テーマ:旅:2012
大神神社を出て
昼食に
三輪そうめんを頂いて
鳥見山に向かいました
鳥見山は
2ヶ所あるようで
宇陀市の鳥見山です
ここには
ヒミコの夏の居城があり
その後
トヨさんが住んでいました




そして
いよいよ玉置山へ
かなり急いだけど
玉置山に着いた時には
夕方5時を過ぎてました





テーマ:旅:2012
テーマ:旅:2012
2012年8月7日
この日
最初の訪問地は
竹取公園
かぐや姫の郷だそうです


巣山古墳

そのあと
箸墓古墳を車中から見て
大神神社(おおみわ)へ
最初から
こんな感じです



大神神社は
トヨさんの
プライベートの祭祀場で
桜井市の鳥見山が
公式の祭祀場だったそうです


巳の神杉





この日は七夕
それぞれに
短冊に願いを書いて・・


いつまでも
ここに留まっていたい気持ち

拝殿の後ろの
三つ鳥居を見せて頂きました。
写真はありません。
間近で説明を受けるのですが
三輪山からの神気というのでしょうか
その空間だけ
まったく違った感覚でした
そのあと
くすり道を通って

狭井神社(さい神社)へ

テーマ:学び・葛藤など
私がずっと感じていた
恐怖のひとつに
自分の死ではなく
自分の
家族や大切な人が
苦しむ姿をみることへの恐れがありました。
自分の
家族や大切な人が
亡くなるのをみることへの恐怖。
私は
あの当時
トヨさんや
一緒にいた大切な人たちが
無惨にも
目をそむけたくなるような
残虐な方法で
殺されていくのを見ていた
私自身も
殺されていますが・・
何度か
抽象的な夢をみて
その後
その夢が
トヨさんのときのことだと
わかったとき
何とも言えない
絶望的な気持ちになったこともあります。
姫路城のときも同じ。
だから
死や苦しむ姿から
目を反らしたかったし見たくなかった。
でも
残虐な殺害現場は
目を閉じれば見なくてすむけど
耳はいくらふさいでも
完全にふさぐことはできない。
心を閉じて
感じないようにしたくてもできなかった。
どれだけ
自分の叫びで
ごまかそうとしても
ごまかすことはできない。
Aさんに言われた
「耳」のメッセージは闇からの囁き。
私の
見たくなかったもの
感じたくなかったもの
逃げたくて
逃げたくて
でも逃げられなかったもの。
その理由の一端が
ここにあったとは・・
だけど
とても納得しています。
玉置山に行く前に
こんなに
すごいことが分かって
Aさんの封印も解けるし
というか
自分の封印は
人に解いてもらうものじゃない。
自分にしか解けない。
Aさんが
こうやって回ることで
Aさんの封印を解いて
そして
それぞれに
自分の封印も解いていく。
素晴らしい体験をさせてもらっていると
つくづく感じています
テーマ:妄想・幻想
古代史(1)から
読んで頂けると嬉しいです
トヨさんの家系
出雲の直系として
スサノオ、ニギハヤヒ、猿田彦と続き
日向のヒミコと
出雲のスサノオとの
政略結婚で生まれたのが市杵嶋姫(イチキシマヒメ)
出雲系の猿田彦と
出雲・日向のハーフの
市杵嶋姫が結婚して生まれたのがトヨさん。
トヨさんからみると
父:猿田彦(出雲)、
母:市杵嶋姫(ハーフ)
父方の祖父:ニギハヤヒ(出雲)
父方の曽祖父:スサノオ(出雲)
母方の祖父:スサノオ(出雲)
母方の祖母:ヒミコ(日向)
※このあたり
徳川、織田、浅井の血をひく
千姫と似てるなぁ~と
個人的には思ってしまいます。
* * *
【日向族】
イザナギ・イザナミ夫婦→ヒミコ・・裏の日向族として物部氏・藤原氏など
【出雲族】
布都(ふつ)→スサノオ→ニギハヤヒ・・蘇我氏
物部氏の出身地は
壱岐・対馬とか
高天原(たかまがはら、高千穂?)とか言われてます。
どちらにしても
九州で
日向族と親交があっても不思議ではない。
