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第一章
第15話 契約の応用
 王都マラッドを出発して二日後の夕方、順調に行けば明日には目標のアーケンの街に着くだろうというところでカイル達は宿場町についた。
 アーケンを経由しての他国からの輸入品が通る大きな街道にあるにふさわしく、規模の大きい宿場町だ。
 宿場町らしく、いくつもの宿があったが警備の事も考えそのなかでも一番高級の宿をとっていた。

「ふう、いい湯だったわ」
 夜、とった二部屋のうちの女部屋に風呂に入ってきたリーゼが戻ってくる。

「野宿も慣れたけど、やっぱり寝るのはベッドのほうがいいわね」
「そうだな……」
 ウルザの、どこか上の空の返事がくる。

 ウルザは窓の側に長椅子を置き、くつろいだ姿で夜空の満月をみていた。

 精霊使い、特にエルフにとって月は縁深いもので、月の女神でエルフの守護神でもある精霊神ムーナの加護を最大に受けられるときだ。
 こうして満月の夜に月光浴をするのはエルフにとってはちょっとした楽しみでもあるのだ。

 その事を知っているリーゼは今は何言っても無駄ね、と思いベッドに横になった。
「じゃああたしは寝るから。ウルザもほどほどにね」
 明日も早いのだから、とリーゼは目をつぶる。すると寝つきのいいリーゼからはすぐに規則正しい寝息が聞こえてきた。

 その早さに軽く苦笑しながらもウルザは満月を見続けていた。
「……こんな時は普段は飲まない酒も少しは飲みたくなるな……」
 傍らに置いておいた杯の葡萄酒を少し飲むと、ほんのりと頬に朱がさしはじめる。

 やがて眠気がウルザを襲い始めるが、特に寒くも無かったのでこのまま眠るのもいいかと思い、ゆっくりと目を閉じる。



 ふう……精霊神ムーナよ……この旅に加護を…………



「ってしまったーー!忘れてたあ!」
「ウルザ、うるさあい」
 半分寝ているリーゼの声がかかる。
「あ、すまない……て、こうしてはいられん!」
 ウルザは部屋を飛び出し隣の部屋に駆け込む。
「カイル!」
 ノックもせず部屋に飛び込むが、二つのベッドはもぬけのからだった。
「く……セランはどうせ夜遊びだろうが……カイルはどこにいった?」
 剣のシルドニアもいないところを見るとまた鍛錬だろうと見当をつけ、外に探しに出た。



 その頃カイルは宿場町から少しはなれた人気の無い草原で大の字になって寝転がっていた。
 息は荒く、汗も大量にかいておりさきほどまで激しい、それも長時間の運動をしていたのが見て取れる。

 隣では訓練を見ていたシルドニアが感心したように言う。
「ふむ、たしか幻闘法じゃったか? 中々面白い。妾の時代にはなかった技術じゃが、失われたものも多いが新しく得たものもあるか……人間というのはやはりたくましいのう」
「所詮は模擬で実戦にはおよばないが……ゼロではないからな……続ける価値はある……」

 荒い息で答えるカイル。
 先ほどまで幻とはいえ百を超える魔獣と戦っていたのだから無理も無い。

「少しは体力も上がってきたが……やっぱりまだまだだな」

 段々と動きにキレもでてきているし思うように動けるようにはなってきたが、やはり基礎体力が不足しているのがわかった。
 まだ本格的な鍛錬を開始して一ヶ月とたっていないのだから無理もないと言える。
 魔法を組み合わせた新しい戦闘方法を編み出したいとは思っていたがまだ先になりそうだった。

「疲れた……早く戻って寝よう」
 無理やり身体を起こす。このまま横になっているとそのまま眠ってしまいそうだからだ。
「うむ、これ以上は負荷がかかりすぎるでな。休息もまた必要じゃ」
「しかし前の時も思ったけど、本当にいい剣だよな」
 まるで手に吸い付くかのようにも馴染む剣を見ながらカイルが感心する。
「当然じゃ。剣の妾はザーレスの魔法技術の結晶、人の手によって作られるものとしてはこれ以上のものはなかろう。まあ仮にもこの妾の依り代なのだから当然じゃろ?」
 えっへんとばかりに胸をはるシルドニア。
「切れ味もたいしたものだよな。他にもミスリルの剣は知っているがここまでのはなかった」
「いや、剣の妾の材質は正確にはミスリルではないぞ?」
「うん? じゃあ……」
 一体何だ? と聞こうとした瞬間乱入者が現れた。

