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素顔の見えない女神(2)

 男としての誇りを破壊された、等という自覚は全く無かった。
元よりそういったマチズモな思想からは遠い場所にいる折木奉太郎は、女の言いなりや道具になる事に、左程の屈辱感も感じなかった。
姉の意思により、姉の手で、絶頂に導かれる。その事自体に不満は無かった。ただ、そのプロセスが過剰にサディスティックで、物理的な我慢の限界に達したので、反撃に転じただけだった。
結果は見事な敗北だったが、一瞬でも姉を地に這わせ、敗北と引換に莫大な快楽を得られた折木に、不満などあろう筈も無い。
荒く息を吐き、茫漠とした意識の中で、かつて性の対象として見ていた相手に尿道から精子を吸い取られた快楽に、身を委ねていた。
一方の供恵は、存分に残りの精液を吸い出すと、ようやく弟のペニスを開放し、口を離した。
姉の口中に満ちた精液は、当然、雄の子種の強い匂いを放ち続け、味も決して良い物ではない。それを、口に手を添えて漏れ出ないように気を付けながら、ゆっくりと飲み下していく。
狂う程の快感を叩きこまれ、散々に恥ずかしい声と醜態を晒した折木だったが、姉のこの有様には驚き、頭を振りつつどうにか身体を起こして側に寄っていく。
「なあ、そんな……無理して飲む必要なんて無いだろ」
労ったつもりの折木の言葉に、唇に残った精液を舐めている姉が睨みつけてきた。
「あたしが、自分でしたくない事、無理にするとでも?」
折木は素直に首を振った。仕事や義務でも無い限り、絶対にそれは無い。
弟が「しなくていい事はしない」方針で省エネを貫くように、姉は姉で「やりたくない事はやらない」主義で自分の人生を切り開いてきた。
少し顔をしかめながら、懸命に雄の汚い汁を喉に流し込んでいるのも、決して強要された義務などでは無い筈だった。
「あんたの精液飲みたいって思ったから、そうしただけ。一々あんたが気にすんじゃないわよ」
そんな姉だからこそ、弟は純粋にその言葉を信じられた。傲岸不遜であるが故に、嘘偽りは無かった。
「それに、あんたの、精子なら……どってこと、無いわよ」
それが強がりなのか本音なのかは折木には分からなかったが、姉は宣言通りに最後の一滴まで飲み込むと、にこやかに微笑んだ。
「ほら、全部飲んだわよ?あんたの精子、お姉ちゃんが飲んじゃった」
供恵は、弟の精液を受け止め飲み干した成果を勝ち誇る。まるで対戦格闘ゲームで勝ったかのような、純粋で素朴な笑顔だった。
「それよりさ、あんた、本当に女の子みたいにイっちゃったじゃない?どうだった?そんなに気持ち良かったの?失神しちゃうくらいに?」
更に、あれだけの行為をしておきながら、供恵は無邪気な子供の様に弟に食らい付いて質問責めにする。
好奇心の塊になった姉をはぐらかす事など不可能である。かと言って、嘘でごまかす真似も出来ずに――
「う、うん……」
仕方なく正直に答えてしまう奉太郎の頬を、実姉の舌が舐め上げた。
「なっ!?」
「ふふ、可愛いわねぇ、奉太郎」
「何だよそれ、やめろよ」
「嘘、嬉しいくせに」
否定、できなかった。供恵の息遣いと体温が頬に触れ、唾液が塗られた瞬間に、愚弟の背筋に電流が奔った。かと言って、単純に舐められた事が嬉しいのではない。
『折木奉太郎を、食べてしまいたい』
その意志を、端的に示された事が嬉しくて、身体の芯からじわりと熱が込み上げてくる。
「よし、じゃあさっさと行くわよ」
未だに意識のハッキリとしない折木の手を取ると、強引に引っ張り起こして脱衣所を出た。
「何処へ」
「あんたの部屋に決まっているじゃない」
それが意味する所は、何か。現国のテストで恒例の質問だったが、その回答はまず普通の学校では見られないだろう。
「セックスしよう。あんたの部屋で」
「うん」
折木はこうやって姉から勢いで押されると、ほぼ断れずに巻き込まれてしまう。それは昔から今まで全く変わらなかった。
引っ張られるままに、されるがままに、姉の望む場所へと連れて行かれる。小学生の頃も、そうやって無茶な行程で出鱈目なイベントに巻き込まれた経験は数知れ無い。
そして今、弟の手を取って階段をズカズカと登っていく姉。それだけなら今までと同じ光景だったが、二人は全裸で、既に三度の射精を経ていた。もう禁断の領域には深く踏み込んでしまっている。
――目指す場所は、弟の部屋のベッド上での、セックス。
これまでにない異常な目的地だったが、折木自身もそこへ至る欲望を止められず、自然と階段を登る足の回転が早くなる。
距離が縮まり、前に立つ供恵の髪の毛から、ほのかに漂う匂い。子供の頃と変わらない、香ばしく暖かい香り。だがその他にも、生臭くも甘酸っぱい匂いが混ざっていた。
それは舌で秘所を舐めた時と同じ匂い、性に目覚めた雌の香りだった。そして、それが滲み出る場所――階段を登る実姉の股間が、目の前にあった。
そこから垂れ落ちている淫水の筋は、もう数え切れない程に増えている。それは引き締まった雌尻と一緒になって、折木の雄を三度蘇らそうとしていた。
「いい眺めでしょ?」
「っ!」
当然、それも全て姉の計算の内にあった。階段の途中で押し倒されるリスクが無い事も把握していた。
「気にしないで、好きなだけ見なさい。見せているんだから。でも、まだ見るだけよ?」
「う、うん……」
「何照れてんの?こんなにしちゃったの、あんたじゃない」
先程、散々口で味わった雌の秘裂が、今はこんなにも近くて遠い。餌で釣られながら歩く犬の様な気分。
だがその微妙な距離と、明らかに最初より興奮している姉の雌の徴が、折木には堪らなく心地良かった。
「ほら、着いたわよ。あんたの部屋」
全裸の姉の手によって連れて来られた自分の部屋は、何か全く違う異質な場所に見えた。さして気を使ってもいない家具やベッドまでが、背徳の塊の様に見えた。
「と、言う訳で、さっさと寝なさい。ほら」
「うわっ!」
部屋に入るや否や折木は突き飛ばされて、その背徳のベッドの上に押し倒される。
そのまま仰向けに転がされると、無抵抗に寝かされた状態で勃起したペニスを無様に晒される形になった。折木奉太郎という性の生贄の誕生である。
「あんたってさあ、身体は女の子みたいに細くても、ここだけは立派よね」
供恵は指で弟の肉棒の先端を弄りながら、しみじみと呟く。つまらなそうな口調と対照的に、指使いはとても優しく、しかも執拗だった。
「ほっとけ」
「褒めてるのよ?あんたみたいのでも、男として役に立つものがあるんだから」
指に少しづつ力が加わり、次第にカリ首や尿道口に責めが集中していく。折木は一切の抵抗を見せない。唯、彼の分身だけが愛撫に敏感に反応して不規則に震え続ける。
途中で何度か姉の唇が弟の乳首を摘んで吸うと、一際強くペニスが震えた。
そうして一分程続いた愛撫の締めに、蟻の塔渡りを指が伝って行くと、完全に風呂場で見せた勃起並に復活していた。
準備が完了し、姉は冷酷に命令を下す。
「だから少しの間、これをお姉ちゃんに貸しなさい」
「……好きに、しろよ」
供恵は犠牲の羊よろしくベッドに横たわる愚弟の上に跨り、膝立ちの姿勢から、性欲で膨れ上がっている男根の真上に身体を降ろしていく。
騎乗位。フィクションでは良く見る女性上位の構図。そして、折木がずっと夢見ていた、妄想の形。それが現実となって降って来ようとしていた。
「なあ、お姉……」
「動くんじゃないわよ」
実姉の、たった一言。それだけでクルクルほっぺの忍者より強烈な呪縛が、折木の身体を金縛りにした。
「今から、あたしがあんたをレイプするんだから。せいぜい、天井のシミでも数えてなさい」
「え、いや、俺も別に嫌って訳じゃなくて、その」
強姦、という物々しい単語が出てきて、折木は焦って否定する。
「そういう設定なのよ。黙ってなさい」
さいで。そういうプレイなら言う事は無かった。
「ふふふ、それとも、お姉ちゃんとセックスしたい変態の奉太郎には、天井よりもっと見たい物があるかしら?」
「それは……うん、見たい」
変態だろうが何だろうが、一向に構わない。折木奉太郎には絶対に見逃せない物がそこにあった。
「そう。なら、しっかり見てなさい。お姉ちゃんが、あんたとセックスする所をね。お姉ちゃんにレイプされる所、しっかり頭に刻み込むのよ!」
放置すれば暴れ回るであろう肉棒を押さえるのも、濡れて光る陰唇を広げるのも、全て姉が管理する。折木は、ただ見ているだけだった。それだけで、幼い頃に憧れていた実姉とのセックスが現実になろうとしていた。
じっくりと、粘つくような時間をかけて、姉の雌口が弟を飲み込もうと迫っていく。焦らされ、待たされ、折木の期待感は身体中にいっぱいに膨らんでいく。
――だが、正に雄と雌が密着しようとする寸前で、供恵の動きが停止した。
「ね、奉太郎」
「……やっぱり、止めるのか?」
「ううん、そうじゃなくて、さ。今の内に謝っておくわ。ごめんね」
「え、謝るって、何を」
その問いに対する返事は無く、姉はただ、行動で答えた。
 
