勲章授与式の夜、レモナス王は宮殿の最上階にある薄暗い寝室で一人酒を飲んでいた。
レモナス王は国王という立場上一人になるという事はほとんどないのだが、最近の事情を知る側近の侍従が気をきかせこの数日夜は人払いをしていたのだ。
事実レモナス王は荒れて、自棄酒とも言えるかの様に上等のワインを飲んでいた。
仕方ないこととはいえ息子を幽閉した事に対する憤りのため――では無かった。
「まったくカレナスもゼントスも、揃いも揃って役立たずめ!」
それは今回の、ミレーナ王女暗殺が失敗したことに対する怒りだった。
レモナス王の国内、そして国外からの評判は悪くない。
突出したところは無いが、軍事も内政も外交も滞りなく治め大きな失策もなく、国民の多くはその統治に不満は無かった。
良くも悪くも凡庸な王、それはレモナス王の評価だった。
そしてそんなある程度有能だからこそレモナス王にはわかった、娘のミレーナ王女の非凡さが。
幼い頃から聡明で学ばせた帝王学は全て吸収していった。
人気を取れば将来色々やりやすくなると解っているから、王女という立場のうちに国民と多く触れ合い人気を稼いでいる。
実際人気は高い、国王の遥か上と言っていいほどに。
そして最近では徐々に国政に口を挟み始めており、無論次期王位継承者とはいえやれることは少ないが、少しずつだが確実に成果をあげている。
このままいけばあと数年、おそくとも五年以内に自分は退位ということになりミレーナが女王として即位するだろう。
それも円満に、国中の誰からも望まれてだ。
そうなればおそらくこのジルグスは美しい女王の元発展していく事だろう。
いずれは歴史に名を残す女王となる事は間違いなかった。
そして自分は過去の存在となる、終わった存在となってしまう。
自分はまだ三十八で五年後でも四十三、まだまだ働けるというのにだ。
あの娘は自分が十年、二十年と積み重ねてきたものを簡単に破壊してしまい、そしてよりよい物を作り上げるだろう。
このままでは自分はミレーナの父という扱いになってしまう、ついでになってしまう。
若い頃から、幼い頃から夢見てきた歴史に名を残す偉大な王になることもなく、歴史に埋もれてしまう……
この思いは日に日に、ミレーナ王女の成長と共に強く、重く心にのしかかってきた。
そしてある日ついに決断する。
「ミレーナのやり方は強引すぎる。将来ジルグスを危機に陥れるだろう」
この名目の下自分をごまかし、王女の廃嫡を心に決めた。
だが表立って処断するわけにはいかない、それも当然で王女に何の落ち度も無いのだから。
それに中途半端にすれば必ず反撃をしてくるはず。
そうなると暗殺しかないのだがそれはあまりにもリスクが大きかった。
もし失敗し事が露見したら国を割る内乱になりかねないし、そうなった場合勝算は薄い。
そこで目をつけたのはもう一人の子であるカレナス王子だ。
王子は自分の目からみても愚物で、それ故わかりやすく自分の手で操縦できる。
だからこそゼントスに命じ、そそのかせ妹を討つように誘導した。
元々分不相応の野心を持っていた王子はすぐにその気になった。
踊らされているとも知らずに。
例え成功してもカレナスを跡継ぎにするつもりは無い。
跡継ぎは血縁で直系ではないにしろ王家の血をひく者は多くいるのでその中から選べばいい。
だが愚物さは予想以上だった。
ゼントスをつけてやりミレーナの護衛とも言うべき第五隊を引き離すなど、色々お膳立てしてやったと言うのに妹一人殺せなかったのだから。
「それにしてもゼントスめ……目をかけてやっていたのに、どうせ死ぬなら王女を討ってから死ねばよいものを」
ゼントスには最終的な尻拭いは自らがすると言っていたのに中々強引な手段には出れず、事故死にこだわったようだ。
初めから直接手を下せばよかったものをと吐き捨てる。
「今はまだ疑っていないようだが気づかれる前に早く別の手を考えねば……まったくあの旅の者め余計なことを……」
昼の授与式を思い出す。
あの者達も事情を知っている以上いずれは始末せねばならない
できれば王女と一緒に……そう考えながら杯に入れたワインを一気に呷ったその時、レモナス王の前髪が揺れた。
「うん?……風?」
閉め切ってある部屋で風など吹くはずが無いと思いつつ部屋を見回すと、今はつかわれていない暖炉の前に人影があった。
黒ずくめの格好で顔もほとんどを隠し目だけが見える姿、怪しいことこの上ない姿だ。
ここは宮殿の奥にある王家の居住区で国王の寝室、いわばこのジルグスで最も安全な場所でそこに侵入者などあってはならないしあるはずがない、と酔いも手伝い思考停止する。
その人影は瞬時にレモナス王の側まで来ると、背後にまわり両腕を捻り上げ口を塞ぎ一瞬で動きと声を封じる。
明らかに手馴れた動きで、武術の心得の無いレモナス王がそれに抵抗できるはずもなかった。
「……何で誰にも見咎められずここに来れたか不思議か? 簡単だよ、暖炉の奥にある秘密の抜け道、あれ王都の外まで繋がってるだろ? それを反対にきたのさ」
耳元で囁くような小さな声、それは聞き覚えのある声だったが思い出せない。
確かに暖炉には万が一のときの為に、王都の外にまで続く脱出路がある。
だがそれは極秘中の極秘、出口も厳重に隠されその存在を知るのは今生きている中ではそれこそ自分だけのはず。