「見つけたぞ!ここにいたか!」
 鬼気迫る表情で息を荒げたウルザがカイルに詰め寄ってきた。

「ど、どうした?」
「忘れたのか! 【契約の応用】だ! 満月の今しか出来ないのだぞ」
「……ああ、そういえば」
 すっかり忘れていた、と空の満月を見上げるカイル。

「お前から言い出した事だろうが!」
「……来月にしないか? 俺疲れて眠いのだけど」
 早く寝たいとカイルが本当に眠そうに言う。

「私の真名がかかっていることなんだぞ! 面倒くさそうに言うな!」
「そっちも忘れていたようなのだが……」
「う、うるさい! とにかく今すぐ準備をするから待ってろ!」

 シルドニアは「何か面倒くさそうじゃの」と言うと二人を残してさっさと宿に戻っていった。



(それにしてもまさか私が人間相手にこの儀式を行うことになろうとは……)
 地面に精霊語で書かれた魔法陣を書きながらウルザは改めて『何でこうなった?』と考えていた。

 この【契約の応用】は相手に絶対の約束を守らせることが出来るのだが、同時に自分の真名を知られる為に滅多なことでは出来ない。
 だが例外として相手に知られてもいい場合、知られても良い関係になる場合に儀式的な意味合いで使われることがある。
 それは真名を差し出し、相手は生涯の愛を誓い一生添い遂げるというもの、つまり結婚の時におこなわれ、この【契約の応用】は結婚式とほぼ同じ意味を持っていた。
 その為かエルフの年頃の娘たちはこの【契約の応用】を結構ロマンチックにとらえていた。
 そしてウルザも幼き頃この話を聞いたとき、遠い未来この儀式をする相手の事を想像して赤面したものだ。

(なのに……仕方ないとはいえ、会って半月の男とするなんて……)
 それこそ半月前までは夢にも思っていなかったことだ。

 だが成り行きとはいえカイル達に同行することになったが現状にはそれほど不満は無かった。
 元々見聞を広めるという当ての無い旅だったし、同行者にも問題ない。

 リーゼはいい娘だ。
 年齢も性格も種族もまるで接点の無い者どうしだが結構話はあう。
 最近ではそれらを越えた友情も感じ始めている。

 人……と言っていいかどうかは解らないがシルドニアとも話していて楽しい。
 もともと知的好奇心の強いウルザは時折色々なことを聞いてみるのだが、その際彼女は故郷の長老達ですらかなわない深い知性を見せてくれた。
 それでいながら、外見同様の普通の童女のような無邪気さを併せ持つ彼女を、苦笑とともに微笑ましくも見ていた。

 セランは……まあ離れて見ている分には面白かった。

 そしてカイル……これがある意味一番問題だった。
 時々、まるで長年の付き合いがあるかのように接してくる時がある。
 だがそれを馴れ馴れしいとは思えず、こういう言い方も変だがまるで自分の扱いに慣れているかのようで、コントロールされそれに流されていると言う自覚もあった。
 そして何よりも気になるのはあの眼差しだった。
 普段は普通に接しているのだが、時折こちらをじっと見ている時があり、目が合うと何事も無かったかのように視線をそらす。
 自分の容姿が目立つものと言う自覚はあり、特に旅を始めてからは街で人間の男に欲望の目でさらされることがあった。
 もちろんいい気分では無かったが、そんなモノだと割り切り無視をしていたのだがカイルのそれは根本から違っていた。
 両親とも似ているようで違う、何というか深いところで見守っているというか、あの目で見られるとどこまでも心が見透かされるような、落ち着かない、しかし悪くない気分になってくる。

