カイルの住むレナード家はリマーゼの街の外れのほうにある。
三階建てで庭も広くこのあたりではちょっとした豪邸だ。
街の様子を見に行きたい誘惑にも駆られたが目的の庭の隅にあるはなれへと向かった。
石造りの頑丈な平屋だが窓の一つもなく高さも低い建物だ。
扉をあけるとすぐに階段で急な下りになっている。
一階分ほど降りた後にある頑丈な扉を開けるとこの部屋特有の、懐かしい匂いがした。
その部屋には本棚が所狭しと立っており、本もぎっしりと詰まっているかのように並んでいる。
窓一つなく、壁にかけられているのは【ライト】の魔法が込められた魔道具で、半永久的に光っている高価なものだ。
特にこれは本にダメージを与えないよう明るさを調節された特注品で他にも湿度と温度を最適にするよう建物全体にも魔法がかけられている。
この半地下の書庫は日光や湿度、温度など本の大敵になるものは全て排除された見た目からは想像も出来ないほど高度な魔法と金をかけられていた。
肝心の書物も幅広くそろえられてあり、子供向けの絵本から古代魔法王国期の禁書まである。
そして部屋の中心にあるテーブルには山のように本が積まれている。
その本の山に半ば埋もれるかのような格好で本を読んでいる女性がいた。
その女性はカイルに気づくと顔をあげにっこりと微笑んだ。
「あら、カイルちゃん。ここに来るとは珍しいわね。しかもこんな時間に」
いた、いてくれた。
いるだろうというのはわかっていたが実際に会うとやはり胸にこみ上げてくるものがあった。
そんな内心を隠しつつカイルは話しかける。
「もうとっくに朝だよ。また徹夜で本読んでたのかよ、母さん」
「え? あ、もう朝なの?……やっぱりここだと時間がよくわからないわね」
欠伸をしつつ答えたのはカイルの母セライアだ。
とっくに三十はすぎているはずだが童顔で髪を短く切りそろえており、小柄なのも相まってか実年齢よりはるかに若く見える。
カイルと並ぶと親子よりもせいぜい姉弟と言ったところだ。
肌のきめも細かくリーゼは常々絶対にあやしげな儀式か魔法薬でもつかってるに違いないと言っていた。
「実はちょっと質問があるんだ」
カイルの言葉にセライアはきょとんとした顔で息子を見る。
「ますます珍しいわね、私に聞きたいことがあるなんて……あ、お父さんとの出会いの話ならいくらでもするわよ。あれは今から二十年前の……」
「それはまた今度で」
嬉々として話しだそうとする母を止めるカイル。
父との馴れ初めの話は喋りだすと何時間でも続けるのでカイルにとっては小さな頃からのちょっとしたトラウマだ。
「聞きたいのは魔法のことなんだ」
「魔法のこと? まあ私でわかることなら」
「母さん以上に詳しいのはそういないだろうに……」
魔法には大きな系統で三種類ある。
神々の力を借りて奇跡をおこなう神聖魔法。
精霊を使役して主に土水風火に作用する精霊魔法
そして古代魔法王国期に開発され学問の要素を多分に含んだ古代語魔法だ
このうち人間が主に使うのは神聖魔法と古代語魔法でセライアは古代語魔法の使い手だ。
古代語魔法は難易度で大まかに分けると最下級魔法、下級魔法、中級魔法、上級魔法、最上級魔法、特級魔法の六つに分かれる。
そして使いこなせる魔法により使い手には称号が与えられる。
最下級魔法を使える者は『呪い士』、下級魔法で『妖術士』、中級魔法で『魔法使い』、上級魔法で『魔道士』、最上級魔法で『大魔道士』と呼ばれている。
特級魔法の使い手になると人族全体でもそれこそ数えるほどしかいないので個々の称号を持っていた。
有名なところではスーラ聖王国の『輝かしき』サキラ王女がいる。
そしてセライアは大国でも数人しかいないといわれている『大魔道士』にあたる。
嘘か本当かしらないがガルガン帝国の宮廷魔道士に最年少で推挙されたこともあったらしい。
だが現在は若いころ稼いだ分とカイルが生まれる前に亡くなったという祖父がかなりの資産家だったのでその遺産を使い道楽の本集めをしながら暮らしている。
なぜこんな辺境といえる街で隠居のような生活をしているのかはカイルも知らないし、聞いてもはぐらかされるだけだった。
ただ魔法の事を聞くのにこれほど相応しい相手はいない。
「あの……過去に戻る魔法なんてあるのかな?」
「あるわよ」
セライアは何でもないことのようにあっさりと言った。
「あ、あるの!?」
「ええ、あまり知られてないけど時間に干渉する魔法は確かにあるわ」
