「夢、じゃないな」
ベッドに腰掛け、今だにズキズキと痛む顎と首をさすりながらカイルは呟いた。
「ここまで痛い夢はないはず……だがだとしたらどいうことだ?」
意識ははっきりしたが現状がまるで把握できてない。
確かに自分は魔王城で魔王と戦いかろうじて勝ったが瀕死の重傷を負っていたはずだなのだが夢じゃないとしたら一体この状況は何なのだろうか?
真っ先に浮かぶ可能性としては魔族による幻覚や催眠といったいわゆるまやかしの魔法による攻撃。
そっと窓から外をうかがったがそこからの光景もまったくの記憶どおりの町並みと通りが見え、それはどこまでも続いている。
間違いなくここは故郷のリマーゼの町だ。
更には肩を怒らせ足並み荒く自宅のほうに戻っていくリーゼも見えたが、なんと声をかけていいのかわからずただ見送った。
大規模幻覚魔法なら都市一つぐらいの幻覚を作ることもできるし、高度な術者ならそれこそ本物と間違う程の出来にはなる。
だが細かく再現するには当然元の状態を知っていなければならない。
確認してみたがベッドには間違ってつけた傷が、本には子供のころ書いていたいたずら書きまでありこんな細部まで再現は出来るはずがない。
催眠や記憶操作もない。自分の魔法抵抗力ならそういった精神に悪影響を及ぼす魔法は大抵は効かないし、もしかかったとしてもこうして自覚してしまえばその手の魔法は破られてしまうものだ。
(そもそもこの状況でそういった搦め手の攻撃はする必要はないはずだ。ついさっきまで意識を失い瀕死の重傷だったのだ、とどめをさすぐらいわけない……)
そこまで考えはっとなり急いで左腕を確認する。特に酷い傷で使い物にならなくなるくらいだったはずだ。
「治ってい……いや違うな」
例え最上級の回復魔法を使ってもあれほどの傷だ、しばらくしびれるくらいはするし、傷跡も残る。これは経験からいっても間違いない。
だが左腕はきれいなものだった。無論何の不自由なく動く。まるで初めから傷など負っていないかのように。
「古傷も消えている……」
この一年でついたはずの傷跡が全て消えている。さらに右腕や足、体も調べてみるがやはり全くの無傷で、傷跡もない。
軽く体を動かしてみるが非常に調子がいい。ここしばらく襲われていた痛みや倦怠感などの体の不調も綺麗に消えている。
「だが身体能力そのものは落ちているな……腕も細くなっている気がする」
飛び跳ねてみたりをして確認してみるが以前とは、感覚的には半日前に比べ格段に落ちていた。
カイルは少し考えた後部屋を出てみることにした。
向かうのは一階の応接室、あそこには鏡があったはずだ。
一応警戒しながら出てみるが何事もなく、部屋の外はやはり記憶どおりの間取りで確認すればするほどかつての家そのものだと判る。
そして応接室で鏡をみると確信を得る。
確かに自分の顔なのだがやはり顔の傷も消えているし、なによりも
「やっぱりそうだ……若返っている」
戦いの日々で自分の誕生日など完全に忘れていたが、確かもう二十は過ぎていたはずだが鏡にうつるのはせいぜい十代半ばといったところだ。
「ということは、あれは……いやこれは若返りの為のものだったのか?」
ポケットに入れていた赤い宝石を取り出す。
相変わらず妖しくこの世のものとは思えない美しい輝きを放っているが、あの時の途方もない魔力は感じない。
若返りの秘術は確かに存在するが禁断の秘術と言われるほど高度で、大量の魔力が必要になるときいたことがある。
「いや、いくら若返りでもさすがにあそこまでの魔力は必要ない。それにこの状況は説明できない……」
カイルは鏡を前にしながら頭を抱えてしまった。
滅んだはずの故郷、死んだはずの幼馴染、若返った身体……これらを全部説明できるのは一つしかない。
だがそんな馬鹿なと頭をふる。
しかしさっきのリーゼは確かに言っていた今日が誕生日、十六の誕生日だと。
「十六歳……じゃあ過去なのか? 俺は過去に来たのか?」
とてもではないがありえない。おとぎ話のような話だ。
まだあの四年間が、これから起こるであろう四年間が夢や妄想だというほうが説得力がある。
だが物証ともいうべき赤い宝石もあるし、何よりあの経験が、あの壮絶な魔族との戦いの日々が夢や妄想など絶対にあり得るはずがない。
それでもそんな訳が無いと常識が否定する。
「くそ、こんなこと……俺が狂ったというほうがまだ納得できるぜ」
カイルはしばらく頭を抱えていたが自分の腹の音で空腹を自覚し苦笑する。
「どんな状況でも腹は減るな……いや正常な証拠と思おう」
何かあるだろうと思いつつカイルは台所に向かった
台所に行くとちゃんとした食事の支度がしてあった。
テーブルの上には焼きたてのパンに干し肉と野菜の入ったスープ。家畜の鶏の卵を炒ったスクランブルエッグにサラダと果実のデザート。
朝食のわりに手の込んだ料理だ。
「リーゼが用意してくれてたのか」
家事が苦手なカイルとその家族に代わりよく料理を作ってくれていた彼女には全員頭があがらなかったものだ。
良い匂いにつられ手を伸ばした時一瞬だけ毒、という単語が浮かんだが軽く頭を振って打ち消し食べ始める。
懐かしい味だった。
特にこのスープはリーゼの家に代々伝わるという得意料理で隠し味が決め手だと言っていたことがある。
