安倍政権、第四の矢(十字路)日経新聞夕刊より
歴史にもしもは無いのかもしれない。だが1990年から95年にかけての歴史的円高がなければ、今日の日本のデフレ問題はここまで深刻化していなかったのではないか。
戦後のドル円相場の変動の主導権は米国にあった。筆者は米国に容認される為替水準を「だるまさんが転んだ」という子供の遊びに例えて議論してきた。主導権をもつ鬼(米国)が目隠しをしているうちは参加者(日本)は鬼に向かって進む(円安に向かう)が、鬼が振り向くと(円安は)止まらざるを得なくなる。
日本のバブル経済は90年に崩壊し、経済実態からは円安が進むはずだった。しかし、旧ソ連の脅威が後退したあと、日本は経済戦の仮想敵国となり、戦後最大の貿易摩擦と円高に直面した。日本の戦後の発展は冷戦下の1ドル=360円の円安に助けられた面が大きかった。だが冷戦終結の影響で円相場が対ドルで上昇に向かったことが、その後20年続く円高とデフレによる縮小均衡の出発点となった。
2009年に民主党政権に交代した後、日米関係は90年代前半以来の状況に悪化した。日本は鬼である米国から振り向かれ続けて円高となった一方、韓国は許容されたことがウォン安につながった。
最近の太平洋地域での地政学的緊張関係は新たな冷戦を思わせる面もある。昨秋以降の円安の背景には日本の金融緩和強化に加え、経済の回復で米国に余裕ができ、さらに日米関係が改善したことがある。2月の20カ国・地域(G20)財務相・中央銀行総裁会議で円高修正が許容されたのもその延長線上だ。
安倍晋三首相が掲げる経済政策の柱は金融・財政・成長戦略の三本の矢だ。重要な第四の矢は日米関係にあるのではないか。デフレ脱却の鍵を握るのは円安の持続性、米国の景気回復で、日米関係に左右されやすいからだ。2月に行われた日米首脳会談は、その有効性を改めて確認するものといえるのではないか。
(みずほ総合研究所チーフエコノミスト高田 創)
2013/03/07 日本経済新聞 夕刊 5ページ