ジルグス王国の王都マラッド。
その中心にそびえ立つ白亜の大宮殿は五年の歳月をかけ作られ、周辺諸国の間でも名高くジルグス国の繁栄を示していた。
その宮殿の中の奥深い王族が生活する一画にある客間にカイル達はいた。
客間と言っても、王が国賓を迎えることもある部屋で内装は豪華にして絢爛、その中でリーゼ等は落ち着かなさそうに腰をおろしている。
それでも世話をしてくれる女官にいつも通りちょっかいを出そうとしたセランを、これまたいつも通り殴り倒したせいか多少落ち着きを取り戻したようだ。
ウルザは人間の宮殿に自分は場違いだと思っているのか仏頂面のままだし、シルドニアは出された菓子をひたすら食べおかわりを要求していた。
そして目の前ではそんなカイル達を見ながら軽く笑いながらお茶を飲んでいるミレーナ王女がいる。
「そう緊張なさらずとも大丈夫です、皆様方は大事なお客様なのですから」
「すいません、自由な連中ばかりで……」
カイルが代表して謝っていた。
しばらく待っていると来訪の知らせがきて、全員が直立不動で待つ。
侍従によって開けられた扉から入ってきたのはジルグス王家の獅子の紋章が刺繍されたマントをつけ、王冠をかぶった壮年の男性、このジルグス国の国王レモナス王だ。
「おおミレーナ、無事であったか!」
部屋に入るなり、レモナス王はミレーナ王女に小走りで近寄り、抱きしめた。
「はい、お父様」
「うむ、知らせを聞いたときは本当に肝が冷えたぞ……」
一頻り娘の無事を喜んだあと、顔をしかめながら尋ねる。
「それで報告に間違いはないのだな?」
「はい、ゼントスと共に私の命を狙ったのはカレナスお兄様で現在拘束中です。すでに証拠と証人は押さえてあります」
「そうか……」
苦い口調で天を仰ぐレモナス王。
王族とは言えそのようなことをすれば死罪以外になく、その命を下すのは王以外にいない。
「お父様……お兄様は今回の魔獣の襲撃で負傷され長期間の静養をする必要があるかと」
娘の言っている意味がわかると、驚いた顔になるレモナス王。
「よいのか? それで?」
「はい、その方がこのジルグス国の為となりましょう」
このような事が世間に知れ渡るよりも事故として片付けたほうがいいとミレーナ王女は言っているのだ。
「……わかった、確かにそれがよかろう。カレナスはクルティムに送る」
クルティムはジルグス国の北側に位置する山に囲まれた小都市で、王族の避暑地として使われている。
その地で怪我の、いずれは怪我から併発した病の療養という名の厳重な幽閉となるだろう。
おそらくは死ぬまでの。
「余は……会わぬ方がよいな。どれほど愚かでも息子だ……」
情をかける訳にはいかぬ、とレモナス王。
「だが何よりも信じられないのはあのゼントスがこのような事に協力したことだ」
「はい、それだけは未だに私もわかりません。何故このような愚かなことを……」
「うむ、もし他国の陰謀かあるいは……考えたくはないが魔族の影があるやもしれん。その証人と証拠を精査しよう」
「お願いいたします」
そこで初めてレモナス王はカイル達の方を見た。
「お前達がミレーナを助けたという旅の者か」
「はい」
カイルが膝をつこうとし、それにリーゼ達も倣おうとするがレモナス王が手をあげて止める。
「よい、お前たちは娘の恩人でここは公式の場ではない。王として、父として礼を言おう」
「もったいないお言葉です……」
カイルは頭をさげたまま返事をする。
「それと聞いていたとは思うが此度の件は魔獣の襲撃ということにする。この事について他に喋ることは許さん、よいな?」
「勿論です、我々はジルグス国に対して害になるようなことは決して他言いたしません」
「大丈夫ですお父様、私は命を救っていただいただけでなく人柄にも触れました、この者達は信頼に値します」
ミレーナ王女が口添えをする。
「そうか、お前がそう言うのであれば信じよう……今回の働きに見合った褒美は必ず与えよう、大義であった」
