カイル達は買い物の後、昼食を終えて宿をとっていた。
宿、と言うよりそこはホテルといった規模で外国から来た貴族も泊まる由緒正しい立派なものだった。
「しっかし派手に買い物したな。これ大分目立つんじゃないのか?」
とった二部屋の一つに皆であつまり、本日の戦利品を見ながらセランが言った。
なにせ総額一千万ガドル相当の買い物だ、よからぬ噂でもたつのでないかという意味だろう。
「あそこは貴族も利用するようなところだ、顧客の情報を漏らすような真似はそうそうしない」
客商売にとってそういった信用とは生命線だ。どんな客が何を買ったかを喋るなど論外だ。
「まあとはいえこういった話はどこからかこぼれ出るものだが、少しは時間がかかるだろうしすぐには広まらない。明日の朝にはここを発つんだ、一日ぐらいなら問題ない」
それにここで泊まるかぎり警備は問題ない、と付け加える。
「そうか……てなにい!? せっかくの王都なのに一泊しかしないのかよ?」
「ああ、ここでの用事は買い物だったからな。次の目的地は……」
「じゃあこうしちゃいられない! ちょっと出てくるわ!」
セランはそう言うと飛び出していった。
「じゃああたしも少し見て回ってくるよ。初めての王都だもん、少しは楽しみたいわ」
リーゼも立ち上がり出かけようとするとウルザが同行を申し出る。
「私も一緒に行こう。以前来たことがあるからな、多少の案内くらいなら出来る」
「ありがとう、お願いねウルザ」
「あの二人妙に仲良くなったな……」
連れ立って出て行ったリーゼとウルザを見てちょっと複雑そうな顔をするカイル。
「なら妾もちょっと買い食い、もとい買い物にでも……さあ行くぞ」
シルドニアも出かけようとするがカイルがとめる。
「おいちょっと待て。俺もお前に聞きたいこともあるし、色々と相談したいこともあるのだが」
ここまでの旅路では二人だけになるタイミングがなかったのだが
「あ……いやいや忘れておったわけではないし食い気に気をとられていたわけではないぞ、うん」
シルドニアが座りなおし向き合うがちょっと外に未練があったのをカイルは見逃さなかった。
「まず確認したかったのは……本当に未来を変えるというのは出来るのか、と言う事だ」
これが一番気にかかっていたことだ。
今自分はあの未来を変えるために行動をしているが、これから起こる事が不変なものだとしたらまったく意味の無い事になってしまう。
「変える、というのも少々表現が変じゃな。前提として未来というものは一切決まっておらぬ故にいくらでも自由になる」
「決まってないって……あれは実際に起こったことなんだぞ?」
「それが間違いじゃ。お主は時を遡ったのと同時に新しい世界に来たのじゃ。この世界ではまだ何も起こっておらぬし決まってもいない」
妾の本体が立てた仮説じゃがと前置きをしシルドニアが説明する。
「時の流れとは一つではなく無数に枝分かれする樹の枝のようなものでもあり、お前の魂はその枝から枝へ渡り移ったのじゃ。言葉遊びやも知れないが正確に言うならお主が過去に来たのではない。この世界にこれからの記憶と経験を持つお主の魂が来たのだ」
その証明の一つとして、とシルドニアはカイルの持つ『神竜の心臓』を示す。
「その『神竜の心臓』は触媒として使われたためお主の魂と共にこの世界に来た。本来二つとない唯一のものだが今は二つ存在しておる。それと元々この世界にあった、おそらく魔族領にあるもの……同じものが二つあるという時点ですでに矛盾しており、もはやこの世界はお前の知る世界とは似ているようでまったく違うと思ってよいぞ」
「わかるようなわからないような……じゃあもしかしたらこの世界では俺の知っている事と別な事が起きるのか?」
