「さて、問題はどうやって自然かつ偶然に王女の危機に駆けつけるかだな」
カイルがベッドの上で胡坐をかいて考え込んでいた。
あの後、カイル達は宿を取り今部屋にいるのはカイルとシルドニアのみだ。
他の三人は散策やら買い物やらに出かけている。
「王女達が出発した後をつけていくというのは駄目なのか?」
ここならいつ出発するかわかりやすいだろう、とシルドニア。
この宿はアーケンで一番いい宿であり、当然ながら王女一行も泊まっている。
カイル達が泊まっているのは二階、王女達は四階と五階を貸し切っており階段に近づくことさえ出来なかったが。
「それが確実だろうけどな、できればあからさまなのは避けたいところなんだ」
もしそれがばれた時のことを考えるとな、とカイルは渋い顔になる。
これまでカイルはできる限りミレーナ王女の動向について能動的に調べなかった。
王族の詳しい予定は国家機密に属し、ミレーナ王女がこのアーケンにいつまで滞在するかは公表されていない。
それを調べるのは大変だし、当然犯罪行為となる。
無事王女を助けたとしても、万が一不審に思われ何故あの現場に居合わせることができたのか? と後々調べられでもしたら厄介なことになるからだ。
だからこそヒドラの方を調べて、出そうな場所、襲撃されそうな場所を特定しておいてそこに待機しておく、という手をとりたかったのだが今からではその時間もなさそうだ。
「とは言え待ち伏せはできそうにないし……仕方ない、王女が出発したら後をつけるか」
仕方ないか、とカイルが考えているとぶらついて来ると出かけていったセランが戻ってきた。
「おい、王女の事色々調べたんだが面白い話聞けたぞ」
「……何で王女の事を調べたんだ?」
「いやほら、できればお姫様と運命の出会いっていうのをしたいじゃん。そのためには何か危機的状況に陥ったところを華麗に助けて身分違いの恋に……ってどうした? 頭抱えて?」
「いや、何か……お前と同じ事をしているのだな、と我に返るとちょっと心折れそうになっただけだ……」
目的は違えど、やっていることは同じだった。
「まあいい……で面白いことって何だ?」
「おう、従業員に王女に関して何か知ってないかと聞いて回ったんだよ。一人何か知ってそうな奴がいたんだけど、なかなか喋らなくてな。だけど金握らせて何とか口割らせたぜ!……ってどうした? また頭抱えて」
後々不審がられても大丈夫なように、という努力を無にしてくれた幼馴染を見て深いため息をつく。
「万一ばれた時のうまい説明考えておかなければ……それより王女の面白い話って何だ?」
「それが王女だけど警備のためか明日の早朝、日の出少し前のまだ門が閉まっているうちに出発するようだぜ」
「何だと? 本当か?」
「ああ、近衛騎士達が小声でそんな事を話しているのを立ち聞きしたようだ」
アーケンのように外壁で囲まれた街は通常日没から日の出を少し過ぎたあたりまでは門が閉められ、出入りができないようになっている。
「明日の日の出前に出発か……それは予想外だったな」
もしこれを知らなかったら大幅に出遅れていただろうし、下手をすれば間に合わなかったかもしれない。
「怪我の功名とでも言うべきか……とにかく助かったぞ、セラン」
「うん? よくわからんが一生恩にきてくれればいいぞ」
「今度旨いものでも奢ってやるよ……それよりすぐにこのアーケンを出たほうがいいかもしれないな」
「え? 一泊もしないのかよ、お前急ぎすぎだぞ?」
「仕方ないだろ、ミレーナ王女達の予定にあわせなければならないのだから」
「なに!? ひょっとして王女をつけるのか?」
「ああ、どうやらミレーナ王女の身に危険が……」
「よし、わかった! 美人を付回すのは得意中の得意だ! 任せろ!」
セランは無駄と思えるまでに力強く言った。
次の日の朝、東の空がようやく白み始めた頃、カイル達はアーケンを囲む外壁の外にいた。
