ニトリ事故についてチーム記事を少しずつアップしていきます。
初めてお越し下さる方も多いと思います。
そういった方達に解りやすいように経過や各種書類などもアップしておきますね。
訴状なども上がりますのでご覧くださいませ。
まずは訴訟前の経過です。
(初期アップ段階ではリンクが追い付いていません。リンクでき次第アップしますので更新通知を受け取っている方は停止してください。)
ここでお断りしておきますが。
現段階での磨結子には、相手方企業や相手方弁護士への個人的な怒りはありません。
(このブログは、現在は、磨結子がつぶやき日記を、そして私ひなこと、もう一人エックスが賠償系などの記事を、マンガはしーというものがアップしています。)
ここに書かれていることについては「過去にこのブログで」記録されたもの、および「相手方とのやり取り伝言」から起こした訴訟前の経過です。チームが起こしております。
また、磨結子は現在寝たり起きたりなので、メッセやコメなどに全部対応しきれない場合もありますのでご了承くださいませ。さらに、本日からここ数日は精神不安定も多々あると思われます。重ねてご了承ください。
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まず磨結子の事故はニトリが自社で作成輸入販売した「ウルフ」というパーソナルチェアの事故でした。
一本足の足部分の溶接部分が根元から折れる、という事故でした。
当時、1歳ちょっとの彼女の息子が下敷きになりかけ、それをかばっての事故でした。
結果は腰椎の骨折でした。
経済産業省にも報告されている重症の事故です。
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⑦A200800915 ■発生日 平成20年11月24日■報告日 平成20年12月2日■椅子ウルフ2RD6002D■株式会社ニトリ(輸入事業者)重傷1名■当該製品に座っていたところ、支柱が折れて、転倒し、骨折した。現在、原因を調査中。■福岡県▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲
こちらは経済産業省の調査ページでもご覧いただけます。
後に、この事故については、経済産業省およびNITEの調査で、溶接部分の強度が不足していたと判断されています。
三点留めという、溶接技術者に言わせると「仮留め以下」のお粗末な方法であったとされています。
ニトリはこれを受けて、この商品 について溶接部分を変更し品番のみ変えて販売をしています。
磨結子と同時期以前の顧客に対する注意喚起もありませんでした。(現在もないままです)
ニトリは別途のニトリ事故経過
にあるとおり、磨結子の後遺症が残るという判断が出るまで、すなわち20年11月から21年7月までは、磨結子に対して休業損害金、ベビーシッター代金、医療実費、交通費を支払っていました。
ニトリ側のお客様担当О島なる人物は、12月の入院中に「損保基準の支払いしかできない」という電話をかけ、まず磨結子から「賃金センサスすら知らないとなめているのか?」と言われてこれをひっこめました。
磨結子には、仕事柄裁判に出廷をよくしていましたので、法律知識があります。
それゆえに「シッター代金」も「家事代行していた実母の実費」も「交通費」も「医療費」も補償対象だと知っていました。
シッター代金、医療費、交通費の支払いは了承したものの、賃金センサスの支払いと実母の家事手伝い費用については拒否でした。
磨結子側は「裁判所基準しらないのか」と伝えます。
それでニトリ側が自分たちの言い分をひっこめ、磨結子側にセンサスでの補償を支払い始めます。
これが12月です。
磨結子側は「実母の家事代行実費については、障害慰謝料などの確定時に再交渉する(これらは支払われて当然で裁判では確実に支払えと言われるたぐいのものばかりです)」という猶予をつけたうえで、その他は支払うようにきっぱりと言い、ニトリ側はこれを了承しました。
6月までは問題なく支払いが行われていましたが、6月に整形医師が固定を宣言、後遺症が残るとわかって、ショックから磨結子は重症のうつ病を発症します。
この時にパニック症状を起こし、ヒステリックになって「かたわしてくれてどうするのよ」、と泣き喚いています。
そして整形医師に告げられた等級である、3級か4級の後遺症が残るのだからちゃんとしてくれ、と言います。
