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第一章
第19話 謀略
 辺り一面の大森林の中、一筋の線のように伸びる街道を馬車は猛烈な勢いで走っていた。
 この馬車をひくスレイプニールは普通の馬に比べ馬力や速さ、持久力など全てにおいて優れており、例え大型馬車をひいているとしてもこの速さで進んでいる限りは近衛騎士を乗せる駿馬とはいえ追いつけないだろう。

 馬車の中にはカイル達四人と、ミレーナ王女とその侍女の少女ニノスの六人が向かい合って座っている。
 大型の馬車なので六人でも問題なく座れ、さすがに王家専用馬車だけあってかこれだけの速さで走っているにもかかわらず馬車内の振動や騒音は驚くほど少なかった

「まず、改めて皆様方にお礼を申し上げます。皆様方がいなければ私は今生きていなかったでしょう」
 ミレーナ王女は深々と頭を下げた。
 隣に控える侍女のニノスは主人が頭を下げたことに不満を持ったようだが、自分も命を救われている身なので黙って同じように頭をさげた。

 すでに軽くではあるがカイル達は自己紹介と状況説明をしている。
 と言っても名前と、偶然あの場に遭遇したと言っただけではあるが。

「先ほどゼ……第二騎士隊長がこの襲撃を仕組んだと言いましたがそれは本当ですか?」
「はい、そうです。そしてその背後にいるのは私の異母兄であるカレナス王子がいます」
「カ、カレナス王子が!?」
 再びカイルは絶句した。

 確かに王女の死の直後は敵対国の暗躍、側室の生まれで兄でありながら妹より王位継承権の低い異母兄のカレナス王子による暗殺、実は魔族が関わっていたなど様々な噂がまことしやかに囁かれたものだ。
 だが噂は噂、どれもすぐに収まり王女の死は不幸な事故と言うことで落ち着いていき、カイルもそれらはただの噂だと信じていた。

「えっと、つまりこれっていわゆる王位継承権をめぐるお家騒動ってやつ……ですか?」
「はい、その通りです」
「うわあ……」
 問いにはっきりと答えられ思わず頭を抱えるリーゼ。

「それは……間違いないのですか?」
「はい、何せ昨晩直接本人達から聞きましたので」
「え? カレナス王子ってアーケンに来てたの? その割にはまったく話題に上ってなかったけど」
「ええ、来ていました。目立たないのも仕方ないかと思います。何せ私がいるのですから」
 さも当然のように言うミレーナ王女。

「昨晩ゼントスによって薬を飲まされ意識が朦朧としてきた私に、兄は得意げにこと細かく今回の事を説明していきました」

 シナリオとしてはこうだ。
 一月前にヒドラの被害にあった村が近くにあると聞き、王女がそこに慰問に行きたいと言うが近衛騎士達は魔獣の危険が大きいと反対をする。
 だがミレーナ王女は諦めきれず少数の街の衛兵を連れ、夜明け前に密かに出発してしまいそれに気づいた近衛騎士が急ぎ追いかけるが、不幸にも一行はすでに魔獣に襲われていて王女も命を落としてしまった……という筋書きらしい。

「なるほど……ミレーナ王女がよく予定を変えてでも国民に触れ合おうとしているのを利用したのですね」
 昨日の孤児院のようにとカイルが言った時、それまで黙って何かを考えていたセランが声をあげる。

「思い出した。どこかで見たことあると思ったら、その子昨日の孤児院で花を渡そうとした子だろ?」
 セランが指差したのは侍女のニノスで、驚いた顔をしている。

「あら、ご覧になられていたのですか? 衣装や変装でかなり印象を変えさせているのですが」
 よく気づきましたわね、とこちらも少し驚いたように言うミレーナ王女。

「可愛い子だったからな、将来絶対美人になると思って注目してた」
 セランはニノスに向かってにこっと笑いかけるがちょっと嫌そうな顔をされて身をひかれた。

「と言うことは……あれ仕込だったのですか」
 転んだ女の子を優しく慰める、単純かもしれないが好感をあげるにはいいかもしれない。
 そしてそういう仕込みがったと言うことは急な変更などではなく、最初から予定として組まれていたのだろう。
「人気取りにはあれくらいあからさまで丁度よいのですよ」
 手を口に当て、上品に笑うミレーナ王女を見て古いことわざの『天使のような魔族の笑顔』が脳裏に浮かぶカイルだった。

