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第一章
第18話 ヒドラ
 ヒドラが恐れられているのにはいくつか理由がある。
 まずその巨体から繰り出される圧倒的な破壊力を持った攻撃で、特徴的なのは複数の頭による同時攻撃であり相手が一体でありながら何体もの相手と戦っているように感じられる。
 そして硬い鱗と分厚い皮による防御力は並みの攻撃は跳ね返してしまい、更には毒を含んだブレスによる攻撃もしてくる。

 だがそれらはカイルにとってそれほど危険ではなかった。

 いかに強力で速かろうと、知能が獣と変わらなければその攻撃方法は獣の延長上にあり動きが直線的で先を読みやすい。
 先が読める攻撃なら避けるのはたやすいし、複数の頭による同時攻撃も元々一対多数の戦いに慣れているカイルには問題にならない。
 毒のブレスによる攻撃は本来なら一番危険なはずだが、カイルの装備しているドラゴンレザーの鎧は毒をほぼ無効にしてしまうため気にする必要も無かった。
 鱗と皮の防御力もカイルにとっては問題ない。

「せい!」
 一口で人間を飲み込んでしまいそうな蛇の頭の攻撃をよけ、首の部分に気合と共に斬りつける。
 名剣のシルドニアとカイルの腕が合わさったその一撃は大木のような蛇の首をやすやすと斬り落とした。
 これで四つ蛇の頭を斬り落とした事になり、カイルの方は未だかすり傷程度で戦いはカイルの優勢に見えた。

『ふむ、想像していたより有利じゃな。もう少し苦戦すると思っておったが』
 剣のシルドニアが感心したかの様に言う。
「自分でも意外だ。思ったより身体の強化は進んでいたようだ」
 自己強化魔法もかけているが、ヒドラと正面から戦っても問題なかったのは嬉しい誤算だった。

 が、しかし
「とは言え、まいったなこりゃ」
 カイルの視線の先は一番初めに切り落とした蛇の部分だったが、そこにはすでに新しい頭が再生していた。

 ヒドラの一番厄介な点はその生命力と再生力だ。
 普通の魔獣なら致命傷になりうる傷も短時間で治癒してしまい、それは傷だけでなく失った部分そのものも再生してしまうのだ。

「やっぱり再生力が厄介だな」
 有利ではあるが決め手が無い、要は殺しきれないのである。
 それでもダメージを与え続ければいずれは倒せるだろうが、他に敵がいないともかぎらないこの状況で時間をかけるわけにはいかない。

 これほどの再生力を持つヒドラを倒すには即死させるしかないのだが、剣による攻撃では大きさの差で確実にダメージは与えられるものの一撃で即死させるのは難しい。
 魔法だとカイルの現在の手持ちの攻撃魔法では致命傷を負わせることはできるが、その致命傷を再生してしまうのだから意味は無い。
 即死させるほどの攻撃力を持った魔法となると最上級魔法以上となり、今のカイルには使えない。
「もうちょっと魔法の練習もしておけばよかったな」

 元々カイルは攻撃魔法は得意ではなく、補助魔法系を得意としていた。
 魔力不足により上級魔法より上位の魔法を使えなかったカイルが戦闘で攻撃魔法を使っても、人族相手ならばともかく魔族にはろくに通用しないので魔法は補助と割り切って攻撃はひたすら剣としていたのだ。
 魔力不足が解消された今なら最上級魔法も使えるだろうが、今のところは身体の方の鍛えなおしに手一杯で、魔法の方にまで手が回っていないのである。

『無いものねだりしても仕方あるまい。手持ちで工夫しながら戦うのも大切じゃぞ』
「言われなくてもわかってる。むしろあの時に比べれば今は恵まれているぐらいだ」
 言いながらカイルは懐から攻撃魔法【エクスプロージョン】の込められた魔石をいくつか取り出す。

「どれだけ生命力が強くても、大元を叩けばそれでつぶれる」
 ヒドラがいかに再生力が高かいと言っても数が増えるわけではなく、斬りおとされた蛇の頭はそのままだ。
 カイルの視線はヒドラの蛇の頭の生えている胴体部分を見据えていた。

 だがヒドラも己の弱点とも言うべき部分はわかっているのだろう。
 先ほどから隙を突いて胴体部分に近づこうとしても蛇の頭が邪魔をするのだ。
 大元の胴体部分を狙うには十本以上の蛇の頭を潜り抜けていかねばならない。