これは「後遺症が残る」という整形医師の判断を受けてのもので、この時点ではまだ精神科の受診はなっておりません。
それですから、固定であるならば「後遺症の示談をしなくてはということで一度は行動をいたします。
これより以前の3月にはPTSDからの過覚醒亢進という症状での極端な不眠が始まっていました。
うつ病が、急激にに悪化した背景には、このPTSDの存在があったのですが、この時点ではまだPTSDの確定診断はありませんでした。
また、この時期に始まったリハビリでの不具合が磨結子にとっての心的な負荷でもありました。
左足の回復が遅れて麻痺があり、転んでしまうという症状は現在も残っています。
故に彼女は杖歩行です。腰痛などもありおばぁさんのように腰を曲げて歩くことも多々あります。
不眠の事はニトリ側にもすぐに通知されていました。
4月から磨結子側は通知していましたが、ニトリ側は5/19日にその記録があると後に認めています。
四月からはニトリが支払っているタクシー代金が7万円程度の高額に及ぶことから、磨結子は気を使い、治療半ばのまま、車の運転練習を始めます。
これはニトリにも通知されていて、21年のブログに「О島はあのときはありがとうございます、助かりますと言っていたのに、ここではそれが元気であった証拠のようなことを言うのか」という怒りの記述があります。
6月の後遺症確定にショックを受けた磨結子は、数回の自殺未遂を含む異常行動を始めます。
流石に、これには家族が驚き、たまたまマンション隣に、精神科があるのを、ご主人が知っていたために、受診させるということになります。
ここでの診断は、当初から「事故原因性のうつ病」でした。
医師の問診などで、事故以前に兆候がないことと、普通に歩けなくなったことへの、強い悲観があるために、この診断がおりました。
それは、すぐにニトリ側に、「うつ病がはっきりしたので、治療継続が相当であった」と通知されます。
これは、賠償では当然のことで、知り得なかった事実が確認されたので、実態に即した対応を求めました。
ここでニトリが急激に手のひらを返すという行動に出ます。
弁護士が入り、その若い弁護士は、一方的に支払いなどを止めると宣言。
医療調査をしたい、医療調査の結果が出たら支払う、といいます。
磨結子側は医療調査には同意します。
しかしこの時、この弁護士は、重症のうつ病という診断書を前にして、磨結子に不用意な言葉を吐き、磨結子はこの言葉に、大変に強いショックを受けます。
これは、この時わかってはいなかった、PTSDによる驚愕反応も手伝っているのですが、重篤な希死念慮と事故のせいでの絶望感から、自殺を繰り返している患者に対して、ニトリ側は「仮病である」と言わんばかりの文言を吐きました。
これは通常、損保でもしないような稚拙な対応です。
残念ながら、この弁護士はあまりに不用意でした。
磨結子のうつ病の急転は、こういう精神負荷が積み重なり、劇的に進んでいきます。
以後、この弁護士の言葉は、磨結子のフラッシュバックトリガーの一つになっています。
PTSDと解っていなかったとしても。
重篤な自殺行動があり、希死念慮が確認されていたからこそ、医師はこの時点で3カ月の入院加療を宣言していました。
ニトリが、弁護士委任をするから待てと繰り返していた、わずか1週間で、磨結子の体重は16キロ減り、そして異常は格段に亢進して、1カ月だった入院予定は3カ月へと変化しました。
この間に、ストレスから鉄欠乏性貧血までも発症するほどの急激な悪化でした。
うつ病で、まれにみられる「急転」という急激な悪化が襲っていました。
症状の急激な重篤化を懸念した医師は、「ニトリ側に自分に連絡をさせるように」と何度も言います。
これはニトリ側に伝えられましたが、連絡が入ることはありませんでした。
医療調査を待っている間、医師も磨結子側も、緊急性のある症状が出ている、として至急の回答を求めました。
しかしニトリ弁護士の回答は「いつ、何を調査するかはこちらで決めます」というものでした。
待っている間に、ニトリはまたしても重篤な大事故を起こしました。
皆さんの記憶にもあるかもしれません。
「2段ベッドの板が抜けて男性が落下。背骨を骨折する」というものでした。
磨結子には潜在的なPTSDがありました。
この時点では、それはうつ病の症状ととらえられていました。
