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第九章 選択肢
秘境!温泉!混浴!
 リィンさんがフワフワ浮かんでる後ろを、僕ら姉弟はトコトコついていく。
 途中に渡った橋の下では、何人ものオークの農夫達が体を洗っていた。
 ジュネヴラの風呂屋は無料の公衆浴場で誰でも使える。けど、そこまで行くのが面倒だとか、お湯が好きじゃないという人は、途中の川で水浴びして済ませてしまう。
 オーク達は、二足歩行してるし指もある。けど、水浴びしてる彼らの姿は、やっぱりブタっぽい。
 僕らはお湯が好きなので、街の風呂屋まで戻る。
 お湯が好きだから風呂屋に行くだけですよ、僕にはそれ以外に目的も欲望もありませんよ、るんるん。




 街の風呂屋は、既に盛況だ。
 脱衣所も湯船もなかなか広いんだけど、お湯を浴びるのが好きな人もたくさん居る。
 収穫に忙しいこの時期、体を洗いに来る人で一杯だ。

 で、やっぱりきれい好きなのは女性の方が多い。
 んでもって、ここの風呂は湯浴み衣を着て入るルール。服を着て入るから、問題なく混浴です。
 混浴なんです!

 街にいる女性兵士達は、基本的にマナーとかエチケットにうるさくない人達です。軍人ですから。
 街の外、森で暮らしてる妖精達も貧乏な田舎暮らしの人達。今の魔王が魔界を統一するまで、山にこもって暮らしてた。妖精の子供が裸で飛び回るのも当たり前。
 家族で街に移り住んできた商人や農夫達の奥さんも、開拓精神にあふれたガッツのある、男勝りな人が多い。
 つまり、そんな上品でお高くとまった街じゃありません。のどかでざっくばらんな田舎です。

 そして、脱衣場に置いてある湯浴み衣の数には限りがあります。
 移り住んできて間もない人や多くの妖精は、余計な服を買えないくらい貧乏です。自分用の湯浴み衣を持つ人は少ないです。
 しかも裸を見られたくらいでどうこう言わない、良く言えば漢らしい女性、悪く言えば下品で粗野なオバサンっぽい人が大半。
 その上、女性と言っても、ゴブリンやオークや妖精やワーキャットまでいるんです。他種族の裸に興味のある人は、なかなかいません。
 なし崩しに、みんなごっちゃになっちゃいまあす。


 というわけで、今、僕の目の前にはパラダイスが広がっています。


 この世界に転移してきて本当に良かったと、神に感謝します。
 神様って、決して無慈悲な暴君じゃなかったんですね。
 夏だからプールや海に入ることもある、と思って持ってきた海水パンツに着替えながら、心の底からそう思います。

 備え置かれた湯浴み衣は、既に使い尽くされてビショビショの状態で風呂場の隅に山積み。
 服を着て入るルールなんかお構いなしで、みんな裸で入っちゃいます。
 さすがにこの忙しい時期、湯浴み衣を着てないくらいで笑う人も笑われる人もいないです。
 というか、街が造られたときに『風呂では湯浴み衣を着る』という法律が作られたんですけど、次第にみんな面倒だからと無視するようになってます。
 長身のエルフ女性も、小柄な妖精の女性も、ヒゲ面なドワーフの女性も、緑色のゴブリンの女性も、みーんな裸です。

 ああ、素敵ですファンタジー。
 これこそまさにファンタジー。

 エルフのお姉さんのプルンプルンなおっぱい、素敵です。
 妖精さん達のささやかな胸、それはそれでアリと思います。
 もちろん一応はタオルや腕で隠すような素振りはあります。ですが、お風呂につかってれば、やっぱり見えちゃいます。
 もちろん男も、ワーウルフやワーキャットの女性も、ヒゲ面なドワーフ女性も居ますが、それはアウトオブ眼中。男性入浴客も大勢いるけど目に映りません。
 奥の方には、酒場で歌手をしていたコウモリ羽の女性二人もいます。背中を向けて水浴びをしている彼女たち、そのお尻も魅力的です。
 あの二人は、酒場が開店する前に、いつもお風呂に来てます。

  ポカッ!
 いきなり後ろから頭を叩かれました。

「ちょっと、入り口で何をボサッとしてるのよ。
 早く入りなさいな」

 振り返れば、リィンさんでした。
 彼女は、下だけホットパンツみたいのを履いてました。
 右手は僕の頭にチョップ、左手は腰にあててます。
 だから胸が目の前。
 ちょっとだけ膨らんだ二つの上には、小さなサクランボ、よりもっと小さなピンク色の可愛いものがチョコンと乗ってます。
 い、いくらペッタンコで、地球で言えば男の子と見分けつかないかもなレベルと言ってもね、こんな目の前で見せられたら、たらたら、ちょちょちょっと、ねえ。
 思わず真っ赤になって、回れ右。

 ギクシャクしながら大きな浴槽の方へと歩いてく。
 落ち着け落ち着け、精神統一邪念滅却……と呟きながらお湯をざっぱんと浴びる。
 ぷるぷると湯を弾いて、ついでにエロ魂も落ち着けて目を見開いた。
 そしたら、まだ目の前にリィンさんの黄色い瞳。
 クルクルとウェーブのかかった赤毛が、濡れて光ってる。
 そして彼女の顔は、ニンマリと笑ってた。

