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第一章
第4話 決意
 リマーゼの街には東に高めの丘がありその上には古い遺跡がある
 遺跡、といってもほとんどが朽ち果てており、残骸が残るだけだ。
 作られたのは千年以上前と歴史だけは古いがもうとっくに掘り尽くされており、トレジャーハンターと言われる遺跡荒しも見向きもしない。
 学術的な価値もないとのことで街の人間にも風景の一部として放置されている。

 だが石造りの土台部分は結構残っており隠れる場所もある。
 小さな子供には格好の遊び場で、カイルも小さな頃はよく遊んだものだ。

 その遺跡の上部に登りカイルは夕日をみていた。
 ここからだと街全体を見下ろせる為見晴らしがよく、ここから見る夕日が好きでよく見に来ていたのだ。
 こんなにも穏やかな気分で夕日を見ることが出来たのは一年ぶりだ。
「まさか、またこんな落ちついた気分で夕日を見られるなんてな」
 街全体を紅く染め上げる夕日を見ながらカイルはポツリと呟く。
「……いかんな、今日だけで何回泣きそうにになってるんだ」
 思わずまた涙ぐみそうになったがまあ今日ぐらいは仕方ないよなと、自分を納得させていた。

 今日の午後はリマーゼの街を色々と見て回った。
 街並みも出会う人も全て記憶のままだった。
 本当に過去に来たのだなと改めて実感したものだ。

 カイルは夕日を見ながらポケットから『神竜の心臓』を取り出し呟く。
「過去に戻る……あいつは何をやり直したかったんだ?」
 あいつとは当然、魔王の事だ。

 この時間移動は魔王がやろうとしていたこと。
 そしてその目的は過去に戻る以上は、当然何かをやり直したかったのだろう。
 その何かは解らないがおそらくはどんなものでも、何であろうとも犠牲にしてでも成し遂げたかったのだろう。
 さもなければ人族を滅ぼそうとしてまでこんな事はしない。
 だがそれを知る機会はもうない。
「やり直す……か」



「ここにいたの、探したわよ」
 突然の背後からの声に急いで『神竜の心臓』をポケットに隠すカイル。
 振り返らずとも誰かはわかる、リーゼだ。

 声色からして不機嫌なことがわかる、そして今朝のことを思い出す。
(起床直後に問答無用で抱きつきそのまま尻を揉みしだいて更には股間を押し付ける……)

「ごめんなさい」
 カイルは振り返りざま即座に土下座して謝った。

 はたから見れば今朝の行動は完全に性犯罪者だ。
 せっかく喜びに浸っていたのに牢屋行きにはなりたくない。

「……反省はしてるのね」
「妙な夢を見たのと寝ぼけていたのが重なってあんな奇行をおこなってしまった。こころから反省している」
 地面に顔をすりつけたままとにかく謝罪をする。

 しばらく無言の時間が続くのでカイルはそっと頭を上げ様子を見る。
 すると腕を組んで眼をつぶりむすっとしたリーゼの顔が見えた。
(よかった、それほど怒ってないぞ。本当に怒っているときは笑うからな、こいつ)
 それとミニスカートだから目の前には健康そうな太ももと、僅かに白い布が見える。
(白か……まだこの頃は色気のないものばかり履いてたんだな)
 ばれたら最後、頭を踏み潰されるか蹴り飛ばされるのは間違いないので気づかれないうちに顔を元に戻す。

 しばらくした後、は~っ、と大きくリーゼがため息をつく。
 根負けして許したときの合図、と判断したカイルが体から力を抜く。

「まったく、二人そろって謝るぐらいなら初めからバカなことしなければいいのに」
「二人?……ああ、セランの事か。あいつやはりお前のところにたかりにいったか」
「ええ、今のあんたと同じように土下座してたわ。ほんと似た者どうしね」
 呆れたように言いいながらリーゼがカイルの隣に座る。
 カイルも座りなおし二人で並んで夕日を見ることになる。
「あいつと同じと呼ばれることぐらいの侮辱はない気がするが……で、恵んでやったのか?」
「ええ、一回蹴り飛ばした後交換条件出してね」
「結局蹴られたか……で交換条件って?」
「ターアスの森にネルダの実取りにいかせたの。きらしちゃってたからね」
 ネルダの実はターアスという少し離れた森でとれる木の実で酸味が効いて美味しいこの地域のちょっとした名物だ。
「往復で半日はかかるな一食分にしてはきつくないか?」
「弁当もつけてあげたし文句言われる筋合いはないわ。それよりほんとに全部食べたの?四人分くらいは用意したのに」
「ああ、ついな。あんな美味いのを食べたのは一年ぶりだから」
「十日ぐらい前にも作った気がするけど……セランはともかくセライアさんまで『何か食べさせて~』と来た時にはどうしたのかと思ったわよ」
「……うちの母が迷惑かけてすまん、いやほんと」

「ロエールおじさんが帰ってくるまでは仕方ないから作りに行ってあげるから感謝しなさい」
「ロエ……?…………あ~親父か。いなかったな、そういえば」
 完全に忘れていたな、と影の薄い父親の事をカイルはようやく思い出していた。

 カイルの父ロエールは細工師で主に指輪や首飾りといった装飾品を作っていた。
 腕はいいらしいがその分作品作りには時間がかかるので評判は知る人ぞ知る、という感じらしい。
 無口で線の細い、いつも静かに笑ってるような人なのでとにかく目立たない。
 家事がまったくできないセライアとカイルの代わりに家の細々とした事をする、はたから見ればほとんど主夫のようだった。
 たまに何日かかけてこの国の首都に納品に出ることがあったのでおそらく今回もそれだろう。