PTSDの症状の一つには「極端な驚愕反応」というのがあります。
磨結子はこの事故で、さらに絶望してしまいます。
急激に減っていく体重、おかしくなっていく精神、それを改善したい、安静な治療を受けたいと言っても「勝手に治療を始めればいい」という相手方。
ニトリ弁護士との会話の録音に下記の言葉が残っています。
「治療をしてもしても!あんたたちこそが精神負荷だから、ちっとも良くならないんだ!言われなくても治療なんかとっくにしている!」
そこへ持ってきての事故でした。
当時のブログには
「この会社には誠意がない。こんな会社を相手にしていても、私はじわじわ殺される」
という記述があります。
あまりにも不誠実で、のらりくらりとした対応に、磨結子がいら立って苦しんでいた様子が、当時のブログに残っています。
もういい。つかれた。
死のう。
この事故でショックを受けた磨結子は、岩国市で服薬自殺を図ります。
警察に発見され、そして救急搬送先の医師はそこでの精神科入院を勧めました。
この当時のブログの記録、また携帯の記録などから、すでにこの時点で、解離と見受けられる兆候が出ていますが、微々たる兆候であり、この時点では問題視されませんでした。
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平成21年自殺前後のブログアーカイブ
眠れないからブログ巡り(^^;) 大きな自殺未遂へと向かうその直前の記事である。眠れないけれど落ち着いていると書かれている。この後で彼女は事件を知り、自殺へと向かう。
ニトリぶっ殺す。(`A´) またかよおまえっっっ 前記事の翌朝の記事である。この時は強い怒りが先に湧いているとわかる。
携帯から更新したら記事が後半消えてた(>。<) 事故日であってもまだこの時点では冷静に対処しようとしているそぶりが前段では見られる。この記事のなかでニトリがした対応が克明につづられている。この時点ではすでに落ち始めの兆候がある。
今車を走らせてる 前記事から考えると、朝、事故を知り、昼の段階では子供などの為にまだ行動などをしようとしていて、既に念慮には取りつかれて無理をし、この記事までの間に、つかれてしまった死のう、と決意しているようである。この時期にひなこあ手に来たメールにはつぶやくように死にたい、と書かれたものもよくあったので、こういうやり取りが友人との間であっていたのかもしれない。この記事ではすでに自殺を決意したあとである。広島をゴールと決めてすでに向かっているという記述である。
この後に2昼夜かけて徐々に移動していく更新があるが断片的で意味不明である。すでに解離しての行動であったのかもしれない。
今、車の中 この記事などはまだまともな方だがどんどん断片的になっていく。
しんどい上にめんどい 旦那さんが警察に捜索願を出したのである。それで警察からバンバン電話がかかっている記述がある。
ここら辺の記事になるともう前後がつかめず、ただこれだけ読むと何かを頑張っているかのような記事になっている。現にそう勘違いしたらしいコメントも入っている。実際にはこれは死ぬための行動を必死でしているのだが、断片的すぎてこれが自殺への予告だとすら取れないほどである。実際にはこの後服薬を決行する。
精神的にはもう諦めきったようになっているのではないかと思われる。楽になりたいんだとはっきり書かれている。
この後の思い出の川という記述を最後につぎはもう自殺後のベッド上からの報告になっている。
長い一日。 彼女はこの記事のなかで呼吸が停止する恐怖の記憶があることと、その恐怖から警察に連絡したらしいという記述をしている。この時点では彼女は自分が解離を出していると理解していないということである。実際の彼女にはこの自殺時の記憶がほとんどないのである。川について人気がなくなるのを待っていた、そして服薬したという記憶までである。110番の発信記録があり(119番かもしれない)それがきっかけでい場所特定から警察出動したいきさつを聞かされたらしく、ここではそう書かれている。
これが解離の最初の発露である可能性が高い。周りから聞かされた事故の状態が書かれている。
ニトリ弁護士から電話 夫の抗議に対してニトリ弁護士が答えた内容が記載されている。
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この事件のあと、ニトリ側は磨結子に一つの嘘をつきます。