 とにかくこうまで心乱されるのは初めての経験だった。

(…………やめよう、今は【契約の応用】に集中せねば)
 考えれば考えるほど深みにはまっていく気がしたので、ウルザはとりあえず考えを保留した。



 ようやく魔法陣を書き終えた後、ウルザが待っていたカイルに話しかける
「よし、準備が終わった。カイル、ここに立て……って寝てるな! 起きろ」
「え?……ああ、すまないついうとうとと……しかし随分時間がかかったな? もっと簡単にできると思ったんだが」
「【契約】はそんな簡単な物ではない! いいからそこに立て、はじめるぞ!」 

 満月の明かりの中儀式が始まる。
 ほのかな青い満月の明かりに照らされ、目をつぶり精霊語を唱えるウルザは神秘的な美しさをよりいっそう際立たせていた。
 そのウルザを見つめながらここら辺は前回と一緒だな、とカイルは思っていた。
 カイルがこの【契約の応用】を知ったのはついこの間のこと、要するに実際にした事があるのだ。

 あの決戦の前夜、ウルザが最後になるかもしれないからとこの儀式の事を話し、カイルはそれを承諾した。
 あの時のウルザは上位精霊と複数も契約できるほどで、大精霊使いといってもよかったので今のように満月をまたなくともよかったし、このような魔法陣も必要なかった。
 そしてその時に誓った内容は、生きて帰ってこれたら共に生きていこうというもの。
 事実上の結婚の誓いでもあった。

 だがその誓いは結局果たされることは無かった。

 カイルを庇い、彼女は目の前で消えていった。最後に儚げな笑顔だけを残して。
 あの光景は決して忘れることはできなかった。



 やがて柔らかく、暖かい光が魔法陣からのぼり二人を包み込み始める。
 すると軽くだが意識が朦朧としてくる。
 貧血にも似た症状だが不快感は無く、むしろ心地よい浮遊感、虚脱感が全身を覆う。
 前回の時も同じような症状になったことをカイルは思い出す。

 それはウルザも同じようでどこか焦点のあってない目でカイルを見ている。
 そしてどこか熱に浮かされたように語りだす。
「……偉大なる月の精霊神ムーナの名の許、我ウルザ・エクセスが汝に銘ずる……我が真名の他言、悪用を禁ずる……誓うか?」
「誓う」
 ウルザの問いかけにカイルは即答した。前回と同じように。

 すると魔方陣からからの光がひときわ強くなり月に向かって柱のように立ち上ったかと思うと、光の粒子となってはじけとんだ。
 そして周りに光り輝く粉雪のようになって舞い降りる、幻想的な光景だった。

 ウルザがふう、と軽くため息をつき顔を上げると目の前にカイルの顔があった。

「あ……」
 またあの眼で見つめられていると思ったあと、抵抗も何かを言う間も無くウルザの口がカイルの口でふさがれる。

 ウルザは一瞬だけ、ほんの一瞬だけ身を任せてしまいそうになるがすぐに我を取り戻す。

「なななな何をするか! 貴様~~~!?」
 ウルザの絶叫に、カイルも我に返る。
「え? ……あ! いや、その……だって最後は契約の口付けだって……え? 違うの?」
 前回のときはそれこそウルザから催促されたものだった。

「そ、それは結婚の儀式の時にする最後のおまけみたいなものだ! 契約自体はお前が誓った時点で終わっている!!」
「ああ……なるほど、つまりこれは不幸な事故と言うやつだな?」
 カイルからしてみればこの間まで日常的にしてた行為だから自然としてしまったのだが、当然ながらウルザが納得するはずもなかった。

「……ついでだ、魔法陣もあるし精霊石も手に入ったことだ、新たな精霊と【契約】をしてしまおう」
「ほう」
「契約相手はサラマンダー。火の精霊は強暴だが今の私なら制御できるはず……そして一番初めの命令は目の前の性犯罪者を焼き尽くせ、だな」
「おいい!?」
「は、初めてだったんだぞ! 息の根を止められないだけありがたいと思え!」
「焼き尽くされたら息の根も止まるだろうが!」