「いや、あくまで枝分かれで幹は一緒……お主という異分子が来た時点でそれまでとは違う枝に分かれたのじゃが、お主や妾達が関わらなかった場合、ほぼ間違いなくお主の知っている通りの事が起こる。全ての事象はそれまでの積み重ねた結果によって起こるもので、お主がこの世界に現れるまでに起こった積み重ねはまったくの同一。故に……起こるじゃろうな『大侵攻』とやらも……」
「そうか……」
違う世界というならもしや、という淡い期待もあったのだがそう甘くは無いようだ。
「……だけど、準備はできるし対抗もできるんだよな?」
「現にこうして妾がこの事を知っておるのじゃ。これだけでもお主の経験とは違っているはず、自分で出来ることはいくらでも思い通りにできると言うことじゃ」
「それが聞ければ充分だ」
自分のしていること、しようとしている事は決して無意味ではない、それが解っただけでも良かった。
「実際お主のしようとしている事、その『大侵攻』の前に人族の協力体制を整える為に名声を高め発言力を得る……これは妙案じゃとは思うぞ。ただ困難は多いがな」
「なに色々切り札はあるし、伝説の『魔法王』もついてるんだ、それほど無茶でもないだろう?」
カイルの言葉にシルドニアはにやりと不敵な笑みを浮かべた。
「さて、次にお主の魔力の増加についてじゃが、これについても推論はたっておる」
「ああ、それも聞きたかった」
カイルが身を乗り出す。何せ自分の身体の事なのに何もわからなかった事なのだ。
「これを説明するにはそもそも魔力とは何かになるが、魔力が魂を構成する一部であり切り離せぬものであるという前提はよいな?」
「ああ」
「では……禁呪の中の禁呪として【フュージョン】という融合魔法があるのを知っているか?」
「いや、聞いたこともないな」
魔法に関してはそれなりの知識を持つカイルであるがまったく聞いたことも無い未知の魔法だ。
「ふむ、うまく歴史にうずもれたようじゃな。何せ妾の本体があまりに危険ゆえ封じたのじゃから」
「……どんな魔法なんだ?」
「簡単に言えば魂を融合、吸収することにより魔力の大幅な増加を可能にする邪法じゃ」
魔力の強化はザーレスでも盛んに研究され、訓練等で後天的に増やす方法も色々と考え出されたが結局のところ魔力の強さは先天的な生まれながらの魂の質に左右される事が大きかった。
そこで魂そのものを強化する方法として考え出されたのが魂の融合魔法だ。
だが魂とは命でありその人物そのもの、そして同じ人間が一人としていないように魂もまったく別のものになる。
「他の魂と融合させるというのはビールに溶けたチョコレートを足してかさを増そうとするようなもの。そんな事をすれば記憶や人格が入り混じった人間の出来上がりじゃ。普通の人間の精神で耐え切れるはずも無く発狂してしまうじゃろ」
「まったく意味が無いな、それは」
強化のためとはいえ廃人になっては元も子もない。
「そしてこういった影響を最も少なくするには己をまだ持たぬ、無垢な魂を利用する事になる」
「まさか……」
「うむ生まれたばかりの赤子じゃな」
「最悪だな」
カイルが片手で顔を覆う。
魔力強化のために赤ん坊の魂を吸収する、まさに禁断の魔法だ。
「とはいえじゃ、例え生まれたばかりの赤子とて一人の人族。融合、吸収すればそれ相応に魂に影響が出るし、そのような外道な真似もまともな人間なら出来るはずもない。そこである仮定をたてたのじゃ。まったく同じ魂ならそんな問題はおこらない……と」
だが同じ魂など存在しない、存在しないなら作ればいいということになりザーレスでは人造魂の研究がおこなわれたのだ。
「魂を作る……今思えばまさに神をも恐れぬ所業であったのう」
何という傲慢、と苦笑をするシルドニアだが当時のザーレスでは人はいずれ神を超える、そう信じて疑わない者が大半だった。