もともと日向族かもしれません。
藤原氏も日向族出身
と言われていて
また百済の豊璋王子と
中臣(藤原)鎌足が同一人物
という説もあり
百済と藤原氏との関係は密接です。
それに対して
出雲のスサノオは新羅派。
スサノオを祀っている
姫路の広峯神社の麓にある
白国という地域が
新羅の人たちの集落だったという説もあり
なるほど~と思います。
歴史上は
物部氏の始祖がニギハヤヒということですが
これは
物部氏が封印したニギハヤヒを
隠れ蓑に使ったと思います。
誰も自分たちの祖先を
封印したなんて思わないだろうし
物部氏は自分たちを
蘇我氏に滅ぼされた存在にしてしまっているから。
さらに
圧倒的な出雲の勢力に
あくまでも敵対した人たちがいた。
それがヒミコの義弟たちで
彼らは四国へ渡り
反撃の機会を待って
綿密に時間をかけて準備していた。
実際には
邪魔なトヨさんを消すために
ヒミコの義弟たちが
物部氏と結託して
伊香色謎命を送りこんで
時間を掛けて、いろいろ仕掛けた。
伊香色謎命は
孝元天皇の妃で
開化天皇の皇后でもあり
この伊香色謎命から
物部氏が繁栄していったと言われています。
トヨさんを殺すように
指示して実行したのは
物部氏であり
ヒミコの義弟たちの一族だと思います。
出雲族の力を
封じる手段として
呪術や毒などで
トヨさんの動きを封じ込めたあと
かなり残虐な方法で殺害
それだけ
トヨさんの力を恐れていたということですね。
トヨさんに
掛けられた封印は
「忘去・・我を忘れ去る」
トヨさんの身近にいた
巫女たちも同じように殺されました。
多くの巫女が
殺されたわけではなさそうです。
なぜなら
あまり多くの巫女がいなくなると
誰もが不審に思い噂になってくるから。
トヨさんと
巫女6人の女性
神官1人男性
護衛2人男性
この10人が
殺されて山中に埋められ
さらに
ある場所に封印されました。
この中の2人は
どうやら
相手方と内通していたようで
最終的に
口封じの意味も含めて
殺され埋められたようです。
すでにAさんは
全員と会っています。
ちなみに
2012年10月に
その場所で
Aさんが封印を解く作業を行い
封印されていたエネルギーは
各自の元に戻って行きました。
私もその作業に立ち会いましたが
感動というよりは
緊張と焦りと
冷や汗ものの作業でした
テーマ:妄想・幻想
こんな推理してみました。
日向族→神武天皇→物部氏
出雲系→大物主→蘇我氏
こんな感じで
繋がっているとして
トヨさんは出雲系。
本来の太陽神の
天照大神と繋がっていて
三輪山に祀っていた。
ところが
権力争いで
物部派の人たちが
巫女のニセの
ご神託によって大物主を封印し
それを知ったトヨさんたちを殺した
時代が下り
蘇我氏と
物部氏との勢力争いで
今までの日本正史(日本書紀、古事記)では
蘇我氏が物部氏を滅ぼしたうえ
聖徳太子の息子一族を殺して根絶やしにして
自ら天皇にとってかわろうとした極悪人。
その蘇我氏を滅ぼしたのが
天智天皇、中臣(藤原)鎌足
となっているけど
最近では
蘇我氏が天皇に成り替わろうとした事実はない
というふうな
見方をしている研究家も出てきているそうです。
むしろ
蘇我氏は天皇を守ろうとしていた
という資料が見つかっていると
読んだことがあります。
裏歴史を調べる人が増えてきて
藤原氏が歴史を改ざんしたことは
今では、わりと知られてきてるようです。
この時代で悪といえば
蘇我氏=新羅系
もっと遡れば
ニギハヤヒ、スサノオ
イザナミ(黄泉の国のイメージを植え付けられた)
改ざんといっても
二重三重にトリックをかけている。
物部氏は物部氏自らを
表向きの歴史上は滅ぼして
蘇我氏と
それに繋がる誰かを
後の世まで封じ込め
さらに
悪人扱いされるようにして
実際の物部氏は地下へ潜った。
