2013年3月6日(水)

イスラエルとパレスチナ 「ヘロデ王の棺」は誰のものか

ヨルダン川西岸で発掘された、およそ2000年前の遺跡。
ここで見つかったのは、古代ユダヤの王、ヘロデ王の棺です。
ユダヤの古い歴史を伝えるこの王の棺は、先月(2月)からエルサレムの博物館で公開され、大きな注目を集めています。


観客
「イスラエルの歴史にとって重要で忘れてはならないものです。」

しかし今、この文化財がイスラエルとパレスチナの新たな火種となっています。
遺跡が発掘されたのは、長くパレスチナ人が暮らしてきた場所です。
パレスチナ側は、占領者であるイスラエルが自分たちの土地から勝手に持ち出していると反発。
さらに、こうした古い文化財や遺跡が、イスラエルの支配を強める口実になりかねないと警戒を強めています。

パレスチナ暫定自治政府 観光・遺跡担当相
「イスラエルは占領者として尊大に振る舞い、何をしてもいいと考えている。」

2000年の時を経て、イスラエルとパレスチナの間に新たな議論を呼ぶこの問題について、現地からの報告です。

鎌倉
「中東和平交渉再開に向けて、なかなか進展が見られないイスラエルとパレスチナ。
こうしたなか、古代ユダヤの遺跡や文化財の発掘をめぐって大きな議論が巻き起こっています。」

黒木
「問題となっているのは、古代ユダヤの王として聖書などにも登場するヘロデ王にまつわる品々です。
イスラエルが占領するヨルダン川西岸で見つかりました。
発掘を行ったイスラエル側に対し、パレスチナ側は、文化財が勝手に持ち出されていると強く反発。
さらに、イスラエルがこれを口実に占領を正当化しかねないと警戒を強めています。」

新たな火種 ヘロデ王の文化財

華麗な花の模様の細工が施された棺。
石をくりぬいてつくられた豪華なバスタブ。
先月(2月)から、イスラエルの博物館で開催されている『ヘロデ王展』です。
古代ユダヤの王として知られるヘロデ王について大規模な展示が行われるのは、今回が初めて。
準備に4年近くをかけてようやく実現にこぎつけ、先月始まってからこれまでに2万5千人が訪れました。

見学者
「すばらしい、2000年も前のイスラエルの歴史を知ることができるなんてすごい。」

しかし今、この貴重な文化財の展示が大きな議論を呼んでいます。
問題となったのは、文化財が発掘された遺跡の場所でした。

辻支局長
「ヘロデ王が2000年以上前に建設したとされる遺跡です。
ヘロデ王の石の棺もここから見つかりました。
今、物議をかもしているのは、この場所が占領地のヨルダン川西岸であるためです。」

長くパレスチナ人が暮らしてきたヨルダン川西岸。
発掘したのはイスラエルの研究チームです。
紛争下での文化財保護について取り決めたハーグ条約は、占領地で遺跡を一方的に発掘したり、発掘品を持ち出したりすることを禁じています。
パレスチナ側は、イスラエルがハーグ条約に加盟しているにもかかわらず、勝手に発掘を行った上、貴重な文化財を持ち出しているとして、今回の展示に強く反発しています。

パレスチナ暫定自治政府 マアーヤ観光・遺跡担当相
「イスラエルは、占領者として尊大に振る舞い、自分たちは何をしてもよいと考えている。
国際社会のルールに耳を傾けようとしていない。」


これに対しイスラエル側は、展示が終われば発掘品は元の場所に戻すことにしており、問題はないと反論しています。

イスラエル博物館 デビッド・メボラさん
「展示が終われば、発掘品はすべて元の場所に戻す。
博物館としては発掘品の保管につとめているだけだ。」

波紋広げる 占領地での発掘

パレスチナ側が占領地でこうした遺跡が発掘されることに、神経をとがらせるのにはわけがあります。
占領地で見つかったユダヤ人にまつわる文化財や遺跡が、イスラエルの支配を正当化する口実にされかねないという懸念が広がっているのです。
イスラエルが占領する東エルサレム。
ここで発掘が進められているのは、古代ユダヤのダビデ王の時代に建てられたとされる遺跡です。
エルサレムがユダヤ人のものだとする根拠の1つとして使われています。

