アーケンはジルグスの東端に位置し隣国と近いため貿易で栄えジルグス国の中でも王都につぐ都市の一つとなっている。
他国との交流が盛んなため外国人や亜人達もよく見かける国際色豊かな街だ。
「へ~、王都とはまた違った賑わいだね」
アーケンの街に入った直後、リーゼが感心したように周りを見渡しながら言う。
「それで、アーケンに着いたけどこれからどうするの?」
「そうだな、しばらく滞在するだろうからまずは宿を……」
「おい面白い話聞いたぞ!」
早速屋台で買い食いを始めていたセランが興奮気味に戻ってくる。
「面白い?」
「ああ、何でもいまこの街にミレーナ王女が来ているらしいぜ」
セランの嬉しそうな声にカイルが目を丸くする。
「……本当か?」
「ああ、そうだよ、あの『ジルグスの至宝』だ」
うかれ気味のセランに対し難しい顔になるカイル。
「何でも今からお目見えがあるんだってよ。なんと言ってもあの『ジルグスの至宝』だぞ! 一度は見たかったんだよな。場所は聞いたから行ってみようぜ」
そう言うとセランは早速歩き始めた。
「で、カイルも見に行くの?」
リーゼの言葉には少しカイルを問いただす響きもあったが気づかないふりをする。
「……まあ一見の価値はあるだろ。一応俺達もジルグス国民なんだ、未来の女王の顔を見る機会があるなら見ておきたい」
確認もしておきたいし、と心の中で付け加える。
「……それもそうね、じゃあ行きましょうか」
ウルザ達も異存はないらしく全員で向かうこととなった。
大地母神カイリスはジルグスの国教であり大抵の街には神殿がある。
そして神殿には孤児院が併設されている場合が多く、このアーケンも同じでそこに王女が慰問に訪れると言うのだ。
カイル達が神殿についた時にはすでに多くの野次馬が来ており混雑していた。
だがセランは迷わず、子供の集まっているあたりに突っ込んでいく。
「ええい、どけい! ガキ共! お前らに美人は十年早い!」
容赦なく子供を押しのけ、蹴散らしながら突き進む。
「あ~ごめんな。これあげるから食べてな」
後ろについていたカイルがすかさずシルドニア用に買っておいた菓子を子供たちに配る。
現金なもので泣きそうだった子供もすぐに笑顔となった。
「恥を知らないというのは時として強いな……」
「絶対見習いたくは無いけどね……」
「妾のお菓子ぃ……」
ウルザとリーゼも後に続くがさすがにちょっと恥ずかしそうだった。
人ごみの最前列にくると街の衛兵だろう、これ以上近づけないように警備を行っている。
その中で明らかに街の衛兵と違い、目立っているのが揃いの白銀のプレートメイルを身につけ、胸には簡易化された竜の紋章をつけた騎士達だ。
その竜の紋章はジルグス近衛騎士の証で、それが示すとおり彼らは近衛騎士だった。
ジルグスの近衛騎士団は全部で五百人ほどで、他の将軍率いる軍が万単位であることからすればかなり少ないが王を守り仕えるというのが使命である以上数は多くはいらない。
その分完全に量より質になり少数精鋭で全軍、いやジルグス国全体から優れた、忠誠心に厚いものを選りすぐったエリート中のエリートだった。
武勇に優れ国家と国王に絶対の忠誠を誓った者しかなれない、騎士を目指すものなら誰もが憧れる、それが近衛騎士だった。
その近衛騎士達が油断なく辺りを見回し警戒を行っている。
まもなく、この国で国王の次に重要な人物がくるのだから無理も無いが。
しばらくすると馬に騎乗した近衛騎士に前後を守られた大きな馬車が孤児院前に乗り付けられた。
馬車は白を基調とした細部にも金や銀の装飾や緻密な細工の施された豪華な馬車で、側面にはジルグス王家の象徴である獅子を意匠化した紋章が目立つように描かれている。
これはこの馬車が王家の、それも高位に属する者しか乗れない事をしめすものだ。
引く馬も通常の馬よりも倍近く大きい、スレイプニールといわれる八本足の馬の魔獣が二頭で引いている。
野生のスレイプニールは気性が荒く、とても人に懐かないが子供から育てられたものは例外でこの二頭も専用に育てられたものだった。
近衛騎士のうち隊長格と思われる二十代半ばくらいの騎士が恭しく馬車の扉をあける。
ゆっくりとした動作で一人の女性が姿を現すと、同時に周りの群集から歓声があがる。
切れ長の瞳、筋の通った鼻梁、淡い朱の口唇、しなやかな手足、腰まで伸びた上質の絹の様な漆黒の髪、抜けるような白い肌……一つ一つが一級品でそれらが絶妙のバランスで組み合わさった奇跡のような女性だった。
