カイルの家の応接間。
リーゼが淹れてくれたお茶を飲みながら三人が席についていた。
ウルザは油断なく二人を警戒しつつ、お茶にも口をつけようとしないが、それでも多少は落ち着いたようだ。
なにせ目が覚めたとき目の前では見回りらしき兵から説教を受けるリーゼと何故かボロボロのカイルという訳のわからない光景だったためか、怒気が削がれたのだ。
そのまま二人に導かれるままここにやってきたのだ。
「だってあたしからしたらいきなり組み付いて、眠らせて押し倒そうとしたとしか見えないじゃない」
「だからそれは誤解だと言っているだろ……」
「…………話をはじめていいか?」
目の前で小声で話してる二人にウルザは静かに、しかし力を込めて話しかけた。
「えっとその……はじめまして、俺の名はカイルという。あなたの名前はウルザさんでよろしいかな?」
「今更それが通じると思っているのか! さあ言え、何故私の真名を知っている?」
多少落ち着いたとはいえ下手な事を言えば斬りつけると言わんばかりの態度だ。
だがカイルは彼女の怒りは当然だと思っているし、事情を知る者なら当然だと同意するだろう
真名とはエルフのような精霊魔法の使い手が持つ普段使っている名前とは別の、魔法的な意味を持つ名前だ。
精霊魔法の使い手はこの真名を使って精霊と【契約】し、その力を借りて精霊魔法を使うことが出来るようになるという無くてはならないものだ。
この真名は本当に親しい者、名づけた親以外には伴侶か子供ぐらいにしか知られてはならず、実際この真名を悪用されると命に関わりかねない。
真名は魂と直結しているので精神に影響を及ぼす魔法、例えばカイルが使ったような誘眠の魔法に組み込まれると抵抗できなくなってしまう。
もし【チャーム】魅了の魔法でもかけられればそれこそ絶対服従してしまうだろうし、呪術と言われる呪いをかける魔法も簡単にかかってしまう。
ウルザからしてみればカイルに命を握られているようなものだった。
「私の真名は両親と私以外知る者はいない。どこでどうやって知った!」
いやお前から聞いたんだよ、とカイルが心の中で言う。
大事なものを失った同士、互いに背中を預けて戦う中でしだいに絆が深まっていった。
あの最後の戦い、魔王城に乗り込む日の前夜にカイルの寝室にやってきた。
『私の真名はエクセス……二人きりの時はその名で呼んでくれ……これからもずっと、そばで……』
カイルにしがみつく様に全身を預けながらウルザは言った。
(可愛かったよなあ、あの時のウルザ……)
涙目で、けど必死に自分にすがり付いてくる彼女を思い出す。
「何にやけてるのよ……」
我に返るとぶすっとしたリーゼが半眼になって睨んでいた。
咳払いをして姿勢をただし、真正面からウルザの目を見据えカイルは言った。
「すまない、どうしても言えないんだ。ただこれを知っているのは俺だけで、他に知っている奴もいないし知る方法は絶対に無い、そこら辺は安心してくれ」
これは同時にリーゼにも言っている。
リーゼも何か言いたそうになったがカイルの顔を見て軽くため息をついて黙った。
「ふざけるな! それを信用できるとでも思っているのか?」
当然ながらウルザの方は納得でできるはずもない。
「この件で嘘をつくのは簡単だし、もっともらしい事はいくらでも言える……だがそれでは意味がない」
(まあ正直急な出会いと我ながらとんでもない失敗だったからな……良い言い訳が思いつかん)
それにもし正直に言ったらどうなるだろうか?