 
「んっ……うっ……ああ、そっか。こういうんなんだ、ふふふ」
 
 
実の姉弟の、性交。
禁断の繋がりは、思ったよりもずっと簡単に、あっさりと成立した。
供恵が一気に腰を降ろした為に、折木のペニスの表面には具体的な初挿入の感触と言うべき物が伝わって来なかった。ほんの少し、何かがぶつかったような抵抗感があっただけだった。
ただ、自分が憧れの姉の中に入っている。それだけで、滲み出るような喜びが胸を満たした。
「ほら、見て見て、奉太郎!」
それは、懐かしい口調だった。
「あたし、あんたとセックスしちゃったよ!本当に、弟と……セックス、したんだ」
姉が中学に上がったばかりの頃、つまり弟が下着を拝借してオナニーしていた頃の、折木供恵そのものだった。
当時の彼女は、珍しい物、面白い物、感動した物を見つけると、そうやって弟に見せるのが常だった。彼女が感動する程の物は確かに珍しかったが、大抵が何らかのリスクを伴う物ばかりで、折木は見せられる度に面倒事に巻き込まれていた。
とは言え、そんな騒々しくも新鮮な日々も、少なからず姉を想っていた弟にとっては幸せな物に違いなかった。決して口にしなかったが。
今、あの頃の姉が、純粋に感動を表す折木供恵が、セックスの相手として弟の前に帰ってきている。本当は、それだけで感無量だった。絶対に言わなかったが。
「動くからね。我慢できなくなったら、言いなさいよ」
「うん」
「童貞なんだし、どうせすぐに出ちゃうんだろうから、無理しちゃダメよ?」
そこだけ体温が違うのか、初めての女の中は溶岩の様に熱く、それが限りなく柔らかい感触で包み込んでくるのが、文字通り初体験の感覚だった。
世の中には、カップラーメンや暖めた蒟蒻でオナニーをする人が割と多く存在する、という話を半ば眉唾で聞いていた折木は、少しだけその認識を改めた。
それら食品を粗末にする自慰手段の感覚は想像するしか無いが、確かに本物の方は、そんな感触に近いかもしれない。
「あっ、凄いこれ!奉太郎があたしの中で動いてるみたい!」
初めて補助輪無しで自転車に乗れた少女――自分の腰の上ではしゃぐ実姉を見て、折木はそんな連想をした。
「あ……あたしの……オチンチン……あたしの中で動いて……届かない所まで、入って、来てる……一つになってるのが、凄く分かるの」
折木を一方的に犯すと宣言した通りに、供恵は一切弟に行動させないまま、セックスの深度を深めていく。
懸命に膝を曲げ、腰を打ち付け、口の代わりに陰唇と膣で愚弟の肉棒をしゃぶり続ける。近親相姦という禁断の実を堪能する為に、全身を駆使し続ける。
そんな無闇に必死な実姉の姿を見て、自然に折木の手が前に出た。
そこに供恵も同じタイミングで手を伸ばし、二人の両手が宙で絡み合う。
姉弟の腕によって作られた二本の柱に支えられて、姉の身体がより激しく跳ね始める。その躍動が、そのまま弟の性感帯への刺激に変換されていく。
折木は腕以外は殆ど動かす事無く、一方的に姉から快感を受け取っていた。単に肉棒が粘膜で扱かれるだけではなく、折木供恵という女の全てを堪能していた。
目を瞑って喘ぎながら、身体から溢れ出ようとするを耐える顔。
大きく上下動してその大きさと柔らかさを見せつける双乳。
揺れに合わせて宙を舞う長い髪。
「ねえ、凄く、凄く良いの。奉太郎、あんた、素敵よ……あんた、あたし、の……なんだ、から……」
溜息。
嬌声。
一心不乱に弟の上で跳ね続ける、そんな姉の姿が、愛しくて仕方が無かった。
「お姉ちゃん」
「なあに?」
「ごめん、もうダメかも」
「へえ、そう」
限界を伝える折木の言葉に応えて、姉は腰を上げてペニスを引きぬいた――りはせず、むしろ深々と降ろした上で、上下動を一切止めた。
「いや、だから、お姉ちゃん、そうじゃなくて」
「……ねえ、奉太郎、気付いてる?あんたのが突き刺さっている所……あたしの一番、奥よ」
奥?具体的なイメージが湧かない。しかし、唯一折木の一部が挿入されている場所の、更に奥を考えてみると、そこにある物は。
「まさか、それって」
「そ、お姉ちゃんの、子宮口」
供恵の口から出た単語が、否応なく折木の中枢を奮い立たせ、その波はすぐに分身を通って姉の胎内へ伝わる。
「子宮の入り口に、あんたのがくっついてピクピク動いちゃって、中に入りたいって言っているのが分かるの」
弟と両手を繋いだまま、供恵はじりじりと自分の腰を左右に回転させて、愚弟の分身に膣壁を存分に味あわせてくれる。
膣壁と共に子宮口も左右に捻られて、折木のペニスをゆっくりと撫でていく。あるいは、姉の膣が弟の肉棒の感触を楽しんでいる。
実姉の膣壁と粘膜が、肉棒を根本から先端までぴったりと包み込んで、全てを支配していた。
「ね、子宮に射精したいの?お姉ちゃんの子宮にぴゅっぴゅって、射精したい?」
子供みたいなあどけない言葉で、むせ返るように淫らな挑発を繰り出してくる。そしてそれは、事実上の命令と同じだった。
「……うん」
「変態!あんた、お姉ちゃんに中出ししたい変態なのね?」
「うん」
着実に、姉弟のセックスは目的地に向けて歩を進めていく。奉太郎の分身は、根本まで実姉の膣に飲み込まれ、子宮口に密着したまま射精を迎えようとしている。
そして今や、間違いなく、姉もそれを望んでいた。
「だったら変態なら変態らしく、我慢できなくなったら、お姉ちゃんのここを弄って、スイッチ入れなさい」
供恵は、しっかりと絡み合っている折木の右手を、『ここ』へ導いていく。
今度は、折木も風呂場の時の様に抵抗はせず、しっかりと肉豆を掴んだ。
「もしサボったら……一生、ネタにして弄ってやるんだから……今日の事、人前でも、堂々と話してやるからね」
正気か!?姉の行動に慣れている折木ですら、この宣言には耳を疑った。
だが、この姉ならば、あるいは本当にするかもしれない。そんな恐怖心が、弟の理性を奈落の底へ落としていく。
最早、禁断の一線を越える事を躊躇する理由は、二人の中では殆ど無くなっていた。
「ほら、風呂場で見せてくれた、凄い勢いの奴、あたしの中に出しなさい。一緒にイけたら、きっと最高に気持ち良いわよ」
そして、決して腰を上げずに亀頭を最奥に密着させたまま、姉は最後のトリガーとなる言葉を囁く。
「お姉ちゃんの子宮、あんたに、あげるから」
 
 
供恵のクリトリスが、弟の指で強く抓られ、捻られた。
 
 
「お姉ちゃん!出るっ!」
姉弟の下半身が同時に熱く燃えて、 性の悦びに震えた。
折木の精子が、決して入ってはならない領域へ雪崩れ込み、クリトリスからの快感によって充血し切った子宮壁に激突する。
実姉の胎内が瞬く間に弟の白濁に満たされ、遂には糸の様に細い子宮口の道を逆流し、溢れていく。
そして、肉棒で完全に満たされた膣の僅かな空隙を埋めていき、最後に外へと漏れ出た。
折木の身体が勝手に動き、供恵の体重を乗せた腰をブリッジする形で持ち上げて、最奥の更に奥へと亀頭を突き上げる。
弟の脳は、一人の女の事しか考えられず、勝手に口からその名が溢れる。
「ね、姉ちゃ、お姉ちゃ……」
その唇が、姉によって塞がれた。
供恵が騎乗位を崩し、繋がったまま弟の身体に強く抱き付いて、身体をぴったりと重ねる。
口から脚まで、姉と弟がすべての皮膚を擦り付け、体温と汗を分かち合う。
接続された姉弟の口中では、ひたすら二枚の舌が踊り続け、絡み合う。
更に両方が強く相手を抱き締めた瞬間に……再び、射精。
「っ!」
「~~っ!――っ!」
「――っ!!」
二人の二回目の絶頂は、ピストンも愛撫も無く、ただ抱き合っただけで到達した。
実の姉弟で本当にセックスをした実感が爆発し、二人で同時に意識を失い、繋がり合う以外の行動を考える事が出来なかった。
 