薄緑色のドレスや白銀のティアラを身に着けておりどれも王族が身に着けるに相応しい最上の品といえるが、それらはあくまで身に着けている当人の美しさを補佐するものでしかない。
美人という点ならばウルザも同じなのだろうが、彼女が名工の作りし研ぎ澄まされた剣のような美しさなら、王女は宝石や黄金のような魅力とでも言うのだろうか、ただ馬車から降りゆっくりと歩き始めただけなのだが、立ち居振る舞い一つ一つが見る者を魅入らせるカリスマと言うべき人を惹き付ける何かを生まれ持った女性だった。
彼女こそが『ジルグスの至宝』とも称えられる、第一王位継承権を持つミレーナ・ド・ジルグス王女だった。
「う~む、噂に違わない美人だな……それに何よりも……あれは凄いな……」
セランが王女の少しだけ胸元のあいたドレスからあふれ出んばかりの豊かな双丘を見て感歎のため息をつく。
「……それに比べて圧倒的なまでの戦力差だな。ドラゴンとトカゲなみだ」
隣の起伏に乏しいリーゼの胸と見比べながらセランが今度は嘆きのため息をつく。
するとすぐさまリーゼの掌底が綺麗にセランの顎を捉える。
「す、素直な感想と事実を言っただけなのに……」
「正直がいつも正しいと思うな!」
うずくまるセランにリーゼが怒鳴る。
「お前ら、もうちょっと静かにしろ」
今はまだあまり目立ちたくはないカイルもため息をついた。
孤児院の前では子供たちが並んで出迎えておりその内の一人、十歳くらいの女の子が花を持って王女に駆け寄る。
だが緊張のためか走りよる途中に転んでしまう。
涙目になった女の子に王女は近づきそっと膝についた土をはらってあげながら「怪我はない?」と優しい声と笑顔で言う。
それによって緊張も解けたのか女の子も笑顔になって「はい!」と元気よく答えた。
それを見ていた周りの群集から自然と拍手が沸き起こる。
その拍手に王女は柔らかな笑顔で応え、手を振った。
小国ならともかくジルグスのような大国でこうも近くで王族が国民と触れ合う機会はまずなく、せいぜい大きな祭典などで宮殿のバルコニーから手を振る程度だ。
だがミレーナ姫はそれまでの慣習を破り、国がおこなう公共事業や小さな式典等にも意欲的に参加し、災害が起こった場合も慰問にいくなど国中で積極的に国民にかかわりつづけた。
そのため、国民からの支持は絶大とも言えた。
今回も他の町で行われた祭事に参加して、その帰りにアーケンに寄ったのだが、この孤児院の慰問は予定外だったらしいが王女の強い希望で無理やりねじ込んだとのことだ。
そんな事がカイルの周りの野次馬の会話から聞き取れた。
そして王女はあくまで優雅な所作を崩さず、笑顔を振りまきながら子供達と共に孤児院の中へと入って行った。
王女を一目見るという目的を達したカイル達は今日の宿をとるべく群集を離れた。
「いや~眼福ってやつだったな。まさかこんなところで王女を見ることができるなんてな」
セランが上機嫌で言う。
「確かに凄い美人だったわね……特に、あれは……凄かった……」
リーゼが自分と同い年とは思えない王女の胸部を思い出し、自分と比べようとして虚しくなりそうだったのでやめた。
「一国の王になるのだろう? ならばあれぐらいでなければやってられないのではないか?」
エルフであり、人間の王制というものにあまり馴染みのないウルザではあったが、王女には何かしらの、他の人間には無い何かを感じたようだった。
三人が先ほど見たミレーナ王女について話しながら歩いているが、カイルは少し後ろにつきながら何やら考え事をしていた。
傍らのシルドニアがそっと小声で話しかける。
「で、あの王女で間違いないのか?」
「ああ間違いない……俺の記憶ではミレーナ王女は享年十六歳で、アーケンから王都に戻る途中で亡くなっている」
カイルが背後の孤児院を振り返りながら言った。
ミレーナ王女が、『ジルグスの至宝』とまで言われた彼女が亡くなったときには国中が悲しんだものだ。
原因は魔獣の襲撃で、襲ったのは爬虫類の胴体といくつもの蛇の頭を持つ強力な魔獣のヒドラだ。
ヒドラはドラゴンに次ぐ強力な魔獣で襲われた小さな町一つが一日にして滅んだということもあるぐらいだ。
実際アーケンのすぐ近くの森には魔獣が多くおり、時折だが街道を行く人々が襲われることがある。
そして一月ほど前にはアーケンの街の近くの村がヒドラに襲われたらしい。
かなり酷い被害にあったらしく大規模な討伐隊が組織されたとの事だが結局退治にはいたらなかったらしい、とアーケンに来るまでの道中で聞いていた。