「医療調査が遅くなったことがこの結果を招いたんだ!なんでこんなに時間がかかる!医師はいつきてもいいと言っているのに」
という旦那さんの抗議に対してのニトリの回答は下記のとおりです。
「調査依頼はしている。しかし、保険会社のすることなので指定できない」
これはのちに保険会社の調査内容開示で、嘘とわかりました。
磨結子の自殺以後に、調査の依頼がなされていたのです。
この弁護士は嘘をつきました。
磨結子の悪化した背景には、ニトリ弁護士の使う、適当な詭弁による精神負荷が大きく関与しています。
磨結子は結婚前の職業が企業法務であり、法律知識も学校できちんと取得したものです。
法廷経験も豊富でした。
ですから、多くの専門家がそうであるように、当然に事実の取り出しを行います。
また、職業柄、法廷での仕事が多かったために、交渉時にはすべての会話を録音する、ということをきちんとする人でした。
言っていたことは録音に全部残っている。
そして、後からそれを信じて、証拠を取り寄せてみるとそれが嘘だとわかる。
その繰り返しがかなりの負荷だったのは、医療の記録からも明らかでした。
事実、磨結子の悪化のほとんどは、この交渉時期に形成されています。
すでに手遅れ状態、というようなものになるまでの期間は、わずか3ヵ月半です。
磨結子は、この1回目の未遂で、ほとんど寝たり起きたりの生活に逆戻りします。
この自殺から、わずか一週間で、病院に医療調査員が来た、と医師から告げられます。
磨結子側は、これで医療が安心して受けられる、と安心します。
医師もこの時「交通事故損保でもここまで遅くはない。すべて相手方の態度のせいで悪化している」ときつく言ったという記録が残っています。
やっと医療調査がきたらしい 医師から医療調査について聞かされた記述がこの日にある。
ところが。
突然ニトリ側が調停をしたい。
と言い始めます。
ニトリからまた連絡が来たよ
この記事に調停の連絡が記載されている。ドクターが調停などの負荷に対して強い懸念を表したという記載もある。
今日は入院用の用品を買いに行ってきました
この時点できちんと入院加療させてもらえると信じていることが書かれ、その準備にすでに入っていた記録がある。これに対しての不誠実な回答や医療調査での開示拒否などが彼女のショックにつながったと思われる。この時点ではニトリを強く信じようとしている。
内容を確認しても、調停したいの一点張りでした。
磨結子側は当然に「医療調査の内容開示」を求めます。
しかしそれは果たされず、損保までもが一緒になって開示を固辞します。
この8月期の「書類を開示させるための精神的な負担」は、磨結子のうつ病と、潜在していたPTSDに、最悪の結果をもたらします。
金融庁に問い合わせまでせざるを得ず、結果は確かに損保ジャパンが間違っているので指導するというものでした。にもかかわらず。嘘の書類が出されました。書類のほとんどは磨結子がニトリに出した医療費の領収書。あとはペラガミ三枚だけというふざけたもので、調査書本体とは似ても似つきませんでした。のちにそれは調査書本体が出て、やはり偽物だったと判明します。
そのつけが、解離のはっきりとした顕在化でした。
すでに7月の自殺で解離を示す兆候は出ていましたが、さほど顕在化はしていませんでした。
ブレーカーダウン
解離かもしくはうつ病からの「昏迷」とみられる症状の記載のある記事。異様な夢が記載され始める。PTSD特有の「侵入的悪夢」がここで牙をむき始める。
そもそも、6月の自殺未遂の多発時に既に
「気が付いたらベランダにいて飛びおりようとしていた」
「地面が不自然に近く感じた」
「楽になれると声がした」
と解離である兆候は記されていて、初診からドクターにこの事は告げられています。
それゆえに精神科医師は危険だと判断し、ニトリに連絡をするようにと言いました。
ドクターは、磨結子本人には告げませんでしたが、(告げることでさらに悪化する患者がいるためです。)すでに解離を疑う兆候があったということで、この時点で「事故由来の」という診断を下しています。
PTSDの「障害レベル判定」はできなくても、PTSD症状はある、そしてPTSDにはつきものの、解離を疑う兆候が、すでに初診からあったのです。
それゆえに「危険だから、ニトリに直接自分に電話をかけるように」と言いました。
それは無視され。
その上にさらに、精神の負荷がかかります。