 
それから五分間、姉弟はそのままの姿勢で固まって動かず、焦点も定かにならない近さで、お互いの顔を見詰め合い続けた。
 
 
 ようやく二人の唇が離れた時には、既に呼吸は落ち着き、唾液の糸で繋がるだけだった。
「ふふふ、とうとう、しちゃったね……昔オナニーで我慢してたの、本当にできちゃったね」
「うん……本当に、お姉ちゃんに、しちゃった、んだ――?」
折木が姉のクリトリスを抓る為に遠征していた右手を戻して見ると、まるで指でも切ったかのように、赤く染まっていた。
快感の余韻も忘れ、弟は慌てて飛び起きると、重なっていた姉の上半身を引き剥がした。
「姉貴、急いで自分の身体を確認してくれ」
「何よ……姉貴じゃなくて、お姉ちゃん、でしょ?」
「血が出ている。どこか切ったんだ。俺じゃないから、姉貴だ。痛い所は?」
弟の真剣さに、供恵は一瞬だけ戸惑った顔を見せたが、すぐに無表情に変わると静かに事の真相を告げた。
「ああ、それなら怪我でも病気でも無いわよ。厳密には怪我の一種だけど、全然大丈夫だから」
「いや、大丈夫って……あ」
そこでようやく折木も気が付いた。むしろ、最初からその可能性を疑うべきだったのかもしれない。
「何よ、あんたまでこの歳で処女なのを、病気か何かの一種とでも言うつもり?」
「い、いや、そんな事はない、けど」
完全に想定外だった。まさか、この姉に限ってそんな事は絶対に無いと弟は思い込んでいた。
ここで折木を責めるのは酷である。姉の人格と、その送ってきた人生を鑑みれば、とっくの昔に経験は済ませていたと考えるのが自然の筈だった。
その筈だったが、現に、折木の男の象徴が破るまでは、供恵の身体は純潔のままだった。完全に実姉のリードによるものだったが、確かに折木は実姉の破瓜を実現し、処女を奪ったのである。
「大体、処女なのに、どこであんな技学んだんだよ。その……フェラチオした時に中まで吸い出すやり方なんて」
「あんただって、あたしが何したのか知ってんじゃない。童貞の分際で」
確かにその通りだった。折木も情報でだけなら、主にどういった職業の人間が、如何なるプロセスであのテクニックを実行するかまで把握していた。
そもそも、昔から折木姉弟は二人共そういう性質の人間だった。実際に目にしたり経験せずとも、情報と観察だけで推察分析し、大抵の事象は把握できてしまう。故に他人より飽きっぽく、冷淡な印象を抱かれがちな傾向まで共通していた。
違っていたのは、姉が単なる優れた洞察の、更に上を求めた事だった。
『この国の人間のする事なんてパターンなんだから見てれば分かるでしょ。あたしは世界に出て、そうじゃない物を見たい』
かつての姉の言葉は折木にも理解は出来た。しかし共感は不可能だった。それは必要のない事だったから。
だが、心のどこかで姉の生き様を羨ましく思ってもいた。あれも、いわゆる薔薇色の一つなのだろうと。
そんな姉が、今、ひたすらに弟を性的に弄び、あまつさえ精液まで飲み干した上に、処女まで捧げてくれた。
――自分に、そんな価値があっただろうか?
「ごめん。悪かった。本当に申し訳ない」
謝ってはみたたものの、折木は、自分が何に関して謝罪したのか判然としなかった。
破瓜を済ませたばかりの姉に無礼を働いた事か。それとも知らぬ内に処女を奪ってしまった事か。その両方か。
それとも、素直に自分の感情を認められない、強がりか。
「別に良いわよ。どーせ、あたしが処女だったのにどうとか、下らない事考えているんでしょ?童貞の癖にそんな生意気な事考えるだけ、無駄よ」
「生意気って何だよ。姉ちゃんだって、さっきまで処女だった癖に」
「残念、あたしはもう処女じゃないわよ?あんたのせいで」
「だったら俺も童貞じゃないだろ?姉ちゃんのせいで」
「何よ」
「何だよ」
喧嘩腰の会話が止まり、数秒の沈黙がその場を支配する。
二人の間の時間が逆行し、幼い頃に戻り始めると、些細な事で喧嘩する悪い側面まで蘇ってくる。
これがもし子供時代の二人であれば、この後は軽い殴り合いに発展し、九割以上姉の勝利で終わる筈だった、が――
「ぷっ!あははははは!」
姉の方が唐突に吹き出して、笑い始めてしまう。それに釣られて折木も笑ってしまい、それで険悪な空気は終わりを告げた。
「どうしたんだよ、急に」
「ね、ね、面白いのよ?こんな昔みたいな喧嘩してても、あんたのチンチンが私の中でビクビク動いているの。おっかしくて」
確かに、口では子供じみた口喧嘩をしている最中でも、折木の分身は常に上下に震え続けて、姉の身体にセックスのシグナルを送り続けていた。
「ああ、それは……俺も、嬉しかったから。お姉ちゃんの初めてを貰えて、嬉しかった」
「ふうん、じゃあこのピクピクは、姉の処女を奪った喜びの舞かしら。本格的に変態じゃない」
「夢にも思ってなかったんだ。今は、お姉ちゃんの中にいられるだけで嬉しいし、気持ち良いよ」
「……ま、それなら良いわ。姉として弟の童貞は確かに頂いたからね。あたしも代わりに処女あげたんだから、文句無いでしょ?」
弟に純血を奪われた身体を、むしろ誇らしげに見せながら、供恵は姉らしく優しく問いかける。
そんな彼女の姿を見て、ようやく折木も覚悟を決めた。自分の気持ちを素直に認める覚悟である。
「うん、凄く良かった。初めての相手があね……お姉ちゃんで、良かった」
うっかり姉貴、と言いかける所を「お姉ちゃん」と言い換える度に、折木は少しづつ幼い頃の自分に戻っていく錯覚に襲われる。
たった一つの言葉を強制されただけで、折木の精神は着実に幼児退行していく。それが姉の策略なのは明らかだったが、ここで性の宴を止めない為には、甘んじて受けるしか無い。
でも、決して嫌ではない。むしろ、もっとずっと、昔のままでいたかった。せめて、このセックスが終わるまでは。
そんな愚弟の有様を確認すると、供恵は満を持して状況を次の段階へと進める。
「あんた、場所、代わりなさい」
「場所?」
「次は、あんたが上よ」
姉の促すままに、姉弟は性器で繋がったままでベッドの上を一回転し、上下を逆転した。ベッドに仰向けになった供恵を、挿入している折木が見下ろす形――正常位へと構図が変わる。
「どう?こういうのも悪くないでしょ」
「それは、まあ」
「あんたは変態だからさっきのでも良いだろうけど、世の中の女や男が皆同じって訳じゃーないからね」
重力に引かれて、供恵の胸が緩く横に広がっている。折木もその手の本や画像で見慣れている、ベッドの上で雄を待つ女の姿だった。
「基本のスタイルで経験値を稼いでおかないとね、お互いにさ」
「お互いに、か」
「そーよ。あたしにも、ちゃんと普通にセックスする経験をさせなさい」
処女と童貞を交換する儀式が終了し、これからが本番。そう言わんばかりの態度。次は、愚弟に男を見せろと姉が要求しているのは明らかだった。
しかし、いざそんな立場に立たされると、折木の中に素朴な疑問が浮かび上がってくる。
「でも、今更だけど、大丈夫なのか?その、避妊、とか……」
その点に関して、これまで姉からは何の説明も無かった。ただ一方的に折木が押し切られてばかりで、確認する余裕が全く無かったのである。
「何よそれ、本当に今更ねぇ。完全に手遅れよ?」
供恵は愉快そうにケラケラと笑って見せるが、弟としては、姉のレイプに等しい襲撃や急な展開を言い訳にしたくは無かった。
――いつか、誰が相手になるかは分からないにせよ、実際に誰かとセックスする局面になった場合には、そういった点は決して疎かにしたくない。
童貞男子高校生なりの、それが折木のせめてもの矜持だった。そして相手が実の姉ともなれば、大事なのは尚更だった。
「俺も、もう少し早く気を使うべきだった。初めてだからこそ、気を付けるべきだった。ごめん」
どうやら弟が本気で気にしていると分かると、逆に姉の方が労る表情になり、折木の頭を優しく掻き回した。
「好きにして良いって言ったじゃない。余計な心配はいらないから、必死に隠れてオナニーしてた時に想像した事を、今のあたしに一杯してごらん」
折木の言動は自身の保身の為ではなく、あくまで相手の身を心配しての物だと、姉には分かっていた。
「本当に?俺がゴムとか使わなくて良いのか?」
「一丁前に余計な気にしなくても大丈夫よ。これから少しの間だけは、あたしの事だけ考えて見てくれれば、それで良いから、ね?」
だから、供恵は挑発的な言葉を重ねる。恐怖感を削ぎ、ひたすらに弟の内の雄を煽る実姉の誘惑を、立て続けに注ぎ込む。
処女膜を破られ、溢れる程に膣内射精され、弟によって汚された実姉。そんな姉が、更なる弟の欲情を求め、受け止めようとしている。
そんな構図が成立して、最初の騎乗位とは異なる、不器用だが雄に相応しい攻撃的な性欲が、折木の中に芽生え始めた。
「じゃ、じゃあ……俺、するから。もっと、お姉ちゃんとするから」
それに従い、遠慮無く喰らい付こうとした瞬間――その間を絶妙に外す形で、姉の手が折木の目の前に広げられた。
「ん……ちょっと待って。外、月が出てる?」
「月?ああ、確かに今は出ているけど」
朝の天気予報曰く、昼間は晴れるも夜半から雨という事で、その予報通りに夜空は雲に覆われていたが、たまたま雲の切れ目から煌々と輝く月が姿を見せていた。
見た限りでは、あと一分程もすれば再び雲に隠れるような狭い隙間の真ん中で輝いている、本当に稀な確率で現れた夜の女王だった。
「ね、電気消してよ」
「今から?」
「良いから、早く」
何が良いのか悪いのか分からなかった。恥ずかしいからセックス中は電気を消したがる女もいる、とは折木も聞いた事はあったが、それなら何故、最初からそうしなかったのだろう。
やっぱり何だかんだで、今になって人並みに恥ずかしくなってきたのか。姉という最強生物もやはり人の子か。
折木は無根拠に安堵しながら、言われた通りに照明を落として、改めてベッドの上を見る。
 
 
そこにあったのは、別世界だった。
 
 
「どう?奉太郎」
ベッドの上に月光がスポットライトの様に伸びて、一糸纏わず横たわる女を照らしている。
青白い光に包まれた供恵の身体は、闇の中でまるで白磁の様に輝き、全てを晒しながら、その身を弟に捧げられる時を待っていた。
周囲には他に無駄な物も、音も、一切無く、時間の流れが、酷く遅かった。自分自身が、一枚の絵画の中にいるような、そんな感覚。
きっとここには、醜い物など、何一つ無い。折木の中で燃え盛る実姉への情欲ですら、浄化されている気がした。
「これなら、余計な物とか邪魔しないで、あたしだけ見えるでしょ」
かつて折木は、これに似た体験をした記憶があった。
美しい十二単に身を包み生き雛と化した千反田が、狂い咲きした桜の下で、粛々と歩んでいく姿。水無神社の、生き雛祭りの行列。千反田えるという女が折木の中に焼き付けられた、あの日。
あの時は、周囲の自然と春も間近な日光と咲き誇る桜に囲まれて、どこまでも陽の力と生命力に満ちた時間を満喫した。
しかし、今、折木が見ているこの場所は、自分と姉の他には冥い闇と冷たい月光しかない。それこそ本物の月面の如く、光と闇の両極端しか存在し得ない。
全く対照的な場であるにも関わらず、折木はあの生き雛行列と同じ、強い引力を感じ取っていた。
 
 
つまりそれらは、たった一人の女を、一時的にこの世から乖離させる為に構築されたシステムなのである。
 
 
だが、長い年月を重ねて作り上げられた生き雛祭と異なり、この部屋で起きている事は全て、窓の外を数秒だけ見た姉の指示により実現した物だった。
偶然の賜物とは言え、咄嗟の計算で状況を判断し、最高の舞台を用意してくれる。折木は改めて思う。やっぱり全てにおいて、この人には敵わないと。
今から、そんな女を、姉を、折木供恵を抱くのか――この自分が。
折木の興奮は冷静さを伴いながらも、鋭く高まって行く。無様な真似や、悲しい思いはさせたくない。この人と、気持ち良くなりたい。
童貞故の無闇な衝動は完全に削げ落ちて、くっきりと夜闇の中に浮かび上がっている姉の姿だけに意識が集中していった。
「綺麗だ、お姉ちゃん、凄く、綺麗だ……」
「そ。ありがと」
それはまるで、女神だった。
底知れない慈愛と包容力で、雄の溢れる性欲を飲み込み、昇華して、自らの物としてしまう女神。
長くゆるやかに伸びた髪が枕元に広がり、部屋いっぱいに雌の香りが充満して、折木供恵は、折木奉太郎の女神になる。
そして女神は両手を前に差し出して、弟を優しく誘う。
 
