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第一章
第9話 再会
「と言うわけで旅立とうと思います」
「旅立つねえ……」
 レイラは自宅でカイルの旅立ちの報告を受けていた。

「セライアには伝えたのか?」
「ええ、ちょっと泣かれたけど一応納得してくれました」

 レイラが苦笑する。
「あいつも過保護だからな……ロエールの奴には何て言ったんだ?」
「ロエ?……ああ、親父か。あれ? いつ帰ってくるんだ?……というか帰ってきてたかな? まあ会ったら言うよ」

「ついでみたいに言うなよな……ま、世界を知るのはいいことだ。今のお前の腕なら多少の厄介事でも大丈夫だろうし……それとついでだ、セランも連れて行け」
「そのつもりだったけど、本当にいいのかな?」
「ああ、矢や魔法の盾にちょうどいいぞ。その他にも使い道はあるだろ、身代わりとか捨て駒とか」
「そんなもったいない事はしない。やむにやまれぬ尊い犠牲くらいは考えているけど」

「お前ら、そういう事は本人の前で言うなよ」
 隣で聞いていたセランが文句を言う。

「俺の意思はどうなるんだよ?」
「そんなもの初めからあるわけないだろ。元々お前は精神修行や世の中の厳しさを知らせる為にいつか旅立たせようとおもっていたからな」

 実際カイルの知っている本来の流れでも今から一年後に無理やり旅立たされていた。
 そしてそれに付き合いカイルも一緒に旅をしてまわったものだ。
 その時も色々あったが、何だかんだで良い経験にはなったとカイルは思っている。

「昔の伝手で傭兵団に預けるか、魔族との最前線に放り込もうかと思っていたんだが……」
「おい!?」
「大丈夫だ、昔と違って今は小競り合いくらいしかないそうだ。新人でも結構生き残れるそうだが……その点カイルと一緒ならまだいいだろ? どうせいい加減な人生を送るしか予定は無いんだからな、お前は」
「何言ってやがる! 俺にだって将来のちゃんとした予定はある」
「ほう言ってみな?」

「美人で金持ちで貞淑な嫁さん手に入れて、いつでも手を出せる可愛いメイドさん二、三人に囲まれつつ退廃的な生活をおくるんだ!」

 拳を握り締め力いっぱい本気で言い切った息子を見ないようにしながらレイラは言った。
「とりあえず生きていればいいし、万一の時もあきらめるから特に気にしないで好きに扱ってくれ」
「押し付けられた気がしないでもないけど……まあ色々使い道はあるか」

「いやこれでも初めはメイドさんを十人の予定から謙虚になって結構減らしたんだけど……」

 やはりセランの事は見ないようにしながら育て方失敗したなあとため息をつくレイラを、いやこいつの性格絶対生まれつきですって、とカイルが慰めていた。



 夕方、カイルはいつもの遺跡のある丘で剣の鍛錬をしていた。
 筋肉痛に悩まされつつも一通り終え、そろそろ家に戻ろうかところにリーゼがやってきた。

「…………」
「どうした?」
 いつもの快活さが無いリーゼを不思議そうに見る。

「……さっきセライアさんが来て、泣きながら『カイルちゃんが私を捨てるって言うの』って愚痴こぼしに来た」
「本気でうちの母が申し訳ない。いや心から」
 カイルは深々と頭を下げた。

「で、旅立つって本当?」
「……ああ、旅支度も含めて二、三日のうちには出発するつもりだ」
「目的地は?」
「最初は首都のマラッドだな。色々と準備があるしその後本格的に活動するつもりだ」
 カイル達の住むジルグス国の首都マラッドはここから徒歩で五日くらいの距離にある。
「そう……」

 すると思いつめた表情でリーゼが言う。
「あのさあカイル……」
「言っておくがお前を連れて行くつもりは無いぞ」
 言いたいことが分かっていたので先にカイルがさえぎる。