医療調査で、事実確認が済んだことは、医師から聞いて知っていた磨結子が、どういう調査結果を持って治療を拒むのか、それを開示したうえで、話をしようとしないのかと連絡をします。
磨結子側は一貫して
「すべての事実を、白日の下にさらしたうえで、治療継続なのか、固定なのか話し合うのが相当である。ニトリ側にもリスクがあるのと同時に、当方にもあるのだから、事実確認をしたうえでならば、交渉には応じる」
と伝えていました。
これは、のちにニトリ側から出された最終弁論の、証拠書類のなかにも同じ趣旨の表現があります。
ところがニトリ側、および損保ジャパンは事実を隠しました。
磨結子側は、すべての会話を録音しており、この八月に損保が開示拒否している会話や、ニトリ弁護士が言った言葉などもすべて残っています。
これはパソコンにMP3ファイルとして保管され、弁護士にもすでにわたっています。
この時期のブログのアーカイブがこれです。
微熱でたー 病院、検査、弁護士と会話、損保ジャパンの担当に個人情報保護法について話して、疲れすぎて微熱でた(^^;)との記載がある。
だ・・・だうん・・・ 損保ジャパンと個人情報保護法のことでやりとりが長くなって一気にダウン来た。という記載がある。損保が隠そうとして開示を求めて交渉している記録。彼女がこの法律に詳しいということが如実にわかる法律条文の書き込みもある。彼女は特定個人情報の取扱者の職責にあった。
ホント疲れた・・・ 損保、金融庁、損保協会とのやりとりが記録されている。ここに指導の内容も書かれている。
寝込んでます この記事に金融庁から「ニトリと損保ジャパンにPL保険が存在し仲間である可能性」を指摘されたという記述がある。現実にこれはその通りであった。
ブレーカーダウン 解離かもしくはうつ病からの「昏迷」とみられる症状の記載のある記事。異様な夢が記載され始める。PTSD特有の「侵入的悪夢」がここで牙をむき始める。
朝がきた 損保ジャパンとハラト弁護士の個人情報保護法違反の一件以来。信じようとしてたぶんだけダメージがきてた。と記載があり食事がほとんど取れていない様子等が書かれている。
損ジャパンさんと話をしたよ。 損保が開示ますと回答して彼女がそれにほっとしたという記述がある。しかしこの後出されたものは本物とは言えず彼女はこれに強いショックを受ける。
この八月の交渉では、何度も信じようとする磨結子に、損保もニトリも書類を隠し、最低なことに損保ジャパンは電話で開示すると約束した、医療調査書本体を出さず。
全く違う領収書の添付でごまかした書類を送ってきます。
医療調査書は磨結子の個人情報を調査した書類です。
本人が開示せよと言えば、開示義務はあります。それだけではなく磨結子は最初から調査同意書に医療調査の内容をすべて開示すること、という条件を付していました。
あまつさえ損保ジャパンは開示の為の手数料まで、磨結子からとって、それにもかかわらず、偽物の書類を出しました。
これは後から出た、医療調査書本体と、この八月に送られてきた損保ジャパンの書類が、全くの別物であることからも証明されました。
損保ジャパンはあきらかに個人に対して嘘の説明をしました。
本来は求められれば、開示て相当である(これは金融庁にも確認しています)書類を、平然と違う書類でごまかすという作業をしたということです。
これは事実であり、曲げることができません。
その所為で、磨結子の病態が悪化したことは事実です。
これについては、磨結子は以前に、部下の事故の処理で医療調査書の書式や形を見ていて、違うものだとすぐに気がついています。
この時も、損保と生々しいやり取りがなされ、損保側はクライアントの許可がないと、と繰り返しています。
磨結子は、このやり取りで「悪夢」を発症します。
さらに、その後もニトリ側は、調停を言い続け、調査書を開示せず、調停用の弁護士の事前書面には「医師が嘘をつかねばこんな内容になるわけがない」という内容が記されていました。
特に初診の救急搬送先のG医師が嘘を言ったような作りと、とれる内容でした。
磨結子はこれにショックを受けます。
G医師が磨結子に言ったことと。
ここに書かれていることが違いすぎる。
磨結子は、この当時、もうだれも信用できないという気持ちになり、精神負荷もピークに達し、そしてついに解離の重篤な症状である幻聴を出します。