『四年後私とあなたは相思相愛で真名はあなたから教えてくれました。あ、証拠としては貴女のお尻にあるハートっぽいアザとか、男で知ってるの私だけだそうですし……あ、後は左耳の裏がものすごく弱いとか、他にも色々…』
などと言った日には間違いなくこの場で刺され、魔法でズタズタにされるだろう。
「それに俺は嘘は嫌いでね……だから『言えない』だ。不安だろうウルザには心から申し訳ないと思うが」
隣では何言ってんだこいつは、という顔でリーゼがカイルを見るがそれは無視する。
これはウルザにはこういう真正面からの説得方が有効だということを知っているのと『嘘つきは嫌いだ!』と公言していたことをふまえての事だ。
「それに本当の事を言っても信じてもらえるかどうか……例え真偽判定の魔法を使っても完全に証明はできないだろ?」
真偽判定の魔法とは文字通り相手が嘘を言ってるかどうかがわかる魔法だが信頼度は必ずしも高いものではない。
世の常と言うべきかそういう便利な魔法に対抗するための手段は常に研究されており、特に軍や犯罪組織などではさかんだ。
また、どんな妄想でも本人が心から信じていればそれは真実と判断されてしまう。
その為か司法の場でも決定的な証拠にはならず参考の一つというぐらいの信頼度だった。
カイルの予想通りほんの少しだけ態度を軟化させたウルザが言う。
「……だがどちらにしろそれだけで安心できるはずが無い。本来なら貴様を殺してでも口を封じなければならないんだぞ?」
「ちょっと!?」
殺すという言葉にさすがにリーゼが顔色を変え、思わずウルザとカイルの間に割って入ろうとしたがカイルに止められた。
「分かっている、ウルザの様な精霊使いにとって真名がどれほど大事かはな。だがさすがに殺されてやるわけにもいかない……そこでだ、代わりと言っては何だが俺が悪用しないと【契約の応用】を使うというのはどうだ?」
「【契約の応用】!……貴様本気か?」
ウルザが目を見開いて驚く。
【契約】とは言わば精霊使いがこちらが真名を差し出し力を借りる、精霊とする取引のようなもので【契約の応用】は精霊ではなく人族相手にして、力を借りるではなく他の条件をつけるというものだ。
ただこの【契約の応用】をするためには相手に真名を知られる事になり滅多なことでは出来ないのだが、この場合すでに知られているので問題は無い。
「……よく【契約の応用】を知っていたな。エルフや精霊魔法を使う者ぐらいしか知らないことだぞ」
「条件はこうだ『ウルザの真名を他言しない。悪用しない』、これでどうだ?」
「それを破ったとき自分がどうなるかわかっているのだろうな?」
「ああ、俺は死ぬ」
【契約】は精霊神の力を借りるもの、反故は死となる。これを何でもないことのようにカイルは言った。
「……本当にわかっているのか?私から【契約の応用】をかける以上細工をすることもできるんだぞ?それこそお前の命をわざと奪うような……」
「それは心配してない。ウルザはそんなことするような性格ではない」
「何故会ったばかりのお前に断言されねばならない……」
「それにもし本当にそんな事するつもりなら事前にこんな忠告するはずが無いだろ?」
「……ふん!」
面白くなさそうにウルザが顔をそらす。
「わかった、私も命がかかっているんだ。遠慮するつもりはないぞ」
「ああ、かまわない……何故知っていたかについても話せる時がきたら必ず話すと約束する」
「とはいえすぐには無理だな……今の私でも満月以外で人間と【契約の応用】は無理だ」
【契約】には精霊神であり、エルフ達の守護神と言われる月神ムーナの力が必要となり、それには月の満ち欠けが大きく関係する。
「次の満月は……たしか半月ほど先だったな」
それまでこの街で足止めか……とウルザが言った後、カイルがあまりすまないとは思えない感じで言う。
「あ、すまない実は俺、明日か明後日にもこの街旅立つ予定なんだ」
「何……だと?」
翌々日の早朝カイルの自宅前。
「それじゃあねカイルちゃん、お魚やお肉ばかりじゃなくてお野菜も食べるのよ」
「ああ、わかったから……」
旅支度を終えたカイルがセライアに泣きつかれていた。
「大丈夫、あたしがついてるから」
カイルと同じように旅支度をしたリーゼが任せて、と言わんばかりに自分の胸を叩く。
「うんうん、リーゼちゃん。カイルちゃんをよろしくね」
セライアがハンカチで涙を拭きながら言った。
先ほどから繰り返されるこの光景に疲れてきたカイルが切り上げて出発しようとする。
「じゃあもう行くから」
「たまには戻ってくるのよ。元気でね」
鼻をかみながらセライアが手を振る。
