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第2部・車避難のリスク(上)繰り返される渋滞/津波の記憶、焦りに拍車
 | 東松島市内では、三陸道を目指す車が道路に連なった(イラスト・栗城みちの) |
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 | 津波に流された車両が置かれた集積所。渋滞が繰り返された背景には、車を失いたくないという被災者の心理もあった=2011年3月29日、岩沼市の仙台空港付近 |
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東日本大震災では、渋滞中の車が津波に襲われ、多くの犠牲者が出た。昨年12月7日、東北で最大震度5弱の余震が発生。宮城県沿岸には1年8カ月ぶりに津波警報が発令された。教訓は生かされたのか。震災時と余震時の証言を集め「車避難」の課題を探る。(「いのちと地域を守る」取材班)
◎「早く」抜け道も殺到
師走の被災地を襲った余震と津波警報は、人々に震災の記憶を呼び起こした。車避難の動きだしは早かった一方で、激しい渋滞が再び起きた。 目を疑った。内陸に向かう車線は、延々と車がつながっている。 昨年12月の余震の直後、仙台市若林区荒浜の自動車整備会社経営渡辺アキコさん(72)は、軽乗用車に飛び乗った。会社から道路に出ようとして、立ち往生した。まだ10分もたっていない。 震災の当日、道路は渋滞していなかった。地域は浸水被害を受け、家屋はまばら。交通量も減った。「こんなに車が集まるなんて」 左右を見ると、ヘッドライトは交通量の多い県道塩釜亘理線から続いている。仙台東部道路の西側に抜けようと押し寄せた車列だった。 震災の時は、避難が遅れた。車に乗った直後、濁流にさらわれた。押し波と引き波に数時間漂流した後、救出された。その反省から、手早く身支度を済ませて避難したはずだった。 近くに高台は無い。今後も車で逃げる。「できるだけ早く避難する。でも、不安です」 昨年12月は、抜け道にも車が殺到した。 東松島市の農業阿部誠さん(62)は余震の後、同市大曲のビニールハウスから軽ワゴン車を走らせた。三陸自動車道の内陸側を目指した。 震災発生直後、国道45号をはじめ幹線道路は渋滞し、車列が津波にのみ込まれた。迷わず、細い脇道に入った。 すぐに後悔した。JR仙石線の踏切に向かって車が数珠つなぎになっている。さらに脇道に入ったが、そこも詰まっていた。踏切の先の信号機は平常通り動いているのに、進行は鈍った。 「細い道は大丈夫と思ったのに…。みんな同じなんだな」。踏切まで2カ所あった道路の合流地点で時間を食い、三陸道に着いたのは午後6時半過ぎ。津波到達予想時刻は過ぎていた。 午後5時18分の余震発生時刻は、帰宅時間とも重なった。真冬の寒さも、暖が取れる車利用に拍車を掛けた。 東北大災害科学国際研究所の邑本俊亮教授(認知心理学)は「震災の強烈な記憶は焦りを強くさせる。車避難が必要ない人でも『早く逃げたい、ならば車だ』という心理になる」と指摘する。 震災を機に、被災地は車避難に伴う渋滞の危険性を共有した。その「教訓」が皮肉にも、渋滞を増幅させている。
◎「車もう失えない」購入高額、保険も頼れず
「もう車を失いたくなかった」。岩沼市の主婦遊佐ひろみさん(64)は、昨年12月7日に車で避難した理由を明かす。 余震が収まり、遊びに来ていた孫2人を夫(65)の車に乗せ、内陸部に向かわせた。約20分後、自分と長男(34)もそれぞれの車で自宅を出た。 出発した時点で、もう道は混んでいた。夫は国道4号の手前で車列につかまり、入った脇道でもすぐに進めなくなった。遊佐さんたちも渋滞に巻き込まれ、仙台東部道路までブレーキペダルばかり踏んだ。5キロの移動に、40分かかった。 震災前も、家族で車を3台持っていた。あの日、自宅に車を置き、近くの玉浦小に駆け込んだ。海から2キロ余りの自宅周辺にも濁流は押し寄せ、車をのみ込んだ。
車の無い生活は、買い物、通勤、通院、何かにつけて一苦労だった。新車3台を買った。自宅の修繕費よりも高く付いた。もう一度流されたら、再び買い直す余裕はない。 「車より命を大事にしろと言われるかもしれない。でも、震災で同じような体験をした人が車を捨てる決断をするのは、難しいと思う」 震災発生から2年近くたち、遊佐さんのように車を再び購入した人は多い。震災後、被災者の間で「生活の足」「財産」として自動車の価値は格段に高まった。昨年12月7日に各地で起こった渋滞は、再び車を失うことへの「恐れ」が強く働いた。
車の放棄をためらわせる理由は、保険制度にもある。 損害保険各社の自動車(車両)保険は、地震・津波被害を対象外とする。地震の発生頻度や被害規模が予測できず、保険金を支払いきれなくなる危険性があるためだ。 日本損害保険協会の鈴木毅理事は「自動車保険で地震・津波の損害を対象とするのは、相当数の加入があっても難しい」と説明する。 国も支払いを負担する地震保険の対象に、車を含めることができないか−。国が昨年設けた検討会はこんな議論を交わしている。「対象拡大は制度の安定性を揺るがしかねない」「契約者の保険料負担の増大を招く」と慎重意見が出され、導入は見送られた。 震災を受け、損保各社は自動車保険に特約を設けた。各社ほぼ同じ内容で、地震・津波で全損となった車に最大50万円を支払う。「中古車の代金や新車の頭金にしてもらう」と鈴木理事は説明するが、損失額との隔たりは大きい。
2013年01月31日木曜日
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