「ここが落城するとき護衛だったからな……まったく、あの時は流されるまま貴様などを護衛したが、お前なんかを助ける為に……まあおかげでこの通路を知ることができたのだからな」
とりあえず無駄では無くて良かったと呟く侵入者。
言っていることはよくわからないが、とにかく自由になろうと口を押さえられたレモナス王は必死にもがくがびくともしない。
「一人で酒を飲んでいるとは丁度よかった。今日無理そうなら何回か来てでもいい機会を待つ予定だったが……これも俺の日ごろの行いがいいのか、それともそっちの行いが悪いのかな?」
皮肉げに侵入者――カイルが言う。
勲章授与に影響が無いようにと、今日まで待っていたがそれが良かったようだ。
「まあ当然こんな事をされる理由は知りたいだろうな……理由は色々あるがやっぱり個人的な恨みで逆恨み……ともちょっと違うな。強いて言うなら今のあんたに対しては八つ当たりかな?」
八つ当たりと聞こえレモナス王が怒りのうめきを上げる、がカイルは気にした様子も無い。
「今のあんたに言っても無駄だがあの『大侵攻』の時、あんたに進言したんだよ、すぐさま隣国のドワーフ達の救援に向かうようにってな。ところがだ、主導権を握りたいという政治的判断ってやつで危機に陥ってから助けるという事になりわざと遅らせた。その結果、お前の予想を遥かに上回る魔族軍の攻勢を前にドワーフ達はあっという間に滅んだよ」
あの時のカイルは少しだけ名の売れた腕自慢の魔法剣士で、その程度の扱いでしかなかった。
リマーゼの街の生き残りで、その時の魔族の軍の恐ろしさ、脅威を必死に訴えたが聞き入られることは無かった。
「そこでの負けは後々にも響いてな……結局ジルグスが滅ぶ原因にもなったぜ。その後も愚策しかとらないし、追い詰められると責任逃れをはじめるし……」
カイルがここで大きく、本当に心の底からのため息をつく。
「もうちょっとあんたらがしっかりしてくれればな。俺もこんな苦労しなくてすんだのかもしれないのに……お前みたいな指導者が多いからほんと困るぜ」
怒りが篭ったのだろうか、やりきれない過去を思い出したのか、レモナス王の両腕を捻りあげた手に力がこもる。
痛みにうなり声をあげるレモナス王。
「ああ、すまない。今のあんたにいくら言っても意味ないことだ。それこそ八つ当たりだったな……それに元々まだしてもいないことでお前をどうこうするつもりはなかったさ……だが己の保身、そして嫉妬心で息子に娘を殺させようとする外道なら話しは別、遠慮は無用だな」
カイルは捻りあげた手に更に力をいれ押し出すように歩き出す。
「何よりも俺の戦友にあんな命令をし、俺にその戦友を殺させたことは許せななくてな」
ゼントスの最期の言葉は「申し訳ありません、陛下」だった。
それを聞いた瞬間、カイルには全てが理解できた。
そして盗み聞きしていた先ほどまでのレモナス王の独り言で確信もできた。
「考えてみれば簡単だ、あの生真面目な忠義馬鹿に王女暗殺なんて真似をさせることが出来たのは一人だけ……お前しかいないのさ、国王陛下。思えばお前が死にジルグス国の無くなった後のゼントスは、重石でも除けられたかのように妙にすっきりしてたしな……あいつも仕える王を選べたらよかったのに」
徐々に近づいてくるバルコニーに続く大窓。
カイルが何をしようとしているのかわかり、レモナス王は一段と激しくもがくがびくともしない。
「あの王女様は……多少腹黒いが賢い。情より利を優先するだろうが保身しか頭に無いお前に比べれば遥かにマシだ、殺させるわけには行かない。それにどうせ王女の次は秘密を知ってる俺達も消す気だっただろ?……そんな訳で悪いがここで退場してもらう」
大窓がそっと開かれ、夜の冷たい風が流れ込んでくる。
「まああんたはほっといても本来なら三年とちょっとでくたばる。早いか遅いかの差だ。なら多少早めても問題は無い、そうだろ?」
淡々と、すでに確定事項のように自分の死を語るカイルにレモナス王は計り知れない恐怖を感じもがき、うめくが歩みは止まらない。
「おっと、長話になってしまったな。これ以上時間をかけるのも悪いしな……」
バルコニーの手すり部分に来る。
昼間なら整った中庭が見える眺めのいいバルコニー、だが今は深い闇が広がるばかりだ。
ここは宮殿の最上階で五階にあたり、下は石畳で落下すれば命は無い。
「安心しろ、事故死に見せかけるし実の子供を殺そうとしたことは誰にも知られないようにするから死後の名誉は守られるぞ……ああ、叫ばれても困るんでな、先にちょいと落ちてもらうぞ」
カイルがレモナス王の首筋に手刀をいれる。
軽い一撃、だが絶妙な箇所に打ち込んだそれは意識を奪うのに充分だった。
「じゃあな、国王陛下」
意識が闇に包まれる中、レモナス王が最期に聞いたのはそんな声だった。
その夜、巡回中の兵士が大きな物音を聞き、駆けつけたところレモナス王が転落死をしていた。
侵入者の痕跡などもまったくなく、酷く酔っていた様なので酔い覚ましに夜風にあたろうとバルコニーに出て誤って転落、そう推測された。
酒に酔って転落死、というのは聞こえが悪かったため公式には急な心臓の病と発表される事となった……
歴史の表に出る事のない歴史の裏の話しでした。
これで次回から第二章になります。
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