日本書紀や古事記を
直接に改ざんしたのは、藤原氏。
改ざんを命じた黒幕は地下に潜った物部氏。
物部氏自体を滅ぼされた形にして
歴史の表舞台から消えて地下に潜って
ニギハヤヒや
ニギハヤヒに繋がる人たちを
徹底的に封じ込めてるという感じ。
ニギハヤヒの政策とかが
物部氏にとって都合が悪かった?
だから
邪魔物は消して、力も徹底して封印した。
一般的には
「物部氏=ニギハヤヒの祖先」説が
有力のようですが・・
ん~~~
わかりません
テーマ:妄想・幻想
いろいろなサイトから
台与(トヨ)さんについて、まとめてみました。
これも
真実かどうかはわかりませんが
妄想話の参考にさせて頂きました
☆家系
父:猿田彦(出雲)、
母:市杵嶋姫(ハーフ)
父方の祖父:ニギハヤヒ(出雲)
父方の曽祖父:スサノオ(出雲)
母方の祖父:スサノオ(出雲)
母方の祖母:ヒミコ(日向)
☆本名
「波」
継承権保持者名
「豊依」
☆家族
夫:忍穂耳(オシホミミ)
子:天津彦根(ニニギ)、活津彦根(ホホデミ)、熊野久須毘(クマノクスヒ)
「根」は
出雲の血統を継いでいることを示す(根の国)
「熊野」は、スサノオにちなんだ名前
☆女王即位
西暦247年、女王ヒミコの崩御後
数年間の男王の継承争いを経て
13才で新女王に即位。
事実上
わが国初の操り人形ではない
女性指導者であった。
☆邪馬台国の崩壊
既得権益剥奪に不満をもつ
ヒミコの義弟たちの流れを汲む
男たちのクーデターに遭う。
のちの為政者の都合によって
歴史から消される運命になったため
偉大な二代目女王であった素顔を
様々な仮面に隠し
多くの異名で祭られることになった。
稲荷やその他の神社で
ニギハヤヒ大王の食事係りや
大王と人々との取り次ぎ役をしている。
☆封印
トヨにかけられた
封印は相当強力なようである。
☆古代の継承者は
「依(yori)」を名前に持ち
鏡の向こうの
神の世界に繋がるために
その音霊を逆転した「色(iroy)」を用いた。
つまり
トヨは継承者であることを
「色」によって示していた。
「緋色」は解字すれば
糸と非になって「意図に非らざる」となる。
「意図にあらざる継承者の女性」
かの女が自分の意図ではなく
女王となったことを示唆している。
封印が解けず
鎖につながれているという表現も
そのあたりと関係しているようだ。
また、かの女は
緋ばかりではなく
藍や緑にもゆかりが深いという。
☆中国の史料によると
247年の卑弥呼の死後
邪馬台国第二代女王、台与は
大陸と頻繁に交渉している。
ところが『記紀』には
中国史料には記載されている
ヒミコからトヨへの
政権交代の記録が故意に省かれている。
しかし
後世の史家は
中国側の史料との読み合わせによって
それがトヨであることを知った。
かの女の持つ
多くの神名にしても
継承者名であるトヨにしても
全く触れないことで
存在しなかったことにするという手法が使われた。
なぜ
日本の正史の編纂者たちは
トヨの存在を消す必要があったのであろうか。
☆ニギハヤヒ
よほどこの邪馬台国女王になった
孫娘が可愛かったらしく
いつもそばに
置きたがっているようだ
※家康が千姫を
可愛がったのと似ている
雄略天皇二十二年、天皇の夢にアマテラスが現れ
『わたしだけが鎮座していては寂しくて御饌(ミケ)も食べにくいから、丹波の国の比治(ヒジ)の真奈井のわたしの御食津(ミケツ)神トヨウケを一緒に祭って欲しい』
と告げたので
天皇はトヨウケを
丹波から度会の山田原に迎えて宮を建てた
と記載されている。
つまりニギハヤヒが
自分の食事係に孫のトヨをよんだのが
伊勢の外宮の鎮座由来。
この雄略天皇の
夢の中に現われた天照大神が
ヒミコではなく
ニギハヤヒであったために
この豊受大神伊勢鎮座由来は
『記紀』からは削除されてしまっている。
