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序章
出会わなければ良いような出会いなんて、ひとつもない。
だって、今まで出会った人、一人ひとりみんな大好きだから。
父上も、母上も、宰相も、乳母やも…。みんなみんな、大好きだから。
出会わなければ良かったなんて、思うことなんてないって。
そう、思ってた…。
そう思っていた自分が罪深い子供だということに、あの時、気づくことができなかったの…。


ここ翠国に、光国から王子を迎えることになったのは、つい先だってのこと。
長く国境争いをしていた二国だが結局は翠国が勝利を収め、事実上の人質を光国から取ることになったのだ。
世継ぎの王子を差し出せ、とはさすがに戦勝国とは言えど切り出せず、翠国へは世継ぎの王子とは異腹の第二王子が赴くことになった。
翠国は大陸の中でも北方に位置し、国土が肥沃とは言えないが外海への港を持ち、貿易と建築や細工などの技術力で富む国だ。
対する光国は翠国と国境と接した南に位置する内陸国で、国土は草原が広がるばかりの痩せた土地であり、織物などの特産品はあるものの海路を持たない光国は仲介の百戦錬磨の商人たちに丸め込まれ、微々たる利益しか生み出せないでいた。そんな光国にとって、発展の道は侵略にしか残されていなかったのだ。

「そろそろかな…?」
今日の夕方には王城に着くと知らせを受けていた光国一行が、夜の帳が降りた今も未だ到着しない。しかし、先ほど先触れの早馬が着いてからやがて一刻となる。人質の王子が着くのは、もうそろそろだろう。
蘇芳はそっと苞の懐に手を入れ、中の温石にそっと触れる。
蘇芳は王家に仕える士族の出であり、王族の警備の任に付く近衛だ。
『これから物見に上がるの?秋だけど、夜は寒いよ?』
そう言って、この温石を手渡してくれた、蘇芳が仕える姫君の顔を思い出して、温石とは別のふんわりとしたあたたかい気持ちに蘇芳は包まれる。
「もう、着いた?」
「……っ!?姫さま!?」
ちょうどこの姫君のことを思い出していたため、空耳かとも思ったが、蘇芳が勢いよく振り向いた先には仕える姫君がちょこん、と物見の階段に手を掛けていた。
「なにをしておいでです?ここは高貴な方がいらっしゃるような場所ではございませんよ!」
姫君の年は蘇芳と同じ十四。しかし、賢王の父、慈愛の母から溺愛されて育った姫君は蘇芳と同い年とは思えないほどにいとけない。
「だって、気になったんだもの。王城のみんなも忙しそうにしてるし…」
『暇だったから、来ちゃった』と笑う姫君はとても無邪気だ。
正妃からそのまま受け継いだような宵闇色の髪は、ゆるく結い上げられ、その名の由来となっている瞳の色と同じ翡翠のかんざしが姫君が動くたびに柔らかに揺れ華奢な音が鳴る。
無邪気に笑みを浮かべる翠の瞳は、これからやってくる光国の王子を想ってかきらきらと夢見るように煌く。
「光国の王子さまって、どんな人なんだろうね?噂では、とっても綺麗な紫色の瞳をしているんだって。翡翠も仲良くしてもらえるかなぁ?」
期待と不安を募らせながら、蘇芳にそんな風に姫君は尋ねた。
「大丈夫ですよ」
『この姫君よりも美しい瞳の色など存在しない』と確信している蘇芳は、着ていた上着を脱いで姫君に羽織らせた。
「もうすぐ、光国のご一行が到着されます。姫さまも、ご対面されるのでしょう?ちゃんとおぐしやお衣装を直して、お会いになるほうがよろしいのではありませんか?」
「……あ……っ!」
ぱっ、と頬を染める姫君はまるで咲き初めの桜の花のよう。
「お手を。私がお部屋までお送りいたします」
蘇芳は姫君の手を取って、姫君を物見を降りるように促した。

―――どんな、人なんだろう?

姫君が噂で聞いているのは、王子はとっても綺麗な紫の瞳をしているということ。
そして、剣を取れば並ぶものはいない、という大陸一の剣士だということ。

―――優しい人?怖い人?……優しい人だと、いいのに……。


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