そう言うとレモナス王は客間から出て行った。
魔獣の大群が、それも下位ドラゴン並の強さを持つヒドラを含む大群がサネスの村へと慰問に向かっていたミレーナ王女とカレナス王子の一行を襲い大きな被害が出た。
そしてジルグス国のみならず近隣諸国にまで名が知れていた騎士隊長ゼントスが死亡し、近衛第二騎士隊に半分以上の死者が出て、更にはカレナス王子が負傷し回復に長時間かかるという。
不幸中の幸いは偶然通りかかった旅の者の活躍によりミレーナ王女が無事だったという点だろう。
今回の件は表向きにはこう発表される事になり、その真相を知っているのはごく一部のみとなった。
そして相対的にそんな魔獣の群れから王女を救ったカイル達の活躍の評価は高まった。
本来なら功績として騎士の位も望めただろうがカイルはこれを辞退したため、代わりに聖ランデネール勲章というものを授かることとなった。
これは数百年前にジルグスにいた聖人の名をとった勲章で、一般人が受け取ることのできる最高位の勲章でここ数十年出ることのなかったものだった。
「ねえねえ似合ってるかな、これ?」
勲章授与の式典の前、控えの間にてリーゼが軽くドレスのスカートの裾を摘みながらカイルの前でくるりとまわる。
今リーゼが来ているのは式典の為に貸し出されたもので、花をイメージした薄い桃色のドレスで髪飾りも花をあしらったものをつけており、彼女によく似合っていた。
「ああ、よく似合ってるぜ」
同じように式典用の礼服を着たカイルが答える。
これはお世辞でもなく心からの本心からで、現にちょっと見とれてしまったくらいだ。
「そう? 柄じゃないな、と思ってたけどたまにはこういうのもいいかもね」
リーゼもカイルが本当のことを言っているとわかったのだろう、上機嫌で備え付けの姿見で自分の姿を見ていた。
ウルザは薄緑色の少し露出が多めのドレスを着ている。
髪を結い上げ、エルフ特有の長い耳をだして立つウルザは一枚の絵画のような美しさだった。
「やっぱり私は場違いだと思うのだが……」
だがリーゼとは対照的に渋い顔でウルザが言う。
ジルグス国民でない、異種族のエルフであるウルザが勲章をうけるというのは色々問題があったのだが、ミレーナ王女が強く推してくれたのでこの場にいることができた。
「それにこう着飾るのは苦手だ……」
先ほど、ミレーナ王女付きの侍女たちに着せ替え人形のようにドレスを代わる代わる着させられたことを思い出しながらげんなりとした様子で言う。
「不慣れなのはわかるがここまで来たんだ、愛想よくしろとは言わないが、せめて少しは笑顔でいてくれ」
「むう……こ、こうか?」
なんとも言えない笑顔を無理やり浮かべるウルザに、こちらも何とも言えない顔で「まあそんな感じで頼む」とカイル。
さすがに帯剣は許されないのでシルドニアはここに居らず留守番だった。
授与式の後の晩餐会のご馳走にありつけないので不機嫌だったシルドニアを思いだし、余り物や菓子ぐらいは包んでくれないかな? と考えているとカイルと同じように礼服を着たセランが話しかけてきた。
「でもよ、ほんとに騎士の件断ってよかったのか?」
「ああ、今の俺には必要ない」
実際今のカイルにとって騎士の地位は必要ないどころか、邪魔でしかない。
騎士になれば確かに色々な権利も得られるだろうが、同時にジルグス国に対する責任と義務を負うことになるし、行動にも制限が伴う。
カイルの目的上ジルグス国だけにこだわる訳にはいかない、これから他の国や他種族にも名を売っていかなければならないのだ。
とりあえず勲章を得てジルグス国内での知名度を上げる、今はそれで充分だった。
「皆さんよくお似合いですよ」
控えの間にミレーナ王女がやってくる。
彼女もまた式典用の白いドレスを着ており、その姿は美しさだけでなく『ジルグスの至宝』に相応しい気品と気高さも持っていた。
