家入さんが非常に共感できる主張を投稿されていますが、ぼくも思うところが大変あるので書いてみます。
区が無報酬デザイナー募集…抗議殺到、計画中止 : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)
不可避の変化に抗うな
大阪市天王寺区は1日、区のポスターなどを民間デザイナーに手掛けてもらおうと、「任期1年、無報酬」の条件で募集したところ、プロのデザイナーらから「業界をバカにしている」などと批判が相次ぎ計画を取りやめた、と発表した。
従来、区制作のポスターやチラシは職員がデザイン。昨年8月に就任した元NHK記者の水谷翔太区長が、「民間の力を生かしてよりよいものを」と発案した。
ところが、2月4日に募集を始めたところ、電話やメールで抗議が殺到。6日にはアマチュア限定に変更したが、「業界への配慮を欠くことに変わりない」「正当な対価を払うべきだ」などの意見が続いた。
「業界をバカにしている」という物言いが、激しく引っかかります。それ、正義を語っているようで、既得権益守りたいだけじゃないか、と。
この手の「プロ・アマ論争」は、いままでも、これからも、問題になってくると思います。すでにかなり既視感がありますよね。最近だと「無断で全文転載するSmartNewsはクリエイターをバカにしている」みたいな話がありました。
関連記事:SmartNews問題、転載されているブロガーとして思うこと
ぼくのスタンスは、「どう考えても抗えない構造変化」に対しては、その変化を遅らせようと努力するのではなく、むしろ加速する側に回り、利益を得られるようにするというものです。
たとえばSmartNewsの話では、「自分の記事が転載される」というのは、業界構造として不可避の変化です。「無断転載禁止!」「SmartNewsを潰せ!」と抵抗することもできますが、長い目で見れば、結局転載は一般的になっていくはずです。現に「転載」そのものであるNAVERまとめは、ウェブ上の大人気コンテンツとなっていますし。
転載が不可避の流れだとするならば、ビジネスモデルをそれに合わせて作り替えなければなりません。具体的にいえば、バナー広告重視から、コミュニティ重視のマネタイズ戦略に切り替える必要が出てくるでしょう。
コミュニティで課金するようにすれば、認知度向上に役立つ「記事の転載」は、むしろ歓迎すべきこととなります。「転載は業界をバカにしている!」と叫ぶのではなく、「むしろどんどん転載してください!」と、波に乗る側に回れるわけですね。
デザインの無償化(単価の下落)の流れも、やはり不可避の変化です。業界を守れ!といくら叫んだところで、せいぜい数年、自分の職業的な寿命が延びるだけです。抵抗した分だけ、新しい変化への対応が遅れます。無駄に抗うことは、結局は身の破滅を招くことになるでしょう。
家入さんの投稿より。
一億総クリエイター時代がくる!なんて理想郷の様に僕もみんなも口にしてたけど、そんな時代が本当に訪れた時、プロフェッショナルとアマチュア、メジャーとインディーズなんて境界線は全て曖昧になり、今までプロとして食えてた人が食えなくなるんだよ。儲かるのはプラットフォーマーだけ。
避けられない流れの中で、これらの事をある意味警告の様に発信し続けてるつもりなんだけど、旧来の人たちにどれだけ伝わってるのか不安になる。表現者はニコ動の登場に喜んでる場合じゃ無いんだよ、まじで。表現者が表現だけでは食えない時代がくるんだよ…
ぼくら創作者側が持つべきは、まさにこの「表現者が表現だけでは食えない時代がくる」という危機感です。
業界構造に甘んじて、自分の作品を作りつづけているだけでは、食っていけなくなります。市場を読み、ビジネスを自分で開拓していかなければなりません。無数のアマチュアに浸食されるプロの空間を、どう聖別することができるのか、つねに考えつづけなければなりません。
ぼく自身、死ぬまでもの書きをやっていきたいと考えています。「表現活動」が民主化されていくなかで、これはかなり厳しい道であるとも自覚しています。相当な量を書かなければならないでしょうし、無論、高い質も求められつづけます。でも、ぼくは文章を書くのが好きなので、挑戦しつづけたいのです。
これからも不可避の変化はぼくらを襲いつづけるでしょう。遠くの方には、明らかにヤバいビッグウェーブも見えています。いつまで波を超えられるかはわかりませんが、呑まれぬよう努力しつづけるのみです。こういうゲームから脱出できるのはいつのことなのか…。
関連本。グローバリゼーションによるコモディティ化とどう戦うか、というテーマを扱った一冊です。「ビジネスマンはアーティストになるべきだ」というのは共感できる指摘。逆に「アーティストはビジネスマンになるべきだ」というのも言えるでしょうね。