昨日のうちにアーケンを出て近くで野営、交代で仮眠をとったあと門の側まで隠れるように来ていたのだ。
「で、どうやって後をつけるの? あまり近づきすぎてもだめなのでしょう?」
当然ながらつけているのがばれてはならないし、あまり離れすぎては意味がない。
「うむ、ここで妾の能力の一つが役に立つ」
そう言うとシルドニアの身体が光の粒子となり形を変えていく。
光が収まった後、そこにいたのは立派な一羽の鷹だった。
「え? ど、どういう事?」
「妾の本体は剣の宝玉であって、この身体は魔力によって作られた分体、よってこのように自由に姿を変えることなど造作も無いこと」
鷹のシルドニアが驚くリーゼ達三人に自慢げに言う。
「そして……」
そう言うと羽ばたき天高く飛び去った。
しばらくすると剣の宝玉に遥か高所から見たような風景が表れる。
『このように分体が見た光景を映し出す事ができるのじゃ』
宝玉からまたもシルドニアの自慢げな声が聞こえた。
これにはウルザ達三人が感心の声をあげた。
「凄いな、使いようによっては強力な武器以上に役立つぞ」
「うん、これは便利よね」
「うらやましい、覗き放題だな」
魔道具には遠隔地を映し出すものもあるが、それは固定した場所しか見る事ができない。
このように移動しながらその場の光景を逐一見れるなど常識では考えられない事だ。
カイルはこのシルドニアの特殊能力のおかげで敵の布陣などが手に取るようにわかり、前の時は随分と助かったものだった。
これで上空から王女一行を監視して、異常がおきた場合に絶好のタイミングで駆けつける、ということが出来る。
「これでお姫様を問題なく追えるね」
「後はいったいどんな危険があることやら、だな」
「できれば格好良く助けたいよな。あわよくば……」
「お前ら、これから王女の後をつけるんだから静かにしてくれよ……」
喋り続ける三人に注意するカイルではあったが、心の中では感謝していた。
リーゼ達三人はカイルの「何かはよく解らないが、王女に危険な事が起こりそうだ」というかなりいい加減で怪しい説明にもかかわらず納得してくれていた。
シルドニアにも協力してもらっているとはいえこうして信じ、付いてきてくれるのはありがたい事だ。
実際セランやリーゼには甘えているとも思っている、多少無茶や無理な事でも二人ならついてきてくれると確信しているからだ。
だが逆に言うならカイルも、もしリーゼ達に何も聞かずに力を貸してくれといわれた場合は喜んで貸すだろう。
それぐらいの信頼関係にあるという自負がカイルにはあった。
だからその分ウルザには申し訳ないとも思っていた。
彼女はカイルに付き合う義理はないのだが、今も少し眠そうな顔をしつつもこうして付き合ってくれている。
(落ち着いたら王都で有名な甘味処にでも連れて行ってあげよう)
意外と甘い物好きというのを知っているカイルが心の中でそう思っていると、剣の宝玉からシルドニアの声が聞こえてくる。
『馬車を見つけたぞ……だがちと妙じゃな』
現在この大陸の人族領域にある街道のほとんどが古代魔法王国ザーレス時代に作られたもので、千年以上たった今でも使われている。
映像ではその整備されたかなり道幅のある街道を、昨日も見た王家の紋章をつけた立派な馬車が進んでいっている。
『周りの護衛らしき者は十人くらいしかおらんぞ。しかも昨日見た近衛騎士ではないな。街の衛兵ではないか?』
「近衛騎士がついていない? そんな馬鹿な」
だが映像ではシルドニアの言葉通りアーケンの衛兵らしき者達が十人ばかり護衛している。
『それにこの道はどうも王都に向かう道ではないようじゃ』
「違う道にそれているだと?」
急いで地図を取り出し確認して見ると確かに分かれ道があり、それは森の中を突っ切っていく一本道でその先にあるのは一つの村のみだった。
