街の外れにある遺跡の丘でカイルは一心不乱に剣を振るっていた。
ただ闇雲に剣を振るのではなく時折フェイントも混ぜ、本気の殺意を込めた一撃を放つ。
かと思えば攻撃をよけ、剣で受けるかのような動きをする。
周りから見ると誰もいないが、カイルの目には確かに敵が、明確に殺意を持つ敵が見えていた。
これはカイルが師匠に教えてもらった訓練方法で幻闘法と言う。
自分に対し幻影と催眠の魔法を応用して使い、敵をイメージして幻影の敵を作り出すというもので、幻影だが敵も黙って斬られる訳はなく避けるし、反撃もしてくる。
慣れた者だと限りなく本物に近い敵を出すことができるので一人でできる訓練としては効果的と、魔力を持つものは学んでいることが多い。
大抵の場合はよく知る相手をイメージするが、カイルほどの腕になると一度対峙しただけでもかなり正確に再現できる。
そしてカイルがイメージする相手は知る限り最強の敵、魔王だ。
「だめだ、十秒に一回は殺される」
しばらく戦った後カイルは剣を置き、幻影を消す。
実際に戦ったときは曲がりなりにも勝負になった。
だが今の状態だと完全に勝ち目はない。
もちろん魔王が強くなったわけではなく、こちらが弱くなったのだ。
すでに何十回殺されたかわかったものではない。
「それに、すぐ息切れ、するな」
荒い息で剣を支えにしながら立っていたが、一休みとばかりに大の字になって寝転んだ。
カイルの感覚でいうならつい三日前までならこの程度では息切れどころか呼吸一つ乱さなかったのだ。
剣を振るう速さも身体の動きも頭でするイメージにまるでついていかない。
経験と技術自体はそのままなのだが肉体が衰えたようなものだった。
おそらく明日には筋肉痛が待っているだろう。
「俺ってこんなに弱かったんだな」
完全な基礎体力不足だと嘆いた。
思えばこの頃は何というか無気力で日々を何となく過ごしていた
剣の練習も魔法の勉強もろくにせず無駄な時間を過ごしたものだとカイルは後悔していた。
「いや、そうとうマシになったと思うけどね」
突然近くから聞こえた声に大の字になって寝転んでいたカイルが跳ね起きる。
気配もなく近づいていたのは健康的な日焼けをした三十ぐらいの大柄な女性で軽鎧と背中に両手剣を背負っている。
整った顔立ちなのだが下手に手を出せば噛み砕かれる、野生の肉食獣を思わせるような美しさをもった女性だ。
カイルの母セライアと同年代のはずだが別の意味で若々しい。
「し、師匠!?何時の間に……」
彼女の名はレイラと言い、カイルの剣の師匠で元剣闘士、そしてセランの養母でもあった。
剣闘士とは人間同士や他の人族、魔法生物や魔獣と言われる人に害を成す凶暴な獣を相手に闘技場で観客に見られながら戦う、いわば見世物の闘いをする者達の事を言う。
命を賭けて戦う分危険だがその分見返りも大きく富と名声が手に入る。
レイラは大陸で最大の闘技場があるガルガン帝国首都ルオスで、他の剣闘士が途中で怪我や死によって次々と脱落していく中勝ち続け五年の間無敗の王者として君臨していた。
十年前、引退した後は人間関係がわずらわしくなったとかで旧知のセライアを頼ってこのリマーゼに来たらしい。
その際恩人の遺児であったセランを引き取ったとカイルは聞いている。
放浪癖があり時々ふらっといなくなる事があり、今も汚れた旅装束のままで放浪から帰ったばかりと言うのが見て取れる。
「いつから見てたんだよ」
「あんたが六回殺されるくらいかな? それより相手はどんなバケモンだよ。今のお前じゃ五秒でバラバラにされちまうだろ」
「……なんとか平均十秒は持たせたよ」
どうやらレイラにはカイルの戦っていた相手、魔王がおぼろげながら見えたようだ。
「強い敵に挑むのはいいが、実力差がありすぎると意味がないよ……っていうか今の相手はどこかで会ったのか? かなり詳細に再現してたようだけど」
「……想像だよ、自分で思う限り一番強い敵をイメージしたんだ。それよりちょっと聞きたいんだけど師匠なら今の敵にどう挑む?」
「あたしかい? そうだね……捨て身で、腕か足の一本を犠牲にして踏み込んで間合いに入る。そこで渾身の一撃を打ち込んで……それで倒せなきゃこっちの負けだね」
「そっか……そうなるか、やっぱり」
それはまさにカイルが魔王を倒したときの方法だ。
やっぱり師匠と弟子で似るのかな、とカイルは苦笑する
「ま、今のは一対一の話だ。仲間がいれば随分違ってくるよ」
「確かに。一人で挑むような馬鹿な真似はしないよ」
勝てるとも思わないし、勝つためには手段なんて選んでいられない。