「人気取りと言い切ったぞ、おい」
「何か知ってはいけない裏側をどんどん知っちゃってる気がする……」
『まあ為政者にとって下の者の人気は大事じゃからな』
「……人間の政治というのも色々あるのだな」
 剣のシルドニア含めて、セラン達がひそひそと話し始める。
 勿論馬車内なので丸聞こえなはずだがミレーナ王女は気にせず説明に戻る。

「兄がこのような野心を持っているのはわかっていました。しかし放置していたのはそれを実行に移すだけの能力がないと判断していたからです」
「えっと……優秀じゃないということですか?」
「はい、率直に言って無能です。王族としての義務を果たすこともできない役立たずと言っていいかもしれません」
 一応王族ということでぼやかして言ったカイルの気遣い無視して扱き下ろすミレーナ王女。

「ですが、ゼントスを味方につけた時点で大きく話が変わります。彼は優秀で人望もあります」
「でも何でそんな役たた……いえ、カレナス王子がゼントス隊長や騎士達を味方につけることができたのでしょうか?」
 カイルの問いにミレーナ王女は首を横に振る。
「いえ、兄に従っているのはおそらくゼントスのみか、せいぜい第二騎士隊の極一部のみでしょう。」

「それじゃあほとんどの近衛騎士はただ上官の命令だから付き従っているだけ?」
 驚いたようにセランが言う。
「ええ、疑っているかどうかはわかりませんが。でもそれだけで充分です」
「もうちょっと自分で考えて判断しろよな……」
 セランがぼやくが、それは他ならぬミレーナが否定する。

「兵が個人で考えるようになり、行動しては軍が成り立たなくなります。隊長の命令に忠実に従い国のために動いている彼等は、近衛騎士としては正しくあります。個人の感情や考えを主命より優先させるようでは絶対に近衛騎士にはなれませんしさせることはありません」
「しかしそれで通用するのですか? 自国の王女の暗殺だ何て……」
「通用します。これは父からの、国王からの密命だと隊長から言われれば従わざるを得ません」

 おそらく王女に国家反逆や他国との密約など王族だろうが死刑になる大罪の疑いがある、しかし国民に絶対の人気があるミレーナ王女を裁いては大混乱を招くので魔獣によるいわば事故死として処理する、そういった密命が下ったと部下の近衛騎士達に説明すればいいだけだ。
 国王から直接指示を受ける立場の隊長から密命だ、と言われれば例え内心はどうであろうとも騎士達は従わなければならない。

「……だからこそ、その権限が与えられる近衛騎士の隊長以上の者には武勇だけでなく決して私利私欲には走らない、忠義に厚い者が選ばれます。近衛騎士第二隊長であるゼントス・オルディはそれに相応しい騎士だったはずなのですが……」
 ミレーナ王女が首を横に振る、未だに納得できないと言う様子だ。
「そもそもゼントスは兄が愚かな真似をしないよう監視の役もかねての側近として、直属の武官になったのです。そして私はゼントスの事をまったく疑ってはおりませんでした。その彼を味方につけられた時点で私は負けていたと言うことです……本当に致命的な読み違いでした」
 悲痛とも言うべきミレーナ王女の様子だったが、面には出せないがカイルもミレーナ王女とまったく同じ気持ちだった。

 カイルは前の人生でカレナス王子にもゼントスにも会っており、そして二人から受けた印象はミレーナ王女とまったくおなじものだった。
 王位継承権をめぐる暗殺、王女が狙われる理由としてある意味これほどわかりやすい理由はないのだが、カイルはまったくその可能性を疑っていなかった。
 カレナスとゼントス、二人を知っていたために、あいつにそんな真似できるはずがないとあいつがそんな真似させるはずがないと頭から信じ込んでいたのだ。
(知っていたが故の失敗か……)
 王女の死は魔獣による事故、これを疑っていなかったのは完全な失敗だった。

