最初に動いたのはゼントスだ。
真っ向から走りより、大上段からの脳天を狙った一撃――だがそれは幻影、【イリュージョン】の魔法を利用した幻の斬撃。
幻影ながらそれは殺気のこもった一撃で、一流の戦士であればあるほど身体が反射的に動くだろう本物と寸分違わぬ攻撃だ。
だが実際のゼントスの攻撃は下段からの対応しにくい切り上げの攻撃で、幻の上段攻撃からほんのわずかだけ遅らせたほぼ同時攻撃。
初見でこれを凌いだ者は今までにいない、魔法によるフェイントを織り交ぜた必殺の攻撃で、ゼントスはこれで数多くの敵を倒してきた。
が、それを難なく避けるカイル。
「な……!?」
ゼントスが驚愕の声を上げる。
横に避けたカイルは冷静にゼントスの利き腕めがけ剣を振り下ろす。
だがゼントスも咄嗟に背後に飛び退いたため浅く腕を傷つけられただけですんだ。
「貴様……」
必殺の一撃をよけられ、更には腕を傷つけられたゼントスが歯ぎしりをしながらカイルを睨みつけている。
だがカイルはカイルで舌打ちをした。
最大の、ゼントスを生かしたまま倒す最大にして唯一と言っていいチャンスを逃した事に対する舌打ちだった。
「今ので腕の一本も切り落とせれば無力化できたんだが……」
苦々しい口調でカイル。
早急に勝負を決めたいだろうゼントスが初撃は得意の、そして必殺のこの攻撃で来ることはわかっていたのにだ。
ゼントスが今度は通常の攻撃で、幾度も斬り付けてくる。
それを少しずつ、後退しながら受けるカイル
しばらくゼントスの猛攻とも言うべき連続攻撃を、カイルは躱し剣で受ける事で確実にさばいていく。
辛抱強く耐え、そしてほんのわずかゼントスに隙ができるとすかさず斬りつける。
その攻撃は難なく躱されるがほぼ同時に蹴りを股間、金的に向けて繰り出す。
上半身では剣での攻撃をしつつの蹴りで当然片足立ちにもなるのだが、それでも抜群の平衡感覚で体勢を崩すことなく威力のある蹴りを放つカイル。
その鋭い蹴りをゼントスは剣の柄でなんとか受け止める。
「足癖の悪い奴だ!」
「師匠の教えでね!」
この蹴りを織り交ぜる戦い方はレイラが得意としており、それに似たのかカイルもセランも蹴りを使用することが多かった。
そのままカイルはゼントスの剣を踏み台にするかのように大きく後ろにジャンプすると、空中で一回転して着地し大きく距離をとった。
「やっぱり強いな」
カイルが知っているのは今から約三年後のゼントスではあるが、今もそれとほぼ変わらないだけの強さがあった。
剣の技量としては大きな差はなく、拮抗していると言える。
だが単純な速さや力といった根本的な身体能力はゼントスが上回っていた。
本来ならそういった地力の差を埋めるのが魔法なのだが、ゼントスは魔法でもカイルに匹敵し身体強化の魔法でもその差は埋まらない。
今の自分より明らかに強い、それがカイルのゼントスへの評価だった。
だがカイルには余裕があった、有利な点もあるからだ。
「いい剣だな……」
ゼントスがカイルの持つ剣のシルドニアを見る、幾度かの撃ち合いでわかったが呆れるほどの逸品だ。
ゼントスの剣も騎士隊長が使うだけあって上質のものだが、シルドニアは文字通り桁が違う。
下手な受け方をすれば剣が折れ、そうなればゼントスに勝ち目はなく、武器を気遣いながら戦うのはそれだけで不利だった。
「そいつはどうも、こいつも喜んでるよ……ああ、一応もう一度聞くが降参しないか? あ、もし降伏が無理なら国外逃亡はどうだ? 手配を手伝うぞ」
「……お前もしつこい奴だな」
「なんなら逃亡資金も援助するぞ?」
「そこまで私を助けたいというなら、素直に討たれて欲しいものだ」
「それは贅沢ってものだぞ」
軽く笑いながらカイルが言う。
(まったく心の乱れがない……あの年でどんな経験をしてきたんだ)
そんなカイルの様子を見ながらゼントスは内心舌を巻いていた。
そもそもこのように、命のやり取りをしている相手とこうも軽口をたたき笑うと言うのは、通常の神経ではありえない。
相当に実戦経験が、それも自分よりも格上相手との戦いに慣れているようだ。
そしてゼントスにとって何よりやりにくいのは妙に攻撃に対する反応が良いことだろう。