「……久々にあれをやるか」
 カイルはバックステップし大きくヒドラから間合いを取る。
 動いていると再生が遅れるのでヒドラもカイルを追わず、動きをとめ失った頭の再生をしている。

 腰を落とし、ヒドラに突きつけるように剣を水平に構える。
「…………【ヘイスト】!」
 集中し、効果時間はほぼ一瞬のただひたすらに速さをあげるよう極限まで効力を高めた加速の魔法を改めて自分にかけなおす。
 元々補助魔法の得意なカイルはこのような細かな調製ができ、使い分けることが出来た。

 丁度ヒドラも全ての頭の再生を終え、カイルに向けて突進を始める。

 大きく息を吸うと、裂帛の気合と共に全身全霊の力を込めて踏み込んだ。
 足元の石畳が砕けるほどの突進、その早さはヒドラの、魔獣の反射神経を凌駕していた。

 反応できなかった十本を超える蛇の根元、胴体部分の中心にカイルは一瞬にして飛び込み剣を突き立てた。

 辺りに腹の底に響くような鈍い衝撃音がし、巨大なヒドラが自分の百分の一程度の重量の人間に突進で負け数歩分後ろにずり下がった後、全ての蛇の頭から血を吐きながら苦痛の絶叫をあげる。

 これは簡単に言えば魔法で極限までスピードを上げ、突進力を利用した刺突を身体ごとぶつけるというシンプルな攻撃だ。
 しかしシンプル故に強力で、もし人間サイズの相手に使えばそれこそ木っ端微塵になる威力があった。

 だが魔獣の中でも特に圧倒的な生命力を持つ巨大なヒドラには、この攻撃でも大ダメージを与えることはできたが即死にはいたらなかった。
 カイルは突き刺さった剣をえぐるかのように動かし傷口を広げると、すぐさま剣を引き抜き今度は左手を傷口に力の限り押し込んだ。
 二の腕まで入ったところで衝撃から回復した蛇の頭の一つがカイルに横から体当たりをする。
 腕を固定されたと同じ状態なのでかわせるはずも無く、吹き飛ばされる地面を転がるがすぐに体勢を直し立ち上がる。
 体中に痛みが走り普通なら骨の数本は折れていたかもしれないが、多少の打撲程度ですんだようだ。

「いてて……買っといてよかったな、この鎧」
 改めて鎧の防御力に感心しながらカイルは立ち上がると剣を鞘に収め、戦闘体勢を解いた。
 傷つけられたヒドラが怒り狂って向かって来るにも関わらずにだ。

 あと少しで蛇の頭の牙がカイルに届くかというその瞬間、ヒドラが爆ぜた。

「よし、うまくいった」
 拳を握り締めガッツポーズをする。

 カイルの持っていた【エクスプロージョン】の魔石だがそのままヒドラにぶつけても硬い鱗や厚い皮により大してダメージを与えることはできなかっただろうが、それを二つ傷口からヒドラの体内にねじ込んだのだ。
 体内で爆発が起こっては防御力もなにもない、胴体の部分が半分近く吹き飛び、ヒドラはさすがに絶命していた。

『勝ったな。一対一で十本頭以上のヒドラを倒すとはたいしたものじゃ……ところでさっきの技はなんじゃ? かなりの威力があったのう』
「一応『シュクチ』と呼んでいる」
 あれはカイルが自分で編み出したもので名もつけてはいなかったが、この大陸の東の海を越えた先にある島国から来た、反りのある変わった剣の使い手にこれを見られたとき『シュクチ』と呼び驚いていたので以来カイルもそう呼んでいた。

「まあ速さと威力のみの技だからな。集中に時間もかかるし魔獣だからいいが知恵をもっている奴や本当の達人には通用しないよ」
 決まらなかった場合の隙も大きいので、むしろ使える場面の少ない技だった。

「とりあえず身体のほうが魔法に耐えられるようになってきたから使えたんだが……しかし、自分でやっておいてなんだがこれは酷いな」
 周りを見回すと爆発により大量の肉や内臓、血が一面に飛び散っており何とも酷い光景だ。
 更には臭いも凄く、血生臭さはもとより爆発による焦げた血や肉の臭いもする。