「頑張るんだぞカイル……そして仲間を大切にな」
「ああ、わかってるよ、おや……って親父いたのかよ?」
カイルの父ロエールがセライアの横に立っていたのに今気がついた。
「一昨日帰ってきて昨日一日家にいたんだが」
「き、気づかなかった……」
そういやリーゼがいないのに食事の準備がしてあったような……とカイルが思い出していた。
「あなた……やっぱりこの子が旅なんてまだ早いんじゃ……」
「心配するのはわかるけど大丈夫だよ。何といっても僕と君の子供なんだから……」
「うん……そうよね、私とあなたの子供なんですもの。私達が信じてあげなくてどうするのかしらね……ごめんなさい、あなた」
「いや、解ってくれればいいんだ……セライア」
「じゃ行くから、二人も元気で」
段々二人の世界を作り始めた両親にさっさと別れを告げる。両親のラブシーンほどこの世で見たくないものもない。
「行って来まーす」
カイルの横でリーゼが大きく手を振った。
「それでお前のほうはいいのか?」
「うん、ちゃんと叔母さん達には挨拶してきたし、父さんと母さんのお墓にも報告してきた」
「旅の準備は?」
「それも大丈夫。一ヶ月山篭りした時の準備に比べれば楽なものよ」
「そういやそんな事もしてたな……だが俺としてはやはりお前には残って欲しいんだがな」
「もう何言っても無駄よ。ついていくって決めたんだから」
満面の笑みで言うリーゼに、これはもう絶対に何を言っても無駄だなとカイルはため息をついて諦めた。
待ち合わせの場所に行くとセランとウルザが待っていた。
「いやあ、貴女のような美しい人が仲間になってくれるなんて!」
「私はただの監視だ! 仲間になどなった覚えは無い! というか何でなし崩しで私もついていくことに……」
「カイルと男二人顔つき合わせて旅なんて気が滅入って仕方なかったんですよ。リーゼじゃ癒しになんないし」
「人の話を聞かない男だな……」
ウルザが頭痛がしてきたようにこめかみを揉む。
「そいつはあまり気にしないでいいよ」
「むしろいない者と思ったほうがいい」
リーゼとカイルが慣れた様に言う。
「師匠は何て言ってた?」
「あん? いつも通りだったよ。むしろ『何でまだいるんださっさと行け』と言われた」
師匠らしいなと苦笑する。
「じゃあ三人とも出発するぞ」
カイルが声をかけるとセランとリーゼは元気に返事をしたが、ウルザだけは何日かくらいはゆっくりしたかったのにと文句を言っていた。
「あれ? 東門はこっちだよ?」
歩き出したカイルにリーゼが言う。
最初に行くと言っていた首都マラッドはリマーゼの街から東にあるが、カイルが歩いて行こうとしたのは北門の方向だ。
「いやこっちでいいんだ。最初の目的地を変更する。初めに王都に行こうと思ったのは必要なものがあったのと、それを買うための金が必要だったからな。それが必用無くなったんだ」
「買いたいものってなんだ?」
「ちょっと高価な魔道具でな……三万ガドルくらいはかかるはずだった」
ガドルとは貨幣の単位で、一ガドルあれば屋台での一回の食事が、一万ガドルあれば一人が最低でも一年間暮らせるぐらいにはなる。
現在四人の所持金は合わせても一万に届かないだろう。
「三万か、そりゃ大金だな。どうやって稼ぐつもりだったんだ?」
まともに稼いだのではおそらくかなりの時間がかかる。
「危険な手を使う気は無い。全うな手段としてとして剣闘士になって自分に賭けて増やしていくという方法を使うつもりだった」
「まっとうなのか? それは?……でもお前剣闘士は敵を作りやすいって言ってたじゃないか」
「別にそれで有名になる必要は無いからな。あくまで手っ取り早い最初の軍資金目当てだったから……まあその場合セランには是非ハンデ戦に出てもらいたかったが」
「ハンデ戦?」
「ああ、手足を縛ったり目隠ししたりで魔獣数十匹と戦うらしい」
「それって処刑っていわないか? おい」
「賞金がすごいらしいぞ、一生使い切れないくらいの額らしい」
「そこで一生が終わって意味が無い気がするな……何のために見世物の戦いをするのだか」
人間は野蛮だとウルザが首を振る。
「まあとにかくだそこで買う予定のものが必要なくなったんだ。この優秀な精霊魔法の使い手であるウルザが仲間になってくれたおかげでな」
カイルがウルザを紹介するかのように言うと、おお、とセランとリーゼの二人が拍手をする。
ここら辺は幼馴染のノリというやつだろう。
「だから仲間になった覚えは……」
苦い顔でウルザが言うが、カイルは気にしなかった。
「それでは最初の目的地を説明しよう。まず行く場所はサングルド山脈だ」