天照大神は
女神
それも日向族の
ヒミコでなければならない理由があった?
☆トヨの家族たち
トヨの別名である
豐比賣命、丹生都比賣命、
梯幡千千姫命、高忍日賣神、
手長比賣、埴安比賣神、等の
様々な仮面をつけた
女王と共に祭られている。
※読み方は違うけど
「千姫」が出てくるところが何とも・・
この梯幡千千姫命は元伊勢に祭られています。
これらの神社に共通して
かの女とともに
祭られているのは忍穗耳(ヒミコの第一子)
忍穂耳は
天照大御神に
葦原中国を平定するために
派遣されようとしたが
子供のニニギを代理として推薦した。
そのニニギの母の名が
万幡豊秋津師比売(よろづはたとよあきつしひめの)命
『書紀』では
栲機千千姫命(たくはたちぢひめのみこと)という名前。
かの女の名前を
みればわかるように
これが機織りの神としてトヨのこと。
☆女王台与について
あまりにも寡黙なわが国の正史『記紀』といえど
かの女は
日本書紀では稚日女
古事記では天の服織女という
別名で同じ場面に登場している。
両書は共に
スサノオを悪者として描き
かの女には実に不自然な死を与えている。
新女王を
性的に揶揄嘲笑し
死んだことにした
このようなセクハラ表現を収録し得たのは
編纂者たちが
スサノオ・トヨの流れとは
民族的政治的に敵対した勢力だったからだろう。
わが国の歴史の編纂者たちが
なぜ台与女王を亡き者として消し去ったのか。
それは信じがたい
あまりにも意外なものであった。
トヨ女王は
ヒミコの長男の忍穂耳と結婚し
日向三代の
ニニギ、ホホデミ、クマノクスヒの三兄弟を設けていた。
ヒミコは
実際には二男(オシホミミ、ホヒ)と
三女(タギリ、タギツ、イチキシマ)の
合計で五人の子持ちであった。
それを後に
トヨの産んだ三男と合わせ
五男三女ということにしたのだ。
ヒミコを
一族のトーテム、アマテラスとして祭りあげ
自らの既得権益や
権力を守ろうとする日向族にとって
出雲系の台与女王の存在は邪魔でしかなかった。
ニニギ、ホホデミ、クマノクスヒの
日向三代と呼ばれる三兄弟が
出雲系女王から産まれたとはとても書けない。
クマノクスヒは
初代天皇となる神武天皇の父なのだ。
なにがなんでも
台与女王はいなかったことにして
五男全員が
正統日向族であったことにしなければならなかった。
『記紀』とは
為政者が辻褄の合うはずのないものを
合わせようとした苦心の記録書なのであった。
日向族
すなわちヒミコの義弟たちが
最も『記紀』で隠蔽しようとしたのは
日本建国の主スサノオの偉業と
初代の大和の王ニギハヤヒの存在
『記紀』に描かれる
スサノオの悪行は
ヒミコの義弟たちのしたことであったのだが
スサノオをどうしようもない悪弟として描いた。
ニギハヤヒの
諡(おくりな)
『天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊』の一部の天照を
オオクニヌシ(オオムナチ)の死後
邪馬台国
すなわち日向女王となったヒミコにつけて
アマテラスとして記すことで
ニギハヤヒの存在を完全に消してしまった。
テーマ:妄想・幻想
倭迹迹日百襲媛命:やまとととひももそひめのみこと
wikipediaより
◎巫女としての神話
巫女的な性格をもつ。崇神天皇に頼まれて、災害がつづく理由を占うと、三輪山の大物主神が神懸かりして、我を祀れば国は治まるといった。そこで崇神は、神の娘大田田根子を大神神社の神主にすると、平和になったという。
四道将軍の一人、大彦命がきいた童歌から武埴安彦命の反乱を予言したうえ、彼の妻吾田媛と二手に分かれて攻めてくるとも予言し、的中させている。
◎名前の解釈
研究者によると、ヤマト(大和)のトトビ(鳥飛び)に基づく神祀りに仕える巫女と解釈されている。名の意味は、霊魂が身体から離脱して空中の鳥のように飛んでゆく、離魂型の巫女名と捉えられている。