 
「ほら、おいで、奉太郎。お姉ちゃんと、いっぱいセックスしよう」
 
 
導かれる様に抱き付いた折木は、雄の本能に任せて実姉を犯しながら、幼い頃に戻って必死に相手を呼び続けた。
幾度も貫かれ、全身を弄ばれる供恵は、それでも愛おしそうに弟の名を返し続ける。
お姉ちゃん。
奉太郎。
2つの名前だけが交互に繰り返され、姉弟は、一つの塊へと融け合っていく。
 
 
 
いつの間にか降り始めた雨が、二人の嬌声を静かに包み隠してくれていた。
 
 
 

素顔の見えない女神(3)

 ずっと、弟は自分の手元から逃げないと思っていた。
折木奉太郎の可動範囲は常に姉の把握する広さから逸脱せず、平々凡々な人生を旨とし、それでいて指図すると愚痴りながらも諾々と従う。
その無愛想な仏頂面の奥に潜むのは、実姉に対する秘めた想い。証拠も押さえていたし、口に出さない理由も分かっていた。弟は知られていると思っていない。だからあたしの最高の宝物だ。
そんな弟が心から可愛かったが、反面危うさも感じていた。流石に、このまんまじゃ幾ら何でも弟の人間性が小さくまとまり過ぎてしまう。
それは、つまらないと思った。主にあたしが。
だから、まずは弟を強引に古典部へ入部させた。その頃は部員はゼロだったが、いずれは現役生とのコネを駆使して、追加で使えそうな人間を逐次投入すれば、どうにか色々体裁は保てる。後はそれから考えるつもりだった。
――思えば、この段階から弟の周辺で異変が起き始めていたのかもしれない。
結局、古典部の部員は私の手を煩わせる事も無く、四名が揃った。そこから恙無く文集を出す流れになると、繋がる形で弟は無事に氷菓と関谷純の謎を解いた。
呆気無く奉太郎を含めた人間の繋がりが出来上がり、まずは順調に橋頭堡が築かれた。
となれば次なる一手を模索するのは自然の流れで、地球の裏側から如何にして愚弟の人生を操ってやろうかとグダグダ考えている内に、後輩の入須から丁度良い話が舞い込んできた。文化祭の揉め事をどうにかして欲しいという、優秀な彼女にしては珍しい泣き言だった。
そこで閃いた。あの娘と愚弟なら、面白い化学反応が起きるかもしれない。ここは一つ、ギャンブルに乗ってみるのも悪くない……そう思って、愚弟を利用するように唆した。
で、結果から言えば、この賭けは大失敗だった。
途中まで二人の関係は実に良好で、そのまま順調に事が運べば、古典部どころか生徒会にも繋がりが生まれて、弟の周囲は否応無く人の流れで満ちる筈だった。
でも実際は、あたしの予想より愚弟の能力は高く、後輩の頑なさは異常だった。最終的に欺瞞に気付いた弟の糾弾を、入須は冷然と跳ね除け、弟のプライドは一方的に凹まされた。
元よりあの娘の方が立場は上なのだから、一度素直に頭を下げて、改めて人間関係を構築するなり、他に採れる手段は幾らでもあった。恐らく、相手が女であれば、そういう判断を下した筈だろう。
なのに入須は、単に自己の立場と役割を守る為に、あっさりとその可能性を切り捨てた。成果だけを手にして、奉太郎を犠牲にした。
その上、あたしに向かっては、いけしゃあしゃあと「彼には悪い事をした」と言い放つ態度。許せなかった。こちらを手玉に取っているつもり満々なのも、怒りに拍車をかけた。
あたしは切り札として取っておいた彼女の本質――自己防衛の為に作られた悪質なキャラと百合っぷりを指摘してやって、そのまま縁を切ってやった。
文化祭に合わせるという口実で、予定を切り上げて急いで帰国すると、案の定、愚弟は見事に沈んでいた。
ひとまず無理矢理バイトに行かせて、どうにか強制的に活性化を図った。それでも回復する兆候がなければ、その時こそ押し倒してやる覚悟くらいはしていた。
外の世界に絶望した弟を、唯一受け止められるのは姉である、あたしだけ。弟の心を動かす鍵を握っているのは、自分以外に有り得ない。そう、思い込んでいた。
でも実際には、弟は想定より遥かに早く立ち直った。
曰く、バイト先で古典部の仲間と過ごしたらしいが、たったそれだけで、随分とペースを取り戻していた。相変わらず無愛想な面のままで、バイトを紹介した礼まで言ってきた。
正直これは計算外だった。どうやら、現在の古典部はかなり相性の良い面子であるらしい。ここまで円滑に事が運ぶと怖いくらいだった。
文化祭で手違いで山と積み上がっていた氷菓も、三日間で全て捌けた様子だった。大部分はあたしのお陰ではあるけれど、あの馬鹿もそれなりに仕事をこなしたのは大体察しは付いた。
さて、ここまで来れば認めざるを得ない。自分の知らない古典部で、弟に窺い知れない大きな変化が起きている――当初の予定と大きく違う変化が。
 
 
愚弟と古典部に何が起こっているのか、それは誰が起点となっているのか。成り行きで二冊手に入った氷菓を読み返しながら、あたしは少し考えてみた。
 
 
奉太郎を除いた古典部員三名の内、二名は既知の名だった。昔からの弟の同級生。男子の方はかなり親しいが女子の方は毛嫌いしている。その意味では昔と何も変わっていない。弟を古典部に引き止めるには格好の人員だが、変化の要因としては乏しい。
となると、残りの一人。千反田という娘。その名から連想出来るのは、知識でしか知らない豪農の苗字くらいだった。だがそんなお嬢様が、古典部にふらふらとやって来るものなのか。
実物を確認できる機会は、存外に早く訪れた。愚弟を見舞いに来た千反田嬢は、それまで弟の周囲にはいなかったタイプの娘だった。
老成していて、それでいて純朴で、清楚で、頭が回り、完成されている。でも嫌味が無い。良い意味で生粋のお嬢様と言うべきパーソナリティ。入須と、そしてあたしとも違う、鏡面対称と言うべき正反対の存在だった。
弟は彼女に完全に入れ揚げていた。対して彼女も我が愚弟に強い思い入れがあるのが見て取れた。これで付き合っていないというのが奇妙なレベルだった。
その癖、二人揃って、自分の気持ちを表に出す気は全く無いらしい。
思わず「昭和かっ!」とツッコミそうになったが、非常にお似合いの組み合わせではあった。奥手同士で、それでいて明確に相手を意識しながら、徐々に接近していく若い男女。全くもって旧世紀の遺物の様なカップルだった。
こんな娘と対等にやり取りできるのは、正に弟が文字通りに愚弟だからこそだと思った。まともな男なら、こんな相手は面倒でリスクばかり目に付いて避けるに違いないのだから。省エネという観点では明らかに間違った選択である。
しかしその分、一度くっつけば、徹底的に面倒見てくれるのは間違いない様に見えた。文字通りに、古典的な女。何より、あの愚弟があたし以外の人間に、これほど従属しているのは始めてだった。
そして今度は、あろう事か弟の誕生日のパーティーまで実行すると言う。家族以外で、折木奉太郎の誕生日を祝った人間が、未だかつていただろうか。
良かった。
予定外の形だったけど、どうやら愚弟の人生も多少はマシなレールに乗ったらしい。
これならあと少し後押しすれば、かわいそうな生き方を貫く弟にも、ようやく春が訪れる事になるだろう。
ああ、これでやっとあの馬鹿の面倒を見なくて済むし、あたしももっと自由な人生を謳歌できる――そう思って千反田嬢からの電話を切った。
しかし、その瞬間。
あたしは自分の中に、身を切る程に強烈でどす黒い火焔が燃え上がるのを感じていた。
 
 
それは紛れも無い、嫉妬の炎だった。
 
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――
 
 
 
 折木は、実姉の脚を舐めていた。
天に向けて伸ばされた彼女の右脚を腕の中に納めて、大事そうに両手で撫で回し、時に強く掴み、弾力と感触を確認しながら、所構わず舌を這わせ続ける。
そうやって舐めながら、ひたすらに姉を犯していた。
脚の根本にある雌の秘裂は弟のペニスによって陵辱され、脚と同時に際限無く奪われ続けている。折木は人間としての尊厳と引換に、姉の雌を味わい続ける権利を獲得していた。
その間、供恵はベッドの上で犯されるままでいる――しかしそれは、彼女自身が望んだ姿だった。
供恵はベッドに横になりながら、体操選手の様に右足だけを高く掲げて、既に射精済みで精液と愛液で溢れている股間を完全に弟の視線に晒した。
「脚、舐めながら、しなさい」
弟は馬鹿みたいに何度も頷いてから、姉の命令に従って、いわゆる松葉くずしの要領で股間と股間を密着させて、右脚を抱き抱える。
姉の脚を出鱈目に舌で舐めながら、腰を小さく早く動かし始める。くちゅくちゅ、と脚を舐める音と肉棒を出し入れする音が混ざり合い、淫らで狂った協奏が鳴った。
そしてそのまま、10分程も同じ姿勢で姉弟の痴態が固定されていた。
そうやって下半身を二重の意味で辱められている供恵は、とても嬉しそうに弟を眺めていた。
「あたしの脚が、そんなに美味しいんだ?」
「だって、ずっと欲しかったから」
「じゃあ、そのままイっちゃったら、どうなるか見せてよ」
「うん」
そこから一気に腰の速度が早くなり、反比例して振り幅が小さくなっていく。それでいて、亀頭の位置は着実に膣の奥へと移っていった。
「姉ちゃんの脚、凄く綺麗で美味しい……」
白痴の様に呟きながら、姉の右脚を強く抱き締めて、腰の動きを止める。後は考えなくとも、身体が勝手に雄としての役目を果たした。
ぴったりとくっついている股間と股間の僅かな隙間から、白い粘液が溢れ出た。
「かわいそうな子」
「何が」
「あたしの脚食べちゃうだけで、そんなにイっちゃうのね」
「うん……これ、好き」
仕上げの代わりに、折木は実姉の膝裏の窪みに跡が付く程の強いキスをした。
 
