吸血鬼の進む道 (彼方二号機)
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第三話

 三咲町の中心にある『HOTEL CENTURY』。最新の設備と最高のサービスを提供することで有名で常に客が絶えないことで知られている高級ホテルである。
 しかし現在。陽が暮れて夜となった現在。客は一人残らず居なくなっていた。客だけではない。従業員すらも居なくなっている。
 ……いや違う。居なくなったのではない。


 従業員も客も、殺されたのだ。壁と床を染め上げている血と、床に散らばる腕や足といった残骸がそれを証明している。
 いや、殺された、というのもまた違う。このホテルに居た人間は全て食われたというのが正しいだろう。事実、床に散らばっている人間だった残骸は動物に噛まれたような跡が残されており、その残骸を犬や虎といった姿をとっている黒い動物たちがさらに食い散らかしている。

 その惨劇の場の柱の影に、奇跡的に生き延びた幼い姉弟がいた。

「ひぃ……お、お姉ちゃん……!」

「シ! 声を立てちゃダメ……」

 周囲で人間だった肉片を喰らう動物達に居場所がばれないよう、姉は弟を抱きしめる。

「パパ……ママ……助けて…」

 カタカタを震えながら己の両親に助けを請う。そんな願いを嘲笑うかのように、姉弟の傍に長身の男が立っていた。
 助けが来たのかと姉弟は男を見上げるが、男はそんな姉弟に見向きもせずに階段を見据える。

「……上、か」

 呟くと同時に男の身体から黒いナニカが現れ――――。



 姉弟の命はそこで終わった。






 それから少し時は過ぎ、ホテルの上層階。先ほどの男と一組の男女が相対していた。
 男の名を遠野志貴。女の名をアルクェイド・ブリュンスタッド。
 そして先ほど姉弟を殺した男の名をネロ・カオスといった。

「ようやく出会えたな……真祖の姫よ」

「ネロ……カオス……!」

「いかにも」

 遠野志貴は床に座り込んでおり、二人の会話についていっていない。ただ呆然とアルクェイドを見上げるだけだ。

「あなたがこんなゲームに乗ってくるなんて……悪い冗談みたいだわ」

「全く、同感だな。私もこの様な無謀極まりない祭りの執行者にさせられるとは夢にも思わなかった。私にとっても、これは極上の冗談だと言えよう」

 表情こそ変わらないが、ネロの声には軽い苦笑のようなものが感じられた。
 彼自身、さして乗り気ではない事に参加させられた自身を笑っているのだろうか。
 しかし、言葉とは裏腹に彼から放たれる殺気はここで殺すと言っている。

「……逃げるわよ、志貴」

「逃げる……って……どうやって?」

「…逃げる?逃げるだと?出口などない。ここが貴様の終焉だ」

 ネロの言葉はまさに真実。何時の間にか、彼らの周囲は漆黒の動物たちによって包囲されていたのだから。

「さあ? それはどうかしら……」

 右手を挙げる。つい先ほどまでは普通であった彼女の爪は鋭利な刃物のようになっている。そして右手を、

「ねっ!!」

 一閃。


 凄まじい衝撃と共に砂埃が宙を舞う。
 しばらくして砂埃が消えたとき、すでに2人の姿は消えていた。
 外側の壁に大穴が開いており、そこから脱出したのであろう。そして、周囲を囲んでいた動物達も先の衝撃で大半が潰され、行動できなくなっている。

「……逃したか。まあいい。奴の居場所はすでに割れている。再会の時までその命預けたぞ」

 動物達の死骸が溶けていく。黒い液体のようになったそれらは意思を持つかのようにネロの身体に終結していく。

「真祖の姫君よ」

 踵を返し、ネロ・カオスは闇の中へと消えていった。



「急いで志貴!」

「ああ、分かってる!!」

 ホテルの外。アルクェイドと遠野志貴は全力でその場を離れていた。先ほどの一撃で壁を破壊し、彼を抱えて彼女は飛び降りたのである。
 普通ならば落下の際の衝撃で死んでいるだろう。しかし、彼女は普通ではない。


 真祖。
 星が創り出した自然の触覚と言える存在である。その在り方は精霊や抑止力に近い。
 彼女はその真祖達が創り出した最高傑作であり、死徒の処刑者である。その力は絶大という言葉すら生ぬるい。
 しかし、現在の彼女はその力の大半を消失している。
 何故か?それは傍にいる男が原因である。

 遠野志貴。
 細かい説明は省くが彼はアルクェイド・ブリュンスタッドを、真祖の姫君を、数多の死徒を葬ってきたこのバケモノを殺したのである。
 しかし彼は徹頭徹尾人間である。代行者でもなければ魔術師でもない。そんな彼がどうやって?答えは彼の保有する魔眼にある。

 直死の魔眼。
 バロールの眼とも呼ばれる、この世に存在するあらゆる存在を殺すことができる魔眼の中でも最高峰の異能である。

 何の因果かこの力で彼女を殺してしまった彼は彼女のゴタゴタに巻き込まれてしまったのである。

「まさかネロが来るとはね…できるだけ遠くに逃げるわよ!」

 そういってさらに彼女に動きが加速する。といっても消耗しているせいか、もしくは志貴を気遣ってか、その速さは平均より上、といった程度ではあるが。
 その彼女に何とかついていく志貴ではあったが……しばらく走ると不意にアルクェイドの動きが止まる。

「……? どうしたんだアルクェイド?逃げるんじゃなか……ッ!!」

 頭痛。彼の頭に激痛が走る。その痛みに耐え切れずに膝を折り、されど視線は彼女の方を向く。

「…ったく。ネロだけでもやっかいだってのに……祖がもう一人来ているとはね」

 彼の視線が彼女からはずれ、正面を見る。先ほどまで誰も居なかった道の真ん中に、一人の男が立っていた。



「圏境とまではいかなくとも気配遮断には結構自信があったんだが……まだまだ功夫が足りないか。ま、とりあえずの目的は果たせたからよしとするか」

 シルクハットを片手で弄んでいる細身の男。
 頭痛がさらに激しくなる。この男を、速やかに殺せと、この世から消し去れと、遠野志貴の本能が叫んでいる―――!!

