甲斐犬とはどんな犬



(以下は「芦安村史」( 芦安村発行・平成6年1月・全1226頁・非売品・甲斐市立図書館蔵)の(資料)「芦安村と甲斐犬」(甲斐犬研究会(会長小林君男氏=小林家畜医院長・獣医師・博物館学芸員)の提供によるものを抜粋・要約した。)による。)

甲斐犬の発見と命名
甲府市の小林承吉氏(獣医師・小林家畜病院長・甲府動物園長・博物館学芸員・甲府市議会議員・甲府市監査委員長)が関東大震災に遭い、東京から郷里山梨県へ戻って家畜病院を開業した大正13年に、東京での診察中に見たことも聞いたこともなかった全身虎毛色一色の珍しい在来犬が交通至難な僻地の山村で猟犬として僅かに飼われているのを発見した。
調査・研究した結果、昭和5年、この珍しい日本犬の存在を当時唯一の畜犬誌であった「狩猟と畜犬」誌に「甲斐日本犬」と命名して発表した。

甲斐犬の原産地
犬の体型、当時の飼育状況、飼育頭数等から芦安村(現南アルプス市)が原産地と判断される。
芦安村は甲府市の南に位置し、風光明媚な南アルプス(赤石山脈)白根三山(南アルプスの主脈である白根山稜にある北岳3192m・間ノ岳3189m・農鳥岳3025m)山麓の北岳(富士山に次ぐ日本第二の高峰)登山口の山村.。
甲斐犬を発見した当時は村落の住民のほとんどが狩猟をし、羚羊(かもしか)・熊・鹿・狸・野兎・野鳥などを獲っていた草深い山奥の村であった。
甲斐犬は高く険しい南アルプス山腹の崩れやすい岩場で羚羊を獲っていた。
動作が敏捷で跳躍力が優れた犬である。
芦安村の犬は特に優秀で、ここが原産地と推測され、すべて鹿犬型である。

芦安の観光案内所で聞くと、芦安には純粋の甲斐犬はもう数頭しかいないが、希望があれば飼い主にお願いして、甲斐犬 を見ることができるとのことだった。


日本の在来種の共通の特徴
祖先のルーツが共通な日本と東南アジアの在来犬には、耳が立っている、目の色が似ている,尾の形が差尾か巻尾、腹部の形がまきばら、主人に忠実で他人には容易に懐かないなど共通する特徴が数くある。
日本犬には各犬種ごとに異なる独特の特徴も数多くあり、それぞれ体型、体高、特徴、性能が大きく異なる。
日本犬は1934年に日本犬保存会によって定められた「日本犬標準」に名前の挙げられている次の六つの在来犬種を指すことが多い。
戦前、文 部省によって天然記念物に指定され、戦後は、その管理は各県教育委員会に委ねられた。

日本犬の種類 天然記念物の指定
甲斐犬 中型 1934年 1月22日
秋田犬 大型 1934年 7月31日
紀州犬 中型 1934年 5月 1日
柴犬 小型 1936年12月16日
四国犬 中型 1937年 6月15日
北海道犬 中型 1937年12月21日

「越(こし)の犬」は天然記念物に指定された(1934年12月28日)が1971年に絶滅。
川上犬は信州系の柴犬の一種だが、長野県の天然記念物に指定されている。
また、琉球犬も沖縄県の天然記念物に指定されている。
その他、特定の地域のみに以前から生息する犬を「地犬(じいぬ)」という。
越後柴、薩摩犬、会津犬、高安犬、屋久島犬、津軽犬、十石犬、前田犬、阿波犬、秩父犬、日向犬などの地犬が絶滅している

甲斐犬の特徴
甲斐犬は山深い山村で飼われ、犬単独で猟をして獲物を持ち帰るという他の犬種と異なる独特な習性を持つ素朴で優秀な猟犬である。
主人に忠実で警戒心が強く、非常に賢く、粗食で丈夫な飼いやすい犬である。


1 外見上の特徴
ア 世界で唯一の、犬種すべての毛色が全身虎毛色である。
黒虎毛(地色の黒に茶褐色の虎斑がある。)と中虎毛(薄黒色と茶褐色が虎毛になる。)と赤 虎毛(茶褐色又は薄茶色の地色に 黒褐色の虎斑がある。)の三色。
イ 日本で唯一の「鹿犬型」の体型である。
体高百対体長百の比率を持つ体型(芦安村系の牡犬)で飛節が発達(後足の中足骨が長いこと)して跳躍力が大きく俊敏、俊足。四肢は比較的長く、胴体が短めで胸郭が大きい。
他の日本犬は「柴犬型」か「猪犬型」で体高百対体長百十の比率の体型(牡犬)である。
ウ 現存の甲斐犬の体高は39.5cmから45.5cm(曲尺で一尺三寸から一尺五寸)まで。
エ 大脳(前頭葉)が大きく利口で、おでこに少し丸み(他の日本犬は扁平)がある。
オ 聴力が大変優れた耳ざとい犬である。大きく長い三角形の耳は他の日本犬ほど立ち方が前傾していない。
カ 目の形に少し丸みがあり、目の色は葡萄色である。
キ 口吻が長く、嗅覚が特に優れ,舌に舌斑(黒い斑点)があるものが多い。(他の日本犬には舌斑がある犬はごく僅かで犬種によっては舌斑がある犬を失格と するものがあるが、甲斐犬の場合優秀な犬に舌斑が多い傾向にある。)
ク 頸が比較的長くて立っている。また、頸から肩と背にかけて「蓑毛」と呼ぶ少し長めで黒っぽい太くて固い丈夫な剛毛がある。