 
 
 背中から抱き付く格好で、弟と姉の身体が重なっていた。
二人は既にその姿勢のまま一度事を終えており、後背位で射精して抜かずに挿入ったまま、二人の腰が繋がっていた。
双乳を両の手で緩く包み、雄の証を注いだ疲労を荒い吐息で散らしていく。
弟の息遣いを首筋に感じて、供恵は不意に昔の弟を思い出した。
「ねえ、あんたって昔からあたしの髪の毛、好きよね」
「悪いかよ」
「別に。何が良いのか分からないだけ」
「匂い。ずっと、嗅いでいたい」
「変態」
優しい罵倒の言葉に、折木の分身が敏感に反応して、一度だけ強く脈動する。
自分の膣内で鋭く震えた弟のペニスに、姉は不敵に笑って挑発した。
「そんなに好きなら、もしかして髪の毛の匂いだけでイけたりする?」
「うん」
躊躇なく即答しながら、折木は供恵の髪の海に、より深く潜り込む。
子供の頃から、ずっと憧れていた実姉の髪。すぐ側を通るだけで、男の自分とは全然違う匂いが鼻を掠めて、姉が女である事を教えてくれていた。
ヴァギナから発する雌の匂いとは異なる、強いて言うなら、姉の匂い、折木供恵の匂いと言う他にない香り。
そんな髪束の中に顔を沈めて、思う存分に匂いを満喫するのは、彼が心の奥底に秘めていた長年の願望だった。
「え、ちょっと待って、本当に……」
「お姉ちゃん、出る」
折木は大きく息を吸いながら、姉を抱き締める腕に力を入れる。柔らかい乳房が握り潰されて、供恵の口から低い声が漏れる。
そしてピストン運動ではなく、腰を強くえぐり込むように押し付けて、膣奥深くに亀頭が届くようにしながら、射精した。
「ふ……ん……姉ちゃん……お姉ちゃん……」
「嘘、あんた、そんなんで……んっ!?」
折木が絶頂に達しながら舌を出すと、丁度そこが実姉のうなじだった。
弟から舌先で唾を塗られると、射精を受けた感触と併せて軽い絶頂に達し、一瞬だけ供恵の身体が震える。
彼女も全く想像してなかった性感帯が、たったそれだけで発見されてしまう。
「馬鹿……そんなの見せつけて、あたしをどうするつもりなのよ」
「もっとエッチにしたい。気持ち良くしたい」
「生意気」
そう言いつつ、供恵の手は自分の乳房を好き勝手に弄る愚弟の手を、丁寧に握っていた。
 
 
 
 キスしながらの膣内射精。
身体全体で密着しながら、上と下とで実姉の中に侵入し、存分に堪能しつつ絶頂に到達すると、何者にも妨げられない射精を子宮に向けて出し尽くす。
「ふも……まは、へへる」
「うん」
どちらが上になって実行しても、欲しい物が一度に手に入り、射精後の余韻も姉の柔らかさと暖かさに包まれて迎えられる。既に折木はすっかり虜になってしまっていた。
暫くその余韻を確かめた後に唇を離すと、供恵が妙な事を言い出した。
「……ねえ、一回確認してみない?」
「何の」
「あんたが、あたしの中に、どれくらい出したか」
「え、良いよ別に、俺は」
「あたしが見たいの。さっきから一方的に出されてばっかなんだから、それくらい要求する権利はあるでしょ?」
そう迫られると、折木も弱ってしまう。散々に挑んで負担を強いている負い目が無いでもない。姉も悦んではいるから良いものの、一方的と言われてしまうと拒否できない。
「ほら、良いから一回離れてごらん?」
「あ、ああ……」
姉に要求されて、折木が不承不承身体を離すと、随分長い間挿入されたままだった肉棒が安住の地から抜け出た。
ペニスがを引き抜かれた実姉の陰唇から、紛れも無い弟の精液が漏れ落ちる。本来、あってはならない男の子種の塊が、液と呼ぶのも躊躇われる濃さと量で溢れていた。
供恵は、そんな自分の破瓜の血が混ざった薄赤色の淫液を指に取って、口に入れる。
「もう……これ出し過ぎじゃないの。あんた大丈夫?死なない?その身体のどっから出てきてんのよ」
それは、余りに多い量に純粋に驚いて取った行動だった。既に弟の精液も自分の愛液も違和感無く捉えるようになった為に、ごく自然に口に運んでしまった。
だが、姉弟の性欲の混ざったエキスを飲み込む供恵に、折木は我を忘れて抱き付く。
「ん、なあに?今ので興奮しちゃった?」
「うん」
「馬鹿、サル、変態、気違い」
「いいよ、それで」
「もう……」
再び挑みかかる折木を、姉は喜んで受け入れた。すっかり弟の形に拡げられた膣壁が、その主をすんなり受け入れて、粘膜の愛撫で饗す。
身体中に降り掛かるキスの雨と愛撫の嵐、そして一番奥で弾けた射精を全て受け止めて、湧き上がる女の悦びを隠す事なく声にして出した。
「あっ、うれし、うれし……嬉しいのっ、奉太郎に、ホータにいっぱいして貰って、あたし、嬉しい……」
ホータ。二人だけしかいない部屋の中で、いつしか供恵は弟をそう呼び始めていた。
それは、姉が幼少の頃に使っていた呼び名であり、実際に聞くまでは折木自身も忘れていた通称だった。
その頃と同じ潤んだ瞳で弟を見上げて、供恵は弟に重大な告白を始める。
「ねえホータ、あたし、変かもしれない」
「変って、どこか痛いの?大丈夫?」
「ううん、そうじゃなくて、ここのお豆弄らなくても、あんたに中をいっぱい掻き回されているだけで、気持ち良くなっちゃってる……最初は、そんなに敏感じゃなかったのに」
折木の知識では、普通は膣の感覚だけで女が性的快感を得るのは難しい筈だった。人によっては、一生セックスの快感を経験しない例もあるとか、無いとか。
ただ、セックスの経験を蓄積する事で、少しずつ膣内の性感帯はその面積を増やしていく、らしい。そしてその現象の通称は――
「あたし、あたしさ……ホータにカイハツされちゃっているみたい……」
カイハツ、かいはつ、開発。
セックスにおけるその言葉の意味は、折木も知ってはいた。だが信じてはいなかった。
男の手で、女の性感帯を調教し、刷り込ませる事など出来るのか。概ねそういうのは男の妄想でしかないではないか。そう、思っていた。
しかし、自らの指でスリットを開き、内部を晒している実姉の姿を目の当たりにすると、そのまさかを信じざるを得なくなってしまう。
「姉ちゃん、それって大丈夫なのか?」
「平気よ。もっと、して。あんたになら、もっともっといやらしい身体にされたい……弟の手で、姉ちゃんを気持ち良くして欲しいんだから。ねえ、もっと」
焦点の合わない蕩けた目で、既に何度も身体を重ねた弟を、尚も貪欲に求める。
そんな供恵の姿に、折木はこの上ない悦びと同時に、底知れない不安を感じる。
「ま、待って!ちょっと待ってくれ。そんな風に言われたら……俺、もう見境無くなってくる。そうなったら」
何をしてしまうか、自分でも分からない。折木はそんな自分が恐ろしかった。大事な姉を潰してしまいそうで、怖かった。
しかし、そんな戸惑う弟に、不思議そうな顔で供恵が答える。
「何言ってんのよ。あたしには、もう無いわよ?そんなの」
湿り切った実姉の声で、折木の理性に亀裂が走った。
「あたしが壊れちゃっているのに、あんただけまともなままだなんて、卑怯じゃない。あんたの本性、あたしだけに、見せてみなさいよ」
それは、許しの言葉であると同時に、弟の理性を破壊する槌だった。
雄の両腕が雌の身体を捕らえて、乱暴に唇を塞ぎ、すぐさまベッドの上に押し倒すと、力づくで男根を挿入する。
言葉通りに供恵が抵抗しない事を確認すると、唇を双乳に移して赤子の様に乳首を吸いながら、獣の様に乱暴に腰を振った。
遠慮も、優しさも、気遣いも無く、ただひたすらに実姉の雌穴を辱め、犯し続ける。
 