「こんばんわお姫様。自己紹介は必要かい?」

「結構よクラウス・アンフェリア。あなたもネロ同様このゲームの参加者?」

「おや、祖に名を列ねて数百年しか立ってない俺を知ってるとは……さすが処刑人、とでも言えばいいのかな?ま、とりあえず質問に答えようか。答えはNO、だ。俺には白翼公から声すらかからなかった。ま、他に呼ばれた奴らとは比較にもならないから仕方ないといえるがね?」

「へぇ、なら何しに来たの?私達は今急いでいるのよ。邪魔するのなら……」

 先ほどのように刃物のように尖らせた爪を彼に向ける。それを見ても彼の態度は変わらない。

「さて、今言ったように俺の目的は粗方終わったんだがね?しかし……うん、そうだな。ちょっと疑問も浮かんだことだし…よって」

 先ほどまで感じていた寒気が再び遠野志貴の背を走る。そして目の前の男――クラウスは弄んでいたシルクハットを被る。

「少し遊んでいってもらえるかい?」




「そんな暇はないわ」

 一閃。

 クラウスが行動を起こすよりも速く、彼女の爪が彼の身体を両断していた。
 すでに彼は言葉を紡がない。両断され、周囲に血をぶちまけて、その身体は煙となって消失した。

「なにボンヤリしてるの志貴!! 急いで!!」

「あ、ああ! 分かった!」

 煙となって消えたクラウスの身体を視界から外し、頭痛に耐えて彼は彼女と共にその場を後にした。




 彼らが居なくなってしばらくして。周囲に煙が立ちこみ、一箇所に集い…再びクラウスの姿の形になった。

「予想的中、か。やれやれ、一体何がどうなっているのやら」

 ポンポンとシルクハットに付いた土を払い落とし、彼は呟く。

「蝙蝠から見た時点で何か変だとは思っていたが……ホントにあれが真祖なのか?噂と全然違うじゃないか。ヴァンが嘘ついたって訳でもなさそうだし……どう思う?」

 影に向けて声を掛ける。誰もいないはずの闇の中から、一人の男が現れる。
 さきほどホテルで真祖と相対した死徒、ネロ・カオスである。

「よもや貴様もこの地に来ているとはな”吸血鬼”。貴様も祭りの参加者か?」

「クク、違うよ”混沌”。ただ単に真祖を見に来た観光客さ」

 クラウスは特定の拠点をもたず、世界をうろつく死徒である。当然、派閥や領地などに興味はない。
 そして様々な土地に現れるため顔が広い。それゆえ、彼は混沌とも面識があった。
 さらに言うのならば、先ほどのホテルの中に、彼の放った使い魔の蝙蝠が居たがゆえにネロはクラウスの存在に気がついたのである。

「噂じゃ感情なんてものはないし、ましてや言葉なんて発さない。陳腐な言い方だが殺戮機械みたいなものらしいじゃないか。なのに何だアレは?笑うし怒るしよく喋る。しかも連れていた人間を庇う真似まですると来た。ついでに言えば何だいさっき俺を両断した一撃は? あの程度で(・・・・・)俺が死ぬわけないじゃないか?」

「自身を両断されておいてあの程度と評するとはな。あいも変わらず、可笑しな身体よな」

「それ、あんたにだけは言われたくないぞ?ああっと、話が逸れた。本来のお姫様なら俺の特性なんか無視して始末できるはずだろう? ……何かしたのか混沌?」

「否、だ。私が姫君を見つけた時点で、すでにああなっていた。加えて言えば、何故あそこまで衰弱しきっているのか、私も知りたい」

 ネロの言葉を聴き、クラウスは思考する。一体何が起きたのか、と。

「……考えるだけ無駄か。ところでこれからどうするんだい?」

「今宵は興が削がれた。姫君は、次に仕留めるとする。今の姫ならば、容易く我が血肉となせるだろう」

「……やっぱりあんたとんでもないわ」

「何、貴様も十分に逸脱していよう。ではな吸血鬼。次に会う時はまだ私であるといいのだがな」

そう言って、混沌は去って行った。

ネロは体内に666の獣の因子を内包している。そのせいか、彼は少しづつ自意識が薄くなっているのである。
最終的には自意識はなくなり、俗称の通りの混沌と成り果てるであろう。


「さて、そろそろ出てきてもいいんじゃないかな?」

再び声を掛ける。しかし、今度は影に向けての声ではない。上だ。視線を空へと向けて、だ。

「混沌は居ない、お姫様も居ない。そら、ここに居るのは俺とあんただけだ。口上くらいあげたらどうだ? 代行者?」

視線の先に居るのはシスター服に身を包んだ女。その手には3本の刃が握られている。


吸血鬼と埋葬機関が今、邂逅する。



アーパー吸血鬼に絶倫眼鏡。動物博士と原作キャラが一気に登場した3話をお届けします。
そして挑んだら死ぬっつっといて結局挑んでるクラウスさん。これはアレです。
使い魔を通して見てたら

「あれ?なんか真祖聞いてたより弱くね?」

とおもった彼が確認するためにわざと挑んだのです。なんということでしょう。
またクラウスが言っていた『圏境』は後日設定集に追加しておきます。

次回!吸血鬼VS弓のシエル!お楽しみに!