イスラエル側の観光ガイド オレン・サピールさん
「ダビデ王やソロモン王の時代にさかのぼっても、ここはユダヤ人の首都だった。
まさにエルサレムの中心といえる。」



イスラエルは遺跡を保護するため一帯を国立公園に指定し、さらに、その規模を拡張させようとしています。
時を同じくして、エルサレム市は突然、周辺に住むパレスチナ人の住宅88戸を撤去するよう命令しました。

撤去命令を受けた1人、ファハリ・アブディアブさん。
先祖代々、この場所で暮らしてきました。

ファハリ・アブディアブさん
「これが裁判所の命令文です。」

今年(2013年)6月12日までに住宅を撤去せよという命令文です。
撤去の理由は違法建築とされていますが、アブディアブさんは自分たちを追い出すのが目的ではないかと見ています。

ファハリ・アブディアブさん
「イスラエルは、宗教・歴史・遺跡で占領を正当化し、結局パレスチナ人を追い出そうとしているんだ。」

アブディアブさんの隣の家は、すでにイスラエル政府によって破壊されてしまいました。
ここに住んでいた家族は、家具を持ち出す時間すら与えられなかったといいます。

ファハリ・アブディアブさん
「家を失ったら、私の家族はどうすればいいのかわからない。
生活は困窮し、絶望的で先が真っ暗だ。」

こうしたイスラエルの対応には、国内の考古学者からも批判があがっています。

イスラエル人考古学者 ヨナタン・ミズラヒさん
「政治的な争いがあるこの地では、考古学はイスラエル人に政治的な道具として使われてしまう。
ユダヤ人の遺跡が発掘されれば、それだけでイスラエル人の居住が正当化されかねないのだ。」

古代の歴史をつまびらかにするための遺跡や文化財の発掘。
しかし、ここでは土地をめぐるイスラエルとパレスチナの対立を深める要因にもなっています。

文化財の発掘 なぜ問題に

鎌倉
「ここからは取材にあたったエルサレム支局の辻支局長に聞きます。
イスラエルとパレスチナの対立が、これが考古学の分野にも影を落としているということなんですね?」

辻支局長
「今回の展示の中心となったヘロデ王の棺など、貴重な文化財の発見は、本来であれば喜ばしいニュースです。
しかし、聖地が誰のものなのかという土地の争いを続けているイスラエルとパレスチナでは、それがどこで見つかったのか、誰が発掘を行うのかなど、土地の帰属が絡んで難しい問題になるのが実情です。
そもそもこの土地は、3,000年以上にわたってユダヤ王国やローマ帝国、十字軍、イスラム教徒など様々な勢力が支配し、それぞれの時代の遺跡が折り重なるように眠っています。
それだけに、イスラエルとパレスチナが政治から離れて協力ができる分野ともいえます。
しかし、そうした動きは見られないばかりか、対立が深まってしまっているのが実情なんです。」

波紋広げる 占領地での発掘

鎌倉
「辻さんがまさに今、言われたようにですね、この地域にはたくさんの遺跡があるだけに、今後もこうした問題が起き得るわけなんですけれども、解決策はあるんでしょうか?」

辻支局長
「残念ながら、今のところ見通しは厳しいと言わざるを得ません。
パレスチナが将来の国家の一部にしたいとしているヨルダン川西岸でさえ、そのおよそ60%はイスラエルが実質コントロールし、イスラエルは自由に遺跡を発掘できる状況にあります。
パレスチナ側が最も懸念しているのは、こうした遺跡が、イスラエルが行っている占領地への入植活動を正当化するために使わるんじゃないかということなんです。
入植活動を推進する勢力は、占領地でユダヤ人の遺跡が発見されると、『神がユダヤ人に与えた土地であることを証明するものだ』として、遺跡を公開して、その主張を広めようとしています。
実際に、リポートにあった東エルサレムの遺跡を管理しているのは、入植活動を支援する団体でした。
パレスチナ側は反発していますが、打つ手がないが実情です。
さまざまな民族や宗教が歴史を綴ってきたこの土地の遺跡は、人類全体の遺産とも言え、遺跡の発掘をめぐるルール作りなど、国際社会の積極的な関与が求められています。」

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