 
あっあっあっあっ、やっやっやっやっ、いっいっいっいっ、あんあんあんあん
 
 
犯された証の、肉と肉が打ち合う音が鳴り響く度に、供恵の口から機械的に紡ぎ出される卑猥な声。
人間としての尊厳など無い、それは痴態を晒し続ける家畜だった。
今の折木供恵は、実弟の性欲を満たす為だけに存在し、雌穴は双方の快感を生み出す為に奉仕する存在に過ぎない。
絞るように供恵の膣道が狭まっていき、折木の分身をきつく包みながら、開発済みの性感帯を男根に晒す。
姉弟両方の性感帯が粘液を挟んで対峙し、摩擦が何倍にも増幅して快感に変換されていく。
「お姉ちゃん、俺の……お姉ちゃん、俺の……っ!」
折木は、自分が何を言っているのか、何を言いたいのか、全く分からなかった。
ただ身体が求めるままに実姉の膣道を貪り、子宮を突き上げて、千切れる寸前まで乳首を吸い、囓る。
そして、一度目の、射精。
「あっ……来てる……ホータの出されてるのが、分か、る……」
ドロドロに溶けた実姉の雌の声に、折木の身体は加速を再開する。
未だ精液を吐き続けるペニスが、そのまま姉の膣内を前後に動き始め、愛液と精液が混ざった淫液が二人の動きを滑らかにしていく。
「あっ!動かないでっ!出しながら動くのやなのっ!本当にダメだから、ホータっ!!」
「お姉ちゃん、俺のに、したい、から」
いつしか、折木の分身は、本体と入れ替わっていた。
実姉の胎内に何度も何度も迫る肉棒こそが折木自身であり、その根本にある人間の肉体は単なる飾りに過ぎない。
折木が吐き出す供恵への欲望が飽和状態となり、動きに合わせてだらしなく陰唇から漏れ始めていた。
「ここ?お姉ちゃんが開発されて気持ち良いの、ここなの?」
いつしか、姉の嬌態を見ていた折木は姉の弱点を見極めて、集中して狙うようになっていた。
男の前立腺に当たる器官を、直接刺激する場所。うろ覚えで把握している領域を、亀頭で突いてからそのまま棒全体で擦っていく。
「そっ……そう……そこホータにいっぱいされて気持ち良いの。自分で触っても全然なのに、ホータにされて凄くジンジンしてるのねえあたし変になってるの!」
「大丈夫だよ。俺、お姉ちゃんがどうなっても、全部見ているから」
弟の言葉に、供恵の反応は目に見えて強烈に変化し、一気に絶頂に向かって駆け登っていく。
「ねえ、ねえ、ホータにイかされたい……あたし、ホータに飛ばされたい。弟のチンチンと精子で、いっぱいイっちゃう姉ちゃんを、見て?もう、あとちょっとで、溶けちゃうから」
ここがゴール寸前である事は、この夜が初体験の折木にも理解できた。
それは同時に折木自身の絶頂のピークでもあり、頂上に達しようとした瞬間、心の奥底に秘めていた言葉が、とうとう、表に出た。
「俺、お姉ちゃん、好き」
SVCしかない不細工な英語のような文章が、折木の口から零れ落ちる。二度目の射精が始まったのは、それとほぼ同時だった。
 
 
供恵の顔と悲鳴は、女である全てを弟に晒した。膣と子宮が細かく震えて、雄の陵辱を歓迎し、雌の開花を祝福した。
 
 
――二分程の空白の後、弟の強いキスの感触で、ようやく供恵は目を覚ます。
「お姉ちゃん、凄く、可愛かった」
ようやく弟から開放された姉の身体は、全身を奪い尽くされ、舌も指も視線も触れてない部分は殆ど残されて無かった。
両脚を大きく広げたまま、双乳からヘソ、股間までが子種汁と雌汁に塗れて、肉豆の上に茂っている微かなヘアはびしょびしょに濡れ、見るも無残な雄の爪痕を幾つも刻まれている。
膣や陰唇だけでなく、全身が細かく震えて、窒息したかのように呼吸が細く、甲高く鳴り続けている。
供恵は雌として、この上ない恥辱に塗れた姿をベッドの上で晒していたが、そこに絶望も悲しみもなく、あるのは悦びだけだった。
実の弟に、全てを見られ、記憶される悦び。
他の誰にも見せられない、女としての全てを花開かせた姿を、折木奉太郎にのみ見せる悦びだった。
「ね、ホータ」
呼びかけに応じて、折木は無言で姉の顔に迫る。
「あたしね、今、凄い、幸せ……」
 
姉弟は額と額で触れ合いながら、小さく軽くキスをした。
 
 
 
 ベッドに弟が横になり、その勃起した肉棒の上に姉が座って、根本まで飲み込む。
様々な体位や攻守の形を試し、入れ替えてきた末に、結局はこの形に落ち着いてしまう。最初と同じ、騎乗位。姉である供恵が弟である折木を睥睨する構図。
「何だかんだでさ、あんたって、こうすると落ち着くでしょ」
折木は否定しなかった。姉にペニスを掌握されながら見下される格好は、屈辱的である筈なのに、酷くしっくりしていた。まるで、それがあるべき姿であるかのように。
「だって、あんたはあたしの奴隷だもんねー」
「うるさいな」
先程まで、折木は暴走する性欲に身を委ねて、散々に実姉を弄び続けた。
それは、今までの人生で初めての雄の優越感を満喫し、自身が男である事を確認できた時間だった。
しかしそれでも、姉弟の関係は、最終的にこの形に収束してしまう。
「ね……口開けて、舌、出しなさいよ」
躊躇したのは一瞬だった。迷わず言われた通りに舌を出す。他人には見せられない、滑稽極まりない姿。
そんな折木の従順さを確認して、供恵は菩薩の如き笑みを浮かべる。
「飲みなさい」
囁く姉の口から、透明な雫がゆっくりと弟の舌に向かって落ちていく。
折木供恵の、実姉の、唾。
避けようと思えばギリギリ避けられる速さだったが、折木は微動だにしない。
そのまま受け止めて、口に収める。不愉快さや抵抗感は、全く無かった。
「どう?美味しい?」
考える必要は無かった。頭に浮かんだ感想をそのまま言えば良かった。
「甘くて、美味しい…もっと、飲みたい」
これで良いんだ。折木はそう思った。
きっと、さっきの雌としての姿も姉の望んだ姿で、俺はその為の道具に過ぎないのだろう。折木は、そう判断した。
バカにされたような、利用されたような、男としては怒るべき場面なのかもしれない。だが、愚弟はむしろ安心した。
折木供恵に認められ、一瞬でも女としての姿と悦びを得る為に頼られ、淫らで乱れ切った姿を晒しながらも、全てを委ねてくれた。
弟として、その事が堪らなく、嬉しかった。
「じゃあ、起きて」
そこからは、最初の騎乗位とは異なる形になった。
乗っている者と乗られている者の上半身が絡み合い、下半身は性器で繋がり合い、男が女の体重を支え、女が動いて快感を支配する関係を維持しながら、より強く身体を触れ合う姿。
それはいわゆる、対面座位だった。
「あんたのも……ちょうだい。唾も、精液も、いっぱい、あたしに、ちょうだい」
「うん……おえひゃんに、いっぱい、あへるよ」
「ありはと。うれひいな」
舌と舌を絡めながら双方が話すと、意味を成さない音の連鎖にしかならない。
それでも意味は完全に通じる。言葉は舌の振動になって、二人の身体に響く。
二人の間でだけ通じれば、十分だった。
「でう」
「きへ」
お互いが強く抱き合い、唇が密着して二本の舌がその中に閉じ込められる。
混ざり合う唾液。腰の動きが止まる。
そして、射精。
「ふ……う……もう、へんかい、かも、ひれない」
供恵自身の体重に押されて、子宮口が弟の亀頭に密着していた。精液の鋭い穂先は過たず姉の子宮に導かれて、子宮壁に叩き込まれ、弾けた。
姉の小さな聖域が、弟の遺伝子によって満たされていく。何度目か知れない完全射精だった。
「――っ!」
「……っと、お姉ちゃん?」
一瞬、供恵の気が遠くなり、身体が崩れてしまいそうになる。折木は辛うじてそれを抱えて止めた。
そのまま丁寧にベッドに横たえると、折木自身もその上に重なり、ぴったりと密着する。
「ごめん、もうあたし、流石に」
「うん、俺も……厳しいと思う」
姉弟二人の匂いが、部屋に満ちていた。
世界には二人の他に、何も無く。
弟のペニスがゆっくりと姉の膣に出入りする音と、舌と舌が絡み合い続ける感触、視線が繋がったまま離れない。
そして、いつしかその視界が狭くなっていき――
「お休み、お姉ちゃん」
「うん、このまま、お休みしようね、ホータ」
折木姉弟は、数え切れない程の融け合うセックスの末に、繋がったまま泥の様に眠った。
 
 
 
――――――――――――――――――――――――――――――
 
 
 