「何でよ!? セランは一緒に行くんでしょ?」
「あいつはお前と違ってどんな扱いしても気にならないからな」
「足手まといにはならないよ!」
「それはよく知っている、お前の強さはな」
 実際彼女の強さはそれこそイヤと言う身にほどしみている。
 特にここ数日は、と無意識にわき腹を押さえる。

 カイルが剣の天才ならリーゼは格闘に才能があり、幼い頃から大地母神カイリスの神官戦士団にまざり鍛錬をしていた。
 ただ才能があるといってもカイルほどではないのでリーゼは努力した。
 誰よりも努力し、そのかいあって随分と腕をあげ、将来はこれを生かした道に進みたいと常々言っていた。

 だがリーゼが生まれる前に夫を戦争で亡くし、一人でリーゼを育ててきた母は決して口には出さなかったが娘には平穏な道を歩んでほしかったはずだ。
 そして元々体が弱かった母が二年前に病気で亡くなった時リーゼも思うところがあったのだろう。
 以来リーゼは叔母夫婦の元で家事手伝いをしている。
 現在も鍛錬は続けているようだが、カイルとセラン以外に手を出すことはなかった。

 そんなリーゼだったがカイルが旅立つと聞いていてもたってもいられなくなったのだ。
 確かにリーゼなら足手まといどころか十分な戦力になってくれるだろう。

「母さんの事なら……お墓に何回でも謝るよ……でも」
「それだけじゃない……単純に俺のわがままでもある。お前には安全な場所にいてほしい、危険な目にあってほしくない……絶対に」

 自分の腕の中でリーゼの命が失われていくあの時を思い出す。
 あんな思いだけは二度としたくない。
 少なくともこの街は三年後までは平和そのものだった。
 自分の行動でどう変わるかわからないが、ついてくるよりかは間違いなく安全なはずだ。

「それに聞いてくれ……俺には故郷が必要なんだ。帰る場所があるだけで、心の持ちようが全然違う」
 カイルは正面からリーゼの両肩を掴みじっと顔を見ながら言う。
「俺は誰よりも先にお前にただいまと言いにいく。そしてリーゼには俺にお帰りって言ってほしいんだ。だから……俺を信じて待っていてくれ」
「カイル……あたし……」

 カイルはゆっくりと顔を近づけ、リーゼに触れるか、触れないかのような口付けをする。

「あううう……」
 リーゼが顔を真っ赤にしてうつむく。

「やっぱりカイル変わった……ずるくなった。こんな事……されたら言うこときくしかないじゃない……」
「年上の余裕と言ってくれ」
「あんた同い年でしょう……」
「……精神的なものだよ」
 カイルは優しく微笑んだ。

 今までリーゼの見たことのない優しい笑顔だ。
 押し切られたのは自分でも分かるが、素直にしたがってしまいたくなる笑顔だった。
 そのままカイルは優しくリーゼを抱きしめ、この前と違いリーゼは体を素直に預けた。

「絶対……元気で帰ってきてよ? 待ってるのもつらいんだからね?」
「別にずっと帰って来ない訳じゃないから安心しろ、それに無茶はしない」
 これだけは完全に嘘だった。カイルは目的のためならどんな危険なことでもするつもりだ。

「うんわかった……」
 多少の罪悪感を抱きながらもカイルは優しくリーゼを抱きしめ続けた。



「さて帰ろうぜ」
 言いながら手を出すとちょっとためらいつつもリーゼはカイルの手を握る。
 これから家に戻るには大通りを歩くのだが、おそらく同年代の友人達にも見られるだろう。
 せまい街だ、すぐに話が広まり後日のその結果を予想すると、リーゼはちょっと気が滅入ったが今はどうでもよかった。

「うん帰ろ」
 リーゼは飛び切りの笑顔でカイルの手を強く握り返した。



(そういえば前の時の初めてキスしたのは十八だったっけ……奥手だったな、我ながら)
 くだらない事を思い出しつつカイルは歩きだした。



 夕暮れ近いリマーゼの街の大通り。
 仕事先から帰るものが増え始め、まもなくもっとも混雑する時間帯になるだろう。
 通りの店や露天からは最後の一稼ぎとばかりに声を張り上げており、活気に満ちている。