◎箸墓伝説
倭迹迹日百襲媛命は大物主神の妻となるが、大物主の本体が蛇であることを知って驚き、倒れこみ、箸が陰部に刺さって死んだ。箸墓古墳は、彼女の墓と伝わる。
◎卑弥呼に比定する説
倭迹迹日百襲媛命を邪馬台国を治めた卑弥呼に比定する説がある。
* * *
これを読んだ時
モモソヒメは
殺された!と思いました。
と同時に
モモソヒメは
卑弥呼ではない、とも思いました。
すみません。
なんとなく・・です
というより
最初に
この名前を聞いた時に
「倭迹迹日百襲媛命=台与(トヨ)」
というのが
浮かんでしまっていたので
その前提で
調べているから
完全に妄想話に
なってしまってますが~
あるとき
「倭迹迹日百襲媛」
この名前の漢字に
秘密が隠されているのでは?と思いました。
「倭」は、やまとの国
「迹」は、足跡
ある事が行われた
あるいは存在したことを示す証拠
また、その場所
人の残したもの
家督、跡目
また、それを継ぐ人
と、あります。
「日」は日巫女(卑弥呼)を
表わしているのかもしれません。
「百」は
100を意味する以外に
非常に多いことも表すそうです。
でも
単に多いという意味なら
「多」でもいいのに
「百」を使うということは
それだけの意味を込めている。
「百」は白に一を加えてるから
多くの
白ではないもの(黒?)と
解釈できるのでは?
「襲」は襲う、あとを引きつぐ
あとを引きつぐと取れば
「迹」の意味とかぶってくる。
とすれば
襲う、襲われるの意味?
これをまとめると
倭迹迹日百襲媛の名前は
やまとの国の
正統な家督
日巫女の跡目を継いでいたけど
多くの
何者かに襲われ殺された女性。
という意味が込められている。
その名前の中
または
ある場所に
その証拠がありますよ~
って伝えたいのかも
ん~~~???
テーマ:妄想・幻想
最初は
ニギハヤヒを
調べることから始まり
最終とまではいかないけど
ある程度
まとまってきたのが
9月の終わり頃。
でも8月になると
今度は
同時進行で
さらに
古い時代を調べることになり
私の頭は
こんがらがって
何がなんだか
わからなくなってきてました
ネットで調べても
本を読んでも
何が真実かなんて
当然のことながら全くわからない
読む物、目を通す物
すべてが違うことを書いてあって
お手上げ状態になったとき
ふと思いました。
これって
歴史を知ることが
目的じゃなかったということ
スサノオ、ニギハヤヒや
ヒミコ、トヨさんたちが
何らかの理由で
何者かに封印されたこと
そして今も
封印が続いていることを
知るのが目的だったということ
ってか
気づくのが遅すぎる・・
テーマ:妄想・幻想
以下は
ネットで収集した
ニギハヤヒに関する記事です。
ここに書かれていることが
すべて真実とも思っていないけど
妄想・幻想の参考に
させて頂きました
※ニギハヤヒ
☆幼少名は布留(ふる)、大歳
金属採掘加工でタタラを開発
治水も任されたので
速き水を治める者と呼ばれる。
象徴する数は九
漢字では久、旧、舊、大、若
紋章は亀甲
王権継承者者の印
十種神宝(とくさのかんだから)を
与えられて大和に遠征。
大和政権の始まりであり
日本の天皇の始まりといえる偉大な統治者。
☆諡号(おくりな)
天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊
天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日尊
(アマテラス クニテラスヒコ アメノホアカリ クシミカタマ ニギハヤヒノミコト)
この中の「甕(ミカ)」が
酒などを醸すカメのことで
賀茂の大神と呼ばれたり