「それにしてもあたしがいなくても練習してるなんて感心じゃないか。お前はこのあたしが唯一教えてもいいというぐらいに才能があるんだからもったいないからね」
カイルはレイラから、おそらくは世界でも有数の剣の使い手から『百年に一人の天才』と言われるほど剣の才能があった。
事実レイラから剣を教えてもらってから急激に腕が上がったものだ。
だが最近はやる気が見られないので出来のいい弟子ではないとも言われていた。
「セランにも教えてるじゃないか」
「あれは一応息子だから仕方なく、嫌々でだ。さもなきゃあんなバカ関わりあいたくもないね」
レイラはよく言っているカイルは駄目な弟子、セランは最悪な弟子と。
「それにしてもカイル、ほんとに腕あげたね」
旅に出る前に見たときと身体能力ははほとんど変わってない。
だけど技術が跳ね上がっておりまるで何年も実戦を重ねたようにだ。
今は高い技術にかえって振り回されているようだが身体が追いつけば更に強くなるだろう。
そして何より違うのは心構えだ。
レイラからしてみれば野原でのんきに腹出して寝ている子犬だったのがちょっと目を放した隙に、狼どころか獅子といっても言いくらいに成長している。
「身にまとっている雰囲気も段違いだ……何かあったのかい?」
この人相手に誤魔化すのは無駄だと判断したカイルが少しはぐらかしながら言う。
「ちょっとした心境の変化があっただけだよ。これからは真面目に剣も魔法も励もうと思う」
強くなるにこしたことは無い。
これから何をするにしても強くなればなるほど出来ることは増えるはずだ。
「……お前、気持ち悪いくらい変わったね」
本当に気持ち悪そうな顔をするレイラ。
「弟子の成長を素直に喜んでほしいのだが」
「よく一皮剥けるって言うけど、今のあんたは四、五回くらいは剥けた感じだね」
「剥きすぎで骨が露出しそうな気がするな、それ」
「でも、本当に心境の変化だけか? 他に何か理由がありそうだけど」
「何もないよ……ただ強くなりたい、そう心から思っただけさ」
剣を握りしめ、決意を固めるカイル。
「……何か悪いものでも食べたのかい? 大丈夫か?」
「本気で心配そうな顔はやめてくれ。さすがにちょっと傷つく」
「一体どうしたんだろうな、あいつ」
「ほんとらしくないのよね」
カイルが剣を振るっている場所から少し離れた林の茂みに隠れながらセランとリーゼが二人の様子を見ていた。
リーゼは朝出かけていったカイルが気になり後をつけ、途中で暇そうにしていたセランも合流し一緒にここまで来たのだ。
そして熱心に剣を振るうカイルに声をかけるのをためらい、こうして覗き見のような事をしていた。
「どうやらお袋もカイルの様子が変って気づいたようだな。しかしあいついつの間にあんなに腕上げたんだ?」
セランがカイルの剣の練習を見たのは久しぶりだがここまで腕を上げてるとは思わなかった。
「短期間であんなにかわるものかな?……けど何かが化けてるかとり憑いたかって感じじゃなくてカイル本人であるのは間違いないんだよな」
長年の付き合いだからこその言葉にできない違和感を感じるのだ。
「うん、根本は変わってないのだけど何かこう……まるで何年も会ってなかった様な変化をかんじるのよね」
初めは自分が殴ったせいかと思っていたが昨日一日と今朝まで様子をみたがどうもあれが原因ではなさそうだった。
だからこそカイルの変化が不思議でならないのだ。
「三日前に俺と一緒にアリの巣に立ちションしながら『洪水だぞ~』と言っていた奴と同一人物とは思えないな」
「本当に碌な事してないんだな、お前らは」
「よう、お袋。やっぱりこっちに気づいてたか」
カイルと分かれたレイラが二人の元へとやってきた。
「お帰りなさいレイラさん」
「はいよ、ただいまリーゼちゃん。あんたぐらいだねちゃんと挨拶してくれるのは」
「また死にぞこなって戻ってきたのか」
「あんたこそくたばってなかった様ね、バカ息子。ちゃんと言いつけどおり自活してた? リーゼちゃんに迷惑かけなかったろうね?」
「毎日のようにたかりに来てました」
「てめ、早速ばらすな! というか色々用事を受けてやったろうが!」
「まあそこらへんは後でゆっくり聞くけど……それよりカイルの奴どうしたんだい? 様子が変なんだよね」
二人も気になってるからこうして見てたんだろ?と レイラが言う。
「そ、そうなんです! いつもやる気のない、死んだ魚のような目をしていたカイルが何かやる気に満ちてるの!」