「あらあらあ~?
 ユータってば、何を真っ赤になってるの?」
「ま、マッカになんか、なってないよ!」
「嘘おっしゃい。
 だったらこの赤い頬はなあに?」

 そういって、そっと彼女の細い指が僕の頬を撫でる。
 い、いやその、逃げようかと思ったけど、何故か逃げれなくて。
 避けようと思ったけど避けれなくて。
 ビクッと首をすくめたけど、構わず彼女は頬をなでてくる。

「うふふ……人間族のクセに、妖精のお姉さんに興味が出ちゃうなんて、悪い子ねえ」
「い、いや、その……カラかわないでよ!」
「ちょっと、リィン。
 おバカな弟をからかわないであげてよ」

 僕の背後から冷たい言葉を投げかけてきたのは、姉ちゃん。
 振り返れば、ビキニ姿の姉が冷たい目で見下ろしてる。
 そして背中を蹴り飛ばされた。
 ザッパンと水しぶきを上げて湯船に突き落とされる。

「あんたも!
 デレデレしてると、ツカまるから気をつけなさいよ!」
「ひ、ヒトギきのワルいこと、イうなよ」

 お湯から顔を出すと、やっぱりリィンさんはニヒヒーと笑ってる。姉ちゃんは虫でも見るような視線。
 あーもー、恥ずかしい。

「ふん、カッテにイってろよ。
 ボクはムこうでゆっくりつかってるからな!」

 すいーっと平泳ぎしながら、うるさい二人から遠ざかる。
 チラリと肩越しに振り返れば、二人はワイワイとおしゃべりしながらサウナの方へ行く。
 やれやれ、これでゆっくりお風呂に入れる。

 それにしても、今日はお客さんが大入りだな。
 ワーウルフやワーキャットまで入ってる……猫なのにお湯が好きなのか。
 彼らは毛むくじゃらだから、湯船にも毛が浮いちゃってるよ。
 ま、湯量は豊富。どんどん沸かして流し込んでくれてるから大丈夫だけど。

 ふぅ~、くつろぐなあ。
 湯船の一番端、壁に背を預ける。
 目の前のパラダイスもいいけど、こうやってゆっくり目を閉じるのも最高にリラックス出来る。

「サリュ!」
「はぁい、ユータ」

 夢見心地でいたら、また声をかけられた。
 振り返って見上げれば、酒場の歌手二人組。
 おおう、二人は、その、何も着てませんよ!
 しかも全然隠そうとしてません。
 そ、それを下から見上げたら、きゃー!
 し、ししし、下から見上げたオッパイは新鮮すぎてててて、しししかももも、あ、あああ、あそあそあそこここまでで!?!?
 どっひゃーっ!

 直視出来なくて、反射的に真正面へ顔を戻す。
 でも視線はチラチラと、彼女たちへつられてしまう。
 そそっそしたら、彼女たちは、ボクの僕の左右へ、湯に入って来たんですよお。
 も、もう、こっちが恥ずかしくて、肩をすくめて小さくなっちゃいます。
 ででもでも、彼女たちはそんなの気にせず、左右から挟み込んでくるんですう!!

「お久しぶりねえ。
 最近は見なかったじゃないのさ」
「お店に来てくれたのも、姫様と来た一回だけじゃない。
 つれないわねえ」
「あ、あの、その……」

 どんどん寄ってくる二人。
 黒人女性風の人が右から、長い黒髪の人が左から、からから、むむ胸ををを!?
 ぼ、僕は、どうにかなっちゃいそうです!!

「ぼ、ボクは、その、おサケ、ニガテで……」
「あらあら、可愛いことを言うじゃないのさ」
「酒場はお酒を飲むだけの場所じゃないわよ。
 あなた、人間族だから……色々と、良いことも出来たのに」
「あたいたちと、良いこと、したくないかい?」

 い、良いコトって、なんなんですかーっ!?
 おおおお教えて欲しいっす、教えて下さいお姉さん!
 なんて叫んでしまいたくなる衝動を必死に抑える。いや正しくは、もう興奮しすぎて声がでない、言葉にならない。

「ほんと、残念だわねえ……もっと早く来てくれれば、お店で楽しませてあげれたのにねえ」
「実はあたしたち、明日にはジュネヴラを出るのよ」
「え? アシタ、ジュネヴラを?」

 左の黒髪のお姉さんを見る。
 そしたら、目の前に形の良い胸が、水面ギリギリの所に黒めのサクランボが。
 視線が釘付けです。
 そんな経験不足な僕の有様を楽しそうに、そして残念そうに眺めてる黒髪のお姉さんです。

「そうなのよ。
 もうすぐインターラーケンは冬になるでしょ?
 夏も終わったし、避暑もこれくらいにして、山を降りようと思うの」
「王族連中も、もうすぐ山を降りるらしいさね。
 冬は雪で仕事になんないからねえ。
 もっと南の方へ行くさね」
「え? オウゾクも、山を降りる?」

 右へ向けば、黒人風な女性のダイナマイトな胸が。
 いやそれはおいといて、王族の人達が山を降りる、だって?
 ちょっと待って、それじゃルヴァン様や、フェティダさんまで!?

「ええ、そうよ。
 だって王族の人達、避暑でヴァカンスのために来たようなものなんだからね。
 山の下も涼しくなったし、ここは冬が辛いから、トゥーン様以外は帰っちゃうわ」

 え……。
 じゃ、じゃあ、僕らは?
 僕らはどうなるのっ!?
次回、第九章第三話

『実現不能』

2011年6月14日00:00投稿予定


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