異常な悪夢、異常な幻聴幻覚、身体は徐々に弱り、普段ではありえないような症状が襲ってきたことで、磨結子はこの時期に医師から「統合失調症」の処方薬である「メジャートランキライザー」を処方されます。
うつ病処方薬ではないものが加わるほどの悪化でした。
そして9/3日。
ニトリ側との調停に出席した磨結子は相手方の添付資料を見て、気がつきます。
「医療調査書の本体」がないことも。
G医師が出したとされる診断書がないことも。
そして整形の医師から確かに出したと聞いた8/19日付の身体障害を記した診断書も出されていないと知ります。
これはニトリ側が「大阪弁護士会」を通じて磨結子の整形の主治医に提出を求めた診断書でした。
これらがすべてなかった。
そして精神科の医師の出したものも何らなかったのです。
企業法務として、長く法廷に携わり、数多くの調停にも出席していた彼女は、訴訟系書類の不備や不明瞭点にはかなり明確な判断力と即断力を持っています。
ニトリ側の出した資料に感じたおかしな点はその場ですぐに調停委員に伝えられました。
ニトリ弁護士の回答は「隠すつもりではなかった」でした。
彼女はこのあと、9月末の2回目までに書類を提出するよう求めます。
そして送られてきた書類はひどいものでした。
医療調査ではまず、8カ月中7カ月の通院である現在の主治医の調査がありませんでした。
治療のほとんどの期間をこの病院が受け持っていました。
救急搬送されたG外科胃腸科、骨折のため入院したA中央外科ともに地元では「胃腸科」の名医ではありますが「整形の専門医」ではありません。
そして退院後に「タクシー代が高額になる」ということに気を使った磨結子が「自宅の最寄りの整形専門医」に移ってからは一度も磨結子を見ていないのです。
なのにもかかわらずG胃腸科外科、A外科の記録だけであり、「現在状態」をもっとも知っているK医師の調査がなかったのです。
これについては磨結子は、開示後に、かなりきつくニトリ弁護士に詰め寄っています。
ここでもニトリは「どこを調査するのかはこちらで決めます」と言っています。
この調査書のなかで、磨結子の精神科の主治医は、はっきりと事故由来のうつ病であり、ニトリの対応の悪さで悪化している、緊急に入院しての治療が望ましい。
こういった賠償の負荷こそがよくない。
と告げています。
そしてこの段階の資料開示で、磨結子を最も打ちのめした事実が判明します。
磨結子は調停の時に、ニトリ弁護士が出した文書で、G医師が嘘をつかねばこんな説明にはなり得ない、という内容の事前書面を受け取っていました。
ところが、G医師は、ニトリ側の請求に対して「実に誠実に詳細な画像診断までつけて」、ことこまかに説明と長文に及ぶ、回答書を出していました。
それは磨結子が入院時に、G院長から説明を受けていたのと、寸分たがわぬ内容でした。
医師は、5人に一人の後遺症の可能性を指摘し、安易に動いたりすることは靭帯の損傷程度もわからないのでよくないという回答でした。
そして、退院以後の状態は判断できない、と回答していました。
これは医師としてきちんとした誠実な回答であるといえます。
ニトリ側の出した書面とは明らかに違う内容でした。
磨結子は、この事に大変にショックを受けます。
ニトリ弁護士が、まさか嘘はつくまいと信じていたのです。
ところが、文書と出された診断書は全く違うものでした。
そして医師の診断書や、添付されたムンテラという患者への説明は、磨結子が受けていた説明と、全く一緒で、G医師の言った内容のことは、磨結子は、ずっとニトリ側には訴えていました。
退院後の、一月にベビーシッターが夜間いないせいで、育児をせねばならず腰が悪化した。
ずっとそう訴えていました。
事実1月には、ニトリにそう相談しているのです。
それで整形の通院頻度を上げたという、経緯があるのです。
これはニトリ側も否定していません。
この嘘は、磨結子にとって、大変にショックであり、そしてやはり症状の悪化をもたらしました。
この時点で磨結子は、ニトリ側から、今度は訴訟で解決したい、と言われます。
磨結子がこの時ニトリ弁護士と交わした会話の録音に下記のものがあります。
「最初は医療調査、次は調停、今度は訴訟、そうやって待たされている間に、どんどんひどくなっていく!それで訴訟が終わった時、私の症状が、今よりひどくなっていたら、だれが責任を取るんだ?あんたがとってくれるのか」
絶叫に近い悲鳴で磨結子はこう叫んでいます。