「だけど聞いたことさえないぜ。そんな便利な、いや反則な魔法は」
「そう考えるのは当然ね。あるというだけで誰も使うことが出来ないのよ。詳しい理論を説明するとそれこそ何日もかかるから省くけど、時の流れに干渉する魔方理論はすでにみつかってるの。使えないのは単純に魔力量の問題ね」
魔力とは魔法を行使するためのエネルギー源のようなもので魔法を使う者は必ず持っている。
これが多ければ多いほど魔法の数を多く使えたり、単純な最下級攻撃魔法でも威力を上げ強力にする事もできる。
「もし時間の魔法にランクをつけるなら特級魔法の十個以上は上になるわ。人間どころか竜や神だって使えない。解りやすく例えるなら時の流れを大河の流れとしたら、人間なんてせいぜい蟻ぐらいなのよ。蟻が川の流れをどうにかできると思う?」
「そりゃ……無理だな」
「歴史上最も偉大な魔法使いが命を削るかのように魔力を振り絞っても刹那の時を変えられることすら無理でしょうね」
だから知ってる人さえほとんどいないのよ、とセライアは言う。
「そっかあ……じゃあもし数年過去に戻るとしたらどうすればいい?」
「年単位? それこそ途方もない魔力が必要になるわ。一度にそんな魔力を確保するのは……どう考えても不可能ね」
というか考えるまでもないわ、と頭から否定する。
「魔道具なら?」
カイルの言葉にああ、と声をあげる。
「なるほど、面白いわね。魔道具なら魔力を保管できる。それに一度に込める必用はないから……手間や時間はかかるけど時間魔法に限って言うならそっちのほうがいいわね」
セライアはう~ん、としばらく考えた後やっぱり無理ねと首を振る。
「でもちょっと考えただけでも問題はいくつもあるわ。まず込める魔力の確保ね。時間をかければ用意できるかもしれないけど、一人だと『大魔道士』クラスでも千年かけても無理ね」
「……もし、禁呪の儀式を使ったら?」
禁呪の儀式、それを聞いたときセライアの顔がくもる。
「ええ、確かにあの外法なら大量の魔力を集められるわね……どこで知ったの?」
禁呪の儀式とはいわゆる生贄の儀式というやつで命を魔力に変換するというもので莫大な魔力を得ることが出来る。
その生贄には魔法を使えないものでもいいので、かつては闇に落ちた魔法使いが村一つを犠牲にして邪悪な魔法実験を行うという事件もあったくらいだ。
その為滅多な事では教えられない、存在も明かされていない。
「ちょっと本で読んだだけだよ。詳しくは知らない」
あの戦いの末期、他に手のなくなった人族はこの禁断の手段をとろうとするまでになっていたのだ。
もっとも本当に手を出す前に更にどうしようもないところまで追い込まれ、あの最後の賭けにでたのだが。
「そう……けど例えその禁呪を使っても無理よ。年単位の時を戻すのに必用な魔力ともなるとそれこそこの大陸の人族が半分は必要になるわ」
「そうだね、人族半分を生贄にした魔道具作成なんてできるわけがない」
つまりそれだけの数を犠牲にすれば必要な魔力量はあつまるという事だ。
カイルは思い出す、魔王城の周りに積み上げられた山のような、いや山脈と言っていいほどの死体を。
大陸中から捕虜として連行された人族の成れの果てでそれらは全て生命力を吸い取られた枯れ木のようになっていたのを。
「もう一つ問題としては触媒ね。普通の魔法ならそこらの魔石なり宝石なり大丈夫でしょうけど、それだけの魔力に耐えられる触媒は存在しないでしょうね」
魔力を受け入れる触媒は魔石と呼ばれる特殊な石や宝石が使われることが多い。魔力を吸収、温存しやすいためだ。
だが受け入れられる量には魔石や宝石にもそれぞれ限界があり、それを超えれば当然壊れ魔力の暴走、爆発ということになる。
「もし可能性があるとすれば伝説の『神竜の心臓』くらいかしらね」
「なにそれ?」
「え~っと……これね」
セライアは乱雑に詰まれた本の山の中から一冊の古い本を取り出す。どうやら無秩序に見えても本人は置き場所を把握してるらしい。
「ああ、これこれ。これが伝説になっている『神竜の心臓』よ」
本を開いて見せる。そこには『神竜の心臓』に関する逸話と宝石の描かれた絵が載っていた。
はるか太古、もっとも力があり神々よりも上といわれた竜がいた。
その竜も最後には死ぬのだがその死骸には悠久の時を生きた神を超える竜の力の残滓が残されていた。
その遺骸を手に入れたのが人間の古代魔法王国ザーレス。
そしてザーレスは遺骸から途方もない魔力を秘めた『神竜の心臓』を抽出することに成功する。
