観た後はラーメン派? おにぎり派?
「南極料理人」沖田修一監督インタビュー

南極・昭和基地から中心へ約1,000km。ペンギンやアザラシどころか、ウィルスさえ生存できない「ドームふじ基地」で、8人の南極観測隊員たちが約1年半の共同生活を行なうことに――。男8人の南極での暮らしを描く、ゆるくておかしくておいしそうな映画「南極料理人」が間もなく全国公開となる。これが商業長編映画デビューとなる31歳の新鋭、沖田修一監督にお話を伺った。

今までに観たことがない映画を

――どのようなきっかけで「南極料理人」を撮影することになったんですか?

「(『南極料理人』の製作会社である)パレード(当時の社名はピクニック)の代表の春藤忠温さんからお話をいただいたんです。“この『面白南極料理人』っていう本、君にぴったりだと思うんだけど。読んでみて、もし脚本が書けそうだったら書いてみれば?”って。そんなふうに、軽い感じでスタートしました」

――読んでみていかがでしたか?

「タイトルを聞いたときは、どう映画にすればいいんだって思ったんですけど(笑)。原作は、西村淳さんという方がご自分の体験を綴ったエッセイなんですが、物語らしい物語はないんですよ。でも、一歩間違えたら死んでしまうような状況なのに、隊員たちはみんな結構楽しそうに暮らしているんです。そこにすごく興味を引かれました。

 南極が舞台の映画というと、僕が想像するのはSFとかホラーとか、もしくは『南極物語』とか。だから南極観測隊のコメディ映画なんて、今まで観たことのない作品になるんじゃないかな、と思って」

――主人公である観測隊の調理担当・西村には、なぜ堺雅人さんをキャスティングされたんですか?

「まず、“映画の西村”のキャラクターは、“原作の西村さん”らしくなくてもいいのかな、と。そうやって書き上げた脚本を読んでみて、堺さんが演じてくれたら面白くなると思ったんです。そのときはまだ完成稿ではなかったので、堺さんともいろいろ話し合いながら書き直したりしました」

さぁ、あなたは鑑賞後に何を食べる?

――劇中に登場する料理は、どうやって決めたのですか?

「第一には、和洋中のバリエーションを豊富に入れたかったということ。それから、西村が南極や隊員たちに馴染んでいく様子を、食事の出し方などで表現したかったということ。この2点を中心に考えていきました。

 西村の出す料理は、最初は食器もいっぱいあって、客人用の料理みたいなんですよね。それが、どんどん家庭料理に変化していく。南極に行った当初は“行かされている”という状態だったのが、だんだん隊員たちを新しい家族のように感じてきて、居心地がよくなっていくんですね。その流れを見せたいなぁ、と考えました」

――おいしそうに撮るために気を使ったことは?

「(フードスタイリストの)飯島奈美さんや榑谷孝子さんが作る料理が本当にすごくおいしいので、あまり奇を衒いすぎず、ごくシンプルに、丁寧に撮っていきました。残った料理は、休憩のときのご飯になったり。ケータリングも出たりしたので、撮影の食事はかなり贅沢でしたよ」

――あまりにおいしそうな料理の数々に、鑑賞後はおにぎり派やらラーメン派やら、何を食べるかで論争が起きそうですよね(笑)。監督ご自身が、観た後で“必ずこれが食べたくなる!”というものはありますか?

「ラーメンですね(笑)。ずーっと編集していたので何度も何度も見ているんですけど、タイチョー(きたろう)がラーメンを食べるシーンを見ると、やっぱりラーメンが食べたくなるんですよね」

――すごく贅沢な食材がたくさん出てきますが、映画の予算の大半は食材代なのでは……?

「いやぁ、結構大きかったと思いますよ(笑)」

――彼らの食べ方があまり美しくない気がしたのですが、これは演出なんですか?

「そうですね。最初に一人ひとり食べているシーンがあるので、みんなで“隊員たちはどんな食べ方をするんだろう”と話し合って、それぞれ実演してもらいました。食べ方ひとつで、人となりを表現したかったんです。8人もいるから、できる限りキャラクターが重ならないようにしたいなぁと考えていましたし。

 そして南極観測隊なので、周りには決まったメンバー、しかも男しかいない。だから、豪快に食べるというのは前提でした。あの食べ方は、単純に演出というよりは、演出プラス役者さんたちのノリで生れたといったほうが近いですね(笑)」

――アドリブはどの程度あったのですか?

「みなさん“あまりアドリブをやりすぎないように”と心がけてくださったようなんですが、8人揃った食卓のシーンなどではありましたね。その場のノリや雰囲気を大切にされる役者さんたちが集まってるから、そういうことをするとやっぱり面白いんです。リハーサルで面白かったから、“本番でもそのままやってください”ってお願いしたり。そうやって、このキャストならではの雰囲気を生かしたいなと思っていました」

2月、極寒の地での撮影は本当に寒かった!

――ロケ地は網走だそうですが、あんなに何もない場所なんですか?