「サングルドぉ? あんなところ行ってなにするんだ?」
サングルド山脈はジルグス国の北の国境にに位置する険しい山々でこのリマーゼからは約半月はかかる距離だ。
「結構かかるんじゃないか?」
「ああ大丈夫だ【ウィンド・ウォーカー】の魔法が使えるから」
【ウィンド・ウォーカー】の魔法は足に風の精霊のシルフィードの祝福を与えることで通常の数倍の速さで歩くことが出来、負担も少ない精霊魔法だ。
半月の道のりなら三日というところだろう。
この魔法は非常に便利になのだが、人間には精霊魔法の使い手が少ないため、この魔法を使えるというだけで大商人に高額で雇われる事ができるほどだった。
「いやあ精霊魔法には便利なのが多いから、ほんとに助かったよ」
「だから……私はだな……」
にこやかに話しかけるカイルにウルザは疲れたような諦めたような声をだす。
(相変わらずペースを乱されると、押しに弱くなるな……)
カイルは前の時もこうやって頑固なウルザを誘導したことを思い出していた。
「それでサングルド山脈に行って何をするつもりなの?」
「サングルドの伝説と言えば何があるか知っているか?」
「えっと……確か有名なのは隠された迷宮があるっていう話だっけ」
リーゼがおとぎ話として聞いた伝承を思い出す。
「そうだ、人族最大の迷宮と言われる『魔法王』の大迷宮だ」
千年前に滅んだ歴史上最も栄えた古代魔法王国ザーレスにはそれ故に現在までにも伝わる様々な伝承、伝説がある。
カイルの持つ『神竜の心臓』もその一つだが、他に有名なものに『魔法王』の大迷宮がある。
人族史上もっとも偉大な魔法使いと言われた『魔法王』シルドニア・ザーレスが残した迷宮で、中には当時の財を集めに集めた宝があるという。
それがサングルド山脈のどこかにあるというのだがザーレスが滅んで千年、いまだに入り口すら見つかっていないのだ。
「それって伝説の話でしょ? ほんとにあるの?」
「まさか迷宮見つけようってのか? 何年かかるかわからないぞ」
「いや、それが詳細な場所や中の様子が書かれた地図があるんだ、これが」
懐から古い地図を取り出しピラピラと見せるカイル。
「え? 本当に本物なの?」
「母さんの古文書コレクションの中から見つけた。古文書自体もザーレスの時代のものだし、間違いなく本物だよ」
何せすでに行ったからな、と心の中で付け加えた。
あの『大侵攻』の最中、どんどん戦況が悪化していき戦力強化のために人族は伝説にまですがるようになっていた。
その中でザーレスの流れを汲む王国の生き残りから、大迷宮の地図が封印されているはずの古文書の情報も出た。
その時はその古文書の行方もわかるはずもなかったのだが、カイルは微かに古い記憶が刺激されていた。
カイルは滅んだこの故郷に戻り、あの頑丈さ故に一部残っていた書庫から探し当てた古文書、そこには確かにこの地図があった。
もちろん意図したわけではないのだろうが、これのおかげで戦力の増強につながりあの魔王城への最後の反撃へと繋げる事ができたのは母の導きではなかったのかと運命を感じたものだ。
地図を見た後少し振り返り家の方向を見る。
今頃父親と二人の世界を作ってるのだろうと思うと苦笑する。
「……まんざら嘘でもなさそうだな。この紙は樹齢千年以上の魔法樹から作られている。大昔の大戦でほとんど失われ、今では作ることが出来ないはずだ……」
こんなものここ千年の間に作られるはずが無い、とウルザが興味深げに言った。
「とはいえ地図があっても中はおそろしく広い、危険な罠もあるし複雑な謎賭けもあるし、未だに自立型魔道兵器も動いている……いや動いているはずだ」
「まるで見てきたかのように言うんだな?」
「……単に想像がつくだけさ」
迷宮の中を思い出すと二度と入りたくない、と心から思うカイルだ。
「……予想だと今の俺達では軽く十回以上全滅するだろうな」
「じゃあ行ったって意味はないだろ」
自殺願望はないぞ、とセランが言う。
「俺もない、だがそこにあるはずの莫大な財宝や数々の魔法の品物は是非欲しい。何をするにも金はあったほうがいい」
「財宝かあ、あらがいがたい響きがあるな……しかし命は惜しいし」
悩み始めたセランにカイルは言う。
「何も正面から行く必要はないということさ」
「ほう、というと?」
「簡単さ、掘るんだよ」
貨幣の単位が出てきました。
単位はガドルで思いっきり大雑把な感じで1ガドル100~200円というところでしょうか。
今の感覚とはかなり違うので参考程度と思ってください
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