「……あんた今おじさんのこと忘れてなかった?」
「そんな事はない、ちょっと思い出せなかっただけだ。まあそんな事よりも聞きたいことがあったんだ」
 父親をそんな事ですますとカイルは気になっていた事を聞いた。
「……隠し味って何だ?」
「隠し味ってスープの?」
「そうだ、色々試してみたがうまくいかなくてな、いったい何だったんだ」
「一応あれ家の秘伝ということになってるんだけど……」
「頼む、気になってしょうがないんだ」
 家族同然じゃないかというカイルに、やれやれという感じで答える
「さっきも言ったネルダの実よ」
「ネルダ?しかしあの風味をだすのには酸味がきつくないか?」
「下準備があるのよ。皮をむいて水にさらした後三日ほど影干しするの」
「なるほど! 今度試してみるか」
「あれって結構料理に使えるのよ。でも何時の間に料理なんかしはじめたの? 全然知らなかったわ」
「俺だって日々成長してるんだ。今度食べさせてやるよ」
「へ~、楽しみにしておくわ」
「その代わり掃除や洗濯頼むな、そこらへんはダメだ。あと料理もちょっと手伝ってくれ。それから片付けも苦手だからやってくれると嬉しい」
「それは成長と言えないわね」

 くだらなく他愛ない会話、しかし平穏な時間。
 この一年求めてやまなかったものだった。

「そういえばよく俺がここにいるってわかったな」
「あんたの行動なんて全部お見通しよ……ところで、今朝の夢って何見たの?」
 リーゼの何気ない言葉にカイルの動きがピタリと止まる。
「もしかしてあたしが死ぬような夢でもみたの?」
「まあ……そんな、ところだ」
「そっかそれであんなに取り乱したんだ……」
 そっけないふりをしつつもどこか嬉しそうなリーゼ。

 だがカイルは思い出していた。
 リーゼの死を。

 一年前、今の状況で正確に言うなら三年後、魔族領に近いこの町は魔族の大侵攻の際に真っ先に狙われた。
 緒戦の見せしめだったのだろうか、徹底的に破壊され焼き払われ住人は皆殺しにされた。
 目の前の街が地獄と化したのだ、あの時の惨状は決して忘れられない。
 そしてその時リーゼも……

 駆けつけたときにはすでに手の施しようがなかった。
 最後に見せてくれた弱々しいしい笑顔、腕の中で徐々に失われていくぬくもり。
 喉がかれるまで声をかけ続けたが二度と開かれる事のなかった眼……
 思い出すだけで全身の血が逆流するかのような感覚に襲われる。
 そして誓った、どんなことがあろうとも必ず仇を討つと。

「ど、どうしたの? 顔色が悪いわよ?」
 リーゼの声でカイルは我にかえる。
「い、いや何でもない」
「汗もかいてるし……」
「ちょっと気分が悪くなっただけだ、問題ない」
「ならいいんだけど」

 リーゼは口ではなんともないように言ったがカイルの突然の態度の変化に困惑している。
 正確に言えば怖かった。
 一瞬だけ見えたさっきのカイルの顔は初めて見た顔だ。
 怒りでも悲しみでも憎しみでもない、そんな言葉では計れない深い闇のようなものを感じさせる表情。
 カイルの事は何でも知っている、ついさっきまでそう思ってたのに根底から覆されたような、そんな思いだった。



 カイルは改めて思う。
 今は確かに平穏だ。
 だがこの平穏は三年後に終わる。
 これを知っているのは自分だけ、何もしなければ、またあの繰り返しになる。
 あの光景をもう一度見ることになる。

「させるか……」

「ど、どうしたの?」
 急に立ち上がったカイルにリーゼは少し心配そうな声をかけるが、カイルはかそれに答えずまっすぐに夕日の沈んだ方を見ていた。

 このままいけば家族も、故郷も、世界も、そして目の前の幼馴染も、全てを失うことになる。
 もう一度あんな思いはしたくない、絶対に。
 カイルは砕けるのではないかというくらい歯を食いしばる。

「変えてやる……」

 あの時こうしていれば、他に良い方法があったのでは、と後悔ばかりの一年だった。
 絶望のさなか誰かが言っていた。こうなったのは運命だ、あがらいようのない運命だと。
 諦めて受け入れるしかない運命として、自分を納得させていた。

「なら運命を変えてやる」

 奇跡的にも、やり直す事ができるのだ。
 この希望は絶対に離さない。

「あんなくだらない運命を、この世界の運命を変えてやる」

 カイルは血が滲むのではないかというくらい強く握り締められた拳を地平線に、夕日の沈んだ先に突きつける。
 その方向は西――すなわち魔族領の方向だ。

「俺が、必ず、どんな手を使ってでもだ!」

 カイルが一年前のあの日以来二度目の決意を固める。
 あの時は復讐、今度は守るための決意を。



 リーゼは突然立ち上がり、夕日に向かって叫びだしたカイルを目を丸くして見ていた。
(え? なに? どういうこと? 何急にわけわからないこと言ってるの? こいつ?)
 急に運命だの、世界だの言い始めたカイルが、誰よりも知っているはずの幼馴染が遠いところへ行ってしまった気になる。
 それも行ってはいけない場所にだ。
 さっきとは別の意味で怖くなってきたリーゼだが、何かに気づいたかのようにはっとなる。
「も、もしかして朝、強く叩きすぎたんじゃ」
 顔を青くしておろおろするリーゼ。
「どどどどどうしよう……こんな場合はえっと、えっと…………も、もいっかい叩けば治るかな?」

 決意に燃えるカイルは、それに負けないくらい思いつめた表情で握りこぶしをつくっている背後のリーゼには気づかなかった。
リーゼは家庭的な暴力系ヒロインです。

ここまでが序章という感じで次回から世界を救うための行動を開始します。

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