 その日の深夜、宿場町からは郊外から立ち上る火と男の悲鳴が聞こえてきたため、しばらく怪奇現象として語られることとなった。



「なんで三人とも眠そうなのよ」
 翌日の朝、宿を出て街道を歩く中一人だけ十分に睡眠をとったリーゼが眠そうなカイル達に話しかける。

「いや、ちょっとした不幸な事故が……」
「やかましい! 貴様が言うな!」
 カイルに対しいまだに怒りが収まらないウルザが声を荒げる。

「あとカイルから少し焦げ臭い匂いがするのは何故?」
「それも不幸な行き違いと言うか……いや何でもない」
 ウルザのにらみで押し黙るカイル。

「あ、ちなみに俺が眠い理由はだな……」
「セランには聞いてないわよ」
「さいですか……」

「ところで……【契約の応用】は終わったわけだがこの後も一緒に来てくれるということでいいのかな?」
 カイルの問いかけにウルザは一瞬言葉に詰まるがしかめっ面になりつつも答える。
「し、仕方ないだろ。大体カイルが何故私の真名を知ったかは解ってないのだ。そんなお前を放っておけるはずないだろ!」
「そうか……それじゃあ確かに仕方ないよな」
 少しだけ嬉しそうな様子のカイルにウルザは何か言いたそうになったが
「ふん!」と顔を背け、足音も荒く、少し前を歩くリーゼの横につく。

 ウルザとまだ一緒にいられる。これはカイルにとって純粋にうれしい事だった。

 カイルがあの偶然の再会のあと、ウルザを旅の仲間にした理由は精霊魔法が役に立つから、戦力になるから……色々理由はつけられるが要は一緒にいたかったのだ。
 あの魔族との戦いの日々、死と隣り合わせの毎日で神経を、人間性そのものをすり減らしていくような中で、それでもカイルが絶望しなかったのは、ウルザがいてくれたからだ。
 恋人同士と言えたのはそれこそ最後の決戦の前の一月もなかったがウルザの存在がカイルにとって唯一の安らぎだった。

 あの魔王との最後の戦いでもしウルザも生き残ってくれていたらあの誓いどおりウルザの為に生き、生涯を共にしていただろう。
 本当に彼女を心から愛していた。

 もしウルザとの再会があと一年も二年も先だったらある程度気持ちの整理も出来ていたかもしれない。
 彼女が生きているというだけで満足できたかもしれないが、数日もしないうちに思いがけない再会をしてしまった。

 そして改めて確信した、彼女を今も心から愛していると。



(だけど……)
 そこまで考えた後カイルはウルザの隣を歩くリーゼに視線を移す。

 もしあの大侵攻が起こらなかったら自分はリーゼと結婚していただろう。
 実際ちょっと結婚らしき話は出ていた。
 結婚して、子供が出来て……あのリマーゼの街で平凡な、それでいて幸せな一生をすごしていただろう。
 リーゼを失った後、何度も空想した儚い夢物語のようなもの……それが、今は手の届くところにあった。



(我ながら不誠実というのはわかっているが……)
 正直言って二人とも同じくらい好きなのだ。

 だが言い訳をさせてもらえるならばこの状況が、誰も体験した事のないだろうこの特殊な状況が原因だと言いたい。

 二人の女性と結婚を、生涯を共にしようとしていたが二人とも目の前で死に別れた。
 そしてその二人とほぼ同時に再会し今共にいる。
 こんな経験をしている人間が他にいるなら是非会いたい。そしてアドバイスしてほしいくらいだった。



「……よし!」
 しばらく考えた後決意を込めたかのように拳を握り締めて言う。
「俺にはあの『大侵攻』に備えると言う使命があるんだ! 世界の運命がかかっていると言うのにこんな事で心を乱されている場合じゃない! 個人的なことは後回しだ!」

 世界を救うという大義名分のもと先送りと言うある意味最低の結論をだすと、カイルは再び力強く歩き始めた。



「何かあいつら様子が変だよな?」
「これが青春というやつじゃ」
 実は剣の本体から昨夜の様子は全部見ていたシルドニアが、首を捻っているセランにうんうんと訳知り顔でうなずいていた。

ウルザは男にまったく免疫がありませんが惚れっぽいという訳ではありません。
ただカイルがウルザの事をよく知っているというだけです。
恋愛ゲームで言うなら最善の選択肢を全部知っているようなもので、好感度は上げようと思えばうなぎ上りでいけます。



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