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「産まれる」の「れる」は受け身の助動詞であってますか? 自発ですか? それとも...

momorinngotakoさん

「産まれる」の「れる」は受け身の助動詞であってますか?

自発ですか?
それとも「うまれる」で1つの動詞扱いでしょうか。

いつだったか読んだ国語の試験の小説で
「I was born.受け身形だよ。僕たちは産まれるんじゃ無い、産まれさせられるんだ。」
みたいなことを言っている少年がいました。
でも産まれるも産まれさせられるも受け身と考えれば、同じ意味ですよね?
日本語でも産まれるは受け身形に思えるのですが、

「I was eaten.僕たちは食われるんじゃ無い。食われさせられるんだ。」
変な文ですが両方食べられてるに変わりはありません。

「産まれる」の「れる」は何者になるのですか?
少年が言っていることが変なのですか?


文法はそんなに得意では無いので親切な解説をよろしくお願いします。

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回答

(4件中1〜4件)

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petit_puisさん

【うまれさせられる】

「うまれる」の「れる」が該当する可能性としては、次のいずれかです。
1.自動詞「生まれる/産まれる」の一部
例:「口から先に生まれる/子が産まれる」
2.他動詞「生む/産む」についた、受身や可能や尊敬の助動詞「れる」
受身例:「鳶に鷹を生まれる/第一子を妻ではない女性に産まれる」
可能例:「鳶にも鷹が生まれる/妻でなくとも子を産まれる」*現代では「~まれる→~める」とするのが自然
尊敬例:「鳶様が鷹を生まれる/社長の後継ぎを愛人様が産まれる」(皮肉の感が強い尊敬語の例ではありますが)

「生む(=生じる)」というもともと無意思のものと、
「産む」という強い意志のあるものなので、
「人間の意志を離れて自然にそうなる。そうなるのが当然だ」ということである
「自発」は馴染まないのだと思います。

なお、Wikipedia - 自発 には次のようにありました。
> 受身:動作主を「に」、被動者を「は」「が」で表す。
> 可能:動作主を「は」「に」、被動者または具体的行為を「が」(「を」でもよい)で表す。
> 尊敬:動作主を「は」「が」(かしこまった言い方では「には」)で表す。
http://p.tl/WuLT
(WikipediaのURLを貼れなかったので短縮しました)

さて、
「I was born まれさせられる」で検索すると、原文と思われるものがヒットしました。

> I was born さ。受身形だよ。正しく言うと人間は生まれさせられるんだ。
http://ym212152646.fc2web.com/poem-h.y.html

前の回答者さんもおっしゃるように、表記は「生まれる」のようですね。

「生まれる」は自動詞の意味を持っているところが、「食われる」とは違うところです。
したがって、「生まれさせられる」という表現は、
「自動詞+受身」であると解釈でき、受身の二重表現にはならないと思います。
むしろ、「生まれる」だけでは「受身」と取ってもらえない恐れがあり、
それを避けるためには、「生まれさせられる」という表現が必要だったのだと思います。


momorinngotakoさま

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  • 編集日時:2013/3/5 16:08:52
  • 回答日時:2013/3/5 16:04:26

aop2828さん

「うまれる」の「れる」は、次の1・2両方です。
1、自動詞「生まれる」の一部
2、他動詞「産む」についた受け身の助動詞「れる」

その作品は吉野弘の散文詩だと思います。詩での表記は「産まれる」でなく「生まれる」「生まれさせられる」です。
赤ん坊が「生まれる」=「誕生する」という使い方をする1語の自動詞です。語源は「産む」+受け身の助動詞「れる」です。
詩の少年は妊婦を見て、赤ん坊がひとりでに「生まれる」のではなく、母親の「産む」という行為によってこの世に生み出されるのだから、「産む」+「れる」という受身形なのだ、と気づきます。「生まれる」というと(自動詞ですから)ひとりでに、あるいは赤ん坊自身の意志でこの世に誕生したかのようですが、語源からして、「生まれる」ということを他者(母親)によって「させ+られる(使役の受け身)」のだ、という思考の流れになっています。

kokugoloverさん

1.ウマレルは,語源までさかのぼればウムの受身表現でした.万葉集にも「所生」でウマル(ウマレルのふるい言い方)とよませている例があったように記憶しています(「所」は漢文で受身をあらわす).したがって,英語において``be born''と表現するのと,軌を一にしています.

2.1に述べた内容自体は正しいのですが,ウマレサセラレルは,受身+使役表現です.この点において,その小説の内容はあやまっています.

3.語源自体は1のとおりですが,次第に語源に対する意識はうすれてゆくものです.したがって,今日においてウマレルがウムの受身であると認識している人はあまりいないでしょう.そのため,一般に,文法上はウマレルで独立の1語とみなすのです.

bannkohukyuuさん

「産まれる」で一つの単語です。
「産む」は他動詞,「産まれる」は自動詞です。

付記>
他動詞の「産む」に助動詞の「れる」が接続するのは,尊敬以外は 極めて特殊な用例ですね。
「○○さんの奥さんが女の子を産まれた。」
このときの「産まれる」は,他動詞の「産む」に尊敬の助動詞「れる」が付いたものです。
しかし,「産む」に受け身や可能の「れる」が接続するケースはちょっと思い付きませんし,自発の「れる」が接続する可能性はまったくないと思います。
小説中の少年が言っている「I was born.」は確かに受け身ですが,こうした受け身表現は,日本語には馴染みません。
そうしたことから考えて,通常の場合,「産まれる」は やはり一つの単語(自動詞)であることが明らかです。

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  • 編集日時:2013/3/1 23:27:34
  • 回答日時:2013/2/27 20:19:20

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