「もちろん警戒を怠ったつもりはありませんし、付け入られる隙を作らないようにはしていました。私はアーケンにあと二日滞在するつもりで、その間に近衛騎士団第五隊が到着する予定でしたので彼女達を伴い王都に帰還する予定でした」
 近衛騎士の第五隊は伝統的に女性のみで構成されている近衛騎士隊で、このジルグスで最も華やかで逸話が多い隊で、この隊を題材にした歌劇がいくつも作られたくらいだ。
「五番隊隊長のキルレンは私の母方の縁戚にもあたり私付きの武官で腹心でもあります。私が王都を離れる際は必ず彼女達を連れていくのですが彼女達は見栄えがいいものでして、式典にはよく引っ張り出されるのです」
 そこでミレーナ王女は軽くため息をつく。
「今回も急な国賓への対応で王都へと一時的に呼び戻されたのです。そしてその代わりに、と来たのが第二隊でゼントス達でした。私はキルレンの次くらいにゼントスを信頼していましたので……思えば用も無いのに兄がついてきたのを不審に思うべきでした」

「なるほど、事情は大体わかりました……それで問題はこれからどうするかなのですけど」
「向こうが失敗したことで諦める……って事はないよなあ、やっぱり」
 セランが言うと当然だな、とカイルが答える。
「魔獣による事故死が失敗した以上、他の手段を考えているだろう。おそらくはミレーナ王女が謎の集団に拉致された。で、その後誘拐犯を退治したものの姫はすでに殺害されていた……というところだな」
「ええ、私もそう思います。おそらく今頃第二騎士隊が誘拐された私を救出する為に追ってきているでしょう……名目上は」
 ミレーナ王女もカイルに同意する。

「誘拐犯? それって誰の事……ってもしかして?」
 セランが苦いもので食べたかのような顔になり自分を指差すと、カイルは大きく頷いた。

「じゃあ何か? 俺達いつの間にか王女をさらった極悪人になってるの?」
「そうだ、それも衛兵達を皆殺しにして王女達を誘拐した凶悪な奴にだ」

 そこでふと気づいたようにカイルはミレーナ王女を見る。
「そうか……こうやって事情を詳しく説明したのも、逃げ場をなくすためですね?」
「はい」
 ミレーナ王女は悪びれることなくはっきりと言った。

「明日の第五隊の到着まで逃げきるのは私とアルカ達だけでは無理でしょう。素直に申し上げまして今現在頼れるのはカイル様達しかいませんので」

 ミレーナ王女が事細かく王家の大醜聞とも言えるこの事態を説明したのは、カイル達に現状を正確に理解してもらうためだ。
 カレナス王子側にカイル達を生かしておく理由など無く、事情を知った以上むしろ王女の次に何としてでも殺して口封じをしなければならないだろうと言うことを。
 例え王女を見捨てこの場を逃げられたとしても、それこそ王女暗殺の罪をかぶせられて指名手配され、追われる身となるだろう事も容易に想像がつく。

 つまりカイル達が助かるためには何としても王女に無事に王都に戻ってもらい、無実を証明してもらわなければならないのだ。

「私達はすでに一蓮托生です。頑張って生き延びましょう」
 ニコリと魔族さえ魅了すると言われた微笑を見せるミレーナ王女。
 どうやら頭が切れるだけでなくしたたかさや精神的なタフさも持ち合わせているようだった。
 こういう場面では頼もしいと思うことにしようと自分を納得させるカイルだった。

「まあ元々王女様達を見捨てるなんて選択肢、少なくとも私には無かったのですが……」
「あら、どういうことです?」
「実はあの従者と御者の二人、おそらくは近衛騎士の変装だったのでしょうけど、後で尋問しようと思っていたから生かしておいたのです……で、回収し忘れました」
 それだけゼントスの事がショックだったとも言えるが、これで少なくともカイルの容姿は細かく向こうに伝わっていると見ていい。

「まあ、それではますます私たちを見捨てて皆様方だけで逃げると言うこともできませんわね」
 手をあわせ嬉しそうに言うミレーナ王女に、はははと乾いた笑いで答えるカイル。

「勿論無事王都に戻ることが出来ましたら、褒賞はお約束します。望みがありましたら騎士の地位も……」
「いえ、金も地位もいりません。できれば名誉をお願いします」
「……変わった望みですわね」


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