人にこんなアホな格好させおってからに。しかも、結局出番はなしじゃ!」 ホログラム。つまりさっきまでの食堂は立体映像だったということらしい。そして、部屋の中央、長テーブルのあった場所には、あの悪夢に登場したマリオン・ラーヴァと呼ばれる人工生命を収納した機械が据えられ、夢の中と同じく、白い手術台がその前にせり出している。 状況はよく分からないものの、自分が夢の中と同じく、あれに乗せられるだろうことだけは直観的に分かった。目覚める直前のあの恐怖が甦り、わたしは絶叫した。 「いやああああああ!改造なんていやだ!」 ふと見ると、わたしの腕を握っていた紗耶の手は、爪のない白いグローブをつけたような形態に変化している。驚いて見上げると、その姿は悪夢に出てきた紗耶の姿そのままだ。毛一筋ない青い皮膚、乳房を彩る毒々しい同心円模様、太い触角、頭に埋まった複眼… 紗耶だけではない。小夜子もやはりあの蜘蛛の怪物になり、その他の子たちも様々な異形に変じている。しかし、夢の中とは異なり、誰一人としてその姿を嘆いたり悲しんだり恥じたりはしていない。むしろ、その姿を得意がり、誇示しているように見えた。 「ああ、紗耶!悪夢じゃなかったの?どういうことなの?」 わたしはおびえ、うろたえながらどうにか言葉をつないだ。紗耶は説明を始めた。 「あなたが見た『悪夢』は数ヶ月前のあなた自身の記憶。正確に言うと、マリオンラーヴァにバックアップされた、オリジナルの相良ちさとの改造直前までの記憶情報よ。 相良ちさと、あるいはパピオマリオンは一度死んだ。とてもひどい死に方だったわ。それを惜しんだ骸教授が、あなたのクローンを培養した。そこにいる小夜子や綾香と同じようにね。そして、一時間ほど前にちさとクローンの培養は完了し、早速その真っ白な脳に、バックアップされていた相良ちさとの記憶情報がインストールされた。これで、改造直前の相良ちさとがほぼ完全に復元された。あとはこの新しいちさと、つまりあなたをもう一度、あのときよりも格段に性能の増したマリオンラーヴァに与えて、改造すればパピオマリオンは復元される。だけど、わたしはその途中に一つのステップを提案したの。つまり、ホログラムを用いた、ちさとクローンの精神誘導。あなたに三年前と同じパジャマを着せ、ホログラムで再現された合宿所のベッドで寝かせる。要するにあなたが今しがた経験しつつある手続き。 さて、マリオンラーヴァがお待ちかねよ。続きは作業しながら話すわ」 紗耶の怪物はそう言うとその翅を一瞬羽ばたかせた。わたしの衣服は瞬時に切り刻まれ、わたしは生まれたままの姿にされた。そして怪物化した紗耶のものすごい力で引きずられ、手術台に固定されてしまった。 紗耶の怪物、ホーネットマリオンはうれしそうにわたしの顔を覗き込んだ。 「もうじき大事な仲間が帰ってくる。とてもうれしいわ。あなたのオリジナルがあの作戦に同意したときには、こんな日が来るとは思っていなかった。骸教授に感謝しなくてはね」 悪夢…いや三ヶ月前の、今はいない「本物のわたし」の記憶通りに、装置の口が開く。だが、手術台は動き出さない。紗耶が言う。 「前回のあなたには『絶望』がちょっと足りなかった。実はわたしもそうなんだけど、わたしの場合にそれがいい方に発現したのに対して、あなたの場合、その要素が裏目に出て、操り人形としての性能によくない影響が出たの。今回せっかくやり直せるんだから、あなたにはしっかり絶望してもらおうと決めたのよ」 紗耶はむごいセリフを淡々と吐いた。骸教授が大きな舌打ちをした。自ら名乗り出たわたしを手術台に送ったのは骸教授だ。紗耶にそのつもりはなくとも、紗耶のセリフが、暗にこの陰湿そうな老人を責めているように聞こえたのだろう。 紗耶は続けた。 「そしてもう一つ。今のうちにあなたにどうしても知っておいてもらいたいことがある。とても重要な事実よ」 これ以上、どんな恐ろしい事実を知らされるというのか。わたしは思わずごくりとつばを飲んだ。 「あなたをむごいやり方で殺したのは紗希よ!あなただけじゃない。小夜子や綾香や、そのほか何人ものクラスメートを紗希は殺した。わたしたちが化け物だという理由で。自分も化け物になってしまったのに、そのことはちゃっかり棚に上げてね」 わたしは思わず叫んでいた。 「嘘よ!そんなの信じない!」 紗耶は追い打ちをかける。 「嘘だと思うなら、これをご覧なさい」 そう言うと紗耶は壁面のスクリーンを指さした。スクリーンには、改造された紗希が、わたしの顔をもった蝶の化け物を惨殺するシーンがはっきり映し出されていた。わたしは息をのんだ。 「残念だけど、これが真実よ。あなたはこれから肉体改造と脳改造を受け、心の中まで、わたしたち同様、人間の基準で言う『化け物』になる。新型の改造装置の試作品で、装置から出てきたときにはちゃんと『糸がつながった』、つまり完全に脳改造が済んだ状態になっているわ。肉体だけではなく、心の中まで人間らしさがなくなるの。恐ろしいでしょう?人間なら当然の感情。でも、わたしたちはみな、その試練をくぐり抜けて一緒に生きてきた。でも、その運命から、紗希一人が逃げ出したの。いつだってわたしたちは紗希を迎え入れる準備をしているのに、紗希はそれを拒み、恐ろしい殺戮者として生き続けているのよ。いい?つまり紗希は、自ら進んで『同じ』になることを決意したあなたを、裏切ったのよ! …紗希を恨むなというのは無理ね。だけど、わたしはわたしなりに紗希を救いたいと思っている。紗希は脳と肉体のバランスがとれていない、危険な未完成品なのよ。ちゃんとみんなと同じになれば、そんなことはなくなる。妹だからわたしは何とかしてあげたい。でもね、わたしのこんな気持ちを無理に共有しろとはいわない。あなたはあなたの思うように考えなさい。 ――さあ、大事な話は終わったわ。改造を始めましょう。次に合うときはまた友達だね」 最後の最後で、紗耶は昔のままのようなやわらかな声をかけた。もうじき人間ではなくなってしまうというとてつもない「恐怖」が、ほんの少し緩和された気がしたが、これは改造にとってマイナスなのではないのかしら、と妙に冷静な思いが浮かんだ。 だが次の瞬間、わたしを飲み込んだ改良型マリオンラーヴァが、わたしの体と心に、ありとあらゆるどす黒く歪んだものを注ぎ込み始めると、そんな冷静さのカケラは吹き飛んでしまった。わたしの体と心は急激に変化し、人間だったときの感情は急速に色あせ、理解できなくなり始めた。ああ、怪物になっていく。手も、足も、お腹も、おっぱいも、そして心も。人間のままの部分がどんどん失われていく。もう戻れない。二度と帰れない。 マリオンラーヴァにくるまれ、怪物、いや改良型ソルジャードールとしての自覚が急激に芽生え始めたわたしは、自分の中に人間のままの部分が一箇所だけ残っていることに気が付いた。マグマのようなどす黒い思いだ。 ――そう、それは、今しがた芽生えた、「紗希への憎悪」だった。
<了>
(2008/5/10「おにゃのこが改造されるシーン 素体10人目」に投稿) |