同音の亀(四神相応図の玄亀)になる。
色は黒で
方角は大神の存在する北。
預言歌、カゴメ唄に歌われる
カゴメの封印の中の
鶴と亀のカメなのである。
鶴は
鳥のことばかりではなく
弓神楽の弓の弦(つる)の意味も含む。
☆別名
伊都能売大国魂大国主
倭大国魂
國常立命
金山毘古神
波邇夜須毘古神
和久産巣日神
ワカムスヒ
倉稲魂神
別雷槌神
気比大神
大物主
都農神
大地主大神
事解男(コトサカノオ)、
☆家族
三炊屋姫(長髓彦の妹)と結婚。
出雲で玉依姫との間に
長男、櫛玉命(別名:太田命、佐太、猿田彦)が誕生。
息子の猿田彦は
民主政治を進めて
十月に、出雲に
全国の長を集めて話し合いを持った。
それが
神無月と神在月の語源となり
諏訪の神だけは来ないことが現代にも続いている。
☆「先代旧事本紀」には
名曰天尾羽張神
尾張氏の祖神
亦名稜威雄走神
云甕速日神
亦速日神
亦槌速日神
と全部ニギハヤヒの別名が並べられているが
最後に
「今坐天安河上天窟之神也。」と書かれているのは
「その方は、なんと今、天安河に坐す天窟之神である」という意味。
つまり
ニギハヤヒが
岩戸に閉じこめられたままである
ということを示唆している。
☆応神天皇が八幡神となったとき
ニギハヤヒはその名を交換した。
以来、応神天皇として
各地の八幡宮に祭られているのは
実際にはニギハヤヒの神霊。
スサノオの
鳥としてのシンボルは烏であるが
ニギハヤヒの
鳥としてのシンボルは「黄金の鷹」
「鷹」を解字すれば隹(ふるとり)の鳥である。
それはニギハヤヒの幼名、布留の鳥に由来する。
「應」の文字は隹の心。
すなわち「應神」とは
フルトリの心の神という名前であった。
ニギハヤヒは
その名前に隠れて働いていたのである。
名前に「雅」や「雄」のように
隹の部首を持つ者は
ニギハヤヒの魂を継いでいる可能性がある。
※スサノオ(出雲族)
☆家族
櫛稲田姫命との間に
八島野命(八島士奴美)、五十猛神、大屋津姫命、抓津姫命
彌都波能賣神との間に
大歳(ニギハヤヒ)、宇迦之御魂神(ニギハヤヒと同一人物?)
佐美良比売命との間に
大屋毘古命、須勢理比売命
スサノオの子供は七人で、虹色の戦士(虹とは龍)
ヒミコとの間に
宗像三女神といわれる
多紀理姫、多岐津姫、狭衣姫(市杵嶋姫=トヨさんの母)
※大国主
スサノオの末子の須勢理比売の夫
出雲の後継ぎ
政治的な能力には恵まれていない学者肌
出雲族の代表的人物として知られる大国主が
敵対する日向族出身であったというよじれた闇の歴史の皮肉。
現代に至るまでその封印ははがされることはなかった。
☆「因幡の白兎」(稲羽の素兎)
「因」は、四角、□に囚われた大(ニギハヤヒを表す文字のひとつ)。
四角といっても正方形ではなく
闇の呪術師が使う各辺が四と三でできた四三(黄泉)の□
「幡」は「八幡」を翻して
全国を平定した出雲族を暗示。
ということで
稲羽も因幡もニギハヤヒを示している。
「兎」は卯の日に関係の深い
月神としてのニギハヤヒの使いであり
この卯は鳥になると鵜となる。
白は数で書けば四六。
これは四と六で十になって
最高神の数なのだ。
そのことは
白兎をハクトと
音読みした時にあらわになる。
ハクトは八九十で
出雲のスサノオの数の
八に一を加えてニギハヤヒの数九になり
それに一を加えた
最高神の数十へと進むことを示している。
このスサノオ・ニギハヤヒの
八九を
敵対者たちは厄と呼んで
苦しみ、災い、災難の意味にした。
白に王で「皇」になることを知れば
この兎が日本の元の王で
皇(スメラミコト)であったことを
暗示した題名であることが見える。
※ヒミコ
日向族(九州の豪族、象徴数は三)
圧倒的な力のある
出雲族のスサノオと政略結婚で同盟
ヒミコの義弟たち(象徴数は四)が猛反対
四国へ逃げ、全国に封印を張った