まるで自分と何度も対戦しているかのような、そんな反応なのだ。
現にあの最初の魔法を使ったフェイントは、自分の取って置きで知る者はほとんどいない。
何せ見せた相手のほとんどは死んでいるのだから。
「貴様……最初の攻撃といい、何故そうも反応できる……私を知っているのか?」
ゼントスには目の前の男はまったくの見覚えがない。
だが確実に自分の何かを知っている、それだけは確信できた。
「そうだな、知っているような知っていないような……一言じゃ説明できない、我ながら数奇な人生を送っているからな……何なら一から詳しく説明してやろうか?」
「長くなりそうだから遠慮しておこう……これ以上長引かせる訳にもいかないからな」
ゼントスの言葉にカイルはニヤリと笑う。
「まあ当然か、俺はこの状況を長引かせるつもりで戦っているからな」
カイルにとってもっとも有利な点、それは時間。
ゼントスからしてみれば、こうしている間にもミレーナ王女は逃亡して手の届かない所に行ってしまうかもしれない。
逆にカイルは時間を稼げば救援が来る事になる。
その時点で勝敗は決すると言っていい。
カイルからしてみれば勝とうとするのではなく、長引かせる戦いならやりようはあったし、それはゼントスにもよく解っている事だった。
「……勝負にでなければならないのは私の方ということか」
本来の予定ではとっくに倒しているはず、いや倒していなければならない。
総合的に見て、圧倒的に追い込まれているのは自分だと改めて自覚したゼントス。
目つきが変わる、今までも無論全力で戦っていたがこれからは捨て身でくるだろう。
この後の事を考え余力を残すことや、負傷しないようにする戦いではない、本当の意味での命懸けの全力攻撃だ。
「そういうことだ」
カイルもゼントスからのピリピリと肌を焼くような殺気を感じ、構えをとる。
「次で貴様を殺し、すぐに王女を追いかける」
「……カイルだ、カイル・レナード……俺の名だ」
「……覚えておこう、カイル」
「ああ、お前が最後に聞く名だ……あと数十秒程度だろうが覚えていてくれ」
そこで二人の話は終わった、後は剣で語るのみ。
ゼントスが剣を下段に構え、前傾姿勢で突進してくる。
完全に防御を捨てた、相討ち狙いとも言える攻撃で、下手な防御は無駄だと悟ったカイルが突きの攻撃態勢で迎え撃つ。
互いに剣の間合いに入る直前、ゼントスは更に身を低くすると同時にカイルは突きを放つ。
カイルの心臓狙いの突きが左肩を大きくえぐるがかまわず踏み込むゼントス。
カイルが剣を引き戻そうとした瞬間、ゼントスが柄頭でカイルの剣を大きく弾き上げる。
両腕が上に大きく弾かれ、何とか剣は飛ばさなかったがほとんど万歳の状態までになるカイル。
そしてゼントスの目の前にはがら空きになったカイルの胴体。
「貰った!」
左斜め下からの斬り上げ、ゼントスの技量なら鎧ごとカイルの胴体を両断できる。
頭上からカイルの剣が迫ってくるのはわかるが、先に自分の剣が届くとわかるので全力での攻撃だった
刃が胴に当たり、確かな手応えを感じたあと――鈍い金属音と共に剣が真っ二つに折れた。
「な……」
ゼントスは目を見開き思わず上を見上げると、ほとんど目の前まできた刀身と悲しみを両の目にたたえたカイルの顔が見えた。
「さすがだな、ドラゴンレザーなのに鎧の部分は綺麗に切り裂かれている……だが、こいつは無理だったな」
カイルが脇腹をさすりながら鎧の切り裂かれた隙間をなでる。
その隙間からこぼれ落ちたのは、紅い、血の様に紅い宝石『神竜の心臓』だった。
岩だろうが鋼鉄だろうが斬り裂くゼントスの斬撃も、神話の時代から存在する伝説の『神竜の心臓』には傷一つ付けることはできなかった。
カイルの顔色も悪い、『神竜の心臓』で斬撃はふせげたが衝撃そのものは守りようがなく、肋骨や内蔵を傷めたろう、今もズキズキと痛みが走る。
そしてゼントスは自らの血の海の中で横たわっていた。
肩から心臓まで切り裂かれた完全な致命傷、即死せずまだかろうじて息があるのはゼントスの意思の強さの為だろう。
「剣は……わざと…………弾かせたのか……」
ゼントスが掠れるような細い声をだす。
「いや、わざとじゃない。本気だった、本気で攻撃して弾かれ……そして俺が真っ二つにされるというのは初めから解っていた」