「できましたら勲章ではなく皆さんには騎士としてこのジルグスに仕えて欲しかったのですが……」
正確には私にですけど、と心の中で付け加える。
カイル達にはジルグスの大醜聞を知られている。
出来れば地位という名の首輪をつけ手元に置いておきたいところであったし、実力の方はミレーナ王女はそれこそ身をもって知っている。
幸いというか何というか、近衛騎士には空きができたので戦力補強の意味合いもあった。
特にカイルはゼントスを一対一で打ち破ったほどの腕前、更に直感的に他の人にはない何かを感じていたミレーナ王女は是非ともカイルには仕えて欲しかったのだ。
だがさすがに恩人でもあるカイル達には強く出れなかったし、例え離れていても今回の件を他言するような愚かな真似をする者達ではないとよくわかっていた。
とりあえずはこうして伝を得ただけでも良しとしておこう、というのがミレーナ王女のだした結論だった。
「いえ、それは明らかに分不相応かと。それに他に褒賞金もいただけるとの事ですので充分です」
勲章をもらう場合は同時に褒賞金も貰える。
今のカイル達にはあまり意味のないものだが、これまで断るとさすがに怪しまれるのでありがたく受け取ることにした。
「そうですね、カイル様にも色々と事情がおありでしょうから」
「いえ事情だなんて大した理由はありませんよ」
「あらそうなのですか? でも……」
そう言ったあと小悪魔的とでも言うのだろうか、そんな笑みを浮かべ上目遣いでカイルを見る。
「例えばあの襲撃を受けた前日に皆様方はアーケンに居られて私を見たとの事でした。その日の内にアーケンを出るにしろ、翌日にしろ……目的地がどこであれ、あの場に偶然居合わせるというのは少々不自然かと」
「あ……」
思わず口を開けてしまうカイル。
その様子を見て今度は子供のようにクスリと笑う。
「今はそのお顔が見れただけで満足です。でも、できましたらいつかお話しくださいね」
それでは授与式で、と優雅に礼をし去っていくミレーナ王女。
「何か、でっかいクギを刺された気がするな……」
心臓のあたりをさすりながらちょっと引きつった笑いをするカイルだった
両開きの大きな扉が開かれるとそこは巨大な謁見の間だった。
総大理石で柱の一つ一つにまで細かな装飾が施されており、壁には神話やジルグス国の逸話が描かれたタペストリーや歴代の国王の肖像画が飾られていて、天井付近には数多くの貴族や騎士たちの家紋を施した旗が掲げられていた。
扉から続く赤い絨毯の先には一段高くなった台座の上に玉座が据えられており、そこにレモナス王がいて脇には笑顔のミレーナ王女が控えている。
王の側には宮廷魔道士や大臣といった国の重臣達が、絨毯の周りには宮殿に仕える貴族や騎士達がいた。
これが騎士や貴族への叙勲となれば周りの見る目も違ったろうが、とりあえずは自分たちの敵や邪魔にならない名誉のみの勲章なので、周りからの目は概ね好意的だ。
事前に教えられた作法に乗っ取り、レモナス王の前にカイルが立つ。
「ジルグス国国民カイル・レナードとその一行、此度のミレーナ王女の窮地を救った件、誠に大義であった。よってここに聖ランデネール勲章を授ける」
「……謹んで賜ります」
レモナス王によってカイルの首に、聖ランデネールを象徴する百合の花を意匠化し金で作られた勲章がかけられる。
それを見てミレーナ王女が拍手を送り、それに追随する形で周りから拍手が起こった。
これが後に『人族の希望』『剣と魔を極めし者』『好色英雄』等、様々な二つ名で呼ばれる事となる大英雄カイル・レナードが初めて歴史の表舞台に登場した瞬間だった。
この時からカイルという英雄の、新しい英雄譚が始まった。
これにて第一章終了……ではありません。
もう少しだけ、1.5章みたいなのがあります。
今回で一章終わりと言っておきながら申し訳ありません。
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