「まあとにかく自分と同じ魂を作るという研究はことごとく失敗に終わり、この魔法はあまりに危険ということで封じられた……さて、さっきも言ったようにこの世界に来たのは『神竜の心臓』とお主の魂。そして『神竜の心臓』はこの世界のどこかにもう一つある。ではこの世界にいたカイル・レナードという人物の魂はどうなったと思う?」
「どうなったって……もしかして!?」
「そうじゃ、そこにおる」
シルドニアはカイルの胸を指差した。
「ああ、勘違いはするでない。今こうして妾と話しているお主もまたこの世界に初めからいたカイル・レナードでもあるぞ」
「ちょっと待ってくれ……さすがに混乱してきた」
カイルが頭をかかえ唸る。
「そう難しく考えることは無い。さっき言った融合が当人も気づかぬうちに起こっていたと言う事じゃ」
それも完璧な形でな、と付け加える。
「こちらに来たカイルの方が意思の強さは上じゃったろうからそちらの方が強く出ているだろうが、十六まで過ごした記憶も経験もまったく同一で人格や精神も同じ。つまりまるで無色透明の水同士で足しあったのごとくに問題なく合わさり、魂そのものが倍増したというところじゃな。それも本人のまったく気づかぬうちにな」
「俺の魂にそんな事が……」
だがそう言われると何となくだが納得できる部分もある。
故郷が滅んで以来戦い続け、殺し続ける日々。精神が荒んでやさぐれていく自覚はあった。
それが和らぎ昔の、丁度この頃ののんきな性格が戻りつつあるような気がしてはいた。
二度と会えないはずのリーゼ達と再開し、故郷での生活のせいと思っていたがおそらく魂の融合の影響もあったのだろう。
「……まあ精神的に余裕というかゆとりができたのは良しとしておこう」
気楽に言うが、これも以前の楽観的な性格のせいかなと苦笑した。
「とにかくお主の魂は強化され魔力も跳ね上がっておる。今はまだ完全につかいこなせておらぬようだが、おそらくいずれは特級魔法クラスでも扱えるようになるじゃろうな」
「特級魔法をか」
カイルが思わず身を乗り出す。
天変地異をおこすといわれる特級魔法、使えるものは残らず歴史に名を残してきた。
「もしかすると……『魔法王』が使っていたあの攻撃魔法も使えるのか?」
「うむ、妾の本体が得意としており、本体以外使える者がおらなんだあの特級攻撃魔法も……不可能ではあるまい」
シルドニア・ザーレスには色々な伝説があるが、その中の一つに一人で千の魔族の軍を滅ぼしたというものがある。
それを可能にする攻撃魔法があり、彼女が亡くなってから千年以上使い手が消えたままの伝説の魔法だ。
「俺があれを……」
「まあそれもあくまで将来的な話。見たところ完全な魂の融合にはまだ時間がかかるようじゃし使いこなせるかどうかは話が別。それこそ年単位の時間がかかるじゃろうて」
「そうか、だが良い情報だったよ。もっと強くなれるというならな……ところで他に俺の身体に変化はないのか? それに悪影響はあるのか?」
「さてのう……何分前例が無い事じゃ。推測ならばいくらでも言うことはできるが、良い事ならばともかくそんなあやふやな悪い情報など聞きたいか?」
「……いや、やめとく」
「それが賢明じゃ。なにせすさまじく確率は低いがお主の魂が変質し、違う位階の生命になるということも可能性としては……」
「だから言わないでいい!」
「まあ何か異常があったら遠慮なく言え。相談にはのってやろう、解決できるかはわからぬが」
からからと笑いながらシルドニアが言う。
それからもしばらく話し合い、日もそろそろ暮れかけてきた頃シルドニアが話を切り上げた。
「さて、今日の話はこれで終わりじゃ。妾達もでかけようぞ」
この時間帯からの屋台も美味かろう、と嬉しそうに言う。