 だがいつもと少し様子が違う一画をリーゼが見つけた。
 注目を浴びていている一人の旅人らしき人物がいたのだ。
 丈夫なマントを身につけ、腰には短剣をさし、まとめた荷物を持った典型的な旅装束だがそんな事は誰も気にしていない。

「あ、エルフ……」
 リーゼが言ったとおり旅人のエルフの女性がこちらに向かい歩いてくる。

 エルフはどちらかと言えば閉鎖的な種族で自分たちの住む森から出ることはあまりない。
 近くにエルフの集落のないこのリマーゼの街にエルフが来るのはまったく無いと言うことも無いが、珍しいことだ。

 エルフは美しい容姿と長い耳が種族的特徴で、そのエルフもとても美しかったがそれだけではなくどこか気品のようなものを感じさせる。
 更にその前を見据える両眼には強い意志を感じさせる、まるで名工の作った剣のような研ぎ澄まされた美しさを感じさせた。
 一度見たら忘れられない、道行くすれ違う人も思わず振り返るくらい彼女は印象深かった。

「やっぱエルフの人って綺麗ね、セランが見たら放っておかないだろうね」
 その時は殴り飛ばさないと、と軽く笑いながらリーゼがカイルに話しかける。

 が、カイルは聞いていない。
 繋いでいた手を離し引き寄せられるかのように歩き出す。

「カイ……ル?」
 リーゼのどこか不安そうな声。

 だがカイルは返事をしない。目の前のエルフに心奪われたかのように見つめ続けている。
 そしてリーゼには聞き取れない微かな声で呟いた。



「エクセス……」



 エルフのウルザは周りから変わり者と言われていたし、自分でも自覚していた。
 大半のエルフが生まれた森から出ることなく一生を過ごす中、外の世界を見たいと思い行動力のあった彼女は森を飛び出した。
 旅先で様々なトラブルに巻き込まれる事もあったが、優秀な精霊魔法使いで短剣の使い手の彼女は難無く切り抜けることができ旅は順調だった。

 このリマーゼの街には特別な用があった訳でもなくただ旅の途中で立ち寄っただけだ。
 大通りを歩いていると前から歩いてきた人間の男と目が合った瞬間、凄まじい顔をされた。
 まるで幽霊でも見たかのような顔だとウルザは思った。
 人間の街で珍しさから好奇の視線にさらされることは慣れていたが、目の前の人間は根本的に違う。
 驚愕、喜び、とまどい……少なくとも敵意ではないのはわかるが尋常ならざる感情で自分を見ているのは解った。
 間違いなくはじめて見る顔なのだが、あまりの様子に怪訝に思いこちらから話かけようかと思ったその時、その人間の男が何かを呟いた。

「エクセス……」

 普通なら聞き取れないかすれる様な声だったが、人より聴覚のすぐれるエルフであるウルザが聞き逃す事はなかった。
「何故それを知っている!!」
 ウルザは絶叫した。



 カイルはその絶叫で我に返った。
「え?……ああしまった! 人前で言っちゃいけなかった。すまないウルザ……って違う違う! あのその……は、はじめまして? リマーゼの街にようこそ?」
「そんなごまかしが通用すると思っているのか!」
 ひきつった笑顔で第一街人を装おうとするカイルを見て、バカにされたとしか思えないウルザがますます興奮する。

「そういやリマーゼに来たことあるって言ってたな……このタイミングだったとは……しまったなあ」
 カイルは頭を抱え、思わず口走ってしまったことを後悔していた。

 カイルは彼女を、ウルザの事を忘れていた訳でも気にしていなかった訳でもない。
 ただ彼女の出身は遠方の地で、この時期は見聞を広める旅をしていたはずだったので簡単には会えないと思っていたのだ。
 余裕ができればいずれ会いに行こう、探しに行こうとは思っていたのだがまさかこんな不意打ちで会うとはまったく考えていなかった。