それに対してニトリの弁護士は
「放置するつもりはない」といいました。
放置するつもりはない。
最初は医療調査で、うつ病がはっきりしたら払うといい。
はっきりしたら調停と言った。
調停の時点ではすでに、磨結子の症状は2級相当に近い、という診断が出るほどに悪化していた。
そしたら今度は訴訟と言いだしたのです。
磨結子側は「当方はあくまでも治療継続を望むが、それではニトリのリスクも大きいので固定であるならば現時点の等級での示談を望む」としていました。
そのために、明確な診断書も出されていました。
そこには精神科医による厚生労働省の非器質性障害の診断書というひな型にそって書かれている詳細な症状の内容がありました。
この時点でも既に相当に重篤なものが書かれていますが、現在はすでにこれらではおよびもつかないほどに悪化をしています。
ニトリ側は固定でと言います。
磨結子は「今固定するということは最悪ということだけれどいいのか?治療すれば改善の余地はあるのに?固定もしていないのに」と言いますがニトリ弁護士は、「それで構わないと回答しています。
同時に、この録音内に、ニトリ弁護士に磨結子が聞いた言葉が残っています。
「あなたは人間の意志で1週間に16キロも体重を落としたり、ストレスで鉄欠乏性貧血を起こしたりができると思っているのか?」
と。
ニトリ弁護士ははっきりとこう残しています。
「無理だと思います」
それでも、彼らはのらりくらりをやめませんでした。
すでにこの時点で磨結子の体重は30キロ以上減っていました。
うつ病の診断を受けてからわずか3ヵ月半でした。
最大は40キロまで行きます。
この時点で磨結子側は、誠意ある示談交渉などこの会社には期待できない、と弁護士を委託しました。
そして訴訟が始まります。
訴訟については一つずつ資料アップをこの後で並べます。
磨結子も、そして医師も危惧したとおり。
磨結子は、いつまでも続く精神負荷に、この時期前後から、たびたび強い解離を起こすようになります。
21年11月ごろから夢遊行動が顕著になります。
整形に行くけれど、なかには入れないなどの症状が出始めます。
これはのちにPTSDが悪化していってひどくなっていったものであると確認されています。
そしてフ、ラッシュバックとみられる症状から、病院で、パニック系発作を起こしたり、幻覚幻聴と悪夢が、ものすごく異常な状態へと進んでいきます。
この当時の磨結子は、ブログの中に「いつか、誰かを傷つけるんじゃないか」という強いおびえを記しています。
それがさらに、希死念慮を悪化させる、というスパイラルに陥っています。
それが21年11月のODというものを引き起こし、この時は入院こそなかったものの、これが解離での全く意識をなくしての自殺の始まりでした。
何度かの小さなODのあと。
22年の4月に磨結子は大きな自殺未遂でHICUに担ぎ込まれる事態になります。
500錠を超える薬の嚥下でした。
この時のカルテに生々しい「薬の種類」が載っています。
この入院で磨結子は足が萎えてしまい、身体も一気に弱ります。
歩けない状態になりました。(この後、やや回復しています。現在は杖歩行です。広いところでは倒れるので車いすを使用します。)
強い解離や、その他の症状から、22年7月、ついにDSM-ⅣTRによる「PTSD」(心的外傷後ストレス障害)が確認されます。
これば事故時点で「自らの子供が椅子の下敷きになる」とおもって、庇った結果の事故であったこと。
そして腰椎の骨折により、立てないという異常体験が、ショックを引き起こしての結果でした。
それがその後に合った賠償交渉で悪化。
PTSD症状であったものが「PTSD障害」として固定化したという診断でした。
また、このPTSDの潜在がわからなかったにせよ、重篤なうつ病症状を呈していた患者に対して行われた、賠償交渉での相手方の態度が原因であり、PTSDを契機とする反応性の大うつ病という診断も出されました。
現在はこれに加え、反復性が確認され「反復性の大うつ病」となり、PTSDからの解離の症状悪化が「白昼夢からの現実と夢の区別のつかない状態」「他人と思われる状態での行動の発露」に至っています。
これが悪化して固定化してしまうとDID、解離性同一性障害(多重人格障害)となりますが、現在はまだ固定とは断定されておらず経過を観察中です。
また、22年10月には再び解離で自殺を引き起こし、ICU入院になっています。