「将来の夢は親の遺産で遊んで暮らす生活、と堂々と言っていた奴とは思えないぐらい前向きっぽくて気持ち悪いんだ」
「あんた達がカイルをどういう風に見てたかはわかったけど……結局二人もカイルが変わった理由は知らないということか」
二人なら何か知ってるかも思っていたレイラもあてが外れた。
「ああ、一昨日の朝あたりから急に態度が変わってな。何があったか知らないし、聞いてもはぐらかされちまう。まったく親友の俺にまで話さないなんて」
「変な夢見たとは言ってたけど、それぐらいであんなに変わるものかしら?」
「う~ん、あれぐらいのガキが、がらっと変わっちまうきっかけと言えば……」
レイラが腕を組みながら考え、何か思いついたかのようにポンと手をたたく。
「さては女ができたかな?」
「なにぃ!?」
「!?」
セランが絶叫してリーゼが固まる。
「より正確には女を知ったかな。色気づいたか?あのガキがねえ」
レイラからしてみれば小さいころから知っている息子同然のカイルだ。何と無くにやけてもくる。
だが幼馴染二人はそれどころではなかった。
「くそ! 一人だけいい思いしやがって、あの野郎俺を差し置いて自分だけ……ぜったい許さん!」
拳を握り締め怒りに燃えるセラン。
「さっき親友って言ってなかったか?」
「何事にも例外はある! 先に『卒業』した幼馴染なんざ親の仇よりも憎いわ!」
やだね男の嫉妬はと思いつつレイラは当然の疑問を口にする。
「しかしそうなると相手は誰かな?」
「そう言われれば誰だ? 最有力候補は今のを聞いて完全に固まっているところをみると違うようだし……自慢じゃないが俺やカイルに好意持ってる女の子なんてこの街にはいないぞ」
いまだに固まったままのリーゼを見ながら言う。
「ほんとに自慢にならないね」
「でもまあ、確かにそれぐらいしかあいつが変わっちまう理由なんて無いよな。ちきしょう、ほんと相手は誰だ……」
するとそれまで黙っていたリーゼがゆらりと動き出した。
声をかけようとしたセランをレイラが止める。
「……命が惜しかったら止めないほうがいいわよ」
「背中からあふれ出る闘志がはんぱねえ……」
セランは自然と流れ出た汗を拭いながらリーゼの背中を見送った。
「凄いな、満面の笑みからの右ストレートのフェイント、そこから流れるような肝臓打ち。あれはかわせないな」
「カイルのたうちまわってるわね。ありゃ今晩ご飯食べれないかもねえ」
「カイルが完全に油断していたのを差し引いてもいい動きだよなあれは」
親子はのんきに解説していた。
「白状しなさい、相手は誰よ」
「おおおおお……な、何のことだぁ? ていうかいきなり何をする!?」
わき腹を押さえのたうちながらカイルは突然やってきて凶行に走った幼馴染を見上げる。
「とぼけんじゃないわよ! 誰よ! 誰に手を出したの!?」
「お、落ち着け、言いたいことは何となくわかったが完全に勘違いだぞ! というか何故そんな見当違いの考えにいたった?」
「レイラさんが言ってたしセランもそうに違いないって言ってたわよ!」
「ろくな事言わないな! あの親子! というか知ってるだろ俺やセランが同世代の女の子に好かれてないの!」
言っててちょっと悲しくなったが事実だった。
カイルはこれでも以前は結構同世代から人気があったのだがやる気の無いダメ人間となってからは反動もあってか現在はかなりの不人気だ。
セランは元からダメ人間だったので変わっていないが。
「た、確かにあんたになびくような娘はこの街にいないし……ということは脅迫? 洗脳? 魔法? 薬?」
「何か物騒な事言ってないか!? そんな犯罪はしない!」
「犯罪じゃないとしたら……まさかアリアちゃんを無理やり!?」
近所に住むカイルになつき、リーゼも妹のように可愛がっている女の子を思い出す。
「まだ三歳だろ! どんな鬼畜だ!?」
「それじゃあ……ひょ、ひょっとしてレーゼル様!?」
今度は逆に孫、ひ孫のようにカイル達を可愛がっているこの街の長老の名を言う。
「長老かよ! もう百歳近いぞ! お前の中で俺はどんだけ見境無しなんだよ!?」
「だ、だって他にあんたに好意的な女の子なんてこの街にいるわけないじゃない!」
「いや、一応いるだろ。だからあの時俺はちゃんと……」
そこではっとなり口を押さえるが遅かった。
「あの時? ちゃんと?」
「いや、ちが誤解……く、くるし! 首をしめるなぁ!」
カイルは相手はお前だよ、とは当然ながら言えなかった。
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