しゃらら。
金糸銀糸の縫い取りが施された豪奢な絹の衣装に身を包み、ゆっくりと回廊を進む異国の姫君。
歩を進めるたびに、結い上げられた髪に飾られた繊細な飾りが華奢な音を立てる。
栗色の巻き毛はゆるく結い上げられ、ほっそりとした首筋を強調する。
重々しい衣装が姫君の肢体をよりいっそう幼く見せていた。
翡翠のような翠の瞳は、控えめに伏せられ雨にも耐えぬ風情だ。
ゆっくりと姫君が進む回廊は世界の3分の1を占める神聖ブリタニア帝国の皇宮だ。
そして、姫君が進む先の姫君の背丈の5倍はありそうな大きな扉が重々しく開く。
ようやく14歳になったばかりの姫君は、震えそうな己の足を叱責し、落ち着いた振りを必死に取り繕いながら広間の正面に据えられた玉座の前に進む。そして、緋毛氈の上で静かに頭を垂れた。
「お待ちしておりましたよ、『月の姫』」
そう言って、玉座に座る皇帝よりも先に優しげに笑みを浮かべて話しかけてきた男を、姫君は見つめた。
男の名は、シュナイゼル・エル・ブリタニア。神聖ブリタニア帝国第99代皇帝シャルル・ジ・ブリタニアの第二皇子だ。
190cmを優に越える長身は、160cmに満たない姫君に取っては見上げるほどだ。
「枢木スザクでございます。ふつつかものではございますが、末永く可愛がってくださいませ」
姫君の名は、枢木スザク。日本国の祭事を取り扱う枢木家の巫女姫だ。
神聖ブリタニア帝国と日本国は、地下資源サクラダイトの利権を巡り対立し、開戦した。しかし、その戦争は2ヶ月と保たず、質量共に増さる神聖ブリタニア帝国に日本国は敗戦した。
その敗戦により、日本国はあらゆるものを失った。
それは、国の名前。日本国はもうない。今は『エリア11』と番号で呼ばれる。
それは、日本人としての誇り。日本人はもういない。今は『イレブン』という数字で呼ばれる。
そして、日本国の象徴でもある枢木の巫女姫。
スザクは敗戦の貢物として、神聖ブリタニア帝国の第二皇子の妃に召し上げられたのだ。
スザクが神聖ブリタニア帝国に望まれたのには、理由がある。
もちろん、スザクが『キョウト六家』と呼ばれる日本国屈指の名家の血を引くことはもちろんだが、スザクには利用価値があると判断したのだ。
枢木の家には、『巫女』と呼ばれる能力者が時折生まれる。
巫女の印は、翡翠のような翠の瞳。日本人には現れることのない色の瞳を持って、巫女姫は生まれるのだ。
『枢木の巫女姫を得たものは、世界を握る』
古来より、そう言い伝えられてきた。
実際に、その昔、枢木の姫を妻に迎えた武将は将軍にまで上り詰めた。
その後も、代々の天皇家や実力者の妻には、枢木の姫がたびたび迎えられた。
シュナイゼルがスザクを妻に迎え入れることになったのも、スザクが『巫女姫』であるからだ。
現実主義者のシュナイゼルは、スザクが『巫女姫』で本当に世界を握るほどの力を与えてくれるとは思っていない。しかし、そんな力を持つと信じられているスザクをそのまま日本国に捨て置くわけにもいかない。皇帝自身の妻にという話もあったが、さすがに後宮に100人を越える愛人を囲う皇帝の下への輿入れは敗戦国であるとはいえ日本人の反感を招く。そこで、30になろうというのにまだ正式な妻を持っていないシュナイゼルの下へということになったのだ。
「『月の姫』、今日はもうお疲れでしょう。お部屋をご用意いたしましたので、そちらにご案内いたしましょう」
『月の姫』と呼ばれるたびに、スザクの表情が曇った。
シュナイゼルは、その意味をまだ理解できていなかった。