「……怒られないよな?」
 血がべったりとつき、肉やら内臓やらが屋根の上に乗っかっている王家専用馬車を見てカイルの顔がひきつる。

 不可抗力、不可抗力と自分を納得させながら馬車に近づくと、周りにはヘルハウンドと呼ばれている狼を一回り大きくした魔獣が数匹倒れているのが見えた。
 頭を砕かれたり、焼け焦げているところを見るとリーゼ達が倒したようだった。
「こいつらも襲ってきたのか……しかし妙だな?」
 魔獣の間には縄張りがあり、同時に何種類もの魔獣が現れることは通常無い。
 特に今は近くにはヒドラがいたのだ、それより弱いヘルハウンドが現れる事は普通はありえない。

「カイル! 無事だった?」
 ヘルハウンドを倒したのだろう、リーゼとウルザがやってくる。
「本当にヒドラを倒すとは……凄いな」
 ウルザが信じられないとばかりに唸るかのように言う。
「当然だ、ヒドラごとき俺の敵ではない」
 少し自慢げにカイルが二人に言う。

「でも、できればやり方、何とかならなかったの?」
 あたり一面の惨状を見てリーゼが嫌そうに言った。
「……ちょっと反省はしている」
 思いついたときはいい考えと思ったんだけどなあ、とカイル。
「あと、カイルも臭いが酷いぞ」
 ヒドラの返り血を浴びているカイルからも悪臭がしていた。
「……そうか?」
「悪いが臭いを落とすまで近寄らないでくれ」
 ウルザとリーゼが眉をしかめながらカイルから一歩下がった。

 ちょっと肩を落としたカイルが馬車から少し離れる。
『……もうちょっと褒めてほしかったんじゃろ』
「うるさい」
 カイルは少ししゅんとなりながら水袋を取り出し、水を頭からかぶった。



 馬車の中には三人の女性がいた。
 一人は昨日も見たミレーナ王女、今日は白を基調としたドレスを身に着けている。
 他の二人はおそらく王女付の侍女だろう、まだ十歳ぐらいの少女と王女より少し年上ぐらいの女性だった。
 三人とも馬車の中でもたれかかるように眠りについている。

「こんな状況で寝てるとは、浮世離れしてるな」
 セランが呆れとも感心ともとれる声で言った。
「いや……これは三人とも薬で眠らされているようだ」
 王女達を見ていたウルザが言う。
「解毒の魔法薬を使おう、あれなら大抵の薬の効果を打ち消せる」
「わかった」
 ウルザが魔法薬を取り出し三人に飲ませる。

「あ、そうだカイルこれを見てくれ。御者席に置いてあった」
 そうセランが見せたのは魔法文字の刻まれた古い革の袋で、口はしっかりと閉じられている。
「これは……魔獣寄せの袋か?」
「ああ、それも強力なやつで封はしてなかった」

 魔獣の中には分泌物や内臓が魔法薬の材料になったり、大物になれば骨や牙が武器の素材になるものもいる。
 種類によっては途方も無い大金になるので、魔獣狩り専門の冒険者もいるぐらいだ。
 そういった魔獣狩りを行う者が重宝するのがこの魔獣寄せの袋で、魔獣が好む匂いを出しおびき寄せるのだ。
 これはその中でも強力なもので広範囲から無差別に魔獣を呼び寄せるので、ヒドラもヘルハウンドもこれに釣られて来たのだろう。

「こいつを使って魔獣をおびき寄せる。そして王女を襲わせようとしたのか……」
 その王女は薬で眠らされているのだ、万一にも逃げられることは無い。
 仕掛けたのはおそらくあの二人、ミレーナ王女の死は魔獣の襲撃による事故ではなくそう見せかけた暗殺だったということだ。

「後手綱のほうも直しといたからとりあえずは馬車を動かせるぞ」
「そうか、じゃあ……」
 王女の安全のためにもアーケンに戻るかと思った時、ミレーナ王女がゆっくりと目を開けた。

「あら……私は生きているのですか?」
 目が覚めた瞬間、ミレーナ王女は少し驚いたかのように言った。

「二度と覚める事のない眠りと思っていたのですが……どうやら私の運もまだ続いているようですね」
 それは誰かに問いかけると言うより己への確認でもあるかのようだった。
 その後でようやく目の前のカイル達を見た。
「あなた方が私を助けてくださったのですか?」