「……しかしもうちょっと細かい事まで覚えて置けばよかったなあ」
カイルが初めてこの話を聞いたときは、国民として残念には思ったものの直接見たことさえない王女で田舎暮らしの身だ、それほど関心はもたなかった。
覚えているのはミレーナ王女がアーケンから王都に戻る途中にヒドラに襲われ死亡、これぐらいだった。
時期も曖昧で確か八の月あたりだった、という程度だ。
「俺の記憶じゃ確かもう少し先だと思ったんだが……ギリギリだったようだな」
今は七の月に入ったばかり、余裕を持って来たつもりだったが実際は際どいところだったようだ。
「記憶違いだったのか?」
「それが一番可能性が高い。もしくはリマーゼに噂が広まるまでにズレができたかだが……はっきり記憶していたわけじゃないからなあ」
頭をかきつつカイルがぼやく。
曖昧だからこそ早めにこのアーケンに来て色々と調べたり備えたかったのだが今からではその時間も無さそうだった。
「間に合わなかったわけじゃないから良かったものの、早めの行動は大事だな」
「ま、当然じゃな」
「だがまさか近衛騎士が、それも一隊丸ごと護衛についているとは思わなかった」
考えてみれば第一王位継承権を持つ王女が王都から離れているのだ、近衛騎士が護衛につくのは当然と言えば当然の事だ。
さっき見ただけでも数十人はおり、おそらくは隊の一つだろう百人近くが護衛にきているはずだ。
そして王女の隣にいた、隊長格と思しき男の事を思い出す。
「……あいつがいて、王女を死なせたのか? 何でそんな事に?」
「誰か知り合いでもおったのか?」
「まあ……な」
あまり思い出したくない、嫌な過去を刺激され顔をしかめるカイルだった。
確かにヒドラは脅威だが武装した近衛騎士が一隊護衛についていながら王女をむざむざ死なせてしまうとは普通は考えられない。
何より倒す必要はない、大事なのは王女を守り逃がすことでいざとなればその身を盾にして王族を守るのも近衛騎士の役目の一つだというのにだ。
「何か不確定要素があったか、それとも単純にヒドラが強力だったかだが……」
準備はしっかりしておかないとな、とカイル。
「ところで肝心な点じゃがお主はヒドラには勝てるのか?」
「一度戦ったことはあってその時は問題なく勝てた。まあ八本頭だったがな」
ヒドラは生きた年数により頭の数が増え、巨大になり強さもそれに比例してあがっていく。
頭が十本以上のヒドラとなると下手な下位ドラゴンよりも強いと言われている
「今の俺なら十本頭以下なら倒せるだろう。それに俺一人で戦うわけじゃない。そのときは皆も一緒だろうし近衛騎士達もいるだろうからな」
なんとかなるだろ、とカイルが言う。
「ふむ、確かにな。今のお主の実力なら十本頭以上のヒドラと一対一で戦わん限り問題なかろう。まあそのような事態もそうそう起こるまいて」
「……あまりそういう事を言わないでくれるか?」
ちょっと嫌な予感がしたので、カイルがシルドニアに口止めをする。
英雄になると決めたとき、真っ先に浮かんだのがこの王女の死亡の事だった。
王女の危機に颯爽と現れその命を救う。
英雄譚の出だしとしては上出来のほうだろう。
もし本当にミレーナ王女の安全を考えるのならば事前に警告なりをすべきだろうがそれはしないしできない。
警告したところで信じてもらえるかどうかは解らないし、むしろ不審人物として拘束される可能性のほうが遥かに高い。
そして何よりそれでは意味が無いのだ。
王女が襲われてから、それもできればギリギリの、本当に命の危機に陥ってから助けなければありがたみがない。
おそらくその際には他に犠牲者も出ているだろうがそれは仕方の無い事と割り切るしかない。
「悪いが利用させてもらう……」
カイルは罪悪感を心の隅に追いやり王女がまだいるだろう孤児院の方をもう一度振り返りながら苦い呟きをした。
役半月ぶりの投稿です。
時間がかかった割りに短めで申しわけありません。
今回から第一章の、本で例えるなら一巻目の起承転結の転の部分に入ります。
これから怒涛の展開に……なればいいと思っております。
続きもなるべく早く書きますのでよろしくお願いいたします。
+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。
この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。