ケ 肺臓と胸囲が大きく、腹部が割りに短い。胸から下腹部にかけての形に特徴がある。
コ 腰と大腿部は無駄な贅肉がつきにくい筋肉質で、筋肉が固く締まった細身の体型。
優秀な甲斐犬は正方形の碁盤の前に頭と首を、後ろに尾をつけたような形。
サ 尾は太く、差尾(さしお)とゆるく巻いた巻尾(まきお)がある。疾走時は巻尾の犬も巻を解いて差尾になる。
甲斐犬には巻尾のまま走るものはいない。尾を固く巻いた犬と尾を巻いて走る犬は失格とする。

2 性能と性格
ア 主人と家族に忠実な素朴な犬である。
イ 本来が猟犬なので動物に対して激しく攻撃する。
人に対しては初対面の人を強く警戒するが素朴で素直な性格の良い犬である。
ウ 主人に忠実で他人には容易に馴れない「一代一主」的な古武士に似た性格で帰家心が非常に強い犬である。
成犬になってから飼い主を変えると容易に新しい飼い主に懐かない性格。
生後二ヶ月ないし三ヶ月くらいの子犬から飼育するのが良い。
エ 山野の鳥獣の行動を本能的に熟知し、狩猟の際は無駄な捜索はせず、すぐに獲物を探す優秀な猟犬である。
この能力を昔から「虎の一芸」といって、甲斐犬は猟の仕方を教えなくても本能的に獲物の習性を知って猟をする優秀な犬として大切にされてきた。
ただ主人が無駄な鉄砲ばかり撃って失敗を繰り返すと、利口な甲斐犬はあまり熱心に捜索しなくなる傾向があるので発砲は自信のあるときだけにすることといわれている。

オ 大脳が大きく賢い甲斐犬は不満があると白目を使って不満の意思を伝えることができる。(大脳が小さく知能が発達していない獰猛な犬種は白目を使わない代わりに不満があると飼い主であっても咬む犬がいる。
カ 聴力と嗅覚が優れ、警戒心が強い。
他人には容易に馴れない優れた番犬(僅かな異常であってもすぐに察知して大きな声で咆え家人に知らせる。)。
キ 俊足で跳躍力が大きく、高山の崩れやすい山腹の岩場や荒地でも敏捷に疾走し、谷川にかけた不安定な丸木橋でも容易に渡る。



甲斐犬の頭数
「跳べよ甲斐犬」による。)
昭和 7年11月 第一回日本犬展に17頭を出陳
昭和 9年 4月 犬籍登録開始(32頭が登録)
昭和28年 3月 270頭台
昭和42年 1月 2700頭余
平成 7年 8月 27,500頭弱  

甲斐犬保存の歩み
(ただいま製作中)

国立科学博物館への展示
甲斐黒号
早川源一氏所有
昭和36年2月24日生
昭和44年死亡

優良犬章・文部省メダル
昭和37年8月7日指定
昭和44年11月に国立科学博物館に展示される。
同博物館に陳列された犬としては4頭目になる(カラフト犬ジロー・秋田犬ハチ公・他の1頭は不明)。

展示されている甲斐黒号を見に同博物館へ行ったが、あいにく工事中のため、来春(2007年)に展示するとのこと。

甲斐犬黒号(横から) 甲斐犬黒号(前から) 甲斐犬(後列左)、樺太犬ジロ(後列右)、秋田犬ハチ(前列)(後方の絵は桃太郎物語)

新装成った東京上野公園の国立科学博物館へ行った(2007年9月)。
日本館二階の北翼には「日本人と自然」というテーマの展示がある。
その中の「伴りょ動物としてのイヌ」のコーナーには、三頭のイヌが展示されている。
秋田犬のハチ(前列)、樺太犬のジロ(後列右)とともに甲斐犬の黒号(後列左)がまるで生きているのかと思うほどの凛々しい姿を見せていた。
国指定天然記念物の六犬種(北海道犬・秋田犬・甲斐犬・紀州犬・四国犬・柴犬)が紹介されており、「家畜として最も古いものはオオカミから育種改良されたイヌで、猟犬や食用として広く利用されてきた。」と説明文にある。
残念だったのは、樺太犬はジロ、秋田犬はハチと名前がでていたが、甲斐犬には、単に「甲斐犬」と表示されているのみで「黒号」の名前がなかったこと、また、「山梨県甲府市で保存されてきた犬種」とあるが、正確には「山梨県芦安村(現南アルプス市)」と書くべきだろう。


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