「はい。私はカイル、カイル・レナードと申します。旅の途中偶然にもミレーナ王女が賊と魔獣に襲われているこの場に遭遇し仲間達と共にお助けしました」
 片膝をつき、礼を尽くしながらカイルが考えていた台詞で答える。

「ありがとうございます。貴方達がいなければ私はここで命を落としていたでしょうね」
 その時王女と同じように目を覚ました年長の侍女がカイル達の姿を見て反射的に王女の前にでて庇おうとする。
「よいのです、この者達は私達を助けてくれたようです」
 王女の言葉に一応警戒を解くが、その侍女はどうやら武芸なり魔法なりの心得があるのだろう、油断することなくカイル達を見ていた。

 外に出ようとするミレーナ王女をカイルはとめた。
「もう危険は無いのでしょう?」
「そうなのですが、その……外は何と言いますか、酷い状況で」
 死屍累々と言ってもいい状況である。
「構いません、この目で見ておかねばならないでしょうから」

 馬車の外に出たミレーナ王女だが、周りの魔獣や人間の死体を見ても眉一つ動かすことは無かった。
 さすがに大穴の開いた巨大なヒドラには軽く目を見張ったが、他には取り乱すことも無く冷静に見渡している。

「現状は大体わかっております。ここはアーケンからサネスの村に向かう道の途中であっていますね?」
「は、はい。その通りです……」
 妙な迫力とでも言うのだろうか、凄みにも似たものを感じ戸惑うカイル。

「何か昨日の印象とは違うね」
「ああ、まるで別人みたいだな」
 リーゼとウルザがひそひそと話していると、シルドニアからカイルにだけ聞こえるように声がかかる。

『カイル、アーケンの方から騎馬の集団が来るぞ。今度は間違いなく近衛騎士達じゃな』
 シルドニアの分身の鷹は今も上空を飛び続け周囲の監視をしてくれていた。
「わかった……ミレーナ王女、どうやらアーケンから近衛騎士達がこちらに向かってきているようです」
「ようやくのおでましか」
 これで一息つけるな、とセランが言った瞬間ミレーナ王女の鋭い声がかかる。

「いけません! すぐにここから逃げなくては! その者達は私は勿論、貴方達も殺しにくるでしょう」
「え? いや近衛騎士だろ……なんでしょう?」
「今回の、私への暗殺の実行者は近衛騎士第二隊長のゼントスです」
「な……ゼントス……が?」
 カイルが絶句する。

「アルカ! 周りの死体を焼きなさい!」
 カイル達が思わず耳を疑うような命令にアルカと呼ばれた年長の侍女は迷わず呪文の詠唱にはいった。

「彼らの目的は私の死、それ故にこの場に死体があれば必ず確認をしなければいけません。それが焼け焦げていればすぐには判別できないはずです。今は少しでも時間を稼ぐ必要があります」
 淡々とした、しかし有無を言わせない威厳のこもったミレーナ王女の説明の間にアルカは【ファイアボール】の火炎魔法を放ち周りの衛兵の死体を焼き始めた。

「ニノスは私と共に馬車に、アルカは御者をしなさい」
 年少の侍女、ニノスはその言葉に従うがアルカは納得しかねるようだった。
「しかしミレーナ様のお側から離れるのは……」
「御者は大切な役目です。同時に周囲の警戒もしてほしいのであなたにしか頼めません」
「……は」
 仕方ない、とばかりにアルカは御者席に行った。

「あなた方も早く中に、事情も説明いたします」
 カイル達の方を向きミレーナ王女が言う。

 一瞬だけカイル達は顔を見合わせるが、ここは従ったほうがいいと馬車に乗り込むことにする。
 そこでセランが何かを思いついたかのような顔になり、持っていた魔獣寄せの袋をあけ「そら!」とヒドラの死体辺りに投げつける。
「時間を稼ぐと言うのなら、魔獣が邪魔してくれたほうがいいだろ。もう一匹ぐらいヒドラでも来てくれりゃなおの事いい」
 いたずら小僧のような笑顔を浮かべながらセランが言った。

 全員乗り込んだ後、再び馬車はサネスの村へと走り始めた。
 先ほどまでのゆっくりとした移動とは違い、逃れるための全速力でだ。



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