それを聞く前に彼女がいなくなった後、まだ余裕があったとき何とか再現できないかと試したことがあったが上手くいかなかった事を思い出す。
「冷める前に……食べてしまおう……」
思わず涙がこみ上げてきそうになったので誤魔化すかのようカイルは猛烈な勢いで食べ始めた。
最近は保存食ばかりで久しぶりの温かい料理は本当に美味しかった。
「さすがに食いすぎたな」
かなりの量があったがついとまらなくて残らず食べてしまった。
「食い終わった後でなんだが明らかに一人前の量じゃなかったな……うん?」
そのとき玄関の方向から音をたてて人が入ってくるのがわかった。
リーゼが戻ってきたのかと思ったが足音の感覚が違う。
だが聞き覚えが無いわけではない。むしろよく知っている足音で気配でその人物はまっすぐ台所に向かってきた。
「う~す」
入ってきたのは短いくすんだ金髪でそれなりに整った容姿なのだが、近所の悪ガキがそのままおおきくなったような印象の男だ。
動きやすい服と、腰には安物の剣をさしている。
「セラン……」
カイルにとってリーゼと同じ幼馴染で腐れ縁の悪友だ。その腐れ縁は最後まで、最後の瞬間まで続いた。
「お、何だ珍しいな、朝に弱いお前がもう起きてるなんて」
「あ、ああ……あ、あのそのえっと……げ、元気だったか?」
「昨日も会っていて何を言ってるんだ?」
セランは不思議そうな顔で答えた。
カイル呼吸を整え、落ち着いてセランの顔をよく見たがやはり違う。
「……間の抜けた顔は一緒だが、最近のセランにはまだ経験による凄みのようなものがあった。だが目の前のこいつは昔どおりのただのダメ人間のままだな……」
「何かよくわからないが侮辱されてるのはわかった」
それにやはり若い。おそらくは今のカイルと同じ年だ。
さっきは混乱していて気づかなかったがリーゼも記憶よりも若かった気がする。
「まあ今はお前に構っている暇はない、さて朝メシ、朝メシ……って無い!?」
セランが空の鍋を見て愕然とした声を出す。
「お前、まさか全部食べたのか!?」
「ああ美味かったぞ」
カイルはそういえばよく飯をたかりに来てたなこいつ、と思い出す。
「くそ、リーゼがなにやら昨日から手の込んだ仕込みしていたようだから、たかろうと思ってきたのに……あいつ凶暴だけど料理の腕はいいから楽しみにしてたのによ」
未練がましく鍋についた残りを指でとって舐めるセラン。
「そんなに食べたいなら直接頼めばいいじゃないか」
「無理に決まってるだろ、昨日あれだけ怒らせたんだぞ。今だっていないのを見計らってきたのに」
それを聞くとややこしくなりそうなので別の、どうしても気になっていたことカイルは聞いた。
「あ~、ちょっと変なこと聞くぞ」
「何だよ……お、肉が少しだけ残って……」
「いいから聞け、今日はその……何年の何日だ?」
「うん?」
「年月日だよ、ちょっとど忘れした」
「変なこと聞くやつだな、二千八百二十三年五の月二十四日だろうが」
やはり四年前の日付だ。本当にここは過去のようだ。
「……間違いないのか?本当に?」
「何でそんなにこだわるか知らんが間違いないぞ。そりゃ一日、二日なら勘違いしているかもしれないが」
そこまで言ってセランは「ああ」と手をたたいた。
「そういえば今日はお前の誕生日か、野郎の誕生日なんか完全に記憶から消してたな……何だ、祝ってほしかったのか?」
「いや、俺も野郎に祝われる趣味はないからいい」
セランは鍋にこびりついていた残りを全て取り終わると仕方ないとばかりに言った。
「しょうがないな、朝飯は誕生日プレゼントってことで我慢してやるよ」
「安くないか?おい」
というか元々お前のじゃないだろ、というカイルの言葉を無視してセランはさっさと出て行こうとしている。
「どこ行くんだ?」
「メシが無いならここに用は無い。仕方ないからリーゼのとこいって何かもらってくる」
やっぱり美味かったしなあ、とも呟く。
「さっき怒らせたって言ってなかったか?問答無用で殴られるか蹴られるぞ」
「なに、地面に頭こすりつけて謝れば一食分ぐらいなら恵んでくれるだろう。何だかんだ言っても甘いところもあるからな」
「昔から……じゃない、相変わらず目的のためなら手段を選ばないし、プライドも捨てる奴だな」
「ふ、褒めるなよ」
「褒めてねえよ」
「あ、俺の誕生日は八の月二日だからな、プレゼントは貴金属類かいい女でよろしくな~」
ひらひらと手を振りながらセランは出て行った。
「あいつは変わらないというべきか、変わってないというべきか」
カイルはセランの背を見送り苦笑する。
こんなやり取りも久しぶりだった。かつては何気ない日常の一つだったのだが、今はそれがたまらなく楽しく嬉しかった。
「さて、これからどうするかな」
カイルは腕を組んで考え込む。
過去に来たのは間違いなさそうだがどうやって過去に来たのか。
過去に戻る魔法、またはそれに類するものは聞いたことさえない。
一人で考えていても答えは出ないだろう。できれば誰かに相談したいところだが事が事だけに下手な人物に相談できない。
現状で相談できそうなのは一人しか思い浮かばなかった。
「……やっぱり一人しかいないな、起きてればいいんだが」
頭をかきつつもカイルはその人物の元へと行くことにした。
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