 なにやらうなっている男に苛立ち、気の長いほうではないウルザが腰にさしている短剣に手を伸ばそうとする。

「ば、やめろ!」
 カイルは無詠唱の【ヘイスト】を自分にかけると一瞬にして間合いをつめる。

 短剣を抜かせないよう柄ごと手を押さえ、暴れないよう体全体で押さえつける。
 傍目には抱きしめるような格好になってしまった。
 このまま無力化させるには叩き伏せるのだがカイルが彼女にそんな事が出来るはずもなかった。

「な! は、はなれろ! 貴様!」
 何とか振りほどこうともがくウルザだが華奢なエルフが逃れられるはずもない。

「落ち着け、見回りの兵もいるんだ、捕まってしまうぞ!」
 まずいのはここは大通りですでに周りから注目を浴びていることだ。
 よそ者の亜人である彼女が街中で武器を抜き、住人であるカイルに斬りかかれば間違いなく捕まるし重罪に処せられてもおかしくない。

「黙れ! はなせぇ!」
 だが興奮状態のウルザが聞くはずもなかった。

 このまま行けば間違いなく彼女は無理やりにでも短剣を抜いて襲い掛かってくるだろう。
 そういう性格だと確信できているし、それに精霊魔法まで使われたら手のつけようがなくなる。

「仕方ない……」
 非常手段として魔法で無力化させる事にする。
 だがエルフは元々魔法抵抗力が高く、魔法が効きにくい。
 抵抗されれば暴れだすだろうから奥の手を使う。

「【スリープ・エクセス】!」
 誘眠の魔法に彼女の名前を、真名を組み込み発動する。

「き、きさ……ま……」
 怒りに燃える眼差しのまま、ウルザはくたりと倒れ眠ってしまう。

 カイルは倒れそうになるウルザの華奢な身体を抱きとめる。
 それはついこの間、五日前に抱きしめたときと変わらない感触だった。

 脳裏によみがえるのはあの戦いの前夜、身体を重ねた逢瀬。
 そして自分を庇い、消えていったときに見せた最後のはかない笑顔。

「また……会えたんだな」

 そっと彼女の、その美しい寝顔をなでる。
 微かに吐息をもらすウルザにカイルは優しく微笑んだ。



 その瞬間わき腹に凄まじい衝撃を受け、カイルは吹き飛ぶ。
 体をくの字にのたうつカイルがなんとか見上げると
「何してんのよ……」
「お、お前……肝臓打つの好きだな、おい……」
 リーゼが感情と言うものが欠落してるかのような視線と声色でカイルを見下ろしていた。

「いや、違うんだ。聞いてくれ、落ち着いてくれ、話し合おう。何と言うか彼女も故郷や家族を亡くし、お互い傷を慰めあううちに……お、俺もお前がいなくて寂しかったというか」
「なに、訳のわからないこと言ってるかあ!?」
「ご、誤解!……でも無いかもしれないけど、い、色々事情が!」
「やかましいわ! セランじゃあるまいしいくら美人だからって道端で女性に襲い掛かるなんて……」
「いやいや、それ完全に誤解ってぎゃあ!?」
「やっぱあんた信用なら無い!ついてく! 絶対ついてく! 目離してなるもんですか~~~!!」



 カイルの気持ちなんぞ知ったことかぁ! とスヤスヤと寝るウルザの隣で行われた暴行は見回りの兵に止められるまで続いた。



 ちなみにリーゼがカイルに暴行を加えるのはこの街では日常茶飯事だったので注意だけですんだ。

第二ヒロイン登場です。

場面的には友達以上恋人未満を長く続けてきた幼馴染との仲を一歩進展させたと思ったら元カノが表れた……
いや全然違うかな?




日間ランキング三位、お気に入り千件突破しました!
これも読んでいる皆様方のおかげです、ありがとうございます!


ただいきなりの高評価に小心者としては嬉しさよりもとまどいや驚きが大きいです。
なにせ三日前まで一日ユニークが百切っていた作品なものでして……
バランスで何か悪いことおきなきゃいいけど……



とにかくこのお礼は少しでも面白い作品を書くことでお返ししていきたいと思いますのでこれからも応援よろしくお願いいたします。


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