「撮影場所はもちろん中心街ではなくて、能取岬というところです。地図で見ると、おできみたいに飛び出てる(笑)。岬だと、いろいろなところにカメラを向けられていいんですよね。実は海も山もあるんですけど、CGで消しました。空と陸の境界線のあたりは、特に気を使いましたね。

 原作を読んで脚本を書き始めたのが3年ぐらい前なんですけど、その頃から、西村さんと一緒に北海道を回りながらロケ地を探していました。西村さんが“北海道でもドームに見えるところはたくさんある”とおっしゃるので、本人がそう言うなら間違いないだろうと(西村さんは北海道出身)。

 最初は凍った湖の上に基地を建てるつもりだったんですが、北海道も確実に温暖化の影響を受けていて……。一年後に候補地を訪ねてみると、凍っていた湖が凍っていなかったりするんですよ。流氷も確実に遅れていたし。だから、湖の上の撮影は断念しました。基地なんか建てたら、氷がどうなるかわからないので(笑)」

――撮影はいつ、どれぐらいの期間行なったんですか?

「あの場所でのロケは、撮影自体にかかった時間は10日ぐらいでした。もちろん、その前から準備はしていましたけれど。2月の一番寒い時期に日本の北限で撮影したので、それはもう寒かったですよ」

――ドクター(豊原功補)がTシャツ1枚で自転車に乗ったり、兄やん(高良健吾)がパンツ一丁で外に締め出されたり、とんでもないシーンもありましたが?

「あれはもう、本当に、本当ーに寒くて。できるだけ暖かい日を選んで撮影したりはしていました。あの寒さは、大丈夫な人とそうじゃない人がいたみたいですよ。

 自転車が雪の上を走るシーンは、ちょっと雪を整備しているんですよ。ドームふじ基地のあたりも、氷の上にうっすらと雪が乗っている程度の場所なんですね。雪より氷のほうがさらに滑りそうですが、そこはドクターが熟練の技を見せたということで(笑)」

――どうやっても帰れない、メンバーは一年半固定、挙句に室内はすごく狭い。普通に考えたら気が狂いそうな状況だと思うんですが、それを乗り切るコツはどこにあるんでしょうか?

「実際の観測隊のメンバーたちも、笑いによって救われる部分があることをそれぞれが自覚して、“なるべく楽しく過ごしていこう”という考えがあったと思うんですよね。それから、やっぱり食事。おいしい食事を、みんなで楽しんで食べる。それは、この映画の肝になっている部分でもあるのですが」

これからも同じスタンスで映画を作り続けていければ

――もし監督が“1年間南極へ行かなきゃいけない”と言われたら、ご自分では耐えられると思いますか?

「(間髪を入れずに)いや、耐えられないですよ。僕、絶対行きたくないですもん。ぜーったい行きたくないですもん(笑)。あぁ、でも映画のためだったら考えるかもしれませんね。たとえ1年でも、それだけの価値がある何かがあるんでしたら」

――監督にとって、映画を撮るというのはどういう感覚なんでしょうか?

「わかんないんですよね、もう。日々生活していると、気づくとネタを探していたりするんです。自主映画だった頃も今も、基本的には“撮りたくなって撮って、それをいろいろな人に観せようと思って”ということの繰り返しで。この「南極料理人」もやっぱり同じなんです。この先も、自分が面白いと思うもの、面白いと思う設定のものを、ずっと作り続けていけたらいいな、と思います」

――最後にこのインタビューを読んでくださっている方に、一言お願いします

「8人のキャストによるアンサンブルが、この映画の一番の特徴かなぁと思います。純粋に楽しんで観ていただければ嬉しいです」


沖田修一(おきた・しゅういち)
1977年、愛知県生まれ、埼玉県育ち。01年、日本大学芸術学部映画学科卒業。数本の短編映画の制作を経て、短編「鍋と友達」(02)が第7回水戸短編映像祭にてグランプリを受賞。その後、短編「進め!」(05)が〈黒澤明記念ショートフィルム・コンペティション04-05〉にノミネートされ、オムニバス映画「Life Cinematic〜映画的人生」(06)の一編として劇場公開される。また、「犬猫」(04/井口奈巳)のメイキングも担当。初長編監督作品「このすばらしきせかい」(06)は、シネマロサにてレイトショー公開され、好評を博した。映画のほか、TVドラマの脚本・演出も出がけている。本作で商業長編作品デビュー。


監督・脚本:沖田修一
出演:堺雅人/生瀬勝久/きたろう/高良健吾/豊原功補 ほか
原作:西村淳「面白南極料理人」(新潮文庫、春風社刊)/「面白南極料理人 笑う食卓」(新潮文庫刊)
音楽:阿部義晴
主題歌:ユニコーン「サラウンド」(キューンレコード)
配給:東京テアトル
2009/日本/125分/アメリカンヴィスタ/DTSステレオ
テアトル新宿にて公開中、8/22(土)より全国ロードショー
(c)2009『南極料理人』製作委員会


2009年8月12日
映画コラムニスト 鈴木晴子

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最終更新 11.12.20 15:43

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