まともに戦った場合、特にゼントスが捨て身できた場合自分では勝てない、カイルにとってこれはどう考えても避けようのない事実だった。
だからこそ殺される前提で、そこから逆転出来る方法をゼントスと戦うかもしれないとわかった昨日からずっと考えていた。
そして時間も無く準備も録にできない中唯一考えたのがこの方法だったのだ。
「実際何回か手合わせはしたし、幻闘法にいたっては何百回戦ったかわからないしな。あの結果は予想できた、必然と言っていいぐらいにな」
捨て身で来るゼントスにはこちらも捨て身のこの方法しかなかったのだが、ほんの皮一枚分位置がずれても、刹那のタイミングを間違ってもカイルの命は無かっただろう。
手合わせがどういうのは理解できなかったが、それがどれほど無茶で無謀なことかと死の間際ながらゼントスが呆れる。
「何故……そんな無茶を……」
「そんなのお前の腕を信頼していたから出来たに決まってるだろ。ゼントス・オルディならあの攻撃で確実に俺の命を奪うと確信していた」
心から信頼している、と生真面目とも言えそうなカイルの言葉にゼントスは薄く笑った。
その後、最期に消え入りそうな声で何かを呟き、ゼントスは息を引き取った
「すまない……俺は……どんな事があろうとも、何を犠牲にしようとも守りたい奴等がいるんだ」
カイルが後ろを振り返る、そこにいるだろうリーゼやウルザ達の顔を思い出しながら。
「だが死んで欲しくない者の中にはお前もいたんだがな……二度もお前の死を看取る事になるとは……あばよ、戦友」
傷ついた体と、そして心を引きずりながらカイルはリーゼ達の所に戻っていった。
アーケンの宿の一室でカレナス王子が檻の獣のように部屋の中を歩き回っている。
ミレーナ王女暗殺の報はまだかといらついていると、乱暴に扉が開かれる。
「おい、ゼントス一体どうなっ……がふう!?」
問答無用で殴り飛ばされるカレナス王子。
部屋に乗り込み殴りつけたのはカイルだった。
カイルの後ろからは近衛騎士第五隊の女性騎士達がなだれ込んでくる。
そして更にその背後ではミレーナ王女が騎士達に命令をしていた。
あのゼントスとの戦いが終わった後、カイル達はアーケンに向かって街道を進んでいた第五隊と合流することができた。
そしてミレーナ王女の命令のもと、この宿に突入し残っていた第二隊の騎士達を拘束した後、この部屋へと乗り込んだのだ。
「キルレン、すぐこの部屋を探索しなさい、ゼントスならともかく、兄なら必ず証拠を残しているはずです」
「は!」
ミレーナ王女は背後に控えている、長身で美人なのだが鋭い目をして人を寄せ付けない雰囲気を全身から発している近衛騎士第五隊隊長で側近でもあるキルレンに命令する。
「カレナス王子も拘束しなさい。このまま王都のマラッドに戻りますから道すがら尋問を、証拠と証人を集めた上でお父様に報告します」
「は……ですが喋るでしょうか?」
キルレンもカレナス王子はよく知っている。
問い詰めても素直に喋りなどしない、おそらくは見苦しいまでに言い訳や責任逃れ、そして無罪を主張するだろう。
「多少強引な手を使っても構いません。もしそれでも喋らなかったら……自白した、という事にしなさい」
「……了解いたしました」
キルレンは頭を下げ部下に命令するために離れる。
軽くため息をついたミレーナ王女は、カレナスを殴り飛ばしたあと疲れたように座り込んでいたカイルに近づいた。
「カイル様達もご同行の程お願いいたします」
「はい……あと、我侭を聞いていただき、ありがとうございました」
カイルは立ち上がり、とりあえずカレナス王子を殴りたいという要望を快く聞いてくれた王女に頭を下げた。
「いえ、私はその何百倍もカイル様達にお礼を申し上げなければなりません……色々とお疲れかもしれませんがこれで終わりました。王都に戻りましたら改めてお礼をさせて頂きます」
ミレーナ王女もまた深々とカイルに頭を下げる。
こうしてミレーナ王女暗殺という大事件は失敗に終わった。
次話で第一章終了です。
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