「村の名前はサネスか……たしか一月前にヒドラの被害にあった村だな……」
サネスは周りに良質な木材になる木多いので林業の盛んな村、それ以外には何の特徴もない村だ。
この道を行くと言うことは目的地はその村しかないのだが何のために行くのだろうか。
「どういうことだ? 解らない事だらけだな……」
解らない事が多い、しかしこうして馬車が進んでいく以上結局最初の予定通り、気づかれないよう間をあけてついていくしかなかった。
日も大分高くなり、おそらくアーケンとサネス村の中間辺りに差し掛かった辺りだろう、それは起こった。
『お、異常事態発生じゃな』
「どうした? 魔獣がでたか?」
『いや馬車を操っておった御者が急に馬を止め、突如周りの護衛に斬りかかり始めたぞ』
「異常すぎるだろ、おい!」
セランが当然の突込みをいれるが、それに構わずカイルは全力で走り始めた。
全速力で向かったのでそれほど時間はかからなかったはずだが、馬車が視界に入ったときにはすでにほとんどの衛兵が切り伏せられていた。
カイルが見たのは、おそらく最後の一人であろう衛兵が降伏の意思を見せているにもかかわらず、無慈悲に止めを刺されているところだ。
立っているのは二人、一人は御者の格好をした男でもう一人は従者の格好をしており馬車の扉が開いているところを見ると中から降りてきたようで、どちらも抜き身の剣を握っている。
御者の格好をした男がこちらに背を向けているのを見て、これを好機とみたカイルが無詠唱で自分に【ヘイスト】をかけ、速度をあげる。
こういうとき音のたたない、動きを阻害しないレザーアーマーなのはありがたかった。
カイルの姿を見つけたもう一人が仲間に警告をするが一呼吸遅かった。
カイルは背後から御者姿の男の利き腕と思しき剣を握る右腕に、抜き放った剣のシルドニアを振り下ろす。
剣の腹の部分で打ったため切断されることは無かったが、完全に骨が折れたようで御者の男は苦痛の呻きとともに剣を落とす。
更にカイルはするどい蹴りをわき腹に叩き込む。
御者姿の男は体をくの字にして吹き飛び、土ぼこりをあげながら転がっていき、ようやく止まったかと思うとそれきり動かなくなった
一人を無力化させた後カイルはもう一人の、従者の姿をした男に向き合った。
仲間を瞬時に叩きのめした突然の乱入者に従者姿の男は狼狽しかけたが気を取り直しカイルに剣を向ける。
「カイル!」
背後からセランの声が聞こえる、何時に無く緊迫した声だ。
「お姫様はまかせろ!」
親指を立てながらセランは二人の脇をすり抜け馬車へと全速力で走っていった。
行かせまい、と従者姿の男がセランを追おうとしたが
「おっと、俺のほうこそ行かせないぞ」
カイルが斬りかかると舌打ちをして剣で攻撃を受ける。
「二人もセランに着いて行ってくれ……俺はこいつを片付けてからすぐにいく」
目の前の男から目を離さずにカイルは後から来た二人に言う。
ウルザは一瞬だけ何か言いかけたがリーゼがまっすぐ馬車に向かったので少し迷った後馬車の方へと走っていった。
「さて……久しぶりの命のかかった実戦か……」
カイルは不敵な笑みを浮かべつつ斬りかかった。
数度剣をあわせカイルは思いのほか、手応えを感じていた。
相手は正当な訓練に裏づけされた動きで、実戦も積んでいるのがわかり、カイルと曲がりなりにも戦えるぐらいの腕を持っていた。
「お前は何者だ? 何故こんな事をする?」
答えが返ってくるとは期待していない問いかけだ。
「…………」
案の定従者姿の男は黙ったままだ。
「あれはミレーナ王女の馬車。これは王女を狙っての行動……と見ていいんだよな? だとしたら俺みたいな予想外の乱入にこうも手こずってるようでは失敗だな」
これは動揺を誘うための問いかけだ。
相変わらず返事はない、だが焦りははっきりと感じ取れた。