 目が覚めた頃には、雨は止み、空は既に白み始めていた。
正常位で抱き合う二人が共有していたのは、興奮や快楽ではなく、落ち着きだった。肌と肌で触れ合い、互いの体温を感じながら、ベッドの上で二人だけの世界を構築し、閉じ篭もる。
まるで恋人同士のような雰囲気の中、真正面から姉弟で見つめ合いながら、供恵が口を開いた。
「言っておくけど、これは今日だけの事だからね」
「……分かっているよ」
姉の口から出た終息の言葉に、折木は驚く事無く落ち着いて応じた。
事が始まる当初から、何となく覚悟は出来ていた。そうでなければ、ああまで全てを曝け出す訳が無い。
ただ分からないのは、動機だった。元よりこの姉の思考は予想するのが困難だったが、今回は極め付けだった。
「でも、ここまで付き合った俺が言うのも何だけどさ……一体、何のつもりだよ。ここまでして」
「決まってんじゃない、誕生日のプレゼントよ。あんたがずっと欲しかった物をあげただけ。何より、これならタダだしね」
俺が?
折木は素で驚いていた。確かに、幼い頃しでかした真似を見られているし、そういう欲望がずっと残っていたのも事実だった。
しかし、現在はそんな気配は全く見せてないのに、未だに愚弟の中で慕情が燻っていたと判断した根拠は何なのだろう。
「だって、泣いてたじゃない」
「誰が」
「あんたが、一人で、ベッドの中で」
折木がまさかと思っていた展開が、いとも簡単に現実となった。
「……いつの話だよ」
「まさか、あたしがあれだけ知っていて、その後の事は分からないだなんて、虫の良い話があるとでも思ってる?」
ああ、やっぱりそうなのか。
今更、落胆も驚きも無かった。むしろ納得すらしていた。でなければ、こんな荒唐無稽なイベントなど起きる筈もない。
姉は全てを知っていた。その上で、今日の今日までずっと黙っていたのだ。
「あんたがあたしの下着でオナニーしてたのって半年間くらいだったけど、その間に段々レベル上がっていったわよね?最後はバレないように工夫しながら、パンツを直接擦りつけてたでしょ」
そうだ、その通りだ。
「でも、そこで止めちゃったんだよね?それ以上エスカレートすると怖かったから。あたしに直接手を出しそうになったから、我慢したんでしょ」
一々的確な指摘で、ぐうの音も出ない。
「最後に下着を使った次の夜さ、あんた、寝ながら一人で泣いてた。あたし、見てたよ」
――本当に、
「そりゃ、あたし達は姉弟だから、我慢したのは認めてあげるわよ。でも、あんなに泣く程辛かったの?」
――この姉は、
「それに、丁度あの頃からだったわよね。あたしの事を姉貴って呼んで、急に距離を取り始めたの」
――俺の事を、何でも知っている。
「挙句に省エネ主義とか言い出してさ。それって結局、あたしを無視して気分を楽にしたかっただけでしょ?それをずーっと今まで引き摺っちゃってさ。馬鹿みたい」
叩き付けるように、折木は自分の頭を姉の胸元に埋めた。
「じゃあおれどうすればよかったんだよ」
折木の声は、崩壊していた。感情を抑え切れずに、涙が目からではなく、言葉に乗って口から流れていた。
姉は、それを嘲笑う事なくそのまま受け止めた。よしよし、とあやすように愚弟の頭を撫でて、好きなだけ胸の谷間で甘えさせた。
決して表に出せない折木奉太郎の涙を、この世で唯一人、姉だけが見届け、許した。
「好きなら好きって言えば良かったじゃない。したいならしたいって言えば良かったじゃない」
「無茶苦茶言うなよ。俺達、姉弟なんだぞ」
「そうねえ。でも、もうしちゃったよね。あんなに、いっぱい」
言われた途端に、つい先程までの壮絶なセックスの数々が脳内を擦過して、直後に後ろめたさが湧き上がり、反射的に言い訳を考えてしまう。
「……だって、それはお姉ちゃんが……いや」
こうなった原因を姉にだけ押し付けるのは、卑怯なだけでなく無理があった。本当に嫌ならば、どうやっても逃げる方法はあった筈である。
「何よ。それとも、本当に蝋燭でも買って渡した方が良かった?あたしの身体と処女よりも?」
そうとは言わないし、言えない。例え禁忌の交わりであっても、誕生日用の蝋燭に劣るとは彼女の名誉の為に言えはしない。
それに間違いなく、折木にとっては最高の体験だった。
最初こそ躊躇っていたが、実際に実姉の処女を奪った時、確かに彼の心は雄の側面に目覚めて、遮二無二に彼女の身体を求め、何度も貪った。それを否定する気は毛頭無い。
そして何よりも、供恵の言う通りに、折木の奥底に溜まっていた澱みは綺麗に消え去っていた。
今更、省エネの生き方を翻す事は出来ないだろう。それでも、溶ける筈の無かった積年の想いは成就し、昇華された。
それらは全て、姉の折木供恵の献身の賜物である。これは揺るがない事実だった。
「そうだな、俺は、ずっと姉貴とこうなりたかった。認めるよ」
後でどれだけ茶化されても構わない。これが折木の本心だった。
「あら、もう『お姉ちゃん』は止めるんだ」
「これ以上やると、戻れないだろ。姉貴も」
あるいは、もう少しだけ幼い頃の時間を続けるのも良いかもしれない。だが、そうなると二度と戻れない深淵に足を突っ込んでしまう。そんな予感がしていた。
そんな少しずつ日常へ回帰し始めた弟に対して、しかし姉は無表情で最後の選択肢を告げる。
「……好きにすれば。私は別に、どっちでも良いし。あんた次第でしょ」
「どっちでも、良いって?」
「戻るか、戻らないか。あんたが決めなさい」
何だそれは。今日だけだと言ったばかりで、すぐそれか。相変わらず、姉貴の移り気は尋常じゃない。やれやれ、全く付き合いきれんな。
――そういう事にしておいた。でないと、本当に戻れなくなるから。
実姉の胸から顔を上げて、心からの感謝の言葉を捧げる。
 
 
「ありがとう、姉貴……俺、この事、一生忘れないから」
 
 
それで、選択は済まされた。そこから二人の道は、少しずつ角度がズレて、再び元通りの方向へ戻っていく。
「まあ、やーっとあんたみたいなナメクジ男にも春が来そうだし、事前に少しは経験値積ませてやるのも姉の役目でしょ?」
「何の話だよ?別に、俺に相手なんていないぞ」
「馬鹿言わないの。立派な相手がいるじゃない。あんたみたいなのに構ってくれる希少生物がこの世にいるんだから。逃しちゃダメよ」
折木の中で、猛烈なスピードで人物検索が走る。条件は、異性で、比較的身近で、折木供恵と多少なりとも面識のある人物。但し、伊原以外で。
該当する人物は、一人しかいなかった。
「違う。千反田は……あいつは、そんなんじゃない」
そう言った折木の心の底で、ちくりと鋭い棘が刺さった。
「あいつは、今、一時的に俺の助けが必要ってだけで、すぐに俺なんて不必要になるだろう。だからその時まで、出来る事はしてやりたいってだけだ」
「ねえ、言ってて自分でおかしいと思わない?」
「何が」
「そんな程度の思い入れなら、出来る事もしないで良いじゃない。それはしなくて良い事、でしょう」
そう言われると、説明に適切な言葉がなかなか見付からない。だが断じて恋人ではない。しかし単に友人と言うのも違う。もっと違う何か。その何かとは、何だろう。
「それは、ただ……あいつが俺に揉め事を持ち込んで、俺がどうにか片付けてやって、そうした方が俺も気が楽だし、あいつも喜ぶ。それだけだ」
そうだ、だから特別に省エネの対象から大幅に除外しても構わない。その程度には、大事な存在。
喜んでいる様を見ると自分も悪くない気分になり、悲しんでいる時には自分も切なくなる。だから、なるべく前者の状態に近付けるよう努力する。
そんな、至ってシンプルな関係。
長い人生、そんな相手が一人はいても良いじゃないか。たまたまその相手が、豪農の家に生まれた才媛で見目麗しい美女で自分に対して極めて友好的で距離が把握出来ずに近付き過ぎる傾向があったりしっかりしているのか頼りないのか分からなかったり大きな瞳で見詰められると如何ともし難く断れない、だけで。
どうだ、何の不自然さも無いじゃないか。
……という内容の文言を折木は四苦八苦しながら編み出して姉に伝える。
しかし、審査委員長の口からは暗澹たる吐息が漏れ、最悪に近い評価を下した。
「あんたって、少しは使えるようになったと思ったけど、肝心な所は相変わらず馬鹿のまんまなのねぇ」
反論しようとした折木に対して、絶妙なタイミングで機先を制した姉の言葉が飛んでくる。
 
 
「それを好きって言うんじゃない」
 
 
そうなのか?
折木の中で「好き」という単語のイメージが朧気になる。
既に、実姉に対して使ったばかりだったが、その意味すらも判然としない。
そして、その隙を逃す姉では無い――がし、と両手でアイアンクローする要領で、弟の顔を挟み込む。
「おい、何するんだよ姉貴!」
「良い?その気持ちを、絶対に忘れるんじゃないわよ?例え最後に振られたとしても、千反田さんへの気持ちから逃げるのだけは許さないからね」
不意打ちで物理攻撃と共に説教を流し込み、有無を言わさず指示に従わせる。幼少時からの供恵の得意技だった。
が、普段通りの日常に戻ると選択した折木は、最早そう簡単に省エネ主義を曲げる気は無かった。
「お、俺には、そんな勝率が低くてリスクの高い勝負をする趣味は無いぞ!どうするかは、俺が決める!」
「却下よ。それは、あんたの言う『しなければならない事』なの。どうせ千反田さんから逃げられやしないんだから、観念しなさい。分かってんでしょ?」
「……いやそれは、まあ。確かにそうだけど」
今の折木にとっては、千反田の為に尽くす事が最優先事項に該当する、という事実。そこだけは否定出来なかった。
しかし、それは本当に千反田を好きになるのとイコールなのだろうか?
あの、狂い咲きの桜の下で見た千反田の雛の姿。あれによって引き起こされた感情は、好きと、言うべき物なのだろうか。
だとしたら……幼い頃に姉に対して抱いた気持ちは、何なのだろう。似ている様で、違う。理由は判然としないが、折木にはそう思えた。
「それともまさかあんた、あたしの処女貰ったからって、操立てて誰とも付き合わないってんじゃないでしょうね?」
そんな訳は無いだろう、と反論しようとした折木の胸に、ぐさりと見えない杭が突き刺さった。千反田の時と比較して数十倍の威力だった。
昨日までは夢にも思わなかったが、今、こうして何度も男女の営みを重ねて、肌を合わせながら一つのベッドに入っていると、口に出して否定が出来無い。
自分で選択は済ませたのに、雄としての本能は未だに供恵の身体に未練タラタラだった。
「あのねえ、心配しなくても、あんたが千反田さんと乳繰り合おうが結婚しようが、このあたしは永遠に姉上のまんまなんだから。安心して仕留めれば良いのよ。大人しそうな子だし、一発キメれば余裕でしょ?」
折木は、さっさと千反田えるを仕留めろという後半の部分に過剰に反応して、前半の部分を殆ど気に留めなかった。
「冗談じゃない。千反田に今日みたいな真似をしたら、多分あいつの親族が集団で猟銃持って家に押し掛けて来るぞ」
それとも農家らしく鍬や鋤を持って一揆よろしく集団でトラクターに乗ってくるか。あるいはもっと慎重に軽トラにブルーシートを乗せて音もなく夜道を追尾してくるか。
いずれにせよ、今日みたいに流れに任せて軽率に一線を越えて良い相手では無い。それは確実だった。
いや、そもそもそんな事態は有り得ない。有り得ない事ではあるが、もし、万が一、千反田と…そういう仲になると、したら。
まずどうやって、今日みたいなセックスができるのだろう?いわゆる専用のホテル等で交わる光景を想像出来無い。
もしかして、神社の境内で巫女装束の十文字かほに見届けられながら、「契りの儀」的な儀式を執り行う必要があったりするんだろうか。
とにかく、今まで実姉としていた行為を千反田と実行するイメージが、折木の脳には具体的に浮かんでこないのである。
「へえ、恋する若人達を邪魔するべくムラ社会の風習が襲って来るの?上等じゃない。ねえ知ってる奉太郎?世界では普通に売っている農薬とか薬を使って武器を作る人達がいて…」
「その話なら、もう知っているから言う必要は無い」
「あら、残念」
何が悲しくて、実の姉からセックス後の寝物語で腹腹時計の話を聞かされなければならないのか。
しかも万が一、それを実行すると言い出したとしても、まだご冗談を、と一概に言い切れないのが折木供恵だった。必要と判断すれば実行する危険性は否定出来ない。それが重大な違法行為であっても、だ。
よって、ここはある程度譲歩しながら、釘を差しておく必要がある。折木はそう判断した。
「仮にだ、仮にそういう関係になったとしても、千反田は焦って関係の進展を望むような奴じゃない。だから、姉貴の言うような心配はいらないんだ」
「あら、そう。断言できる?」
「まあな」
「千反田さんの事が、そんなに分かるんだ」
「勿論」
仮に万が一馬鹿馬鹿しいと分かっているけど本意では無いがまさかの為に――という枕詞を重ねた上で、千反田との恋路を想像すると、冗談抜きに結婚が決まるまでは、キスすらも難しいのではないか。
そんな不毛な前提による断定を姉に告げると、愚弄も嘲笑も否定もせずに、ただ、微笑んだ。
「ふうん、そう。そうなんだ」
意味深な笑みと共に、いきなり折木の頭を掴んで髪の毛をぐしゃぐしゃに掻き回す。
「ちょ、何だよいきなり!」
「あんたがさあ、自分以外の誰かの事を自信持って断言するなんて、生まれて初めての珍事なのよ。知ってた?」
「そうだったっけか」
「そうよ。少なくとも、あたしは初めて見た」
失礼な、そこまで他人に無関心ではないつもりだし、古典部の揉め事だって他人を断定し続けた事で、強引に解決させた物ばかりじゃないか。
だが、そこでふと折木は思い返す。
――考えてみれば、小学校を卒業して以来、家族とそこまで話をした機会自体が無かったかもしれない。
だから、高校で折木が如何にして今の仲間達との関係を構築してきたのかも、この姉は詳しくは知らない筈だった。
そもそも、古典部での関係も、最初はこの姉が入部を強制したのが契機だった。なのに、そこで起こった事の半分も折木は伝えていない。手紙を書き、後で文集氷菓を渡した程度が精々だった。
物理的に姉が国内にいなかったという理由もあったが、伝える必要も無いと彼は『断定』していた。
しかし、もしそれが間違っているなら、その間違いが今回の事の原因だとしたら……
 