現在は「精神障害者福祉手帳2級、障害年金2級16号該当の重症です。
ここまで至る前に、いくらでも防ぐ手立てはあった。
そしてそれを、患者も医師も訴えました。
けれどニトリは「うつ病と事故の因果関係がわからない」と言い続けました。
磨結子は事故の前には全くの健常者でした。
磨結子が裁判所に出した書類のなかにこう書かれています。
★医師は昨年六月からずっと意見は変えていません。
ニトリがその時点で真摯に、調査すればわからなかったはずはないし、医師はいつでも調査に来ていいと言っていました。
その時にニトリがちゃんと必要な治療効果をあげられる機会を作っていてくれたら。
少なくとも、そのあとの自殺未遂は防げたもしれないし、今のように衰弱することもなかったのかなと思います。
★正しいことを、全部開示しての交渉だったというのなら、こんな風に感じることはなかった。
ぜんぶ隠したままで交渉しようとする、値切ろうとする。
何もないと言い張る。
それが私の最大のストレスでした。
何もないといわれても現実に自分の体には症状があるんです。
まともに歩くことすら立ち座りにすら難儀する体も、うつ病に苦しんで弱っていく体も、全部自分の目の前にあったんです。
ないといわれてもどうやって納得していいのかわからないんです。
他になんの原因もない、潰瘍性大腸炎ではないかと疑い、調べても全く軽症は維持されていて出血もない。
寛解であるといわれる。
脳の疾患ではないかと疑って検査してもなにもない。
夫婦は円満で子供も普通に愛しい。
ではこの説明のつかないありとあらゆる不具合は何が原因なのか、どう考えても、事故以外の理由が見つかりません。
それでもニトリだけは何もないという。
ならば何を根拠にそれを言うのか出してくれと言えば、それは出さずに嘘まで付く。
納得するためにも正しい真実を知りたいと願うのがそんなにも悪でしょうか?
異常なことでしょうか?
そもそも、1カ月の入院が必要な腰椎の怪我を、世間では軽いけがというのですか?
完治までに最低で4カ月がかかるという怪我を、軽いと世間では言い慣わすのでしょうか。
★私は怪我の前には全くの健常者でした。
でも怪我のあと、一度も左足が全快したことはありません。
まともに、普通にスタスタ歩けたこともありません。
段差をつえなしで登れたということも一度もありません。
事故当時から今まで室内でも杖が手放せたことがありません。
何かにつかまるか杖の支えなしでは不意に転ぶことが止まったこともありません。
左足を持ち上げたつもりでいても、上がっておらず一センチに満たない段差で引っかかり転ぶことも、いまだ多いです。
不意に力が入らなくなり、転ぶこともあります。
筋力をなくしたせいで痛みも強くなって存在しています。
骨折の影響でなかったというなら、骨折のあとに突然起こったこの不具合は、何が原因なのでしょうか。
★私にとって大切だったのは、相手が嘘をついてないということでした。
間違ったとわかったのであるなら、ごめんという一言でした。
それがあれば許せたでしょうし、ここまで苦しまなかった。
ブログの件で思いましたが、事実と違う内容を自分の都合のいいように切り取って違うように見せかけることが裁判での正義でしょうか。
少なくともブログについては間違いではなく「悪意に満ちた作為」をはっきり感じます。
★私はこの賠償交渉と裁判で、2度目の加害を受けたと今でも思っています。
1度目の事故は過失です。
この結果の後遺症や、うつなどの発症は不幸な偶然かもしれません。
でも2度目のこの人為的な賠償経過の行動での加害は悪意です。
昨年6月より。私ははるかに悪化しました。
等級を書くときには同じ二級に該当するとしても。
その頻度や程度は、はるかに悪化したんです。
ニトリが潰してくれたものは、私が治る可能性でした。
これはもう取り返しがつかないものです。
裁判は確かに権利だと思います。
けれど何も言うべきことがないのに、だらだらと続けるものではないと思います。
こちら側が出した書類にほとんど反論することすらもなかったのに、それでも自らの非を認め、反省もなかった、ニトリには大変に遺憾を感じます。
これが事故前に起こった出来事流れです。
裁判についての文書も連続してアップいたします。
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