やれやれと思いつつもカイルが出かける準備をしているとセランが乱暴に扉をあけ戻ってきた。
「どうした? 何やら機嫌が悪そうだが」
「くそ! 都会の女は解放的というのはやはり嘘か! 手当たりしだい声をかけてもまるでひっかからない。どいつもこいつも死んだ魚のような目をしているくせに! 心が腐ってやがるな、あれは」
どうやらナンパに失敗したようだった。
「間違いなく一番腐っているのはお前の心だと思うが。しかし今日は諦めが早いな、いつもはもっと粘着質というか諦めが悪いだろ?」
「衛兵呼ばれそうになった。さすが王都だな無駄に治安がいいこと。やっぱり都会の女は薄汚れていてダメだな。俺にはもっと心の清らかな女性が似合う」
「そういう態度改めんかぎりどうしようもないと言うことに早く気づけ」
そこでセランがはっと気づいたような顔になり、真剣な顔で考え始める。
「いや、待てよ、せっかく金はあるんだ。金で頬を叩くやり方で行けば……」
「最低なことを真面目な顔で言っておるのう」
「よし! というわけで小遣いくれ!」
セランがカイルに手を差し出す。
「……無駄遣いするなよ」
それこそ無駄と思いつつも、一応の忠告をしながらザーレス金貨を何枚か渡す。
「安心しろ! 俺なら大丈夫だ! さて夜の街が俺を待ってるぜーーーー!」
根拠の無い自信をみなぎらせ、セランは走り出した。
「欲望のおもむくままに生きておるのう……まあ、ああいうのが思いのほか長生きするものじゃ」
シルドニアがセランの背中を見送りつつ、しみじみと言った。
「ま、いい経験にはなるだろう」
翌日の朝カイル達の部屋に出発の準備を終えたリーゼとウルザがやってきた。
「うん、やっぱり王都って凄いわね。昨日は楽しかったわ」
色々と珍しいものが見れたのだろう、上機嫌でリーゼが言う。
「一人で見て周るより、二人で見ると中々新鮮だったな……ところで」
ウルザがベッドの方を見る。
「あれはなんだ?」
ベッドの上で丸まりこちらに背を向けている嫌でも目に入るセランを指差す。
「うむ、何でも病気の母親がいるという娘の身の上話に騙されて金を取られたり、愛想よくしてくれた娘の家に行ったら美人局にあったりと……一晩で四五回騙されてちょっとした人間不信になったようじゃ」
お茶を飲みつつシルドニアが説明する。
「あれもいい勉強になったはずだ……さて、あれはどうでもいいからこれからの事を話そう。次に向かうのはアーケンの街だ」
アーケンは東にある国境沿いの街で貿易で栄えているジルグス国内でも大きな街だ。
「正直に言えばこれからの行動に明確な指針は無い。その理由だが……実はシルドニアにはちょっとした予知の能力があるそうなんだ」
「へ?……ああ! うむ、そうじゃ、そうじゃった。妾にはそういう能力があった……いやあるのじゃ、うむ」
昨日の話し合いで決まった設定を思い出しあわてて肯定するシルドニア。
「何か反応が……」
「気のせいだ……それで予知と言ってもよく当たる占星術を強化したくらいらしいが、あの伝説の『魔法王』の言うことだ。信憑性はあると俺は思う」
いかにももっともらしくでっち上げを言うカイル。
「俺の目的を話し、予知してもらった結果この街に行った方が良いらしい。俺はそれを信じてみようと思うんだ」
どうだ? と二人に尋ねる。
「う~ん、あたしは初めからカイルについていくつもりだったから特にないけど」
「……私も元々当てのある旅ではなかったから別に目的地はどこでもいいが」
リーゼとウルザは特に反対はなく、セランはこちらに背を向けたままだが手をひらひらとふる。
一応聞いてはいたらしく問題なさそうだ。
「ではアーケンの街に出発だ」
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