 
姉貴は、折木供恵は、寂しかったのか。
 
 
そんな。
まさか。
この姉に限って。
この愚弟を寂しがる事など、ある筈がない。
確かに、今回の事で思いの外に信用され、雄として見られ、ずっと昔から抱いていた想いを看破されていたと分かったとしても、それはあくまで姉としての行動であって、それ以上の事は無い筈だ。
「まあ、今日は何だかんだで収穫は多かったわ。あんたが股間のモノだけじゃなく、中身もちゃんと成長しているって分かったし。処女切った甲斐があったわねー」
そこで、はたと折木は思い返す。
冬のチョコレート事件と言い、今回の自分自身と言い、折木奉太郎という一介の男子高校生は、他人の行動を推察する能力はあっても、その意図までは全く把握できていなかったのではないか。
千反田の人格を断定し、それが間違い無いと断言したばかりではあったが、それが本物と一致している保証はない。単なる願望に過ぎないと指摘されても、否定できる材料は乏しかった。
だとするなら、折木奉太郎の中の折木供恵も、実物と一致している確率は相当に低いのではないか。
その懸念は、二人の下半身をすっかり汚していた姉の破瓜の血が、何よりも雄弁に証明していた。数時間前の彼の中では、それは有り得ない筈の物だったが、現に色と形を持って確実に存在している。
「あたしはね、弟のあんたがずーっとしたがっていた事を、プレゼントしてあげただけ。本当に好きな人とのセックスは、千反田さんの為に取っておきなさい?」
まただ。また、千反田だ。
ここ数分の間に、姉の口から何度「千反田」という単語が出ただろうか。
流石に折木にも、ここまで来ると、ある一つの可能性に気付いてしまう。
まさか、あの見舞いと今日の誕生日が――つまり千反田がこの家に来た事が原因なのか?
俄には信じられなかった。だが、折木の姉に対する慕情はずっと以前から存在し、それを姉も承知していたのなら、もっと早い内に今の様な事態になって然るべきだった。
何故、それが今なのか。
引き金があったとするなら、それは古典部であり、更に遡ると千反田えるの存在なのではないか。
知りたい。
千反田の得意なアレが、今は折木の頭の中で駆け巡る。
姉が、折木供恵が、今日になって突然秘密を打ち明け、弟と禁断の一夜を過ごした理由が……気になる。
「あんたがあたしに抱いていたのは、単にセックスしたいって性欲だけ。本当に好きなのは、千反田さんなんだから。その辺、間違えるんじゃないわよ」
誕生日プレゼントというのは、嘘では無いだろうが全てでも無いだろう。それだけの為にこれ程の真似をするのは、幾ら傍若無人な姉でも無茶だった。
では、何故か。
気になる。
今や、身体の隅々まで知り尽くし、散々に痴態を見た実姉の心が、全く見えない。
更に考えて見れば、あれだけのセックスを重ねておきながら、姉は一言も、あの言葉を口にしていなかった。
嬉しい、とは何度も言っていた。弟に抱かれて嬉しいと。しかし、それだけでは分からない――折木供恵は、折木奉太郎を、どう思っているのか。
夜が完全に明ければ、恐らく姉は元の荒々しく逞しい強かな顔に戻るだろう。いつもの様に、何事も無かったかの様に。そうなれば、もうこの話は蒸し返せない。
それは誰あろう、折木自身が決めた選択である。引き返すのは、もう不可能だった。
だったら、今の内に確かめなければならない。
この素顔の見えない女神は、まだ優しく甘い表情を見せている。今なら、或いは教えてくれるかもしれない。
「大体、そう言う姉貴はどうなんだよ」
「どうって、何が?」
「俺の事を……その、どう思ってこんな真似したんだよ」
「ふふん、知りたい?」
世界で最も重大な秘事を教えるかのような素振りで、折木の耳元に唇を近付けて、囁いた。
 
 
「ダメ。教えてあ・げ・な・い」
 
 
子供っぽく囁きながら、優しく弟の髪の毛を撫でる手付きは、まるで母親のそれだった。
 
 
  
――――――――――――――――――――――――――――――
 
 
 
 星ヶ谷杯。それは、いかなる神山高校生徒も逃れられない悪魔のイベントである。単純に言えば、俗に言うマラソン大会。それもたった20000mばかりを走らされるだけの行事だった。
折木供恵は、決して走るという行為を嫌ってはいない。但し、見慣れた市内をぐるっと廻るだけの、いかにも学校マラソン大会的な走行は不毛でしかなく、毎年あらゆる手段を講じて回避に終始してきた。
もっとも、卒業した後に第三者の目で見る限りは、それは可愛い後輩が懸命に苦行に勤しむ微笑ましい他人事だった。夏の甲子園と同様である。
その中で、明らかに異常な行動を取っている人間、しかもそれが肉親であるならば、いとも簡単に目に入る。
「いたいた。早速、働いているわね。奉太郎」
省エネの権化を嘯く折木奉太郎にとって、20kmのマラソン大会は姉以上に忌避するイベントの筆頭の筈である。
考えられる最も効率的なコスト節約法は、我慢してペースを抑えて完走するか、開き直って仮病する程度だろうか。
コース内で総務委員が監視を続ける環境下では、楽をする為のコースアウトやショートカットを狙う真似は、むしろリスクと労力を伴う物であり、凡そ省エネには繋がりにくい非効率的な行為と言えた。
しかし今、供恵は神社の境内でサボる愚弟の姿を、しっかり鳥居の陰から観察していた。
そしてその隣には、千反田える。彼女は逆に真面目に行事を消化するのが常であり、弟とは逆の理由でサボる行動は考えられない。
そんな二人が、理由もなくマラソン大会中に陰に隠れて逢引などあり得るだろうか。間違いなく、また揉め事が持ち込まれたのだろう。
「相変わらず、古典部はイベントに事欠かないみたいねぇ」
お姫様の困った表情と、騎士様の頼もしい表情、そして少々の問答や軽い夫婦漫才は、供恵のいる場所からも良く見て取れた。
やがて話がまとまったのか、真剣な表情の千反田が先にマラソンコースに戻り、残った弟がしばし思案にふける。
前髪を摘んで、軽く弄る。視点が定かで無い瞳。頭をフル回転させている折木奉太郎のいつもの姿だった。
――弟の中で、あの日の出来事がどうやって消化されているのか。それは供恵でも分からない。だが、自分自身の中ではハッキリとしていた。
燃え盛る嫉妬の炎を収め、愚弟の人生を多少はマシな方向へ転がし、更にそれを自分以外の誰かに託す。
全部を同時に実現する為には、あの日の行動こそが最良の選択だったと、彼女は信じていた。
供恵が鳥居から離れ、鎮守の森の木に身を隠したのと同じタイミングで、折木が颯爽とコースへ復帰していく。
「また張り切って走り出しちゃって。そんなキャラでも無いくせに、無理してんだから」
それでも、奉太郎は走る。愛しの姫君の願いを叶える為に。
頼りない走り方。ちっとも速くないし、力強くもない。それでも、誰かの為に全力を尽くしているのが手に取るように分かる。
「それで良いのよ、奉太郎。あんたは誰かに使われてナンボの人生なんだから、せめてその相手はキチンと選びなさい」
 
でも、もし玉砕して、今度こそあんたの人生がドロップアウトしたら……その時こそ、座敷牢に一生閉じ込めて、あたし専用のペットとして飼ってあげる。
そんな姉の飼い犬になるのが嫌なら、今の御主人様に尽くしてみなさい。成否が分かる程度の猶予期間くらいは、待ってあげる。
その為の仕込みくらいは、この前ので充分して貰ったし、ね。
 
供恵は遠ざかる愚弟の背中を眺めながら、無意識の内に自分の腹部に右手を添えて、撫でていた。
「まあ、せいぜい上手くやりなさいよ。ホータ」
 
 
 
そうして彼女は踵を返し、自分の道を歩いて行く。あの日から大きく変わった、新たな折木供恵の人生の道を。
 
 
 

御迷惑をお掛けしました。「終わりの向こう側」再開致します。

 
 
予告通り、「素顔の見えない女神」を投稿終了致しましたので、以降は引き続き「終わりの向こう側」の投稿を再開させて頂きます。
 
一時の我儘により、旧来の読者の皆様には大変な御迷惑をお掛けしました事を改めてお詫び申し上げます。
 
今後も本ブログの作品群を宜しくお付き合い頂ければ幸いです。
 
 

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