ザーレスは無尽蔵ともいうべき魔力を手に入れたことにより千年もの間繁栄しつづけた。
ただその『神竜の心臓』の魔力も長い時間を、それこそ千年以上もの間使われ続けついに枯渇することになる。
それが人族の歴史上もっとも栄華を極めた古代魔法王国ザーレスの滅んだきっかけだった。
「で、空っぽになったんだけど、空になっただけだからそれに魔力を込めることもできるの。おそらく最高の器になるわ」
「なる、ほど、ね……」
カイルは無意識にズボンのポケットの上から握り締めた。
その絵そっくりなあの宝石を。
「ただザーレスが滅んだ時行方がわからなくなったの。もう千年近くになるからまだ現存してるかしら? もしかしたらもう人族の手元にはなく魔族の領域にあるかもね」
「うん、そうだね……」
「その他にも作成の為に必要な魔法陣も規模に応じて大きくなるわ。おそらくちょっとした町くらいの大きさになるでしょうね。風雨にさらされてもだめだから室内ということになるわね」
「…………」
魔王の間は広かったそれこそ街が入るくらいの広さだった。
そして床には魔族の文字がびっしりと刻まれており入ったときはその異様さに圧倒されたが、調べる余裕もなかったのでそのまま戦いに突入したのだ。
「……つまり数年過去に戻るとしたら街一つ分の大きさの魔法陣を作り、伝説の『神竜の心臓』を用意して、この大陸の人族半分くらいの生贄をささげる……こういうこと?」
「そうなるわねぇ。ね? そんなの不可能でしょう?」
「うん、そりゃ不可能だ……」
カイルはセライアと目をあわさず呟くように言った。
「しかし妙なこと聞いてくるわね。まるでカイルちゃんが未来から来たみたいじゃない?」
「はははなにをいっていいるんだよそんなことあるわけないじゃないか」
「それもそうよね、安心したわ」
あははは、と二人で笑いあった(カイルの方はかなり乾いた笑いだったが)。
我が母ながらこうまで単純で大丈夫かと多少心配になったがとりあえず考えないことにした。
「それにしてもカイルちゃんとこんなに長くしゃべったのは久しぶりね」
「そう……だっけ?」
「そうよ。だって最近カイルちゃん明らかに私のこと避けてたもの」
「あ~そんな事はないつもりだったけど……」
そういえばそうだったな、とカイルは思い出す。
ちょうどこれくらいの時期はたいした理由もなく母親を避けていたのだ。
思春期といってしまえばそれまでだが、今となっては何故そんな事をしたのか自分でもよくわからない。
「まったく寂しかったわ。息子に嫌われるなんて母親失格じゃないかと思ってたんだから」
「確かに母さんは見た目も態度もなってないと思う。ずぼらだし出不精だし、本のこと以外はろくに興味を持とうとしない。家事もだめだし母親らしいことはほとんど苦手ときている。世間一般から見てもとてもじゃないが立派な母親とは言えないな」
「うん、自覚はあったつもりだけど我が子に真顔で言われるとさすがに傷つくわね……」
「……それでも俺にとってはただ一人の母さんだし、これ以上の母親はいないよ」
そしてもう二度と失いたくはなかった。
「もう、可愛い事言ってくれるわね」
セライアが笑顔でカイルを抱きしめる。
背も体格もカイルのほうが大きいから抱きつく形になるが。
以前のカイルだったらすぐに離れただろうが、今は懐かしさと嬉しさと照れくささとで涙をこらえるのに必死だった。
さすがにここで泣いたら不審がられるだろうと顔を少しそむけ耐える。
その様子を見て少し首をかしげるセライアだったが、また笑顔になると更に強く息子を抱きしめた。
「さて話していたらお腹すいちゃったわ。たしか今日はリーゼちゃんがご飯作ってくれてるはずよね。あの子料理上手だからね~」
楽しみだわ、と足取りも軽く家に向かおうとするセライアを見てカイルの顔が引きつる。
「あ……ごめん、つい全部食べちゃった」
考えてみれば母さんの分もあって当然だったなと思い出す。
セライアもそれまでの笑顔が凍りつく。
「……そう、それじゃあしょうがないわね。母さんはいつもどおり保存食でもかじってるから、ふふふ」
「いや、そのごめん、ほんと」
「ううん、いいのよ……ああ、そういえば今日はカイルちゃんの誕生日よね。朝ごはんは誕生日プレゼントにあげるから……ふふふ」
「いや、だから安くないか?俺の誕生日プレゼント?」
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