おそらくこの男の現在行うべき最善は、手早くカイルを片付け残り三人もといきたいところなのだろう。
しかしこの乱入者が予想以上に、それも自分より強いことが先ほどまでの斬り合いではっきりとわかったはずだ。
逃げるか、それとも踏みとどまるか、男の顔に迷いが出る。
そしてその迷いを見逃すカイルではなく、それに合わせわざと隙を見せる。
あからさまな誘いであるが焦った男は一気に勝負を決めようと力の入った大振りの一撃をはなつ。
その攻撃をカイルは最小の動き、髪の毛をかすらせる程度の際どさで避ける。
体勢を崩すことなく攻撃をかわしたカイルは、逆に振り切った後で体勢を崩し防御のできない男の手首に向かって剣を斬り上げる。
「ぐあ!」
剣と握り締めたままの手首が回転しながら宙に飛んだ。
反射的に傷を押さえる男に更につめより、柄を延髄に叩き込み気を失わせた。
カイルは男を手早くロープで後ろ手に縛り上げ、怪我にも簡単に血止めを行う。
『手際がよいのう』
「まあ慣れてるからな」
過去の、あの魔族との戦いの日々ではこの手の負傷の応急処置はそれこそ日常で、慣れたものだった。
「さて、とりあえずこれでよし……こいつらには色々聞きたいことがあるしな」
殺すだけならもっと簡単にできたがこの状況を説明させるためにもできれば生け捕りにしたかったのだ。
現状は解らない事だらけと言っていい。
何故近衛騎士はいないのか、この二人は何者で何の目的があったのか、そしてミレーナ王女は今どうなっているのか……
それを確認しようと思い、馬車の方に向かおうとした時ウルザがやってきた。
「終わったか?」
「ああ、それより王女は無事か?」
「それなら大丈夫だ。馬車の中にいて怪我をしているわけではないのだが……」
丁度その時、カイルとウルザは微かに揺れと音を感じた。
音のする森に目をやると樹が倒れ、鳥が一斉にこの場から逃げ去るかのよう飛び去っていくのが見える。
「……この音は」
『うむ、お主の想像通りじゃろうなあ』
宝玉からシルドニアの声がする。
カイルは素早く現状を分析する。
まず考えたのがこの場からの逃走だが、それではこの尋問相手を回収できないし望みは薄いだろうが倒れている衛兵達も見捨てることにもなる。
それにあれは思いのほか動きが早く、普通に走っては逃げられるかどうか怪しい。
何よりも王女を逃がすためには馬車を利用するしかないのだが
「ダメだ、手綱が切られている。直すのにはちょっと時間がかかるぞ」
タイミングが良いのか悪いのか、丁度馬車からセランの声が聞こえてきた。
その声で覚悟を決めたカイルが指示をだす。
「三人は馬車についていてくれ。他にも魔獣があらわれるかもしれない!」
この場で最優先すべきはミレーナ王女の安全、彼女に何かあっては意味が無い。
更にはこの二人に仲間がいて王女の命を狙っている者がいるかもしれない。
「しかしお前一人で……あれを?」
ウルザにも近づいてくるのが何かがわかったのだろう、さすがに顔色を変える。
「無理はしないし勝算はある。冷静に判断してこれが一番だと思ったんだ。行ってくれ、頼む」
「……信じているぞ、死ぬなよ」
ウルザは苦しそうな顔と声で言うと馬車に向かった。
ウルザの後姿を見て少し笑った後カイルは、それにしてもと段々音が大きくなってきている街道脇の森を見る。
木々をなぎ倒し悠然と現れたのは一流の冒険者でもできれば戦闘は避けたいと言われているヒドラ。
ゆらゆらと揺れている頭の数は十二、三というところか。
リマーゼの実家くらいの大きさはあるヒドラと対峙しながら「嫌な予感というのはあたるんだな」とカイルはぼやいた。
ヒキの回が続きます。
最近投稿ペースが落ちて申し訳ありません。
次回こそはもっと早く……
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